PSYCHO-PASS【UU】   作:胸に牡丹

10 / 10
10 異常

 

 

 

2112年 11月25日――

 

 

 

東京都 江東区 臨海集合住宅

 

 

 

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「で、一体何事だ?」

 

「ホームセキュリティの一斉点検でこの部屋のトイレが二ヶ月前から故障していたことが分かった。なのに住人からの苦情が一切ない。それで管理会社が不審に思い、通報してきたんだそうだ」

 

 

通報を受けて出動したのはごく一般的な集合住宅の一室。

 

この部屋の主は葉山(はやま) 公彦(きみひこ)。32歳独身、なんと驚愕の無職。

今時のシビュラ社会においては化石のような職業だ。

 

ただ、口座を確認したところアフィリエイト・サービス・プロバイダーから多額の報酬を受け取っていることが分かった。

つまりは暮らしそのものには何一つ不自由な部分は無かった、ということだ。

 

ちなみに〈アフィリエイト・サービス・プロバイダー〉とは自分のブログやコミュニティフィールドで商品を紹介したい人(メディア運営者)と、自社商品を宣伝してほしい企業(広告主)をつなぐ仲介会社のことである。

この葉山はネットの人気者であってそれなりに稼いでいたために無職などという職業でも構わなかった、というわけだ。

 

狡噛(こうがみ)さん、葉風(はかぜ)ちゃんは入り口付近で、宜野座(ぎのざ)さんはそんな二人に向かいながら、常守(つねもり)は窓際に立ち、(かがり)くんと椋羽(むう)ちゃんがパソコンを触っているのを見ている。

三面モニターになっていることもあり、それなりにネットで稼いでいたことは伺えた。

 

しかし、未だ事件と断定するには情報が足りない。

 

 

「どこかに長期の旅行中とか」

 

「無いですね。部屋の外に出れば街頭スキャナーに記録が残ります」

 

「確かに水無瀬(みなせ)支援官が言う通り記録が見当たらない。この街で何の痕跡も残さずに遠出をするのは至難の技だ。そもそも口座からの引き落としも二ヶ月間途絶えている」

 

 

その言葉に狡噛さんがいち早く反応し、縢くんが続く。

 

 

「死んでるな、葉山は」

 

「だね。殺される方が消えるより簡単」

 

 

結論を出すのは早い、と宜野座さんが二人を嗜めるがどうしてそういう発想になるのか常守にはついていけない。

 

一方葉風ちゃんがしばらく部屋の中を見て首をひねっており、椋羽ちゃんが声を掛けた。

 

 

「葉風ちゃん何か気になる?」

 

「うーん、この人の感じからするとソファはここに置くと思うんだけど…」

 

 

彼女が腕を開いて指し示すのは今ソファが置いてあるよりもモニターの正面よりもやや窓側に移動した位置だ。

 

常守であればモニターの正面に置きたくなるものだが、この人はそうではないのだろうか? というよりもこの限られた情報下でどうやってそのことに気が付いたのだろう?

もし仮にそうであるとして、一体なぜソファが動いているのだろう。

 

その話を聞いた狡噛さんは少し考えた後、この部屋の内装ホロを再起動するように宜野座さんに頼む。

 

彼は少し待て、と言葉を返して入り口付近の壁に取り付けられたパネルを操作した。

 

現れた内装ホロは落ち着いて上品な雰囲気だった。しかし、問題のソファはホログラムと位置がずれている。

ホログラムに座ることはできない。よって位置を同期させるのが基本だ。

つまりこのソファは指摘通りに動かされているということになる。

 

 

「なるほどねぇ」

 

 

納得した様子の縢くんと狡嚙さんにソファをどかしてもらい、常守は床に敷かれたラグを捲った。

 

 

「こいつを隠したかったんだろう」

 

 

現れたのは床に付いた小さな傷跡。おおよそ掌程度、つまりは15㎝ほどだ。

狡噛さんはそのまま葉風ちゃんの方を見て「どうだ?」と語り掛ける。

 

 

「あ~……うつ伏せ、かな。ん~抵抗したみたいだから、ちょっと痛い」

 

「ギノ、鑑識ドローンにスキャンさせろ」

 

 

話の見えてこない宜野座さんと常守を他所に、どんどん会話が続く。

心配そうに葉風ちゃんを見守る椋羽ちゃんの横で、狡嚙さんは壁沿いに座り込んで床を触った。

 

 

「やっぱりだ、テープの跡だな」

 

「どういうことだ?」

 

「この部屋の中から葉山 公彦を影も残さず消しちまった手品のタネさ。まずは絞殺か毒殺、電気ショックの心臓麻痺でもいい」

 

「絞殺」

 

「んじゃ絞殺という出血の無い方法で殺害、それから部屋にビニールシートを敷いて遺体を細切れに分解する。風呂やトイレの排水溝から流せる程度まで粉々に」

 

 

想像しただけで胃酸が逆流してくるような気さえする。

なぜそんなに残酷なことが出来るんだろう。

 

というよりもしれっと訂正を入れている葉風ちゃんは一体なんなのか。

本当に分からない。この思考についていけていると、そういうことなのだろうか。

 

 

「恐らく殺す段階で抵抗――」

 

「いや、解体の段階で死んでなくて一度目を覚ました」

 

「それで床に傷とビニールシートを固定した時のテープの後も残った、と」

 

 

征陸(まさおか)さんの言葉が脳裏をよぎる。

 

『彼女はその深淵に属しているのさ』

 

まさしく葉風ちゃん私には理解できない思考回路と何かを用いてその結論に至った。そして狡嚙さんもそれを受け入れている。

これが私には理解の及ばない〈普通〉を飛び越えた人達なのだと、そう思った。

 

 

「度胸と根性はあるが、素人の殺しだな」

 

「まさか」

 

「征陸のとっつあんならこの程度、部屋に踏み込んだとたんに嗅ぎ当てるぜ。ギノ、猟犬の嗅覚を舐めるなよ」

 

 

良くも悪くも犯罪に関わる才能。嗅ぎ当てる嗅覚を持つということはそれだけ犯罪係数に比例する。

 

常守は葉風ちゃんが心配になって椋羽ちゃんを見た。

彼女は心配そうにしながらも色相チェッカーを葉風ちゃんに向けてかざしており、支援官としての業務を既に果たしてくれていることにホッとする。

 

 

「下水管の血液反応をチェックしてみろ。話はそれからだ」

 

「分かった」

 

 

今までの様子よりは数段素直に狡噛さんの言葉を了承した宜野座さんが水周りへ向かうと同時に、縢くんがパソコンのセキュリティを突破する。

 

 

「開いたよ〜」

 

「葉山がネットで使っていたアバターはこいつか」

 

「アフィリエイトで食っていけるんだから、相当な人気者だったんでしょうねぇ」

 

 

常守も釣られて画面を覗き込み、驚愕した。

 

映し出されていた独特なアバターは自身のコミュニティフィールドでお悩み相談を開く〈アバター名:TALISMAN〉だったからだ。

 

「タリスマン?!」

 

「何?」

 

「私、今朝……このアバターと会ってます」

 

 

それは常守自身にとっても信じられないことであった。

 

狡噛さんについて助言を求めた時、タリスマンは『幻想を抱いていたのかも』と言っていた。先入観を廃してありのままの彼と向き合ってみる必要がある、と。

 

あれは、一体だれだったのだろうか。

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