13 違和感
蛇口から溢れた水が部屋の情景を形作る。
覆いつくさんばかりに蓮の花が咲き乱れ、注ぎ込む水の波紋と共に蓮が揺れた。
「ごめんなさい」
理由は至って単純。昨日のクラブ〈エグゾゼ〉での一件でスプーキーブーギーの評判に傷が付いてしまったからだ。
「昔からこういう場面でよく使う言葉をあなたに贈るわ。ごめんで済んだら警察は要らないんじゃない?」
常守こと〈アバター名:Lemonade Candy〉は二頭身の小さなクラゲの様な姿のアバターなのだが、椅子の上でさらに体を小さくして謝る。
対するように座るスプーキーブーギーは鋭い目線を常守に向けており、ご立腹な様子は一目瞭然だ。
「あれだけ大騒ぎしておいて結局、本命のタリスマンは逃亡。は~あ、本当に警察なんかと手を組むんじゃなかった」
大げさにため息を吐いてスプーキーブーギーは常守を責める。
その様子に常守は申し訳なさそうにしながらも、タリスマンが何らかの犯罪に巻き込まれているのは確実であり、彼女自身もその可能性を見過ごせないからこそ協力してくれたのではないかと問う。
「いい加減にして」
だが、返ってきたのは冷たい拒絶。
「私はスプーキーブーギー・ザ・アナーキー。もうどんなことがあろうと金輪際、あなたたちの手先にはならないわ」
「え、そんな」
常守の返答を待つ間もなくスプーキーブーギーの部屋が遠ざかる。
全ての感覚が途絶え、何も見えなくなり、そして接続が切れた。
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2112年 12月5日 AM 10:00――
厚生省 公安局 ビル内 分析室
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大きなため息と共に機械を外すと、
そもそも同級生というだけで大した仲でもないため、そこまでの関係でしかない。
しかしそうは言っても相手に不快な思いをさせてしまったのは忍びなかった。
「今のチャットはログを取ってあるな?」
「え? そりゃもちろん」
落胆する常守を他所に、
「アンタから見てどうだ?」
尋ねられた葉風ちゃんは極めて深刻な顔で小さく呟いた。
「確実に別人です」
「男か? 女か?」
「分かりません。でも、さっきのは…こう……違ったんです」
「何が違った」
「価値観と、人間性が」
常守には全く分からないところで2人の話が進んでいる。
唐之杜さんの方に視線で助けを求めるも「私にも分からない」と言いたげに肩を竦められてしまった。
「葉風の証言だけでは不十分だ。確証を得るためには、言動なりから差異を探す他ない」
「会話が少ないので何とも言えませんが、タリスマンを乗っ取っている奴と同一人物だとは思います」
「だろうな」
「全員を集めましょう。操作方針を決めないと」
狡噛さんはいつから葉風ちゃんを名前で呼ぶようになったのだろう。
それに、いつの間にか2人が似た雰囲気を醸し出すようになった…気がする。
気の所為かもしれないけれど、これが彼女と常守の差かもしれない。
狡噛さんの「
きっとこの2人は何か秘密を共有している。
私もあの二人と同じものを見られたら少しは理解ができるのだろうか。
例えそれが深淵を覗く行為だったとしても、自分の責任からは逃れたくない。
常守はそう考えて皆が分析室に集まるのを待っていた。
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全員が分析室に集まったところでブリーフィングが始まる。
「タリスマン・サルーンは相変わらず千客万来、
モニターに向かう唐之杜を筆頭に語る内容は、当然他人のアバターを乗っ取る例の犯人に関してだ。
「逃げも隠れもしないどころかクラブ〈エグゾゼ〉の件ネタにしてる有様ですよ」
私と
ちょうど
「そもそも、こいつは何がしたいんだ。葉山 公彦が生きているように見せかけるのが目的なのか?」
「だったら、銀行口座や外出記録を2ヶ月ほっとくわけが無いでしょ」
「やっぱりアバターを乗っ取るのだけが目的なんすかね?」
「愉快犯と考えるなら有り得るが、その為に殺人まで犯すか?」
宜野座さんが唐之杜さんや
「葉風ちゃん。最近犯罪係数はともかく、色相はちょっと濁り気味だから気をつけてね。いつもがクリアすぎるからちょうど良いけど……」
「ん、分かった」
色相が濁りがちなのは心当たりがある。
狡噛さんと思考を共にするに辺り、色相が似てきているのだ。
でも正直
自分以外の誰かになれる。
自分ではない誰かの考えを知れる。
それが楽しくてたまらない。
きっと椋羽ちゃんはそんな私の傾向が分かった上で言っているのだろうが……
「ギノ、犯罪者の心理を理解しようとするな。飲み込まれるぞ」
「ふん、それは貴様自身に対する戒めか? それとも最近やけに親しくしている
自分の名前が出てきたのでそちらに意識を向ける。
宜野座さんも素直になればいいものを、監視官という立場を守るためにもにっちもさっちも行かなくなっているのが見て取れる。
首が回らなくなる前に宜野座さんの悩みが晴れるといいなと個人的には思う。
「奴は愉快犯だったとしても馬鹿じゃない。自分に嫌疑がかかると予測していた。会場全員のホロコスをクラッキングするなんて事前の準備がなきゃ無理な相談だ」
「こちらを舐めてかかっているなら思い知らせてやるまでだ」
宜野座さんは唐之杜さんへタリスマンのアクセスルート追跡を命じる。
しかし私があれほどのクラッキング技術を持っているならそんなのは百も承知のはずだ。
逆探知対策には鉄壁の自信があるからこそ平然とソーシャルネットへ出入りしているのだから。
だとして、本当に殺人をした人間とクラッキングをした人間は同一人物だろうか。
私にはどうしてもそう思えない。
人を殺し、アバターを成り代わった人間には強烈な執着があった。
【タリスマンとはこうあるべき】という歪んでいても確かな理由が。
でもあのクラッキングには何もなかった。
ただ必要だったから使った。
そんな手段としての冷酷さしか感じなかった。
「別の方法で奴の尻尾を掴めるかもしれない。まだ一つ気になる点がある」
そう言って狡噛さんが私の方を見てくる。
しかし私にも私の気になることがあり、その分野は私よりも椋羽ちゃんが適任だ。
「椋羽ちゃんにやらせてください。色相チェッカーを使うまでもなく狡噛さんのやりたいことに答えてくれると思いますよ」
「なら水無瀬支援官を借りてもいいか、ギノ」
「良いだろう好きにしろ。俺は俺で、逆探知の線で進める」
双方のやりたいことが決まったことで、ブリーフィングは解散になった。
私は宜野座さんと行動を共にすることにした。
何故なら知りたいのは成り代わっている犯人の向こうにいる、手段をもたらす何者か、だからだ。