引きこもりの俺、悪質自立支援施設から抜け出し本当の意味で自立してみせる。 作:ナッパー
完全オリジナルですのでお見苦しい所もあるかもしれませんが、生暖かい目で見守ってください。
薄暗い部屋のモニターの中で、妹が歌って踊っている。
フリルのついた衣装、汗で輝く肌、カメラに向けられた完璧な笑顔。数千人のファンが彼女の名前を叫ぶ。
一方で、画面のこちら側にいる俺は、万年床の上で膝を抱えていた。
引きこもり生活に入って、もう何年になるんだろうか。
妹がオーディションに受かり、地下アイドルからメジャーへと階段を駆け上がっていくのと反比例するように、俺は自室という底なし沼へと沈んでいった。
家の中での妹は、テレビの中とは別人だ。
無愛想ってわけではないが、俺にはほとんど干渉してこない。
すれ違えばおはよ、なんて挨拶くらいは言うし、冷蔵庫のプリンを勝手に食べれば文句も言う。だが、「いつ働くの? とか、「外に出たら?、といった、親がヒステリックに叫ぶような言葉を彼女が口にしたことは一度もなかった。
『お互いの領分には立ち入らない』
それが、俺と妹の間にある暗黙の了解だった。
俺にとっちゃ彼女は眩しすぎる存在であり、彼女にとって俺は、家の片隅にある少し邪魔な家具程度の認識なのだろう。
それでよかった。
その無関心が、唯一の救いだった。
その日も、いつも通りの午後になるはずだった。
リビングから適当に盗んだお菓子を食い散らかして、母親がドアの前に置いてくれた飯を3分で平らげる。
腹が膨れたら数時間くらい仮眠を取って、また朝日が昇るまでオンラインゲームに勤しむ。
そんないつも通りの午後が訪れるはずだった……。
一階から微かに、妹が身支度をする物音が聞こえて来る。
確か今日は、夕方からライブがあるって言ってた気がする。
――ドカドカドカッ。
不意に、階段を乱暴に上ってくる複数の足音が響いた。
親父じゃない。
母親でもない。
ましてや妹の足音ではない。成人男性の、体重の乗った重い足音。それが三人はいる。
鼓動が跳ね上がる。
心臓が警鐘を鳴らす。
足音は俺の部屋の前でピタリと止まった。
「――ここだな」
低い声が聞こえた直後、ガチャガチャとドアノブが回された。鍵はかけてある。
だが、次の瞬間、カチャリという金属音とともに、内側から施錠されていたはずのドアが外側から無造作に開け放たれた。親が合鍵を渡したのだ。
「うぇっ……!?」
廊下の眩しい光とともに、見知らぬ男たちが三人も部屋に雪崩れ込んできた。全員、ポロシャツにチノパンという動きやすい格好をしている。体格がいい。
「初めまして、鈴山千尋君……ご両親から話は聞いてるよね?」
先頭に立った、日焼けした顔の男が愛想笑いを浮かべて言った。だが、その目の奥は全く笑っていない。
「な、誰……あんたたち、勝手に何で……!」
「ご両親から依頼されて迎えに来たんだよ。自立支援の施設からね。君の、これからの人生のために」
ガタイのいい男の口から出た言葉に、ネットで見た知識がフラッシュバックする。
業者。
親から高額な金を受け取り、引きこもりを施設に強制的に連れ出すっていう……。
「やめろ、触んじゃねぇよ! 出てけよ! コノヤロウ!」
俺は必死に抵抗を試みるが、相手は3人……更に全員ガタイがいいときたもんだ。
どれだけここちらが必死にジタバタしようが、あっちからしたら、蚊に腕を噛まれるようなものだろう。
「ほら、暴れない。君のためなんだから。まずは外の空気を吸おう」
そしてとうとう俺は、左右から屈強な男たち2人に腕を掴まれ、自由を奪われてしまった。
何年も運動していない俺の細い腕じゃ、彼らの万力のような力に抗えるはずもなかった。
その後も俺は抵抗を続けたが、それも虚しくズルズルと万年床から引き剥がされる。
積み上がった漫画の山が崩れ、飲みかけのペットボトルが倒れた。
「離せ! 助けて、誰か……!」
無様にもがきながら廊下へと引きずり出された俺の視界の端に、階段の下からこちらを見上げる人物が映った。
妹だ。
ステージ用の完璧なメイクを済ませ、ブランド物のキャリーケースを引いている。
彼女は、見知らぬ男たちに取り押さえられ、悲鳴を上げる俺の姿を、ただ静かに見つめていた。
助けてくれ。
声に出そうとしたが、妹のあまりに凪いだ瞳を見て、言葉が喉に詰まってしまう。
軽蔑でも、同情でもない。ただ自分には関係のない景色を見るような目だった。
「あ、業者の方。親から聞いてます。よろしくお願いします」
妹は男たちに向かって軽く会釈をした。そして、俺と一瞬だけ目を合わせる。
「事務所の車が来てるから、私行くね」
トントン、と軽い足音を立てて、彼女は玄関へと向かっていく。
行ってきますという日常と変わらない涼やかな声と、重い玄関のドアが閉まる音が響いた。
「さあ、妹さんも応援してくれてる。行こうか」
「あ……あぁ……」
男の言葉に反論する気力すら抜け落ちていた。
モニターの中で歌う彼女の明るい歌声だけが、主を失う薄暗い部屋に、いつまでも虚しく響き続けていた。