主人公君初の戦闘シーンです
それではどうぞ!
“火蓋を切って落とす”という言葉がある。
フィクションのナレーションなんかで、たまに聞く言葉だ。ただ実はこれ誤用で、本来は“火蓋を切る”が正解らしい。火縄銃で火薬を詰める火蓋を開いて、発砲の準備をしたことが由来らしく、戦闘や競争を始める際に使われる言葉だそうだ。
因みに”切って落とす”は“幕を切って落とす”という別の言葉と混ざったものだとか。高校の現代文の先生が、授業中にそんな話をしていた。
勝負事とは無縁な俺にとっては、この先も使うことなんてない言葉だと思っていた。
「撃て!撃ちまくれ!!」
ダダダダダダッ――!
「……ぐッ!」
それがどうだ、銃弾の嵐による集中砲火。
まさに火蓋を切られ、幕は開かれたって感じじゃないか。
「これがフィクションならッ!今この瞬間かっこいいナレーション入るだろうなッ!」
《不明瞭な発言を確認。頭部への外傷は見受けられません》
「お前のおかげでノーダメだよッ!」
虚勢を張りながら、アイギスに教わった構えでどうにか踏ん張る。止め処なく押し寄せてくる強烈な衝撃を何とか耐えながら、アイギスに情けなく縋り付く。
《各敵対対象の使用火器を照合。発砲回数から、現在装填されている残弾数を推定しました》
「そんなことまで分かんの!?」
《左方二名のうち一名が、最も早く再装填動作へ移行すると予測》
「それでッ!ここからどうすればいいッ!できれば射的の的から卒業したいんだけどッ!」
《対象が再装填へ移行した瞬間、左方へ突撃してください》
「つまり合図したら何も考えず走れってことねッ!」
《概ねその認識で問題ありません》
「任せろッ!訓練時間三十分未満の実力見せたらッ!」
半ばヤケクソになった気持ちを、声張り上げることで奮い立たせる。というかアイギスのこと売り飛ばすとか言ってたくせにバカスカ撃ちすぎだろ!アイギスじゃなかったら既にスクラップだぞ!
内心の愚痴が止まらない中、アイギス越しにその時を待つ。撃つたびに跳ねる銃身を、引き金を強く握り続けている指を、一挙手一投足を逃さないように集中する。
そしてそれは、唐突に訪れた。
カチッ
その小さな音だけが妙にはっきり耳に届いた。さっきまで銃声と着弾音でぐちゃぐちゃだったはずなのに、それだけは聞き逃さなかった。視線の先の少女は引き金を引いたまま一瞬固まっており、銃をわずかに傾け、手元へ目を落とす。
来た――
《――今です》
「ッ!」
考えるより先に地面を蹴って、一歩目から躊躇なく加速する。前世では絶対に出せないスピードで駆け抜けて、十数メートルあった距離が、数瞬で消えていく。
「えっ――」
空のマガジンを抜き、新しいものを掴んだ少女がこちらに気づいたがもう遅い、てか止まれない。
「ちょ、ちょっと待っ――!」
「うおおおおおッ!!」
アイギスを前面に押し出し、そのまま身体ごと叩き込んだ。
ドンッ!!
「ぐえっ!?」
重い手応えとともに、少女の身体が盾の正面から弾けるように吹っ飛ぶ。
「――ッ!」
止まるな、緊張を緩めるな、次は――
突撃の勢いが残ったまま、視界の端にもう一人の姿が入った。隣にいた少女も目の前で仲間が吹き飛んだせいか銃を構えたまま固まっている。
《右方、敵対対象》
「見えてるッ!」
アイギスを握ったまま、踏み込んだ右足を軸に身体を捻る。
たしか、こう――。
「ッらぁ!!」
巨大な盾が横薙ぎに走った。
「え――」
ゴンッ!!
装甲の側面が少女の胴を捉える。二人目も真横へ吹っ飛んだ。銃が手を離れ、地面に転がっていく。
「…………」
静寂があたりを包み、いつの間にか途切れた銃声の主達は呆気にとられながら、揃ってこちらを見ている。
「…………は?」
隊長の口から漏れた間の抜けた声が静寂を破る。そんな中倒れた二人と、自分の手、その先で構えたままのアイギスを順番に見る俺。
「……俺がやったのか?」
《二名とも意識消失を確認。生命反応は安定しています》
「マジで……?」
《警戒を継続してください》
「は、はいッ!」
アイギスの声に、さっきまで呆けていた頭が一気に現実へ引き戻された。思わず敬語で返事をしながら、反射的にアイギスを構え直す。
《正面三名。距離を詰めてください》
「了解ッ!」
先程と同様に、アイギスを前に構えたまま勢いよく地面を蹴る。二人を吹き飛ばした直後に、そのままこちらへ突っ込んでくるとは思っていなかったのか、三人揃って固まったままだ。距離が一気に縮まり、そこでようやく隊長が我に返った。
「近づくな! 距離取れ! 撃ち続けろ!」
隊長の声に残る二人もすぐ反応し、後ろへ下がりながら銃口を向け直す。
ダダダダダッ――!
「うおッ!?」
慌ててアイギスを正面へ戻し弾丸を受け止める。真正面から集中する弾丸が装甲を叩き、内側に映る三人の姿が火花の向こうで揺れた。
《そのまま前進》
「アイアイサーッ!」
撃たれながらも足は止めない。向こうも後ろへ下がっているが、こっちの方が速い。みるみる距離が縮まり、盾を振れば届くところまで一気に詰める。
「ッらぁ!!」
勢いのままアイギスを横一閃に振り抜いた。
「っ!」
だが三人ともほとんど同時に後ろへ跳ぶ。巨大な盾は、その鼻先を掠めることすらなく空を切った。
「……あれ?」
《回避を確認》
「マジか…ッ!」
そりゃそうか、真正面からこんなものを食らうほど付き合いがいいわけもないか…ッ!
「今だ!撃てッ!」
一定の距離を保ったまま、すぐさま銃を構える。
「うわッ!」
アイギスを構え直し、飛んできた弾丸を受け止める。完全に仕切り直しだ。
《先ほどと同様の攻撃動作を行ってください》
「は!?同じ手は効かないだろッ!普通に避けられるのがオチでしょッ!」
《それが目的です》
「は?それってどういう……グッ!」
意味を聞く暇もなく銃弾が飛んでくる。アイギスが弾き、そのまま再び距離を詰める。
《合図に合わせて攻撃動作へ移行してください》
「分かったッ!信じるからなッ!」
三人がこちらの動きを警戒しているのが、内側に映る景色からでも分かった。銃を撃ちながらも、さっきより明らかに腰が引けている。
《――今です》
「ッ!」
さっきと同じように腰を落として盾と共に足を踏み込み、勢いよく突っ込む。
「また突っ込んできたぞ!」
「こいつ、さっきからそれしかできねえのか?」
「避けりゃ終わりだ!」
隊長の合図で一斉に後ろへ跳ぶ三人に対して、アイギスを横へ振り抜く――寸前。
《右端の対象へ突撃》
「……ッ!? 了解ッ!」
捻った身体を強引に戻し、そのまま右端にいた一人へ向かって地面を蹴る。空中へ逃げた相手が着地したばかりで、まだ足もまともに地面へついていない。
「え――ちょっ!?」
ようやく自分たちが誘われたことに気づいたらしいがもう遅い。アイギスを真正面に構え、そのまま一気に距離を潰す。
「待っ――!」
ドンッ!!
着地直後の身体へ、盾の面がまともに叩き込まれた。
「きゃあっ!?」
少女が地面を滑るように吹き飛び、そのまま動かなくなる。
《対象、意識消失を確認》
「……フェイントとかテクニカル過ぎるだろ」
《予測通りです》
「俺はお前が末恐ろしいよ……」
《警戒を》
「はいはいッ! まだ終わってないよなッ!」
残りは二人――
さっきまでみたいに勢いだけで押し切ろうにも、二人とも完全にこちらを警戒している。アイギスの間合いに入る気はさらさらないらしく、特に隊長は仲間と離れすぎない程度の距離を保ちながら、しつこく銃口をこちらへ向け続けていた。
《私を地面へ固定してください》
「え…ッ!お、おう了解ッ!」
言われるままアイギスの底をアスファルトへ叩きつけると、ガコンッ、と重い音とともに固定機構がせり出して地面を噛む。
《煙幕を展開します》
「は?煙幕?」
シュウウウウウッ――!
「なっ、なんだ!?」
「煙!?」
アイギスの左右から噴き出した白煙は一気に広がり、ほんの数秒で周囲を丸ごと飲み込んだ。
《マスター、これより戦闘指示を行います》
「煙幕といい色々急すぎないッ!?」
《重要事項です》
「……もうなんでも来いやッ!」
銃声の止んだ白い世界の中で、アイギスの声だけが妙にはっきり聞こえる。説明自体は短かったが、最後まで聞いた俺は思わず眉を寄せた。
「……マジで?」
《必要となった場合のみ実行します、まずは二名の無力化を最優先に考えてください》
「練習してないしな……やるしかないかッ!」
固定を解除してアイギスを引き寄せると、内側に映っていた景色が急速に切り替わっていく。真っ白な煙の中に、二つの人影だけがくっきり浮かんでいる。所謂サーモグラフィってやつでこちらからは居場所が丸分かり……これズルくない?
そんなことを考えながら近い方の人影へ向かって地面を蹴る。相手はまだこちらに気づいていない。銃を構えたまま煙の向こうを睨み、俺がどこから現れるのか探しているのが丸分かりである。その間にも距離は一気に縮まり、白煙の向こうに黒いうさ耳が浮かび上がった。あともう少しのところまで近づいたところで、ようやく少女がこちらへ顔を向ける。
「――ッ!?」
少女の目が見開かれ、照準を合わせようと銃身を持ち上げるが、それよりも早く踏み込みざまに腰を捻り、そのままアイギスを横薙ぎに振り抜く。
「ッらぁ!!」
ゴンッ!!
巨大な盾の側面が胴をまともに捉え、少女の身体が地面から浮いた。声を上げる暇すらなく白煙の奥へ弾き飛ばされ、少し遅れて銃がアスファルトを跳ねる音だけが聞こえる。
《対象一名、意識消失を確認》
「あと一人!」
このまま一気に畳みかける――。
すぐさま残った人影へ視線を移し、地面を蹴ろうとした、その時だった。
《手榴弾を確認。衝撃に備えてください》
「……手榴弾?」
小さな影が足元へ転がってくる。
「手榴弾ッ!?」
慌ててアイギスを正面へ構え、腰を落とすが遅過ぎた。足の位置も、重心も、教わった構えなんてほとんど意識できていない不格好な構え。
ドンッ――!!
「ぐあッ!?」
爆音と同時に、白い世界そのものが吹き飛んだ。真正面から叩きつけられた衝撃に腕が跳ね、踏ん張った両足が簡単に地面から離れる。ちゃんと構えたつもりだった。それでも初めて食らう爆風を受け止めるには全然足りなかったらしい。
「うわっ――!」
身体が宙を舞い、空が見えたと思った次の瞬間には道路が視界いっぱいに広がった。そのまま背中からアスファルトへ叩きつけられ、二度、三度と転がってようやく止まる。耳の奥では甲高い音が鳴り続け、背中も腕もじんじん痛む。
「っ……くそ……」
《マスターまだ終わっていません、起立を》
「ホント……手厳しいなッ!」
腕をついて身体を持ち上げ、態勢を立てなおすがよろけてしまう。体の芯まで届く衝撃はあの時の交通事故を彷彿とさせる。
「っ……隊長は?」
どうにか立ち上がって顔を上げると、煙は綺麗さっぱり消えていた。さっきまで赤い人影があった場所を目で追うも姿は見えない。
「どこ行った!?」
《マスター後方へ回り込まれています》
「――ッ!」
その言葉とほぼ同時に、手の中のアイギスから低い駆動音が響いた。
ガコンッ。
盾の底側が左右へ開き、その奥から一本の黒い銃身がせり出してくる。その形を見た瞬間、煙幕の中で聞かされた言葉が頭をよぎった。
――なるほど、こういうことか!
《振り返りながら私を振り抜いてください》
「了解ッ!」
アイギスを掴んだ腕ごと大きく振り抜きながら背後へ振り返ると、盾の底から伸びた銃身が大きな弧を描き、その先に赤いうさ耳が飛び込んできた。
「なっ――!?」
銃身が隊長を正面に捉えたその瞬間。
《照準補正完了》
機械的で頼もしい声が俺の耳に届く。
《――射撃》
ドンッ――!!
「うおッ!?」
腹の底まで揺さぶる轟音と一緒に、今まで味わったことのない衝撃が体全体に一気に突き抜け、思わず反動で倒れそうになるも慌てて態勢を立て直す。
初めて撃つ銃の感触、反動も音も手に残る震えも、その全部に頭が追いつかないまま、放たれた一撃は真っ直ぐ隊長へ飛んでいく。
「ぐっ――!?」
隊長の体が弾かれるように後ろに吹っ飛ばされる。そのままアスファルトを転がり、握っていた銃も少し遅れて地面を滑った。
「…………」
静寂が辺りを包み込む。さっきまで散々鳴り響いていた銃声はもう聞こえない。
「……終わった?」
《敵対対象五名、全員の意識消失を確認。生命反応は安定しています》
「……よかったぁ、勝ったんだな」
体中の力が抜けてへたり込み、アイギスを下ろして大きく息を吐く。爆風で吹っ飛んだ時にぶつけた背中は痛いし、耳もさっきの手榴弾のせいでまだ少し変だ。
「生まれて初めて腰が抜けたかも……」
《重篤な外傷は確認されません》
「本当に大丈夫?腰砕けてない?」
《施設に帰還後、軽いストレッチを推奨します》
あんな激戦を繰り広げた後だというのに軽口を叩ける自分に少し笑ってしまう。少なくともこんなくだらないことを考えられる程度には落ち着いたらしい。
それと同時にアイギスから伸びていた黒い銃身は、役目を終えたようにゆっくりと内部へ収まっていく。開いていた装甲も元の位置へ戻り、ガコンと重い音を立てていつもの姿に戻った。
それを見ているうちに、煙幕の中でアイギスから聞かされた話を思い出す。
あの時アイギスが伝えてきた作戦は、まず煙幕で視界を奪っている間に残った二人に近づき無力化するというシンプルなもの。ただし何らかの方法で煙幕そのものを消され、作戦が機能しなくなった場合は、近接による制圧を中止し、射撃機構を使った迎撃へ切り替えることになっていた。
まだまともに射撃訓練もしていない状態で使うのは避けたかったが、アイギスのおかげで事なきを得た。
「しっかし最後の手榴弾はびっくりしたな」
《爆風下での姿勢保持、遮蔽物の選択、投擲物への即時反応については今後の訓練で実施予定です》
「……よろしくお願いします
《マスターは貴方です》
勝利の余韻を噛み締める暇もなく、明日からの訓練にゲンナリしながら辺りを見回す。
「……さて」
そろそろ現実に目を向けなければ行けないらしい……
「コイツらどうするか……」
《生命反応は全員安定しています》
「そういう問題じゃない」
一瞬このまま置いて帰ろうかとも思ったが、前世から染みついた倫理観がそれを許してくれなかった。さっきまで自分をアイギス事売り飛ばそうとした相手とはいえ、女の子を地面に転がしたまま帰るというのは、どうにも後味が悪い。
「……さすがにこのままはなぁ」
じゃあ拠点へ連れて帰るかと言われれば、自分が寝起きする生活圏に敵を置きたくないし、何より拠点の場所まで知られのは避けたい。であれば残る選択肢は限られてくる。
「しょうがないか……アイギス、近くに病院ない?」
《検索しますーー現在地から最も近い医療施設を確認》
「お、あるじゃん」
《ただし正規の医療機関としての登録は確認できません》
「………つまり?」
《非正規の医療施設である可能性が高いと判断します》
「ヤミ医者かぁ……」
さすがはブラックマーケットだ、期待を裏切らないなぁ……まあ贅沢は言えない、俺みたいな素人より、医者に診てもらった方が百倍ましだろう。
「一先ずそこ行くとして…… どうやって運ぶか」
もう一度五人を見る。流石に俺一人じゃ五人をいっぺんに運べないし、一人ずつ運んでいたらいつまでかかるか分からない。それに万が一途中で目を覚まされて騒がれたら溜まったものではない。さてどうしたものか…
全然いい案が出ないまま頭を悩ませていると、隣に浮かぶアイギスから声がかかる。
《マスター、提案があります》
「お、マジ?」
《私を搬送用の台として使用してください》
「アイギスを?それってどうやって……」
《水平状態を維持したまま浮遊可能です。五名を同時に搬送できます》
そう言いながら水平になり地面に浮かぶアイギス。確かにこれなら五人いっぺんに運べそうだ。
「よしそれで行こう!手伝ってくれアイギス」
《了解しました》
数分後アイギスの上には気絶した五人が横並びに乗せられ、落ちないよう簡易的な固定具まで展開されている。
了承しておいてなんだけど、さっきより犯罪臭が増した気がする。
「……これ傍目から見たら事案では?」
《人通りの少ない経路を検索しますか》
「助かるけど、それ余計に怪しくない?」
《最短かつ遭遇率の低い経路を選択できます》
「……じゃあそれで」
《了解しました》
「完全に人目を避けて死体運んでる奴みたいになったな……」
こうして俺は、初めての実戦に勝った余韻へ浸る暇もなく、巨大な盾に気絶した女子五人を載せてブラックマーケットの病院へ向かうことになった。初勝利の凱旋としてはあまりにも締まらない姿だった。
「…………ん」
最初に鼻についたのは、薬品の匂いだった。
ゆっくり目を開けると知らない白い天井が見える。ぼんやりした頭のまま身体を起こそうとして、脇腹に走った痛みに顔をしかめた瞬間、記憶が断片的に蘇った。
ギヴォトスで初めて見た男、異様に大きな盾、その盾で仲間が次々と薙ぎ倒されていく光景、そして最後に盾の中から伸びた黒い銃身、何が起きるのか理解するより先に――撃たれた。
「っ!」
隊長は勢いよく上体を起こした。
「おや、起きたかね」
横から声がしたため振り向けば、白衣を着た二足歩行のフクロウが、カルテらしきものを片手に立っていた。
「……誰?」
「見ての通りの医者だよ、君たちの担当医になったね」
「はあ……」
どうやらここは病院のようだ。状況が飲み込めず、頭の整理が追いつかない中、ふと仲間達はどうなったか気になり、目の前の医者に尋ねる。
「あの……アタシ以外に運び込まれたヤツらはいなかった……ですか?」
隊長の問いに医師は少し離れたベッドを指差す。そこには見慣れた仲間たちがそれぞれ横になっており、全員寝息を立てている。
「……みんな」
「全員無事だよ。目が覚めたのは君が初めてだがね」
その言葉を聞いた途端、張り詰めていた肩から力が抜けた。
「大した怪我じゃない。君が一番派手にやられていたがね」
「……なんで私たち、ここにいるん……ですか?」
「無理に敬語を使わなくていいよ、それと君の問いに答えると運び込まれたんだよ」
「アタシ達を?一体誰が…」
思わず眉をひそめる。ブラックマーケットで倒れている人間を見つけたところで、普通は助けたりしない。財布や武器、使えそうな物を全部持っていかれ、下手をすれば服まで剥がされて路地裏に転がされるなんて日常茶飯事だ。ましてや病院まで運んでくれるような物好きがこのブラックマーケットにいるはずが無い。
困惑している隊長に対して医師はさも当然のように答える。
「大きな盾を持った少年だよ」
「…………は?」
一瞬誰のことを言っているのか分からなかったが、“大きな盾”という言葉だけで、嫌でも一人の姿が浮かぶ。
「君たち五人を盾の上にまとめて乗せて、治療してほしいと来たんだよ。知り合いじゃないのかい?」
何を言われたのか全く理解できなかった。
「……なんで?」
「それを私に聞かれても知らんよ」
医者はそう答えて、手元のカルテへ目を落とした。
「治療費もその彼が払ってくれたよ、
「…………」
今度こそ言葉が出なかった。自分たちはあの少年を襲い、あまつさえ盾を奪おうとした。恨まれはすれ、病院まで運んで治療を頼み、そのうえ金まで払っていった?
「…………意味分かんない」
「私も変わった客だと思ったよ」
医者はそれだけ言うとカルテを閉じて、病室から扉へ歩を進める。
「まあしばらく安静にしていなさい、戴いた治療費分は休んでて大丈夫だから」
医者はそう言って踵を返しかけ――ふと思い出したように足を止めた。
「そういえば彼から君たちに伝言を預かっていたんだった」
「……伝言?」
「『もうカツアゲなんてするなよ! 金なくて飯食えない時は奢ってやるから!』だそうだ」
「…………は?」
医者は隊長の反応をしばらく眺めたが、詳しく聞くことはしなかった。
「……本当に変わった客だよ」
そう呟いて、医師は病室を後にした。扉が閉まり、大部屋に静けさが戻る。
隊長はしばらく何も言わず、天井を見つめていた。
『もうカツアゲなんてするなよ! 金なくて飯食えない時は奢ってやるから!』
さっき聞かされた伝言が、もう一度頭に浮かぶ。
「…………」
ふと、窓の外へ目を向ける。夜中のブラックマーケットは、昼間よりもずっと静かだった。病室まで静まり返っているせいか、考えないようにしていたことまで勝手に頭へ浮かんでくる。襲った相手を助けて、治療費まで払って、挙げ句には飯を奢るなんて言い残していく。考えれば考えるほど、意味が分からない。少年の行動も言動も隊長にとって未知のもので、理解できないものだった。
「……変なヤツ」
ぽつりと呟く。
その口元がほんの少しだけ緩んでいたことに、彼女自身は気づかなかった。
ここまで読んでいただいたありがとうございます!
次回から原作キャラ出していこうと思います
ご意見・ご感想あれば、是非お待ちしています!