神城ミナトの朝は早い。
まだ太陽が地平線から顔を出しきる前。
誰も使っていないアビドス自治区の学生寮、その一室で俺の一日は始まる。
《マスター、起床時刻です》
「…………あと五分」
《却下します》
「いけずぅ……」
毎朝のアイギスのモーニングコールで重たい瞼を開けば、ここ最近ですっかり見慣れた天井が視界に入った。現在寝泊まりしているのは、ユメさんの厚意で使わせてもらっているアビドス自治区の学生寮だ。
因みに住んでいるのは俺一人である。生徒減少に伴い、使わなくなった施設らしく、学生寮というだけあって、設備はかなりいい。ユメさん曰く、最近まで使われていた寮であるため、安全性は保証されているらしい。至れり尽くせりでユメさんには頭が上がらない。
まあ強いて不満を挙げるなら、広すぎる寮に一人ってこともあって、最初は落ち着かなかったことだろうか。それも今では慣れたもので、住めば都というやつ。
「ふぁぁ……」
欠伸を噛み殺しながら布団を抜け出し、洗面所へ。冷たい水で顔を洗って、着替えを済ませた後はそのまま朝の訓練へ向かう。
因みにオーパーツ捜索を始めた頃、捜索中は体力維持のための軽いトレーニングだけにするみたいな話だったはずなのだが、いつの間にか
……ちょっと屁理屈がすぎるのではないだろうか。
俺の抗議はいつも通り虚しく流され、今日も朝から渋々訓練に励む。
そして訓練が終わる頃には、地平線に隠れていた太陽もすっかり顔を出していた。
「…………疲れた」
《お疲れ様でした、マスター》
「本日もスパルタご指導痛み入りますわアイギスさんや」
《お褒めにあずかり光栄です、マスター》
「オーパーツを集め続ければ、アイギスが嫌味を理解できる日が来るのだろうか」
《理解しました。今後はより一層ご期待に沿える訓練内容を検討します》
「うん、全然分かってないね」
そんなズレたやり取りをしながら寮へ戻る。始めた頃に比べれば身体も随分と慣れた。ギヴォトスに来たばかりの頃なら、このまま地面と一体化してしばらく動けなかっただろうが、今ではこうして軽口を叩きながら帰れる程度にはなっている。慣れというのは恐ろしい。
《マスター。そろそろ朝食の時間です》
「分かってる。今行くよ」
寮に到着すれば、汗を流すためにシャワーを浴び、適当に用意した朝食をアイギスの監視のもと食べる。メニューは日によって多少変わるが、大体は手軽に済ませられるものだ。そして腹を満たしたら、必要な荷物を持って寮を出る。
向かう先は――アビドス高校。
ここまでが、最近の俺の朝のルーティーンである。
気づけば、そんな生活にもすっかり馴染んでいた。初めてアビドス学区に足を踏み入れたあの日から、まだそれほど日が経ったわけではない。それでもまさかこうして学校に通うことになるなんて、あの頃の自分は想像すらしていなかっただろう。
この通学路だって毎日お世話になっている。舗装の剥がれた歩道も、根元からぽっきり折れた標識も、今ではすっかり見慣れたものだ。そしてこの突き当たりを曲がれば公園があって、そのサンポール前にはいつも――
「遅い」
「……小鳥遊さん、一日の始まりは挨拶からだよ。」
《おはようございます、小鳥遊ホシノさん》
「おはようアイギス」
「ちょっとー俺もいるんだけどー」
「アナタだって挨拶してないじゃん」
「……おはよう、小鳥遊さん」
「……おはよう、ミナト」
黙ったままお互いメンチを切り合う。このやり取りも、今では日常の一部になりつつある。
最初の頃と比べれば露骨な警戒心は薄まったけど、トゲトゲしているのは相変わらずだ。それでも、こうしていがみ合うのにもすっかり慣れてしまった。
本人曰く、俺の動向を探るための『監視』らしく、最近はこうして毎日のように通学路で待ち伏せされている。そして合流すれば、あーだこーだと言い合いながら学校まで歩く。
俺の知ってる監視とは少しばかり違うが、小鳥遊さんの実力なら遠くからコソコソするより、近くでサーチ&デストロイした方が楽なのだろう。
そんな小鳥遊さんとは最初の捜索を除いて既に三度ほどオーパーツ捜索に出ており、三度とも無事にお目当てのオーパーツをゲットできている。あの時のように襲撃されることもなかったため、比較的楽に集めることができた。
こうして小鳥遊さんと一緒にいる時間が増えるにつれ、あることに気がついた。最初の頃と比べて、向こうから話しかけてくる機会が明らかに増えているのだ。
例えば先日のオーパーツ捜索では――
「……ねえ神城」
「……え、俺?」
「他に誰がいるの?」
「話しかけられるとは思わなくて……それでどうしたんです小鳥遊さん」
「アイギスって一体何なの?」
「え、あぁ……アイギス説明頼む」
《承知しました。改めまして私はアイギス。マスターの護衛および戦闘支援を目的とした自律型武装です》
「……つまりAIってこと?」
《いいえ。私は人工知能ではありません》
「じゃあ何なの?」
《アイギスです》
「……神城」
「俺にもよく分かりません」
……とまあ、こんな具合だ。
つい先日も二人で書類の整理を行っていた時――
「あの……小鳥遊さん」
「……何? 分からないところでもあった?」
「この書類、小鳥遊さんがまとめたんですよね?」
「そうだけど……それが何?」
「……ここ、記載間違ってますよ」
「あ……」
「…………」
「…………」
「……何見てんの、ぶっ飛ばすよ」
「理不尽ッ!!」
かと思えば、別の日には――
「この部屋の荷物を別の教室に運ぶから手を貸して」
「えぇと、これのこと……って重ッ!」
「情けないな……これくらい男の子なら持てるでしょ」
「いや、でもこれかなり重くて……」
「はぁ……ミナトって見た目通り弱っちいんだね」
「……小鳥遊さんと一緒にしないでくださいよ」
「なに?言いたいことでもあるの?」
「……腕力ゴリラ」
「……今なんて言った?」
「いやぁ、流石は小鳥遊さん。常人離れした腕力をお持ちで羨ましいなぁ、と」
「へぇ……そういうミナトは随分可愛らしいへっぴり腰じゃん。そんな小鹿みたいに足震わせたら荷物落としちゃうよ」
「この野郎……!」
「なに?やる?」
「やらねえよ!勝てるわけないだろ!」
まあ、こんな感じで最近はどういうわけか、しょうもない言い争いに発展することが多い。適当に受け流せばいいものを、何となく癪に障って言い返してしまうのだから困ったものだ。小鳥遊さんの心境にどんな変化があったのかは分からんが、以前の険悪な雰囲気よりはマシだろう。
……とはいえ、相手はあの小鳥遊さんである。売り言葉に買い言葉で、いつ手が出てもおかしくない。そうなれば俺に勝ち目などあるはずもなく……うん、今後はもう少し発言を慎もう。
「ねえ、ミナト」
「……ん?」
「さっきから何その間抜け面。ぼーっとしてると転ぶよ?」
「……ご心配には及ばないよ、小鳥遊さん。小鳥遊さんもそんな低いところから人を見上げてると、首痛めちゃうから気をつけなきゃダメだよ」
「…………は?」
「…………あ」
やってしまった……舌の根も乾かぬうちにこの有様である。もう少し自制してくれよ俺の口……お前のせいで俺の隣の眠れるゴリ……小鳥遊さんが出しちゃいけないオーラ出しちゃってるよ……
「…………」
「あの、小鳥遊さん?今のは言葉の綾で……」
「ミナト」
「は、はいッ!」
「そこに直れ」
ドスの効いた声と共にガシャン、とショットガンの装填音が響く。
言葉には責任が伴うというが、まさか鉛玉まで伴ってくるとは思わなかった。
あぁ……これマジでヤバいやつ……
「アイギスッ!!背中は任せたッ!!」
《了解です、マスター》
「逃がすかッ!」
アイギスに背中の防御を任せ、俺は全力で逃走を図る。捕まってしまえば文字通り待っているのは言葉にしようのない地獄であろう。
「生きて必ず通学し切ってやるッ!頼むぞ
《マスターが余計な言葉を発しなければ平穏無事に通学できた可能性90%強……》
「アイギスッ!余計な計算しなくていいから……ッ!危なッ!頬に掠ったッ!」
背後から迫る殺気に追い立てられながら、降り注ぐ凶弾をアイギスと共に辛うじて凌いでいく。
……ああ、今日のアビドスも実に平和だなぁ。
現実からは目を背け、地獄の番人と化した小鳥遊さんには背を向ける。そうして俺は、始まったばかりの一日を生き延びるべく、命懸けの鬼ごっこへと身を投じるのであった。
「そっかぁ、そんなことがあったんだ。だから今朝、ホシノちゃん怒ってたんだね」
「あはは……おかげで朝からクタクタですよ……」
《マスターの不用意な発言が原因です》
「おい、余計なこと言わなくていいから」
「ふふっ、そっかぁ」
そう言って、ユメさんは小さく笑った。
……いや、笑い事じゃないんですけどね。
あの後、どうにか学校まで辿り着いた俺だったが、結論から言えば見事に叩きのめされた。よく考えれば、俺と小鳥遊さんの目的地は同じなのだ。小鳥遊さんからすれば、何も馬鹿正直に俺を追いかけ続ける必要などなかったわけである。
そんなことにも気づかず、途中から銃声も気配も消えたことで、すっかり逃げ切ったものと思い込んでいた。そして、何の警戒もなく生徒会室の扉を開けた先には――満面の笑みを浮かべ、仁王立ちする小鳥遊さんの姿があった。
……逃げ切ったんじゃない。逃がされていたのか。
そう悟った時には既に手遅れだった。
結果、抵抗も空しく、アイギスの防御を掻い潜った綺麗な一撃を鳩尾に叩き込まれたというわけである。
まあ、アイギスの自動防御が作動しなかったところを見るに、手加減はしてくれたのだろう……数分ほど意識は飛んだけどね。
「ふふっ、でもよかったぁ。ホシノちゃん、最近なんだか楽しそうだから」
「……楽しそう?」
「うん!ミナトくんが来てから、前より雰囲気とか表情も少し柔らかくなった気がするんだ」
「……はぁ」
「だから、私も嬉しくって。えへへ」
「……そういうもんですかね」
「うん!」
屈託のない笑顔で頷くユメさん。その横顔を眺めながら、俺は曖昧に相槌を打った。
少なくとも俺の知る小鳥遊さんは、警戒心が強く、事あるごとに突っかかってきて、挙げ句の果てにはショットガン片手に追いかけ回してくる恐ろしいお方なのだが……というか人のことボコボコにして楽しそうと評するのはいかがなものだろうか。
……まあ、ユメさんが嬉しそうなら、それはそれでいいか。俺としては、できればもう少し穏便な方法で楽しんでいただきたいところだが。
「それにしても、ユメさん」
「ん? どうしたの?」
「今日行くところって、そんなに物資が残ってるんですか?」
「うーん、どうだろう? しばらく誰も使ってないから、私も詳しくは分からないんだよね」
「……それ、大丈夫なんです?」
「えへへ……でも、まだ使えるものもあると思うんだ。新しく買うとお金もかかっちゃうし、少しでも節約できたらいいなって」
「なるほど……」
さて、そんな会話を交わしている俺たちが今どこにいるのかというと――アビドス高校から少し離れた、使われなくなった施設へと向かう道中である。
事の発端は、ユメさんからちょっとした頼み事をされたことだった。
なんでも、以前使われていた施設に、まだ利用できそうな備品や物資が残っているかもしれないらしい。そこで使えるものがあれば学校へ持ち帰りたいとのことで、俺も荷物持ち……手伝いをすることになったわけだ。
ユメさんの案内に従いながら、目的の施設へと歩みを進めていく。しばらくして道の先に一棟の建物が見えてきた。砂埃に覆われた窓に、ところどころ塗装の剥がれた外壁。入口に掲げられた案内板もすっかり色褪せており、長らく使われていないことが窺える。
「……ここですか?」
「うん!元々は部活棟として使われてて、昔は結構賑やかだったんだけどねぇ」
そう言って、ユメさんは懐かしそうに建物を見上げた。
けれど、それもほんの一瞬。
「よーし! それじゃあ、さっそく始めよっか!」
いつもの明るい笑顔を浮かべ、ユメさんは入口へと歩き出した。
「……お邪魔しまーす」
ユメさんに続いて建物の中へ足を踏み入れる。途端に鼻をくすぐったのは、古い建物特有の埃っぽい匂いだった。窓から差し込む陽光が薄暗い廊下を照らし、壁には色褪せたポスターや掲示物が残されている。
「……思ってたより広いですね」
「うん!昔はいろんな部活がここを使ってたからね。文化系の部活は大体ここに集まってたんだよ」
「へぇ……」
廊下を進みながら、並んだ扉へと目を向ける。美術部、文芸部、手芸部……掲げられたプレートには、今では耳にすることのない部活動の名前が並んでいた。
「……随分と色んな部活があったんですね」
「そうだねぇ。放課後になると、どの部屋からも賑やかな声が聞こえてきたんだよ」
「……今じゃ想像もつきませんね」
「えへへ、そうかもね」
ユメさんは困ったように笑うと、廊下の奥にある一室の前で足を止めた。
「それじゃあ、まずはここから見てみよっか!」
「了解です」
扉を開けると、そこには机や椅子、段ボール箱などが所狭しと積み重なっていた。
「…………」
「…………」
……なるほど。どうやら部室というより、立派な物置と化しているらしい。
「えへへ……ちょっと散らかってるけど、まだ使えるものもあると思うんだ」
「……ちょっと?」
《室内に多数の物品を確認。整理には相応の時間を要すると推測されます》
「……だよなぁ」
朝から散々走り回った身としては、できればもう少し穏やかな一日を過ごしたかったのだが。
……まあ、引き受けた以上は仕方ない。
「とりあえず、使えそうなものから探していきましょうか」
「うん!よろしくね、ミナトくん!」
《マスター。重量物の運搬は私が担当します》
「頼もしすぎる。じゃあ遠慮なく頼むわ」
こうして、俺たちの物資回収作業が始まった。
作業を始めてしばらくして、最初こそ途方もない物量に辟易していたものの、いざ探してみれば、意外にも使えそうなものが次々と見つかった。未使用のノートに文房具、工具類に予備の電球。中にはまだ十分に使えそうな机や椅子なんかもあった。
「わぁ!これ、まだ使えるよ!」
「おお、よかったですね」
「うん!ちょうど学校の備品が少なくなってたから、すっごく助かるよ!」
そう言って、ユメさんは嬉しそうにノートの束を抱えた。
……なんというか。こんな些細なことで、ここまで喜べるものなのだろうか。いや、別に馬鹿にしているわけではない。むしろ素直に喜べることが少し羨ましいくらいだ。
「ミナトくん、そっちはどう?」
「ああ、こっちにも何か……ん?」
積み重なった段ボール箱の一つを開けると、中から古びた冊子が何冊か出てきた。
「……これ、何ですかね?」
「んー?」
ユメさんが俺の手元を覗き込む。
「あっ、懐かしい!」
「知ってるんですか?」
「うん!これ、昔の文化祭のパンフレットだよ!」
「へぇ……文化祭ですか」
表紙には『アビドス高等学校文化祭』の文字。ページをめくれば、各部活動の出し物や模擬店の案内、当時の生徒たちが描いたらしいイラストなどが載っていた。
「……随分と賑やかだったんですね」
「うん!この頃はまだ生徒もたくさんいたからね。準備とかすっごく大変だったけど、楽しかったなぁ」
そう言って、ユメさんは懐かしそうに目を細めた。
「この文芸部の展示なんてね、毎年すごく凝ってたんだよ。それから美術部の子たちが作った飾りも綺麗で……」
次から次へと飛び出してくる思い出話。どうやらユメさんにとって、ここは思い出の宝庫らしい。
俺はもう一度、手元のパンフレットに目を落とした。そこに記されているのは、今では想像もつかないほど賑やかな学校の姿だった。
「……また、こういう行事ができるといいですね」
何となく、そんな言葉が口をついた。
「……うん!」
ユメさんは嬉しそうに頷いた。
「いつかまた、みんなで文化祭ができたらいいなぁ」
その言葉には、迷いらしい迷いがなかった。
……いつか、か。
今のアビドスの状況を考えれば、随分と気の長い話にも思える。けれど、そんな未来を当たり前のように口にするユメさんを見ていると、不思議と否定する気にはなれなかった。
「……さて!」
不意にユメさんが手を叩く。
「まだまだ探すものはいっぱいあるから、頑張ろうね!」
《マスター。作業再開を推奨します》
「……もうひと頑張りしますかね」
そんなやり取りを交わしながら、俺たちは再び作業へと戻った。
気づけば、窓から差し込む陽光はすっかり傾いていた。
「……ふぅ。こんなもんですかね」
「うん!思ってたよりたくさん見つかったね!」
床に並べられた備品の山を眺めながら、ユメさんが満足そうに頷いた。未使用の文房具に工具類、予備の電球。それから、まだ使えそうな机や椅子が数点。
……うん。なかなかの収穫である。
ただ、一つ問題があった。
「…………」
改めて、目の前に積み上がった物資を眺める。
……これ、どうやって持って帰るんだ?
いや、アイギスなら運べないこともないだろうが、流石にこの量を抱えて学校まで歩くのは無理がある。
「……アイギス」
《はい、マスター》
「悪いんだけど、四駆をこっちまで持ってこられるか?」
《可能です。車載システムへの遠隔接続を開始します》
「おう、頼んだ」
《接続完了。車両の制御権を取得しました》
「わぁ!アイギスちゃん、そんなこともできるんだ!」
《はい。車両の遠隔操作は問題なく実行可能です》
それからしばらくして、建物の外から聞き覚えのあるエンジン音が響いてきた。
「おっ、来たか」
外へ出ると、見慣れた四輪駆動車が、誰も乗っていない運転席のまま、ゆっくりと建物の前に停車するところだった。
《車両の移動が完了しました》
「ありがとうアイギス。じゃあ、積み込みも手伝ってくれるか?」
《承知しました》
「アイギスちゃん、ありがとう!」
《どういたしまして、梔子ユメさん》
それから俺たちは、回収した物資を車へと積み込んでいった。もっとも、重たい机や椅子はほとんどアイギス任せだったわけだが……いやぁ、持つべきものは頼れる相棒である。
そんなことを考えていると、隣に立つユメさんが、ふと建物を見上げた。
「……懐かしいなぁ」
その声に、俺もつられて視線を向ける。
「……昔は、ここも賑やかだったんだけどね」
ユメさんは、夕陽に照らされた部活動棟を懐かしそうに見上げていた。先ほど見つけた文化祭のパンフレットが、ふと頭をよぎる。
「……ユメさんは、また昔みたいな学校に戻したいんですか?」
何となく、そんなことを尋ねてみた。
「んー……」
ユメさんは少し考えるように首を傾げた。
「昔と全く同じじゃなくてもいいんだ」
「……そうなんですか?」
「うん。もちろん、また賑やかになってくれたら嬉しいけどね」
そう言って、ユメさんは柔らかく微笑んだ。
「ただ、これから入ってくる子たちが、アビドスに来てよかったって思える学校にしたいな」
「…………」
「楽しいことも、嬉しいことも、たくさん経験して……卒業する時に、ここで過ごせてよかったなぁって思ってもらえたら、私はそれで嬉しいんだ」
……随分と気の長い話だ。今のアビドスの状況を考えれば、そんな未来が本当に訪れるのかも分からない。
けれど――
「……いいですね、それ」
気づけば、そんな言葉が口をついていた。
「えへへ、ありがとう!」
ユメさんは嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、俺は小さく肩をすくめる。
……まあ、そんな未来があってもいいのかもしれない。
それに、誰かのためにそこまで頑張れるというのは、素直にすごいことだと思う。少なくとも、今の俺には到底真似できそうにない。
「……さて、それじゃあ帰りますか」
「うん!」
《マスター。積載物の固定を確認しました。出発可能です》
「おう、頼んだぞ相棒」
アイギスが運転席につき、俺は助手席へと乗り込む。ユメさんも後部座席へと腰を下ろした。程なくしてエンジンが始動し、四駆はゆっくりと走り出す。
「今日は本当にありがとうね、ミナトくん!アイギスちゃんも!」
「いえいえ。俺は大したことしてませんよ」
《お役に立てたのであれば幸いです》
「そんなことないよ!二人とも、すっごく助かったんだから!」
「……そりゃどうもです」
屈託なく笑うユメさんにつられて、俺も小さく笑った。
……まあ、悪くない一日だった。
窓の外には、夕陽に染まるアビドスの街並みが流れていた。
……願わくば、明日の朝はもう少し穏やかに始まってほしいものだ。
そんなささやかな願いを胸に、俺は帰路へとつくのであった。
――同日、夜。
ブラックマーケットの片隅に存在する、とある依頼仲介サイト。日々、表沙汰にはできないような依頼が飛び交うその場所に、一件の新たな指名依頼が登録された。
宛先は、神城ミナト。
差出人の情報は非公開。依頼内容には、ただ一文だけが記されていた。
『直接お会いしてお話がしたい』
報酬も、目的も記されていない。
ただそれだけの奇妙な依頼が、静かに届けられた。
ここまで読んでいただいたありがとうございます!
今回は戦闘なしの日常会でした。
ホシノのは愛の鞭?なのでノーカンです。
ご意見・ご感想あれば、是非お待ちしています!