『エリアストレス上昇警報 足立区イコ・グライスヒル内部にて規定値超過サイコパスを計測 当直監視官は執行官を伴い 直ちに現場へ急行してください』
執行官
征陸さんは初めに私を、その後に椋羽ちゃんを見て「征陸 智己だ、よろしくな」とにっこり笑う。
顔と名前は事前に共有されたファイルを見ていたから知っている。
飄々としながらもハードボイルドな雰囲気を纏う「大人の男」。この人は年齢以上に疲れて見えた。それなのに視線は鋭く冷たい。〈人を見る〉ことを仕事にしてきた人だとすぐに分かった。
つまりは昔ながらの刑事なのだ。
「……よろしくお願いします」
私が返答を返したことで征陸さんは片眉をあげる。
そして、アラートが鳴った。
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現場は一般的な大型商業施設。
当直監視官は常守さんと私だったため、
建物の入口付近に近づいたところで、常守さんと征陸さんが話し合っている。
「モール内の出入口は警報直後からドローンが監視している。そっちに引っかかった獲物は無し。つまりここのエリアストレスを高めている張本人はまだモールの中にいる」
「ドミネーターを使うんですか?」
「用心のために運ばせはするが一一一」
ふ、と。
音が、消える。
体が、溶ける。
空気が、変わる。
衝撃。疑問。否認。嫉妬。恨み。嫉み。
どす黒い感情が溢れて自分を形作る。
恋人を捨てたあいつが憎い。悔しい。復讐してやる。
どうしたらあいつを後悔させられるだろうか。どうしてやろうか。どうやって一一一一一
「葉風ちゃん」
は、と我に返る。
気が付けば常守さんも征陸さんもこちらを見ており、自分が棒立ち状態だったことを自覚した。
「すみません、何でしたか」
「……ドミネーターを抜くことにはならないだろうって話をしてただけだが…嬢ちゃん、何か気になることでも?」
「そうですね…恐らく恋愛関係の拗れによる色相悪化かな、と」
「え?」
「まだ暫くは直接的な行動には出ないと思います」
「……わかった。とりあえず常守の嬢ちゃんと俺がホロスーツを使う。監視官と支援官のお二人さんは目立たないようにさらに後ろを着いてくる、で良いか?」
「構いません」
常守さんの了解を取って私たちは2人の後ろに続く。
征陸さんは立派な刑事だ。もしかしたら不信感を抱かれたかもしれない。でも言わない選択肢はなかったし、成すべきことを成したまで。
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常守と征陸は公安局のマスコットキャラクターであるコミッサ花子とコミッサ太郎のホロスーツを使用して対象を捜索していた。
「どうした、常守の嬢ちゃん。あんたくらいの年頃ならホロスーツで遊ぶのなんて慣れっこだろう」
「全身アバターになりきるってのは、ちょっと……」
それよりも気になったことがある。
先程の葉風ちゃんの発言だ。どうしてエリアストレス上昇警報の原因となる人物が恋愛関係による色相悪化だと分かったのだろうか。
ホロスーツに苦戦して遅れる常守を他所に、征陸さんは広場を見渡して「ああ」と声をあげる。
「確かに
征陸さんの視線の先、右手前の柱の影に男が見えた。どうやら前方に座っているカップルを注視している様子。
スキャナーを使用していないのに潜在犯が分かるなんて。
征陸さんは「ケダモノはケダモノの匂いを嗅ぎ分ける」なんて言うけども、常守からすれば立派な能力だ。
その後、征陸さんが対象に声をかけ無事に確保。
色相が濁ってしまい緊急セラピーを要する為、後ろから着いてきていた椋羽ちゃんに引き継ぎ、初期対応をお願いしている。
これで事件はひと段落だ。
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椋羽ちゃんが今回の対象者に初期対応を行う中、それを見守る私の元へ征陸さんがやってきた。
「どうやった?」
「どう、とは」
「奴の犯罪係数は126.3を記録していた。お前さんはその行動を予測し、理解していた。俺にはそう見えた」
「……」
「お前さんがもし本当に犯罪係数126を理解していたのなら、色相の悪化や犯罪係数の上昇は免れない。しかし街頭スキャナーはうんともすんとも言っていない」
「色相スキャナーを向けてもいいですよ。ドミネーターだって構いません」
あっけらかんと言う私に、征陸さんはキョトンとして、笑った。
「……いや、そうことじゃないだろうよ」
「?」
「いいか嬢ちゃん、
征陸さんはそう言うと自ら護送車に乗り込む。
私を見る目にはまるで娘を案ずるような、そんな優しさが見て取れた。
恐らく征陸さんは私のことを理解までは行かずとも、近しいものを感じ取っている。それでもなおこの人は私を気にかけてくれている。
きっとそういう所でシビュラとは相性が悪かったのかもしれない。
この世界では他者に興味関心を抱かない方が色相はよりクリアに保っていられる。
護送車に乗り込むその背に気が付き、常守さんが声をかけた。
「本当に潜在犯の見分けがつくなんて」
一瞬の間。
征陸さんと目が合い、私は彼をジッと見つめる。やがて彼は小さく笑った。
「良からぬことを考えている奴は一目見ただけでピンと来るものさ。罪を犯すか取り締まるか。どっちにしても犯罪に関わる才能であることに違いない。だから俺なんかの犯罪係数もどえらい数値になっちまうのさ。おかげで、今じゃ汚れ仕事を承る猟犬の扱いだ」
これは、私に対する言葉でもある。征陸さんは常守さんに言い聞かせるのと同時に私へ忠告を行っているのだ。「ソレは諸刃の剣だぞ」と。
「私…何の役にも立っていなかった。
「いや、大助かりだぜ。監視官同伴じゃなければ執行官は外を出歩けねえんだから。それにまぁ、なんだ。1人でも〈普通〉な奴は多い方がいい」
「でもそれって」
食い下がるように言葉を挟んだ常守さんに、征陸さんは頭を掻いて歯切れ悪く言う。
「いや~だからな? 執行官を現場まで連れてきて、後はさぼったり逃げ出したり、世間様にご迷惑が無いようにしっかり見張る。お嬢ちゃんの仕事はそれだけで十分なんだ」
「それってつまり、なにもするなってコトですよね」
征陸さんは優しく笑っていた。
しかし返答を待たずして護送車の扉は閉められる。きっと聞かずとも彼の答えは肯定だっただろう。
そして彼は私にこうも言っているのだ。
「こちらにはこちらのやり方がある。お前さんが進むその道は
大丈夫。
そんなことは分かっている。だから私は普通でいたいのだ。
普通の中で、成すべきことを成したいだけだ。
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PM 19:00ーー
厚生省 公安局 刑事課 一係
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常守さんは公安局に戻ってき次第、
きっと昨日の報告書作成がまだあるだろうから、今日の事件は私が代わりに報告書を作成しよう。
そう思って席に着いたところで狡噛さんの席が目に入った。
先ほど見たものを思い出す。
使命感。責任。正義。呆れ。友情。信頼。焦燥。慟哭。衝撃。決意。執念。復讐心。
1人の男に対する異常なまでの執着。
部屋の中に貼られた多くの写真の中、おぼろげに姿を映したその1枚。
白髪の男を、全てを引き換えにしても望んでいる。
そんなことは分かっていても、焦がれるように奴を求める。
「貴方は、一体だれ?」
私の呟きが誰にも拾われることなく落ちていく。
ただ1人、椋羽ちゃんだけが心配そうに私を見ていた。