「ふざけるな! またお得意の刑事の勘か! そいつはただの妄想だ!」
今まで話を聞いてるか聞いてないか分からなかったくらいなのに、突然煮えたぎるような敵意を
「貴様のような潜在犯がただの社会のクズに過ぎないという証拠だ!」
普段の宜野座さんからは信じられないほどに激しい口調。
征陸さんと何かあったのだろうか?
驚いてるのは
もしかしたら常守の知らない範囲でいざこざがあったのかもしれない。だとしても、少し諦めたような…そんな顔で目線を逸らした征陸さんに胸が苦しくなる。
「状況証拠に基づいた憶測で行動は出来ない。俺たちの任務はシビュラの計測した犯罪係数を元に社会の秩序を維持することだ」
「一年に3人も死人が出るような秩序を、か?」
狡噛さんが、鋭く宜野座さんへ進言する。
「ギノ、俺にやらせろ。
「黙れッ!」
激しく拳が机を打った。
流石に、と声をかけたが、常守にはどうしてそこまで宜野座さんが憤るのかが分からない。
一度頭を冷やして頂くためにも監視官の3人で廊下へ出る。
「私、みんなに賛成です。ここで犯罪を見過ごすくらいなら
「君は正気で言っているのか?」
「宜野座さんこそどうかしてます! 征陸さんと何かあったんですか?」
途端に、すごい形相で睨まれる。
目の奥に恩讐の炎が揺らめくような、そんな怖いと思う視線だった。
一瞬たじろいだ常守に、隣で聞いてくれていた葉風ちゃんが声をあげる。
「まぁまぁ。ここは一度常守さんに任せても良いのでは? 私もサポートしますし」
一瞬の間と憐れむような宜野座さんの眼差し。
「なるほど、君は愚か者の道を進もうと言うわけか。君も監視官の端くれだ。猟犬共を上手く手懐けられると思うならやってみろ」
「……宜野座さん」
「愚か者は愚か者らしく、何もかも経験で学んでみるがいい。それが理解への早道だ」
「宜野座さん、私はもちろん手伝って構いませんよね? 恐らくですが、引っ張る役は必要だと思うので」
「好きにしろ」
無事に宜野座さんの許可も得られ、狡噛さんの作戦をやってみることになった。
葉風ちゃんにお礼を言って皆で準備に取り掛かる。
一先ずやらなければならないことはドミネーターの為のアンテナとケーブルの準備だ。
外はすっかり暗くなっている。
皆が黙々と作業をする中、アンテナ設置中の常守は気になっていたことを何気なく口に出した。
「宜野座さんって、征陸さんと何かあったんですか?」
途端に
ますます訳が分からない。
「持ち合わせの通信ケーブルは200m分か」
「2階のエレベーターホールまで届くかどうか、ですね。金原を連れてくること、出来ます?」
「やるだけはやってみよう」
向こうでケーブルの準備をする狡噛さんと葉風ちゃんはどうにも息があっているように見える。
同じことを考えている? でもその場合犯罪係数や色相はどうなるんだろう。
ふとそう思って少し離れた位置の椋羽ちゃんを見やる。
しかし彼女は我々の様子を見ながらニコニコと笑っているので早急な対応は必要ないのだろうと判断した。
「その、話をするだけ…なんですよね」
「……あぁ」
「まぁそこは金原次第ですよ、常守さん」
妙な間を開けた狡噛さんに、若干笑っているような葉風ちゃんが気になる。
しかし私は狡噛さんがやろうとしていることを見ている役目を仰せつかり、葉風ちゃんは手助け?してくれるらしい。
話し合うだけなら大事にはならないはず、と安心して建物へと戻って行った。
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話し合うだけって言ってたハズじゃ?!?!
常守は悲鳴が響く男子トイレの前で葉風を見やる。
しかし彼女は想定内だったのか、かなり涼しい顔で腕を組み、姿勢を崩さない。
少なくとも聞こえてくる狡噛さんの怒号は迫力がある。
実際に目の前で見たら常守も震え上がってしまうだろう。
「
「ひ、ぇ、なん、で、そんな」
「貴様がここに閉じこもっている限り犯罪は立証できない。だがな! 俺は貴様が嫌いだ! 俺たち執行官は他の潜在犯をいたぶるのが好きなんだ」
葉風ちゃんがなんだか楽しそうな顔をしているが、問題はそこではない。聞いていた話と大分違う。
ここには常守と葉風ちゃんと狡噛さんの3人だけで、縢くんと六合塚さんはケーブルを、征陸さんは外のアンテナを。宜野座さんと椋羽ちゃんは別所で待機している。
「話だけって言ってなかった?!」
「金原次第って言いましたよ、常守さん」
くつくつと笑う葉風ちゃんの向こうで、狡噛さんの脅しが続く。
「だから、貴様がどこにも逃げ出せないよう、この工場に釘付けにしてやる。早速ネットに言いふらしてやるよ。【金原 祐治はサイコパスの濁った人殺し野郎だ】ってな!」
〈貴様〉だなんて言わなさそうな言葉に高圧的な態度。初めて関わる執行官がこれでは金原も萎縮してしまうのではないか。流石に可哀想なのでは?
そう思って割って入ろうとしたのを葉風ちゃんに止められた。
「金原が人を殺せるかどうかこれでハッキリする。その時になったら走りますからね」
「え、あ、うん」
それにしても演技が板に付いているのは否めない。
ネットが繋がらないことを仄めかし、玄関まで誘導する。
やり方は上手い…のかもしれないがやはり強引すぎる。
実際、金原が慌てた様子で男子トイレを出ていき、葉風ちゃんと狡噛さんが顔を見合わせた。
「予定通りだ。今すぐ俺を始末するなら準備の要らない前と同じ手口を使うはずだ。そこで犯罪が立証できる」
「むちゃくちゃです!」
「よーし常守さん。どっちだと思いますか?」
「どっち、って」
「金原が無実なら、私たち三人は何事もなく入口まで辿り着けます。それはそれで良いでしょう」
「賽は投げられましたよ」なんてとびきりの笑顔で言うもんだから、今の状況を忘れそうになる。
もしかして葉風ちゃんはこの状況を楽しんでいる? そうでなくとも、妙に静かな狡噛さんも気になるし、そもそもどうして私たちは足早に工場内を移動する羽目になっているのか。
そして目の前に……金原を乗せたドローン2機が現れた。
血走った彼の様子から、明らかに異常だと本能が告げる。
「お前らが悪いんだ」
「賽の目が出たぜ、監視官」
「お前らさえいなければ、僕はキレイになれるんだよぉ!!」
判断は一瞬。
「走れっ!!」
飛び退くような反応速度で狡噛さんが動き、トンっと葉風ちゃんが背中を押してくれる。
そうだ、走らなくちゃ。
後ろからすごい勢いでドローンが追跡してくる。
なにやら金原が言葉を漏らしているが、それは憎悪の言葉に違いない。私たちを本気で殺そうとしているのだ。
狡噛さんが先に非常階段へ滑り込み、葉風ちゃんに押されて扉の隙間へ入り込む。最後に葉風ちゃんが飛び込んだところでガシャンッ!!と大きな音が響いた。
ドローンの機体は大きく、非常階段は通れない。
腕も可動域の観点から、獲物を捉えるには動かしにくい。
常守達は脇目も振らずに下へ逃げる。できるだけ最短の道で、できるだけ速く。
「どうして! どうしてこんな無謀なことを!!」
「人の生き死にに纏わる真相なんだ! それを暴こうと思ったら、こっちも命懸けになるのは当然だ!」
「常守さん!話してる暇があったら走って!!」
息も絶え絶えになりながらひたすらに走る。
こんなことならヒールで来るんじゃなかったし、スカートもやめれば良かった。
それにしても鍛えているであろう狡噛さんはともかく、どうして葉風ちゃんはそんなに身軽なんだろう!
「ここだ…」
「もう! 現行犯なんだから応援を要請して!」
「その為に縢くんと六合塚さんが今頑張ってますからね〜」
ジジッと嫌な音と共に天井が火花を撒き散らす。
警戒してやや後退した私たちの耳に、走行音が耳に入る。そこだ、すぐそこまでドミネーターが来ている!
目の前にドローンが降ってきたのとほぼ同時。
「狡噛!」という六合塚さんの鋭い叫びとドミネーターが投げられ盤面が動く。
指向性音声の為常守には聞こえないが、狡噛にはドミネーターの使用許諾が聞こえていることだろう。
もう一機のドローンにドミネーター搬送用の躯体ごと突っ込んだ縢くん。その様子に気を取られた金原を目掛け、狡噛がトリガーを引いた。
見たところパラライザーだ。
失神したらしい金原がドローンから転落し、そのまま無人となったドローンが牙を剥く。
「常守さん!」
葉風ちゃんに押されドローンの一撃を回避する。ひらりと身を翻した葉風ちゃんと同時に狙われた狡噛さんが寸前で身を捩りステップを踏んだ。
対象の脅威判定が更新され、ドミネーターは高威力執行モード《
慎重に照準を定めたその銃口は、高エネルギー弾が射出し対象物を内部から崩壊させた。
「おぉい!コウちゃん!」
もう一機を押さえつけている縢くんからの鋭い指摘に基づき狡噛さんはそちらへ再度デコンポーザーを向ける。
縢くんは何をするのか察した後、良いタイミングでその高エネルギー砲を避け、対象は沈黙した。
「あいっかわらず痺れるねぇ…ドミネーターの本気は」
現場は一旦の平静を取り戻した。
しかし私は知っている。
猟犬でなく刑事でありたいと、そう言っていた彼の眼差しが。
だが紛れもなく獲物を追い詰める肉食獣のそれだったことを。
そしてその猟犬を躾けて然るべきと言われている監視官の彼女が、肉食獣も同等の眼差しをしていることに。
きっとあの二人が似た者同士である、ということを。