メイドの策略は看破されている
私はアスラ後宮の近衛侍女として普段は侍女の仕事をしながら有事の際には剣を取って主を守る事をしていた。
けれど私には特別な才能がなく一剣士としての実力しか持ち合わせていなかった。ある時、生まれたばかりの王女を狙う暗殺者と戦って不覚を取り、毒の塗られた短剣を足に受けてしまうこととなる。王族を殺そうとするような毒であるために直に解除できる解毒魔術の無い、厄介な毒であった為に、すぐに傷を治癒魔術で治し、医者が解毒を試みてくださったおかげで一命は取り留めたものの、後遺症が残り私の剣士生命はその時に終わった。
その後解雇された私は後宮を離れるだけでなく王都をも離れまた。しかしその時に後宮という国家機密で働いていたというのに何も取られることはなく何だったら当面の生活資金を貰えたのは幸運だったのかもしれない。
何故、身分の見合わない私を後宮が雇い、今手放したのかはもうわかるわけもなく、考える必要も無い。その時私がが考えるべきだったのは資金のあるうちに働き口を見つけること。
私は乗合馬車を乗り継ぎ、広大な農業地域が続く辺境、フィットア領へとやってきた。領主の住む城塞都市ロア以外は、一面に麦畑が広がる長閑な場所で正に農耕地といった風景。荒事ができず、剣術もそこまでの私が求めていた職場は王都と繋がっていない屋敷。そこで侍女として雇ってもらおうと考えていた。
理由はお金。後宮で働けるようなスキルを持った侍女なんてそもそも家事を全て行える侍女が少ない中では破格。いい給料で雇ってもらえると踏んでいたのだが……。
とはいったものの、選ぶ余裕はそこまでなく、だからといって賃金の安すぎる所では、家族へ仕送りもままならない。賃金と安全の二つを両立出来る条件は中々見つかリませんでした。まあ当たり前ですね。
一ヶ月かけて、領内の各地を回った所、一つの募集に目が着きました。
フィットア領のブエナ村にて、下級騎士が侍女を募集中。
子育ての経験があり、助産婦の知識を持つ者を優遇する。
と書いてあった。
目が止まった理由は仕事の内容や給料の良さではなく依頼人の名でした。
パウロ・グレイラット。
私の弟弟子。私が剣を習っていた道場に、ある日突然転がり込んできた貴族のドラ息子。なんでも父親と喧嘩して勘当させられたとかで、道場に寝泊まりしながら剣を習い出した。流派は違えども、剣術を家で習っていた事もあり、彼はあっというまに私を追い越した。そして初めてを奪っていった。
当時は面白くなかったですが、今となっては自分に才能がなかっただけと諦めている。
そんな才能溢れるパウロはある日、冒険者になるといって道場を飛び出していったそんな嵐のような男が結婚しているとは………。
彼がどんな波瀾万丈の人生を送ってきたかは知らないが、私の記憶にあったパウロは決して悪い人ではなく、何だったら甘ちゃんだった。困っているといえば助けてくれるだろう。打算的にそう考えて、ブエナ村へと足を運んだ。
旦那様は私を快く迎えてくれ、直に雇わることとなりました。奥方のゼニスがもうすぐ出産という事で、焦っていたようでした。賃金も割増で万歳。
そうして子供が生まれた。難産でもなんでもない、後宮でした練習通りの出産。何も問題は無くスムーズにいきました。
そのはずなのに、生まれた子供は泣かなかった。旦那様と奥様をジッと見てはいるが泣いていない。
私は冷や汗をかき、この子が死んでしまうという考えがよぎる。生まれてすぐに鼻と口を吸引して羊水を吸い出したものの、赤子は顔で見上げているだけで、一声も発しない。表情は少し変わっている……気がする。
心臓は脈打ち、肺は上下しているのに泣いていない。
心中に、先輩の近衛侍女から聞いた話がよぎった。生まれてすぐに泣かない赤子は、異常を抱えている事が多いのだというのをまさかと思った次の瞬間、
「おぎゃー!おぎゃー」
赤子が泣き出した。知っているような泣き方でないものの私はほっとして、その時は疲れが一気に出てきて倒れ込んだ。
その後、子供はルーデウスと名付けられた。ルーデウス坊っちゃんは静かな子供だと思っていました。お腹が空いても、おしめが汚れても大声で泣くことはなく声をかけてきたり、腕を振ってぅたえてきていたので。手間がかからなくていいな。などと、思っていられたのは、最初だけ。
ルーデウス坊っちゃんははいはいが出来るようになると、家中だけでなく庭のどこにでも行くのです。 炊事場や裏口、物置、掃除道具入れ、暖炉の中……などなど。
どうやってか、二階に入ったりやゼニス様の木に昇ったりしていたこともありました。とにかく眼を離すと、すぐにいなくなるヤンチャな子供。
目を一瞬でも別の所に向ければ同じところには決していない。とても手のかかる子供です。
ある日のことです。まだはっきりと言葉を話すことのできないルーデウス坊っちゃんに呼ばれた時がありました。何でも本を読んでほしいと。なんとまあ年相応で可愛らしいことでしょう。私が本を読んでいるなか耳を傾けて聞き入る姿はいつものヤンチャな姿とは結びつきません。
その日から私の業務にはルーデウス坊っちゃんへの読み聞かせが追加されました。……奥様ダメです。坊っちゃんには私が読み聞かせするのです。………夜の読み聞かせを奥様がするのはどうですか?
あの日アイシャを妊娠し、奥様をいやゼニス様を裏切ったのは、自分が悪い。パウロを誘ったのは自分だ。この家にきた頃は、そのつもりは無かったのに。
毎夜毎晩二人の喘ぎ声を聞き、男女の匂いの充満する部屋を掃除していれば、自分とて女だ、性欲は溜まる。最初は自分で済ませていた。
けれども、毎日庭で剣術の稽古をするパウロを見ていると、消化しきれなかった残り火が身体の奥底で大きくなるのだ。初めてを奪われたときの事を思い出す。
別に当時は愛していたわけでもないが今は兎に角ときめく。
久しぶりに出会ったパウロはあの頃よりもずっと男らしかった。少年らしさは消え、厳しさと屈強さを兼ね備えた男になっていた。
自分はそんな男を前にして、六年間もよく耐えたと思うが言い訳にすぎないし、裏切ったのは事実。
最初、パウロも自分に色目は使わなかった。だから、自分も耐えられた。そのままならば、次第と火照りも自分で解消でき、消えただろう。だが、たまにされるセクハラで情欲の火は燃え盛った。絶妙なバランスで立っているのを自覚していた。
何かがあれば崩れる。と
ゼニスの妊娠で、決壊した。パウロが性欲を持て余しているのを感じ取ると、自分は好機と考えてしまった。そう思うと、パウロを部屋へと誘いこんでしまったのだ……。
だから、自分が悪い。だから妊娠は罰。情欲に負け、ゼニスを裏切った罰。
しかし、その罰は許された。ルーデウスが許してくれた。
あの賢い子供は、何が起こったのかを正確に理解し、的確に、私の心情を見抜き、落とし所まで綺麗に持っていった。
まるで過去に似たような事があったかの如き冷静さだ。いつものヤンチャが嘘のよう。
あの子のことを私は勘違いしていた。あの子は何も考えていないヤンチャな子供ではなかったのだ。
彼は命の恩人である。尊敬すべき人物である。
敬うべきだ。最大限の敬意を払い、死ぬまで仕えるべき人物。
いや……自分は今まで、彼を理解できず、ただの子供として見ていた。それにあの方には私のような役立たずではなくもっと優秀な者を―――
そうだ。もし、お腹の子が無事に生まれ、育ったのなら。この子を、ルーデウスに……。
ルーデウス様に仕えさせるのだ。
そのような決意をしてからしばらくすぎ。ルーデウス様がロアの街に家庭教師として行かれた後、ルーデウス様の部屋を掃除していた時。一枚の紙を発見しました。
そこにはこう書かれていた。
『リーリャ母さんへ
僕のいない部屋に入ってくるのはリーリャ母さんくらいだとは思うけれど念のため母さんが掃除しないと気づかないような所にこの手紙は置きました。
もし、この手紙をみているのがゼニス母さんやシルフィであったのならこれ以上読み進めずにリーリャ母さんに渡してください
リーリャ母さん、アイシャは俺の妹です。家族として育ててください。
ルーデウスより』