17 あの日
2112年 12月7日 AM 11:00一一
厚生省 公安局 ビル内 射撃訓練室
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冬の寒さが厳しくなった今日この頃、私はひとりこの場所を訪れていた。
公安局庁舎にはホログラム標的を投影してドミネーターを使用できる訓練施設がある。
戦闘訓練も良いけれど、やはり最終的にはドミネーターを用いた執行をする為にも射撃訓練は欠かせない。
いつものように扉を開けたところで先客が目に入る。
ただ黙々とドミネーターを撃つその後ろ姿を横目に、私は隣のブースに入った。
先日のアバター乗っ取り事件にて、犯人の
その左腕にエリミネーターを着弾させた彼が、何かに突き動かされるようにドミネーターを撃つ姿はどうにも見ていられない。
「下手くそ」
隣から声をかけると、彼一一
「御堂に対して左腕の着弾。狡噛さん腕が鈍ったんですか?」
「喧嘩売ってんのか?
「いいえ。珍しいなぁと思いまして」
だって撃ち損ねるなんてないじゃないですか、と続けると狡噛さんはバツが悪そうに目を逸らした。
この人とはまだ少ししか仕事をしていないけれど、優秀なのは痛いほど実感できる。
執行官としてはピカイチ。一昔前の刑事としてなら一級品だろう。
そんな狡噛さんが仕留め損ねた、というのはきっと何かしら過ぎった結果なのかもしれない。
「内装ホロのクラッキングもあったし一般人もいた。だから照準が定まりにくかった、それだけだ。そんなに言うならやってみたらいいだろ」
「なら、やってみるので状況を教えてください」
私は知りたい。
狡噛さんが身を焦がすほど追い求めるその先を。
考えて考えて、その事しか頭に残らないほど強烈に胸を支配するその中身を。
狡噛さんが言うようにホロを設定しダミーターゲットを出現させる。
「あの時、クラッキングされた内装ホロの間を御堂が抜け、それを
自分の傍を走り抜ける足音がする。
「逃走する御堂を追いかけるため、とっつぁんがスプリンクラーを作動させ、辺りには水のカーテンが発生した」
細かな水が降り注ぐ音が聞こえる。
自分が濡れていく感覚がする。
そうだ、あの日も。雨が降っていた。
「廊下に2人の一般人が蹲っていて、中央に御堂」
追いかけて追いかけて、それでも見つけられなくて。
焦った自分が目にしたそれは一一
焦って振り返った御堂の驚愕に満ちた表情。
焦燥感か、私情か、追いかけてやるという強い気持ち。
逃がすものかと、もう少しで手が届きそうで。
引き金を引いた。
「葉風?」
「そうか、だから」
私の撃ったドミネーターは、狡噛さんと寸分違わず同じ左腕を撃ち抜いていた。
そんなことはどうだっていい。
私はそれよりも、分かってしまったことがあった。
「
狡噛さんが止まる。
ゆっくりと、まるで獣のように私を見る。
「……誰からその名前を?」
「名前、は、どこかの資料で」
以前、狡噛さんが追っている〈マキシマ〉という男の。なんだったか、その関連の事件で名前を見ていた。
でも違う。
今のは、そういうのじゃなかった。
私は。
「私は、誰になっていた……?」
「……場所を変えるぞ」
辿り着いてしまった。
誰にも教えられず、誰にも導かれず。私は三年前へ続く何かに触れてしまった。
狡噛さんが〈マキシマ〉を追い続ける理由。
その奥にはまだ私の知らない誰かがいる。
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PM 13:00一一
厚生省 公安局 ビル内 局長室
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「頑張っている様子じゃない」
彼女は銀髪のショートカットに角縁眼鏡のスマートな印象の女性であり、現在映し出されているモニターには
「まだ経験が浅い分、心得違いをしている部分が多々ありますが、優秀な人材なのは事実です。将来的には有望かと」
「そうあってくれると良いがね。君の同期生のような残念な結末に至る可能性も決してゼロではない」
返事をしつつも、内心揺らぐことの無いよう小さく呼吸を整える。
「君たち監視官の職務は過酷だ。多くの犯罪者、そして執行官たちの歪んだ精神と直面してもなお、任務を遂行できる不屈の精神が必要なのだ」
ちらりと顔を見た局長は背もたれへと体重を預け、やや楽な姿勢を取る。
彼女の言いたいことは分かっている。
今までにも何度も自分に言い聞かせてきた言葉だ。
「君とて油断は禁物だぞ、宜野座くん。犯罪係数と遺伝的資質の因果関係は未だ科学的に立証された訳ではない。だが裏を返せば未だ無関係だと証明されたわけでも無い。君が父親と同じ轍を踏むことのないよう心から祈っているよ」
「肝に銘じます」
「そうだ、困った時には彼女を使うといい。きっと役に立つだろう」
局長がそう言って見ているのは先程とは変わって
監視官についての話なのだからこの場合は東雲を指しているのだろう。
狡噛とやたら息が合い、宜野座としても気にせざるを得ない相手だ。
「使う、とは」
「彼女の運用にはまだ課題点もある。我々にはデータが足りていないのだ。放っておいても彼女は優秀ゆえ、勝手に動く。手綱だけは握り給えよ、宜野座くん」
「……はい」
全く、厄介な役目を仰せつかってしまった。
全員が優秀。結果、宜野座ひとりで御するのは非常に困難だ。しかし執行官に入れ込んで降格になったら目も当てられない。
宜野座は今一度局長の前で背筋を伸ばし、短く一礼した。
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PM 18:00一一
厚生省 公安局 居住区
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色々と迷った
彼は快く中に入れてくれ、料理まで作ってくれている。
部屋はビリヤード、スロット、ジュークボックス、レトロゲーム筐体などが置かれ、アメリカンダイニングな雰囲気を彷彿とさせた。
キッチンには調理器具が並び、鼻をくすぐるのは出来合いの食品を温めただけでは出ない香り。
散らかっていると言えば散らかっている。でも不潔という感じではない。
必要なものと好きなものを、自分の手が届くところへ好きに置いた結果――そんな部屋だった。
「でもさぁ、なんでデータベースで調べない訳? 監視官なら権限あるっしょ」
「ファイル閲覧したら狡噛さんにバレちゃうじゃない。それに、葉風ちゃんにも見られちゃうし」
「バレちゃマズイわけ? つか、そんなにコウちゃんの事が気掛かりなのかい? それって恋? もしかして葉風ちゃんとバトってる?」
まさかそんな訳ない。
私は縢くんの言葉に、腹を抱えて笑ってしまった。
「縢くんて恋した事あるの?」
「あのね
「えぇ〜?」とつい疑い深い声が出てしまう。
でも彼は実際5歳でサイコパス検診に引っかかり潜在犯認定された。
セラピーなんて効くはずもなく、そこからずっと隔離生活だ。
彼にとって少しでもマシな暮らしをするためにこの公安局で猟犬となる選択をした、と前に教えてくれた。
「例えば、これ」
指された瓶は見覚えのない物だ。
「ジュース?」と聞くと彼は怒りながらも「酒だよ、本物の酒!」と料理の手は止めずに教えてくれた。
「征陸のとっつぁんのおすそ分け! 今じゃみんな中毒性が怖いからって安全なメディカルトリップかバーチャルばっかじゃん?」
「えっと、それ、飲むんだよね? 火をつけるんじゃなくて」
征陸さんの酒といえば、先日火炎放射器のように使っていたのが思い起こされたがあれが正当な使い方であるはずは無い。
縢くんが怪訝そうな顔をしたのを見て、慌てて否定する。
「まぁ、こういうイケナイお楽しみも今じゃ
縢くんが完成させた料理をほんの少しつまみ食いをすれば、それはあまりにも美味しい。
高級料理店で出されていると言われても納得してしまいそうな、そんな味がした。
「これが本物の料理ってもんさ」
あまりにも美味しくて、ついつい2口目、3口目と口に運んだところ、怒られた。
酒のつまみらしい。
「ケチ」
「それとも朱ちゃん、試してみる?」
「え?」
「俺も酔ったら口が軽くなるかもしれないし、何よりオトナな話はあの娘には出来ないよ?」
まぁやってみるのも良いかもしれない。ここは公安局だから最悪何とかなる。
常守は少し考えてから縢の提案を承諾した。