同日 PM 17:00――
東京都 八王子自立機公司 ドローン工場 主任室
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「こちらが全職員のサイコパスになります。定期診断の詳細値と常設スキャナーによる色相判定の記録です」
「お預かりします。
「はい!」
水無瀬は郷田主任から手渡されたメモリーディスクを腕時計のようなデバイスに読み込ませる。
一通り目を通した水無瀬が軽く首を振ったことを確認して、郷田主任は怪しげな笑みを浮かべて話し始めた。
「確認していただければ分かることですが、継続的に規定値を逸脱している職員は一人もいません。殺人を疑うにしてもまず容疑者がいませんよ」
「それはこちらのデータをシビュラシステムで分析してみるまで分かりません。相応の時間が掛かります。だが、より簡単に調べる方法もある」
「ほお…というと?」
「ドミネーター、ですよね」
デバイスの資料から顔を上げた水無瀬が鋭い視線を投げかける。
ドミネーターはシビュラの眼だ。
この工場にある据え置き型スキャナーで計測できるのは色相判定によるストレス傾向などの簡易なもの。サイマティックスキャンのデータを元に精神構造を割り出し、職業適性や犯罪係数を診断するとなればシビュラシステムによる解析が必要になる。
その点、ドミネーターはシビュラが常時抱えている演算待ちのタスク全てに優先して割り込みを要請できるのだ。
しかしこの工場ではあらゆる電波が遮断されている。よってシビュラの支援は期待できない。
だからこそ全職員を一度建物の外へと連れ出す必要がある。
「しかし、それではこちらの業務に支障をきたす」
「人命に関わる問題でも?」
「……
郷田主任はその後も経済省を通しての業務変更手続を要求し、話にならなかった。
それにしても、水無瀬は支援官という立場だからか人の懐に入るのが非常に上手い。
そしてなにより気になるのは、時々
先ほどのドミネーターの指摘もそうだが、鋭い切っ先に似た一言がどうにも胸を突いて離れない。
「水無瀬支援官」
「はい?」
「君はこの事件をどう考える」
郷田主任が去った室内で、残った
「そうですね…気になる点として、基本は色相が濁った人は転属になっています。しかしここ一年で配置換えは無いようですね」
「事件か、事故か。君はどちらだと思う」
「私には分かりませんが……
その答えに宜野座は思わず六合塚を見る。
彼女が特に何も言って来ないということは執行官としての意見は〈事件〉だと思っているのだろう。
だとして、どうして水無瀬は自分の意見ではなく東雲の意見を答える?
だとして、どうして色相が濁らない?
大きなため息を吐いた時、水無瀬が「あ」と声を上げる。
「宜野座さん、ちょっと色相が曇りそうな気がするので一旦休憩にしませんか?」
誰のせいだと思っている、という言葉を飲み込んで、宜野座は「そうだな」とだけ返した。
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色々話をした後、休憩をしようという話になって私と
同時に
食堂そのものは味気ない反面、メニューは豊富だ。
少なくとも同じものを何度も食べて飽きる…なんてことは考えなくて良さそうだ、と思う。
現に縢さんの山盛りになったお皿にはナポリタンやら唐揚げやらがいろいろ乗っている。
一方狡嚙さんはコーヒーだけで、常守さんなんてレーションだ。
「縢さんよく食べますね」
「そりゃあ食べれる時に食べとかないと」
「常守さんはそれだけですか?」
「あんまり食欲ないから…」
幾人かの職員がいる中で、私たちは隅の一角を使うことにした。
何を食べるかは非常に迷ったが、とりあえず栄養が取れれば良いのでスープを頼む。
「それにしてもさぁ嫌な職場だよな。常時ネットに接続できない環境で缶詰とはね」
「でも、ここの人達のサイコパス色相割と安定してるよ?」
「っは!どんな場所でも気晴らしの方法ってのはあるんだ一一」
「いかがです?」
デバイスで圏外なのを確認した縢くんに転送されてきた色相チェックの結果を見せていた常守さんは、ぱちくりと顔を見合わせた。
話を遮ってきたのは郷田主任で、相変わらず顔には胡散臭すぎる笑顔が張り付いている。
不審な点が見つかったかと聞かれ、常守さんが特にないと答えたところで大きな音と下品な笑い声が響く。
「よお黄緑野郎、今日も優雅に個室でランチかい?」
一人の男性を複数人が囲んでいる。
床に転がる彼と夕飯たちを、下卑た笑い声の男たちがあざ笑う。ガシャン、と音が続きさらに食べ物が散乱した。
「なんですかあれは……ひどい」
「あぁ、いいんです放っておいて」
「は?」
「よくあることなんですよ。何分娯楽の少ない環境ですからね、一人ああいう立場の人間が必要なんですよ」
楽しそうに人を見下して笑う男たちを、この主任は涼しい顔をして肯定する。
これだからこういう人間は好きになれない。ひと昔前はそういったことが普通だったと聞いたことはあるが、今ではすぐに色相が濁ったりするものだ。
「問題になるほどサイコパスが濁れば配置換えを行います。言ったでしょう? メンタル管理には十分配慮していると」
まるで働きアリの法則をいじめに転用したような言い草である。
アリの集団を〈よく働く・普通に働く・働かない〉に分類したときに、よく働くアリが2割、普通に働くアリが6割、働かないアリが2割に分かれる性質があるという理論だが、だからって必要という話にはならないし、いじめて良い理由になるはずもない。
背中を蹴っ飛ばされた彼がさらに床に転がり、再度床に食事が広がる。
「彼は彼で役に立っている。ああいう役回りがふさわしいからこそ、シビュラにこの職場を勧められたんじゃないですかね」
チラリと狡嚙さんを見ると、彼は全く主任の方を見ていない。しかしそのままさらりと言い放つ。
「それを笑って見過ごせるアンタもここの責任者がお似合いってわけだ。シビュラ様様だな」
顔の険しくなった主任に、図星だったんだなあと思いながら私は席を立つ。
「大丈夫ですか?」
「す、すみません」
常守さんの方を見るとややほくそ笑んでいて、狡嚙さんは私を見た後に目を伏せた。
縢さんは相変わらずパクパクと夕飯を食べ続けているところが
きっとこの世界には、そんな善にも悪にも慣れきってしまった人間が沢山いるはずだから。
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私たちはその後、割り当てられた会議室にてブリーフィングを始めた。
画面には郷田主任から預かった全職員の色相チェックの結果が並び、人の精神の色とりどりさが感じられる。
前に立ち説明をするのは
「あの主任の言ってた通りだと常に1人だけ色相チェックが悪化してる奴がいて、ソイツは例外なく後に転属処分を受けているよな」
青、緑、紫、赤、と色相が見事に濁り転属処分と書かれたアイコンをタップしていく。
「ところがここ1年配置換えは無い」
「死亡事件が起こるようになったのも1年前からですよね」
「この1年間ずっと同じ職員がいじめの対象になってるんだ。データで一目瞭然だな」
常守さんの指摘に征陸さんがその人を指さす。
「他の人はクリアカラー、なのに1人だけサイコパスを濁らせています」
「
「あっ、色相判定はイエローグリーン」
なるほど、分かりやすい。それで黄緑野郎。
「ここでの色相判定の結果は全員に公開されるらしいな」
「どうかしてる」
狡噛さんの言葉に正気を疑う常守さん。
気持ちは分からんでもない。
この世界においてサイコパスは絶対だ。自分が潔白であることを手段の1つでありながら、それはスリーサイズを公開するようなものだから。
「でもこいつ、最新の計測値だと色相が好転してるよ?」
「むしろ濁りがピークだったのは塩山の死の前日か」
縢さん、狡噛さんと発言が続き、ここまで来れば執行官はもちろん私も分かる。
ほぼクロの状況証拠が出揃ったようなもの。十中八九、犯人は金原だ。
疑う余地もないほどに全てを物語っている。
「そんな、おかしいですよ。人を殺しておいてサイコパスがむしろ好転するなんて」
現代のシビュラ観に慣れた人間ほどその心理状態は理解できない。
しかしいるのだ。世の中にはそう言った心理反応を見せる人間だって。
「金原以外の職員は金原を痛めつけることでストレスを解消してるんだ。何も不思議なことじゃない。サイマティックスキャンなんて無かった時代には別段珍しい話じゃ無かったんだぜ?」
その一言に宜野座さんが吠えた。