窓のない無機質な部屋。
しかし入口のドアと鏡があり、部屋の様子は常に録画されている。
部屋の中に人間は3人。
中央の木製の机に対面する形で2人、部屋の壁際に1人。
立ったまま壁に寄りかかり腕を組むのが
机に座り、鋭い眼差しで相手を見るのが
そして緊張からか、落ち着かない様子を見せる
「人間に出来て動物に出来ないことが山ほどある。そのうちのひとつが安全制御だ。人間はどんなものにも安全装置を付けてきた。現に執行官にも監視官という安全装置が付いている」
金原は落ち着きなく膝を揺らし、唇はわなわなと震えている。
「君が操ったドローンには特に厳重な装置が付いていた。絶対に安全だったはずのドローンに殺人行為を実行させたメモリーカード」
顔から滴り落ちる多量の汗が机に落下する。
「君は、どこで入手した?」
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2112年 12月16日――
厚生省 公安局 刑事課 一係
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「八王子のドローン事件で金原が使ったセーフティーキャンセラーと、
宜野座たち一係の面々はいつもとは違い、
ようやく金原から話を聞けるようになったため、取り調べをしたのだが、不可解な点があったからだ。
「同じプログラマーが書いたって線に……あたしは今日着けてるブラジャーを賭けてもいい」
「要らねーよ」
「私も唐之杜さんと同意見なので、賭け事じゃ無くなっちゃいますね」
唐之杜のすっ飛んだ発言に
金原の使用したディスクには【
ウィリアム・ギブスンという人間が書いた短編であり、脳内にデータを記録して運ぶ情報運び屋の話だ、と以前このディスクを発見した東雲が言っていた。
「御堂は確かにソーシャルネットのマニアではあったが、公共のホロに干渉出来るほど高度なハッキング技術は無かった。金原も御堂も電脳犯罪のプロからバックアップを受けていたのは間違いない」
「しかし、肝心の金原の供述がこれじゃあなぁ…」
そう言って
金原が興奮した様子で「ある日いきなり俺宛に郵送されてきた」と主張する内容だ。
送り主の手紙には名前もなく、ただあの工場に恨みがあるから滅茶苦茶にしてやろう、という旨が書かれていたらしいがそんなものはどう考えても都合が良すぎる。
「少なくとも金原が言ってることは本当ですよ。彼自身そう記憶してるみたいです」
「あ、
「愉快犯、にしては悪質ですよね」
分析官である
しかし局長もあの様に言っていたことだし、優秀だという証拠か。
宜野座は常守の言葉に「そもそも」と言葉を続ける。
「金原が殺人を犯すと、送り主はどうして予測できたんだ」
一瞬の沈黙。
それを破ったのは
「とっつぁんも職員の定期検診記録だけで金原に的を絞ったんだ。同じ真似を出来るやつが居た。あの診断記録は部外秘だった訳じゃない」
「じゃあソイツが御堂を手伝った動機は?」
「金原と御堂が手段さえあれば実行に移す人間だったから、だと思います」
「葉風の言う通りだ。動悸は金原と御堂にあった。奴にはきっとそれだけで十分だったんだ」
常守の息を飲む音が聞こえた。
宜野座にも狡噛のただならぬ憤怒が感じ取れる。
「殺意と手段、本来揃うはずのなかった2つを組み合わせ、新たに犯罪を創造する」
東雲だけがただ静かに狡噛を見つめ、その様子を水無瀬が心配そうに覗き込んでいる。
宜野座をはじめとした面々は狡噛の顔を見ることができなかった。
物理的に見えなかったという話だけではない。
溢れんばかりの憤怒に狡噛が取り憑かれていることが分かっていたからだ。
「それが奴の目的だ」
誰も、何も言えないまま、狡噛が一係を去ろうと入口に向かって歩く。
「宜野座さん、止めてあげてください。じゃないとまた勝手に動きますよ」
この重苦しい沈黙を破ったのは東雲だった。
いつもより優しく、ただ少し苦しそうに。彼女は狡噛の方を見て呟く。
「貴方しか止められません。私たちは渇望しすぎている」
その言葉に弾かれるように席を立ち、宜野座は狡噛の後を追った。
向かった先は予想通り狡噛の私室。
壁には所狭しと写真が貼られ、一昔前の刑事の様だ。
その中で狡噛は下の棚からファイルを取り出し何かを探すように読み漁っている。
「狡噛、お前は」
「ギノ、あの事件と同じだ。ただ殺意を持て余していただけの人間に手段を与え、本当の殺人犯に仕立て上げている奴がいる」
東雲の言った通り、狡噛は未だ3年前に囚われている。
最近常守に狡噛の人事ファイルを渡したのは、狡噛と東雲がそれらのことで心配だったから、というのもあった。
「落ち着いて考えろ。あの時は特殊樹脂だが、今度はプログラムのクラッキングツールだ、全然違う!」
「技術屋と周旋人がまた別なんだ。人を殺したがっている者とそのための道具を作れる者とを引き合わせている奴がいる。ソイツが本当の黒幕だ」
手を止めた狡噛が見つけたのはあの写真。
佐々山のメモリーから見つけだされたピンぼけした白髪の男。
「いい加減にしろ! お前は居るかどうかも分からない幽霊を追いかけているんだ!」
「
また東雲。
『私たちは渇望しすぎている』という言葉。
宜野座に止めろと言ったり狡噛と3年前の事件について調べていたり、何をしたいのか分からない。
ただひとつ。
狡噛が未だなお、あの標本事件に囚われており、狡噛も東雲もその犯人に食らいつかんとしている、ということだけを強く感じ取った。
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2112年 12月17日 早朝――
東京都内 とある公園
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都内には幾つも公園があり、それぞれかなりの広さを誇っている。
噴水を所有する公園も少なくなく、この公園もそのひとつだ。
しかし、今朝からこの噴水では不具合が起きていた。
「清掃局の高橋です。中央噴水棟の前なんですが、ずっとホログラムにノイズが出てまして……はい、そうなんですよ。確認のため噴水のホロの停止をお願いします」
数秒して要望通りにホロが消える。
その場に残されたのは大きな窪みだ。しかし、その中央に何かがある。
よく見てみると…人形だろうか?
気味が悪い。
それは朝日に照らされようやく全貌が顕になる。
赤い薔薇が形作るリースの向こう側。女性の頭部を中心にモニュメントが置いてあった。
上から脚、乳房、頭部、下半身と続き、眼は見開かれ、口には薔薇がすっぽりと嵌る。
その禍々しい物体に嫌悪感を抱きつつ、よく出来た美術品だと彼らは思う。
しかし悪趣味だ。
こんな物を誰が設置したんだ、と電話をする傍らによく覗き込めば、それはとてもリアルだった。
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タイタス・アンドロニカス。
彼女が好きだと語ったのはタイタスの娘、ラヴィニア。
父のせいでトラブルに巻き込まれ、ラヴィニアは敵に性的暴行を受け舌を切り取られた上に両腕も切断される。
『これは自分の命よりも大事な可愛い小鹿だった』
可哀想なラヴィニアは自分の父に殺されたのだ。
「辱めを受けた命から解放されて、ラヴィニアは幸せだったと思うかい?」
2人っきりの美術室。
王陵 璃華子はスケッチブックにツインテールの少女を描き、その首や胸や腕に斜線を引いた。
その後ろから、1人の男が声をかける。
「『娘が辱めを受けた後も生き永らえ、その姿を晒して悲しみを日々新たにさせてはなるまい』でしたっけ、
「美しい花もいずれは枯れて散る。それが命あるもの全ての宿命だ。ならいっそ、咲き誇る姿のままに時を止めてしまいたいと思うのは無理もない話だね」
槙島先生、と呼ばれた
そのまま手に持った本を椅子へ置き、王陵 璃華子へと近付いて話を続ける。
「だがしかし、もし君が彼女を実の娘のように愛していたというのなら。君は、あの娘のために流した涙で盲目になってしまうのかな」
「あら、それは困りますわ」
彼女は既に狂っていた。
それはもう取り返しも付かないほどに狂って、そして自分の作品を作るために熱心だった。
いや、彼女自身も取り憑かれているのかもしれない。
「だって私……これからももっともっと新しい絵を仕上げていかなくてはならないんですもの」
だが槙島にとって、今は彼女が何を成すのかを見るのがただ楽しみであった。