3 普通に
2112年 11月5日 AM 8:30――
厚生省 公安局 庁舎 第七区画
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朝日が部屋へと差し込んでいる。
昨日の時点でカーテンは設置していなかったなと思いながら、私は目を開けた。
これだけ明るいのだから照明は必要なさそうだ。そしてほのかに朝食の良い香りがする。
きっと先に起きていた
私は寝ぼけまなこを擦りながら、体を起こして準備を始めた。
「おはよう、
予想通り椋羽ちゃんはキッチンにてフライパンを使っていた。
バターが溶ける音、卵と牛乳が焼ける甘い香り。どうやら作っているのはフレンチトーストらしい。
紅茶にもよく合うからベストな選択と言えるだろう。
「おはよう椋羽ちゃん。昨日から準備していたの?」
「うん!自分で料理やってみたかったから」
「美味しそうな匂いだね。今日は私が紅茶を淹れようか」
「ありがとう、お願いしてもいい?」
「うん」
私たちは親を知らない。
親のいない私たちは幼少期に出会い、それ以来ずっと一緒だ。
施設では毎朝サイコパス測定と色相チェック、ストレス評価があった。私たちはそこでクリアな色相を維持し続けたから今がある。
だから今回も大丈夫。きっと
「淹れたよ、椋羽ちゃん」
「ありがと、あ……葉風ちゃん、ちょっと」
紅茶を淹れた私の動きを見て、椋羽ちゃんが声を掛ける。
「ちょっと色相がクリアすぎるよ。気を付けて」
「分かった。
ひとつ息を吐く。
普通の人は初めての出勤では緊張するものだ。心拍が速くなり、落ち着かず、不安や期待が入り混じる。
それが自然な反応であるはずだ。
だからこれで大丈夫。普通に見える。
「ん、もう大丈夫なはず」
「うん。ばっちり!色相もいつも通りに近いから、たぶん犯罪係数も誤差±1の範囲かな」
「OK、それじゃこれ食べたら向かおうか」
「りょーかい」
グッと親指を立ててにっこりと笑う彼女に紅茶を差し出し「冷めないうちにどうぞ」と声を掛けた。
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昨日配属になった
刑事課の人手不足は深刻だ。そのため人が増えるというのは願ったり叶ったり。しかしひとりは監視官のため理解できるが、この【心理支援官】というのは新設の役職だろうか。覚えがない。
厚生省公安局 刑事課一係 監視官
シビュラによって監視官の適性を見出され適性試験および養成課程を修了して本日着任。
しかし事情があって昨日には間に合わなかった、と説明を受けている。気になるのは特A級メンタリスト相当の力を持つという点。執行官や潜在犯に心を許し、色相が濁るなどあってはならない。このファイルからはどのような人物なのかは読み取れないが、有用な人物であることを願おう。
そしてもう一人、
犯罪係数は脅威のアンダー20。東雲監視官と同じ施設出身で、聞くところによれば東雲監視官の着任が遅れたのは水無瀬支援官を手配していたからでは…という噂もある。
こちらはまごうことなきA級メンタリストの資格を所持し、高い精神安定化支援能力に優れているという。役職の名前から察するに、期待されているのは現場のサイコパス改善なのかもしれない。
特に気になるのはこの二人に対する備考欄。
【公安局居住区 第七区画への入居を命ずる】
確かに公安局ビルには当直の監視官の為に居住区の部屋を使う権利が与えられる。しかし基本は公安局ビル外に住居を持つのが一般的だ。
何故ならば、公安局ビルに住むというのは実質執行官と処遇が変わらないから。誰が好き好んで潜在犯である彼らと同じ居住区で生活しようと思うだろうか。
執行官とは、本来であれば隔離されるべき潜在犯がただ一つ許可された社会活動として同じ犯罪者を狩りたてる役目を与えられた存在。奴らは猟犬であり、獣を狩るための獣。人間ではない。
しかしこれがシビュラの判断である、というのも実に気になる点ではある…が悩んで色相を濁らせてしまっては元も子もない。
宜野座はここで考えるをやめ、そっとファイルを閉じた。
「ねえギノさん?今日は二人の新人ちゃんが入ってくるんですよねえ」
「そうだ。貴様らにとっては三人目の飼い主となる」
「三人?四人じゃなくて?」
この日の当直勤務は
前者はオレンジ系の明るい髪色に毛先を跳ねさせた髪型をした男性。後者は長い黒髪ストレートのポニーテールが特徴的な女性だ。
両者とも公安局刑事課一係に所属する執行官である。
「俺も【心理支援官】がどの程度の権限を要するのかを知らないが、どうやらドミネーターの使用許諾は許可されていないらしい」
「へえ~?今更カウンセリングとかって言われてもねぇ。犯罪係数が下がるってんなら話は別っスけど」
A級メンタリストというとシビュラ認定最高峰心理分析資格だ。
高度な心理分析はもちろんのこと、色相変動予測や犯罪係数上昇リスク評価も担うのだろう。最終的な部分はシビュラが行うのだろうが、この一係に必要だと判断された理由があるはずだ。
「失礼します」
凛と透き通った声が耳に届いた。
モニターから顔を上げれば、そこに2人の少女がいる。両者とも歳は19というから、少女という表現で間違いないはずだ。
少女らは部屋の中を見渡すと敬礼をする。
「本日付で公安局 刑事課 一係に配属されました東雲 葉風です」
「同じく水無瀬 椋羽です」
「ひゅ〜♪」
「……」
宜野座からの第一印象は、至って普通だった。特段の異質さを感じることもない。
東雲は適度に緊張しているように見え、真面目な雰囲がうかがえる。
本当にこの少女に監視官適性があるというのかと疑いたくなるものの、素直な人間は嫌いではない。新人扱いしていられない現状も事実だ。
一方、水無瀬と言ったか。
現場で必要なのは判断力と執行能力。心理支援や潜在犯の心を軽くするなどいう考えは理想論だ。
だというのにこの少女。執行官2人を見て物怖じしないどころか笑いかけている。
着任前に資料は読んでいると思いたいが柔らかく笑う姿にもしもの場合を拭いきれない。分かった上でしているというのなら、本心から潜在犯に笑いかけるなど到底理解できない。
「監視官の宜野座だ。残念ながら新人扱いはしていられない。現場で覚えてくれ」
「「はい」」
「東雲監視官、監視官に求められるのは冷静な判断だ。情に流されることなく任務に当たれ」
「了解しました」
「……水無瀬支援官。心理支援官の業務については詳細を把握しきれていない。必要があれば指示を出す」
「分かりました」
「以上だ」と締めくくった宜野座に縢が「自己紹介っていうより注意事項じゃん」と苦言を呈し、六合塚に頭を叩かれた。
その様子を見た水無瀬がクスリと笑う。縢が何やら文句を垂れているも、東雲は気にせずひとつの机を凝視している。
まるでその席に誰かが座っているかのように見つめていた。
そこは
「宜野座さん。そこの執行官はどうされたんですか?」
「……何故そう思う」
「そこだけ、昨日から動きが見えなかったので」
驚くことを聞く。
狡噛執行官は昨日、事件捜査中に
「昨日、狡噛は常守の判断によりパラライザーを撃たれ犯人とともに負傷した」
「……そうでしたか」
「宜野座さん、私たちは
「問題ない」
水無瀬が遮るように言葉を挟む。
実際分析官には早いうちに挨拶をしておくのが良いだろう。そこは問題では無い。狡噛もそこにいるのだからちょうど良い。
しかしどうにも違和感が残る。言葉にできないこの感覚をひとまず胸の内にしまい、宜野座は新人2人が離席するのを許した。