2112年 12月4日 PM 21:00――
東京都 港区 六本木 クラブ〈エグゾゼ〉
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六本木なんて用事が無ければ行かないが、予想に反しない都会っぷりだ。
クラブなんて何が面白いのだろう。
そもそもバーチャルの姿で会うのなら現実世界である必要なんてどこにもない。
きっと危機感が無いんだろうな、と自分の中で結論付けて、私はこの作戦に参加している。
「表は
今回は中でドミネーターを使う必要があるため
私たち裏組は入り口付近の壁から中の様子を伺いつつどうするかを話し合っていた。
「しっかしこいつは、当世風の仮面舞踏会って趣か?」
「誰が誰だか分からない状況でこんな狭い場所に押し込められて、こいつら不安じゃないのか」
「匿名性を怖がっていたらソーシャルネットなんてできませんよ」
しかしネットの申し子である
「これはバーチャルじゃない。殴れば血が出るしナイフ一つで命を奪える
「そんな考え方してるからサイコパスが濁るんですよ」
「あ”」という声と共に常守さんがバツの悪そうな顔をする。
私も狡嚙さんとおおむね同意見なのだが、私のサイコパスが濁ることはまずないので一般の人ってそう考えるんだな…の参考にはなった。
やっぱり人を疑う、人に興味を持つ、危機を覚えるという行為がサイコパスに影響を与えるのはそうなのだろう。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」
「いや、まったくの正論だ」
「常守さんは色相美人に該当するらしいのである意味その考え方がシビュラの申し子である、ってことなんですかね」
「
焦ったように訂正する常守さんに「狡噛さんは気にしてないと思いますよ」と声を掛けたところで征陸さんがタリスマンを発見した。
「ここからじゃ狙えんな。他の客が邪魔だ」
「私が接近してみます」
「援護しましょう」
ここはアバターのある私たちが適任だ。ひとまずホロコスを被って接近を試みる。
横で常守さんがドミネーターを触っているのが目に入った。
確かにいざという時すぐに抜けたほうがいいのかもしれない。自分も腰に挿したドミネーターに触れる。
『鎮圧執行システムオンライン』
指向性音声が聞こえて繋がったことを確認した後、常守さんに続いてフロアにへと進んだ。
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同時刻。
クラブ〈エグゾゼ〉に備え付けられた2階のVIPルームでは一人の男が両手に女を侍らせ楽しんでいた。
男は中華系の顔立ちで40代くらいだろうか。細められた瞳が怪しく光る。
そこに赤いアラート画面が表示された。
シュビラシステムによるコンタクトを知らせる警告メッセージだ。
つまりここでドミネーターが使用されたことを表している。
男は両脇の女どもを乱暴に払いのけ、余裕を見せつつも電話を掛けた。
「
『やはり罠だったか、スプーキーブーギーめ』
電話の相手は若い男性だ。
「もちろん逃げますよね? 捕まってもらっちゃあ困りますよ」
『こっちにだってまだやりたいことが残ってる』
「援護しますよ」
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動く様子の無いタリスマンに向かって常守さんのアバターが歩いていく。
一歩後ろから歩く私は、音楽が止まったことに疑問を抱いてその場で立ち止まった。
途端に耳をつんざくような不快音。
思わず耳を塞いで顔を顰める。
これはジャミングで発生させられている電子音だ。
わざわざ人間の聴覚では不快に感じる音域に設定されていることから、妨害目的だと分かる。
15秒ほどその音に悩まされ次に顔を上げた時、常守さんの困惑の声が耳に入った。
周囲のアバターが全てタリスマンに成り代わっている!
困惑する周囲の人々。
どよめき、疑惑、疑心、マイナスの感情が小さなさざ波となってフロアを伝播する。
「ホロコスへの同時ハッキングだ! 本星が逃げるぞ!」
「くそっドミネーターだ! 犯罪係数で被疑者を探せ!」
「あ、待って二人とも!」
制止の声を掛けるももう遅い。
2人はフロアの中へ躍り出てドミネーターを抜く。
こういう時に判断が速いのは大変良いことなのだが、この感情の渦の中でさらなる混乱はあまり良くない。
「公安局だ!」
誰かの声を皮切りに、大きな波となった感情の濁流が一人、また一人と飲み込んでいく。
元々犯罪係数が高めの人間だったのかそれともこの混乱で犯罪係数が上昇してしまったのか判別は出来ない。
となると私たちにできることは手当たり次第にパラライザーを撃って対象を鎮圧することしかない。
「何人いやがる!」
「期せずして一斉摘発って訳か!」
その中で、私は2階のフロアを見上げていた。
ホロコスはハッキングされたと分かった時点で早々に切っている。
ここ数日間で自分も触ったから分かる。このシステムに侵入するなんてタダものではない。
しかもタイミング的に公安局が入って来たことを察知する何かがあったはずだ。
この事件、なんだか知っている匂いがする。
力を持たない者に手段という暴力を与えるやり方。
私はタリスマンに成り代わっているその人にはハッキングなんて方法は扱えないと感じていた。
説明するのは非常に難しいのだが、その人から感じるのは「自分がタリスマンで在るべき」という主張と「理想のタリスマンとはこう在るべき」という幻想。
一方、今の同時ハッキングは手段でしかなかった。
そこに主義主張は存在せず、ただ凄腕だという情報のみ。
「あなたは、だれ?」
私の独り言だけが、人が去ったフロアに反芻して響いた。
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PM 23:00――
ソーシャルネット内 スプーキーブーギーのコミュニティフィールド
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多くのアバターがクラブ〈エグゾゼ〉での一件に文句を言っている。
「なんだったんだよ今日のオフ会は!」
「アタシの彼氏、公安局に捕まったじゃない!」
「どうしてくれるんだ」という声が大きくなる中、スプーキーブーギーは慌てて皆を落ち着かせる為に弁明する。
しかし声は大きくなるばかりで不満が収まる気配は一向にない。
「み、みんな落ち着いて! あれは公安局のガサ入れで、わたくしはなんの関係も!」
「嘘は良くないな、スプーキーブーギー」
スプーキーブーギーを見上げる形で現れたのはタリスマンだ。
アバターたちをかき分けるようにして前へ歩み出でて続ける。
「騒ぎが起きた時、奴らは既にエグゾゼの中にいた。最初から主催者が手引きしていたとしか思えない」
その主張にスプーキーブーギーはたまらず転移し、タリスマンの目の前に現れた。
しかしタリスマンの口は止まらない。
「これまでアナーキズムを掲げて皆に愛されてきたあなたが、よりにもよって体制側の手先を務めるなどあってはならないことです」
「っ…何を言っているのよ! そもそも公安局に目を付けられるような真似をしたのはタリスマン、あなたの方じゃない!」
「貴方は自らのキャラクターを裏切った。貴方はもうスプーキーブーギーではない。皆に愛されるアバターとして立ち振る舞う資格はない!」
「あ、あんたなんかに! 何が分かるって言うのよ!」
「私は貴方のことを貴方以上に知っています」
「ふ、ふざけないで!」
追い詰められたスプーキーブーギーはそのままログアウトしてしまう。
実際彼女が公安局に協力を申し出たのは事実なのだが、来訪者たちにとっては関係がなく、タリスマンにとっては裏切り行為に等しい行為だった。
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スプーキーブーギーを操作していたのは
部屋はゴシックファンタジーな内装で、その服装に負けず劣らずの個性を醸し出している。
「何よあれちょーキモイ! 一体何様のつもりよ! あんなやつアクセス禁止にしてるわ。二度とあたしのコミュフィールドには入れてやらない」
「その必要は無いよ」
菅原が怒ってパソコンを操作する中で背後から声が響いた。
振り返った瞬間に首を絞められ、菅原から苦し気な音が漏れる。
「君の方こそ、もう二度とスプーキーブーギーになることは無い」
男によって全力で首を絞められた菅原は、目や鼻、口から体液を垂れ流し、やがて動かなくなった。
首を絞めた男――御堂は菅原を後ろ手に結束バンドで拘束しブルーシートの上に転がし、いくつかの解体道具を並べてからリビングへと移動する。
そこには白髪の男――
「殺したのかい?」
「この女はスプーキーブーギーに相応しくない。だがスプーキーブーギーは消えてはならない。みんなに笑顔をもたらすために。だからスプーキーブーギーを残してこの女だけを消す。跡形もなく完全に」
「君なら菅原 昭子よりも完璧なスプーキーブーギーが務まるよ。葉山公彦より完璧なタリスマンになれたようにね」
御堂はそれを聞くと、キッチンでトマトをミキサーに掛ける。
まるでこれから菅原に何が起こるのかを示唆するようなその深紅の食べ物は、いとも簡単にぐちゃぐちゃになっていく。
「そういえば槙島さん。気になる人がいたんですよ」
「それは誰かな?」
「クラブ〈エグゾゼ〉にいた監視官の一人。彼女はきっといつかこちらに気が付きますよ」
チェ・グソンが楽しそうに笑う様子から、槙島は興味深くその対象に思いを馳せる。
クラウゼヴィッツ【戦争論】では、戦争では計画通りに進まない無数の障害や偶然が積み重なり、それが現実を形作るとされている。
公安局が介入することでどんな【摩擦】が発生するだろうか。
槙島にとってはそれすらも楽しみの一つだった。