私立カルデア学園祭 作:チケット当たらない敗北者
夏休みの始まる少し前。期末テストが終わって阿鼻叫喚になったり、はたまた夏休みの計画を立てるために皆で話し合うようなそんな時間がある教室。
「やべ、伝えるの忘れちまってた!メドゥーサとマスター、今日中に決めといてくれ!これ書類!」
セイバー科のモードレッド先生がそう言い放って小走りで消える。必要な先生を探しに駆け回るのだろう。普段よりも幾分か足の速い彼女は、赤雷を伴って教室から消えていた。
「ええと…そうね、まずは議題を提示しましょうか」
『文化祭の出し物をどうするか』
そのことでクラスが悩む時間。優等生が集まるクラスとはいえ、全員の要望を満たそうとすると時間がかかる。そこの上手い折衷案が見つからなければ、延々と終わらないだろう。
(どうすればいいんだろうか?)
マスターであるあなたはたまたま目があったパッションリップと共に首を傾げ、とりあえず思い思いのものを挙げてもらうことにした。
「やっぱJKらしくフォトスポットとかっしょ!ウチらの剣とか飾れば万バズ間違いなしだし!」
「うむ、それなら全てをエクスカリバーに変えよう!セイバー科が担任であるし全てをエクスカリバーにしても問題あるまい!?」
「完膚なきまでに他のクラスを圧倒できるならよいでしょう。必要とあらば私のエクスカリバーで聖剣抜刀の体験をしてもよろしいですよ?」
それを聞いたあなたは黒板にフォトスポットと書いていく。具体案まで決まってはいるが、それだともはやエクスカリバー展になってしまわないかという不安があった。
「…愚問だな。文化祭と言えば出し物、出し物と言えばジャンクフードだろう。幸いなことにこのクラスには料理経験があるものがいる─なら、食べ物を売るのが道理だろう」
「ええ、そうですね。食堂のガヴェイン卿のマッシュポテトに負けないような食べ物にしていきたいです」
「となると
「はいはい、羊羹ね」
メドゥーサが同じく書いた羊羹。その後に議論を重ねてもこの二つ以上のものは出ず、次第にオルタとログレスの舌戦が繰り広げられ始めた。
「エクスカリバーばかりでもあなたの場所は用意しますから安心してください、オルタ」
「その腑抜けた案を呑めば私はフォトスポットに同意したことになる。そんな敗北を私は断じて認めないし、そもそも私の案の方が売上としては優秀だ」
「…いいえ。このクラスだと家庭科室から遠いので羊羹を作って冷やしたところで食中毒が発生する可能性を否めません。特に羊羹は髪の毛や虫など異物混入が起きやすい最たる食品ですのでやめておいたほうがいいかと」
クラスでも最上級の実力を持つ二人。下手に入ったらWエクスカリバーを食らってしまうことは想像に難くない。
困ったあなたは助けを求めにメドゥーサに目を向ける。はぁ、と呆れたようなため息をつかれながらも動いてくれるのは彼女の善性ゆえだろう。
「二人とも、単純に考えてみなさい。どちらもメインにできるものよね?」
「ええ」「ああ」
「なら両方を主軸にして客に決めてもらうのはどうかしら?」
二人の関心を引きつけられたメドゥーサは、そのまま勢いに任せて話し始める。普段からクールな彼女が滔々と事実を語るのはやはり様になっている。
「どうせ競い合うなら勝ち負けをはっきりさせたほうがいい。コンセプトカフェってことで『セイバーカフェ』を開きましょう」
「ですが…」
「ここでエクスカリバーだのなんだの振り回すなら私が先に石化させる。輝きのない聖剣にされたくなかったら大人しくこの案を呑みなさい…別に、それ以上に納得できる提案ができるなら私はいいけど」
人を乗せるのが上手だな、とあなたは舌を巻く。彼女の言葉はどちらにも攻撃的であり、同時に代替案がなければすんなり飲み込めるだろう魅力的な提案をだした。
「「………」」
「反論がないなら決まりね。次は作るものを含めてしっかり話し合っていくわよ」
トントン拍子で話が進んでいく。思わずぼーっとしていると、メドゥーサから奇妙な感情の乗った視線を向けられる。
「ほら、マスターはこっちでも書いといて。クラスの責任者の名前は私も共同で」
「あ、うん。ありがとうメドゥーサ」
あなたは彼女にお礼の言葉を述べながら言われた通りの言葉と企画内容、進行形で決まっている部屋の割り当て等も書く。
それから十分も経たないうちに、あなたの手元には一枚の企画書ができていた。
生徒会室前への提出を終えた後、あなたはメドゥーサと共に夕暮れの赤い光が入っている廊下をゆっくりと歩いていた。
「…マスター。私のことジロジロ見てるけどなにかあるの?」
なんでもないと答えるが、メドゥーサは不満そうにため息をつく。桃色の髪がわずかに逆立ち、周囲から魔の気配が漂ってくる。
(なにかまずかったのか…?)
緊張感の漂う中、廊下の先へと逃げるように視線を向ける。白い犬が壁に寄っていて、ガクガクと震えているのを見ると彼女の威圧にビビっているらしい。
反対側にはわぅわぅわぅと幼い
「はぁ。これしきで私のことを呼ぶのもやめてほしいんだけど」
そう言いながら頭の上に乗ったケルベロスを持ち上げて胸にそっと抱きしめる。スリスリと頬ずりされて崩れているその顔は、どうにも喜んでいるのを隠しきれていなかった。
「…なによ、マスターもそうしてほしいなら言えばいいじゃない」
言ってない。
口から出かかった言葉は噛みつかれた一つの首と慎ましくはない胸に沈められて出てこない。あなたのことも愛おしげに撫でる彼女はこちらを気にする素振りもない。
(これはこれでやめてほしいなぁ…!)
先ほどの威圧に比べればマシだが、同級生に赤ちゃん扱いされるのも嫌なのである。しかし既に強い力で抱きしめられているのもそうだし、甘い匂いのせいで頭がくらくらして動く気力が湧いてこない。
「そろそろ帰らなきゃね。マスターも気をつけて帰りなさいね」
どれくらいの時間が経ったのだろうか─彼女はケルベロスをもう一度頭の上に乗せてから動き出す。されるがままにされているケルベロスの喜びっぷりとは裏腹に呆然としているあなたの手を引き、玄関へと移動している。
「あぁ、そうだ。文化祭の日は一緒に見てまわるから」
決定された言葉を伝えるかのごとく、あっさりとした口調。彼女に異を唱える理由はあなたにはなかった。
タッタッタッと足が複数離れていくその音が響く玄関先。蛇が獲物に絡みつくような粘ついた湿度の中、蝉時雨の如くその音だけが反射した。
夏休みの間に沖田さんの試合を見たり勉強したりはたまた祭りで盛大にオルタが暴食して屋台を潰しているのを見たり…
そんな日々を過ごしていれば文化祭はもう明日にまで迫っているのもあって、様々なところで活気と浮足立った雰囲気が漂う。
あなたは自分のクラスの出し物を最終確認することになった。唯一盛り付けにも食品にも関われなかった─単純に剣に関係する逸話がない以上、当然ともいえるが。
「いらっしゃいませ、マスター。『聖剣の集い』にようこそ」
にこりと微笑みながら白いドレスで案内するログレス。思い思いの服装をすることができるとはいえ、ここまで堂々とウエディングドレスを着るとは思わなかった。少しだけドギマギしつつも案内された和風のテーブルにつく。
(誰が調理するのかな…?)
唯一の条件は『食べられるもの』。それ以外は全て聖剣が決める─平たくいえばシェフの気まぐれで作られる料理しか出てこない。
衛生環境に関しては保健室のナイチンゲール先生とギルガメッシュ賢王校長が確認しているため問題ないと思うけれど、それはそれとして不安なものがある。
「お待たせしました。こちら、葛飾作の『諸国瀧廻りつけ麺』です」
やってきたのは複数のたれがついたつけ麺。立体的な和風の波が青いつけ汁の器となっている。白色の麺と相まって食べる前から既に芸術品となっていた。
がコンセプトカフェだとしても味は見なければならない。芸術を壊すことに躊躇しつつ、まずは麺を汁につけて一口。豆で取られた塩味が強い出汁が口の中にふんわりと広がる。
「おっ、ますたぁ殿。できればしぇふのわがままってぇことでそこの瓢箪を波にちょちょっと入れてみてくれ」
半分程度食べ終わった後のアドバイス。言われた通りに瓢箪をひっくり返して入れてみると、黒い液体と共に汁を囲む器がひび割れ、雷のごとく黄色が麺へと滴り落ちる。
驚いているあなたにいたずらの成功を喜んでニマニマしている葛飾はあっけなく種明かしする。
「今の世の中じゃあ着色料ってのを使えるらしいけどそれじゃつまんねぇからこんな風に混色込みでやってみたってわけさ!」
「つまりどういうこと…?」
「ばたふらいぴぃってものさ!色の変わる風流なモン、入れなきゃ江戸っ子が廃るってもんよ!」
そもそもこれをファストフードにして大丈夫なのか、と疑問が残るが充分美味しい。五百円の代金を払って店を後にする。
文化祭の結果は─大盛況、とだけ。
これを語るのは、『桃色の少女が先輩と共に来る日に』。
今は他の─メドゥーサと、あなたの物語に結末を。
文化祭三日目─つまり、文化祭の終わった後の後夜祭。その準備のために殆どの生徒が出払った教室の中で、あなたはメドゥーサと二人で最後の後片付けをしていた。
「終わったわ。マスターのほうも終わったみたいね」
「うん。手伝ってくれてありがとうね。それと…」
「それと?なに?」
彼女はつっけんどんな態度を崩したりはしないが、何かを言われることを期待していた。わぅっとケルベロスが空気を読んで教室の外へと出ていったことを考えると、二人きりの空間というのが正しいだろう。
(妙に緊張するなぁ)
あなたはそう思いながら彼女を褒めちぎる。ずっと一緒に居たはずなのに遅くなってしまったのは申し訳ない気持ちで一杯だが、彼女は一つ一つの言葉を大事に聴いていた。
花嫁みたいで綺麗。肩についた黒い花も素敵。アイドルをやっている二人の姉妹にも負けてない。はにかんだ姿もかっこいい。ケルベロスの世話の仕方が優しい。
「…ふふ、マスターがそんな言葉を言ってくれるなんて驚いた」
心底愉しそうに─彼女の姉と同じように微笑むメドゥーサは、あなたへと問いかける。後ろにある夕日が彼女のつけている眼鏡にかかり、反射された紫の光が淡く幻想的で恐ろしいものに見えた。
「…私の
あの時と同じように体を捕まえられる。腕に絡み取られて彼女の顔が一気に近づいて見えなくなる。蛇に睨まれた蛙と同じく、あなたは動けない─強いて言うならば、もう捕食される寸前であるというくらいか。
「別にやることは変わらないわよ。あなたがしてほしいことはしてあげる。その代わりに私があなたを甘やかす。ギブアンドテイク─わかりやすいでしょ?」
また彼女から甘い匂いが掠める。ケルベロスのような慈愛を以て接されるのとは違った感情の籠もった視線であることに、あなたは気づかなかった。
「…もちろん、そう言うよね」
「これからもよろしくね、