スーツケースは勝手に目的の場所に着くのだから、自分も移動しなくてはならない。
真夜中の学園でただ1人。
優美な令嬢の赴く先は使われなくなった区画だ。
カードリーダーにカードを通し、王陵 璃華子はその場所へやってきた。
既に用意された幾つかの水槽とタンク、手術台、道具。その全てが先程槙島の手先であるチェ・グソンへ電話をして運ばせた物である。
「お早いお出ましで」
「それにしても、
「元々はリサイクルボイラーの発電室だったのが、改装で閉鎖された時に図面からも抜け落ちたみたいで。杜撰なものです」
「それで、薬の方は?」
「そちらに」
グソンが示す方に白い灯油タンクがずらりと列ぶ。
このシビュラ社会で灯油なんていう化石燃料を使っているのは珍しい為、名前くらいしか知らないのだが、ともかくこの中に目的の物は入っている。
「別に俺の専門は荷運びじゃないんですけどね。今回は手当も弾んでもらえてますし、こんな可愛いお嬢さんのお手伝いってんなら、ま、文句をつける筋合いでもありませんな」
グソンの独り言を聞き流しつつ、王陵璃華子は慎重に準備を進める。
皮膚につかないよう細心の注意とガウンに手袋と万全の装備を用意して作業に取り掛かった。
「こんな不思議な物を槙島先生は一体どこから?」
「昔仕込んだ祭の残り、とは言ってましたけどね。誰が作った物なのかは知らないし知りたくもないが…そいつはこの妙ちきりんな薬で特許取ったり商いをしたりするより、槙島の旦那を楽しませる方がよほど有意義だと思ったんでしょう」
「先生の周囲にはいつも、才能の使い所を間違えた天才たちが集まってくるのでしょうね。貴方もそのひとりなのでしょう? チェ・グソン」
「なんなんですかねぇ…あの人と一緒にいると童心に帰るって言うか。どんな悪戯を仕掛けて世間をあっと言わせてやるか、そればっかり夢中になっちまう」
「分かるわぁ……その気持ち」
王陵 璃華子は運んできた重たいスーツケースを開く。
中にあったのは、既に息絶えた少女が腐らないよう、全裸で真空パックになっていた。
既に血の気は失せ、まるで陶器のような白すぎる肌と見開かれた目が、その異常性を指し示す。
しかし王陵 璃華子はそれはそれは楽しそうにその遺体を見て微笑んだ。
「貴方たちが玩具を用意し、それを使って私たちの様な悪戯っ子が世の中を騒がせる。楽しいわよね…本当に!」
「ま、俺ら玩具屋はアンタたち悪ガキのやることを眺めて楽しむだけで十分です」
「…そうね、そろそろ2つ目の
「そうさせて貰いましょう」
チェは手に持ったパクトを操作し、全身ホロを身に纏う。
公共の場で全身ホロを纏ったまま出歩く行為は違法であり、すぐに察知される。しかしチェはその対策もしたホロを纏ったのだろう。
見た目だけでなく声まで変化させる優れものだ。
「貴方、いつも一番楽しい場面には付き合わずに帰っちゃうのね。勿体ないわ」
「生憎、血なまぐさいのは苦手なもんでね」
背を向け立ち去るチェからは早々に興味を失った王陵 璃華子は、遺体へと向き直る。
そして心の底から楽しそうに、糸鋸を取り出した。
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2112年 12月19日 PM 17:00――
東京都内 とある公園
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前回とは全く異なる公園で、例の彫刻化された遺体が見つかった、と報告を受けた。
現場へと到着して目に入ったのは、夕焼けにてらされた水晶のような人の大きさほどもある物体。
しかしその前面には少女の顔が埋め込まれ、顔の下には薔薇が添えられている。顔を支えるように伸びた両腕。その対となるように、上部から二本の脚が突き出していた。
「2件目か」
「これが
宜野座の呟きに続けて六合塚が仮説を言う。
確かに藤間の仕業なら由々しき事態であり、狡噛を捜査から外した事は正しかった…のかもしれない。どっちにしろ、アイツをこれ以上深淵に引きずり込ませてはならないからだ。
しかし懸念事項もある。それが東雲の存在だ。
宜野座が伺うように彼女の方を見れば、驚愕の表情で
「東雲、どうした」
「……違うんです」
「何がだ」
「これは、藤間じゃない。思想が違いすぎる。あの人は…ただそれだけの理由で公園になんて」
「東雲?」
見開かれた瞳を震わせる彼女の後ろで、紫苑の花が揺れていた。
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同時刻一一
東京都 私立桜霜学園 美術室
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「それで……私に相談事って何かしら。
放課後の夕日が美術室を赤く、怪しく染め上げる。
座ったままの王陵 璃華子はキャンバスに筆を走らせ、訪問者に質問を投げかけた。
「
王陵 璃華子の筆が止まる。
「
「心配なのね? 河原崎さんは友達想いね」
王陵 璃華子の表情は窺い知れない。
それでも少女は自らの幼馴染に繋がる唯一の手掛かりだと信じて歩み寄った。
しかしソレを見て固まる。
そのキャンバスに描かれていたのは幼馴染の大久保 葦歌その人だ。
裸体の彼女がこちらへ振り返るようなポーズで描写され、周囲を青薔薇が囲う。
しかし一番不気味なのは首、脚などパーツ事に赤い線が引かれていることである。
「これは…?」
「女の子同士の友情って素敵ね。それはそれでモチーフとしてとっても刺激的かも」
「えっと……」
困惑する少女を他所に、王陵 璃華子は一人で話を進める。
ここまで来てしまえば次の題材など決まったも同然だ。なんて素敵な関係なのだろうか。
「葦歌さんを展示するにあたってそういう嗜好も良いわよね」
王陵璃華子はそのまま少女の首元に何かを注射する。
すぐに力が抜け、少女は床へ倒れた。
目を開けた時、少女は自分が床に転がされていることに気が付く。
次いで両手両足の拘束により身体の自由がないこと、猿轡によって声も出せないことを知る。
しかしそれよりも。少女の思考を支配したのは液体に浮かぶ幼馴染の頭。
見開かれた顔と目が合い、少女は叫ぶ。
「幼馴染との感動の対面、心揺さぶられる場面よね…ほんっと泣かせられるわ」
その恐怖から、何とか拘束から逃れようと身を捩るもどうにもならない。
あの時美術室のトビラを叩いた時点で手遅れだったのだ。
「この感動をもっともっと大勢の目に付くところで再現したいってそう思ってしまうのが、やはり表現者の業かしらね」
忘れない為に永遠にする。
美しい姿で留めておく。
変わらぬ愛を表現するために王陵 璃華子はまた違う少女を作品に仕立てた。
しかしきっとそれは深淵に堕ちたいと望み、深淵から拒まれた1人の少女がそう思い込んでいるだけかもしれない。