2112年 12月18日――
厚生省 公安局 ビル内 トレーニングルーム
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前日に
「やりすぎですよ、狡噛さん!」
狡噛さんがホロを纏ったロボットをボコボコにしてもなお殴る行為を止めなかったため、さすがに止めた。
設定はスパーリングが最高レベルになっている。
益々人間とは思えない。
「本当に人間ですか? 狡噛さん」
「あぁ。それでもパラライザーで撃たれれば気絶する、ただのヤワな人間だ」
「う」
初日のことを持ち出されると常守としては弱い。
後で絶対に管財課から怒られますよ、と狡噛さんに口をすぼめて苦言を呈すと、彼は「ダサすぎんだよこのシステムが」と言いながらタバコを口に咥え火をつけた。
そういえばこの人がタバコを吸うのはいつからなのだろう。
それに、最近は
「俺の顔に何かついてるのか?」
「うぉっ?! いや、別にっ」
ジッと見つめすぎて不審がられてしまった。
どことなく気まずい雰囲気を感じながらもこの際気になることは聞いてしまおうと意気込んで、常守は口を開いた。
「ドミネーターほど強力な武器が支給されるのに、ここまで過剰な戦闘訓練が必要なんですか?」
「以前葉風にも同じ話をしたことがあるが…必要だ」
狡噛さんは火をつけたばかりのタバコを灰皿で揉み消し、常守に向き合う。
「強くて優れた武器を扱うからこそ、その使い手はより強くタフでなくてはいけない。相手を殺すのはドミネーターじゃなくてこの俺だと、それを肝に銘じておく為にも
「それ、葉風ちゃんにも言ったんですよね……彼女はどうしたんですか?」
「時間を見つけては組手をするようになった」
「な、るほど……ちなみにそれって私に対する教訓だったりしますか?」
「アンタにドミネーターを撃たせるような状況は願い下げだぜ」
ここ最近、葉風ちゃんの雰囲気が狡噛さんに似てきたのは気のせいでは無かったらしい。
常守が気が付いているのだから、一係のみんなや
とはいえ日々のストレスチェックを行う椋羽ちゃんが特段何も言っていないし、提出されている数値や色相も悪くない。
となると葉風ちゃんはその点で特別なのかもしれない。
「で、何の用だ」
「その前に! タオルで汗を拭いて、服をちゃんと着てください!」
常守は上裸の狡噛さんをビシッと指さし、まずは服を着るようにうながした。
とてもじゃないがそのまま話なんて出来そうにない。
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場所を狡噛さんの部屋へ移して、常守は未解決事件一一公安局広域重要指定
「こっそり、覗き見するみたいに調べたのは謝ります」
「何故謝る」
「怒ってないんですか?」
「どうして俺が怒らなきゃいけないんだ。過去の部下を殺された事件のことで? 3年も経つのに解決できていない事件のことで?」
この事件が絡む時、狡噛さんはいつも怒っているように見えた。
だからてっきり勝手に調べたことも怒ると思ったのだが、違ったらしい。
「怒らないさ。俺が怒るとすれば、その対象は自分自身以外有り得ない。あの事件…
「今回の事件も同じ人物が関与していると?」
「まだ分からない。だが、葉風の見解としては『間違いない』と言っていた。ただ手の込んだ模倣犯という可能性もある…が、俺は葉風の言い分を信じる」
葉風ちゃん。
狡噛さんと同じ深淵を覗こうとする監視官。
常守もそれなりに色相が曇りにくい体質ではあるが、曇らないわけではない。
しかし彼女にはそんな言葉では説明できないような秘密があるのではないかと、感じられた。
「狡噛さんは、どうして葉風ちゃんを利用するんですか?」
「アンタからはそう見えるか。……別に利用なんてしてない。アイツが勝手にこっちへ来て勝手に覗いて行くんだ。葉風は人より多くの物を感じ取る。それが3年前の事件解決に役立つなら、と思って話しただけさ」
「それは…詭弁じゃないですか」
「そうかもな」
常守たち刑事課を取り巻く問題はいつだって深刻だ。
監視官として執行官を管理しろと命じられるけれど、自分のサイコパスだって管理しなくてはならない。
でも事件は待ってくれないし、サイコパスは正直だ。隠し事なんて出来やしない。
それでも私たちは与えられた仕事をこなす為にも個々人が出来る最大パフォーマンスを発揮することでこの社会に貢献している。
「捜査から外されちゃいましたね…」
「別にいいさ。あんまりギノを困らせてもな。それに葉風だっている」
「え?」
「やり方はあるって事だよ。上手い口実を見つけて俺たちが戻らざるを得ない状況を作り出せばいい」
「そんな方法が? というか葉風ちゃんて?」
「あるさ。まぁ見てろ」
結局肝心の部分は教えてくれなかったが、ここでもう1つ。
聞きたかったことを聞いてみる。
今更だから何を聞いても狡噛さんなら許してくれると思いたい。
「
「クソ野郎だった」
「は?」
「女好きでね。
そう語る狡噛の表情は柔らかい。
なんだかんだ言っても、やはりこの人にとって重要なひとだったことがよく分かる。
「あと短気だった。一度火がつくと手が付けられなくてなぁ…ある時色相チェックに引っかかった容疑者宅に踏み込むと、まさに攫った女性にのしかかってるところだった。佐々山はその男を危うく殺しかけた。当時俺は監視官だったから一応止めたが、内心『楽しい奴だ』と思ってた」
こんな狡噛さんは見たことがない。
「女好きで凶暴で、実に楽しいクソ野郎だと。少なくとも……あんな死に方をするような男じゃなかった」
段々と帯びる哀愁の空気に、心が痛くなる。
この3年間を全て費やしてまでも追い求める相手。それは一体どんな人間なのだろう。
「死体の写真は見たか」
「……はい」
「死体はホログラムイルミネーションの裏側に配置されていた。イルミネーションの内容は知ってるか?」
「いえ、そこまでは」
「薬品会社の広告だった。『安全なストレスケア、苦しみのない世界へ』佐々山は標本化される前、生きたまま解体されたことが分析で判明した。犯人のメッセージみたいだったよ…苦しいだけが人生だって。それをしでかしたヤツを同じ目に合わせてやりたいといつからかそんな風に思うようになった時点で、監視官としての俺はもう終わってた」
悔しそうに拳を握りしめる狡噛さんを見て、常守にも理解できた。
彼がどうして執行官になってしまったのか。どうしてそこまで犯人を追い求めるのか。
気が付けば「後悔はありませんか」と問うていた。
返ってきたのは「自分の行動に後悔はない。問題は未解決なこと、この一点に尽きる」と実に狡噛さんらしい簡潔な答えだった。
「3年前……藤間 幸三郎に手を貸した共犯者。今でも使えそうな手掛かりは何かありますか?」
「あぁ、佐々山が撮った写真がある。酷くピンぼけだがな」
狡噛さんはそう言うと1枚の写真を差し出した。
写っているのは白髪の男。上等な身なりをしていそうなのは予測できる。
「佐々山の使っていた端末に保存されていた」
「この男…名前とかは?」
「画像ファイルのタイトルは〈槙島〉だった。葉風もこの男を追いかけている」
マキシマ。
事件の裏で糸を引く黒幕。
この男によって多くの人間の人生が狂わされた…かもしれない。
そして今、狡噛さんだけでなく、葉風ちゃんの運命も狂わされようとしている気がしてならなかった。