引きこもりの俺、悪質自立支援施設から抜け出し本当の意味で自立してみせる。   作:ナッパー

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第3話 俺、自立支援施設がやばいということに気がつく

 

 起床を知らせるけたたましいラッパの音が鳴り響いたのは、まだ薄暗い朝六時のことだった。

 

 「ほら起きろ! 布団を畳め! 体操の時間だ!」

 

 職員の怒声と、ドアをバンバンと叩く音が廊下に響き渡る。

何年も何年も、昼に起きて夜中に寝る生活を続けていた俺の体は、鉛のように重かった。

 同室の男(昨日から一言も口を聞いてくれない)

 は、慣れた手つきで毛布を畳み、無言で部屋を出て行く。

外のグラウンドでのラジオ体操を終えると、朝食もそこそこに作業着に着替えさせられた。

農作業の研修という名目は、要するに荒れ地の開墾と雑草むしりだった。

太陽が容赦なく照りつける中、クワを持たされて土を掘り返す。

 万年床の上でマウスとスマホしか握っていなかった真っ白な手には、開始一時間で血豆がいくつも潰れていた。

 

 「手ぇ止まってんぞ! お前らが親にいくら迷惑かけたと思ってんだ!」

 

 見回りをする職員の罵声が飛ぶ。

言い返す気力すらない。

 全身の筋肉が悲鳴を上げ、汗が目に入って痛い。息をするだけで肺が焼けるように熱かった。

 

 「……最初は、みんなそうなる」

 

 ふと、隣で黙々とクワを振るっていた同室の男が、ボソリと呟いた。

 

 「ここでは、考えるだけ無駄だよ。反抗すればペナルティで飯が減る。

 職員の言う通りに『反省したフリ』をして、親か親戚が迎えに来るのを何年も待つしかないんだよ」

 

「何年って……冗談だろ? そんなの耐えられるわけ――」

 

 俺が思わず声を張り上げかけた、その時だった。

視界が不意にぐにゃりと歪んだ。

ドスッ!

 

 「ぐはっ……!?」

 

 みぞおちに強烈な衝撃が走り、肺の中の空気が、吐瀉物とともに一吐きで吐き出された。

 

 膝から崩れ落ち、熱い土の上に両手をつく。

 強烈な激痛と酸欠で、視界がチカチカと明滅した。

 何が起きたのか分からず、ただゼーゼーと荒い息を吐き出すことしかできない。

見上げると、さっきまでボソボソと喋っていた同室の少年が立ち尽くしていた。

その手には、泥のついたクワの柄が握られている。

 彼の顔は恐怖と怒りでひどく歪んでいた。

 

 「……大声出すなよバカ」

 

 少年は掠れた声で、怒鳴るような低音で吐き捨てた。

 

 「お前が甘ったれたこと抜かして目立ったらな……連帯責任で同室の俺の飯まで減らされるんだよ! 巻き込むな!」

 

 「な……っ」

 

 思わず短い息が漏れる。

 そしてそんな俺にはお構い無しに、少年は誰にも聞こえないような低い声で、だが感情的に、震える声でこう続けた。

 

 「せっかくだから、ここでのルールを教えてやる。 余計な口を叩いた奴、作業の手を止めた奴、そしてそいつと同じ部屋の奴がまとめてペナルティを受けるんだよ! 耐えれる訳がねぇ? 知らねぇよそんなもん! 俺たちの親が金を払って頼んでるんだぞ!?」

 

 少年は震える手で再びクワを握り直し、血走った目で俺を見下ろした。

その目は、俺に対する憎しみというよりも、ここにいる全員を支配する暴力への恐怖に支配されていた。

 

 「おい! 何やってんだ、そこ!」

 

 遠くから見回りの職員が、ドカドカと重い足音を立てて近づいてくる。

俺は腹を押さえたまま息を呑んだ。

 助けてくれとか、こいつに殴られたとか、その職員に被害を訴えようとしたが……。

 

 「すみません!」

 

 それより先に少年が素早く、手慣れた動作で職員に向かって深く頭を下げた。

 

 「新入りが疲れたから休むってクワを置いたんで、目を覚まさせるために一発叩きました! 作業は遅らせません、すぐやらせます!」

 

 職員は俺たちの元まで歩いてくると、土の上に丸まっている俺を蔑むような目で見下ろした。そして、鼻で笑う。

 

 「ふん……いい心がけだ。お前も少しはまともな『先輩』になってきたな。おい新入り、いつまで倒れてんだ。立て」

 

 「あ……が……」

 

 「聞こえねえのか! 立てよ! 殺すぞこの野郎!」

 

 職員の安全靴が、俺の横腹を容赦なく蹴り飛ばす。

鈍い痛みとともに土煙が舞った。

 

 「同部屋の奴にまで迷惑かけてんじゃねえよ。次は棒で叩くぞ。おら! クワを持て!」

 

 「……はい」

 

 俺は震える手で地面を這い、泥まみれのクワを握りしめた。

職員が満足そうに去っていくのを確認すると、少年は何事もなかったかのように黙々と土を掘り返し始めた。横顔には一切の感情が浮んでいない。

さっきまで俺を殴った拳の感触すら、ここでの日常の一部として処理されていく。

 この時、俺はこの施設の本性を理解した。

 いや、この施設に入った瞬間から、薄々気がついていたのかもしれない。

 親に捨てられたこと。

 暴力で支配されていること。

 そして味方であるはずの同じ被害者すらも、自分が生き残るために他者を殴りつける敵に変わり果てているということ。

 ここは地獄だ。

 そして……誰も頼れない。

口の中に広がる鉄の味を飲み込みながら、俺は必死でクワを振り下ろした。

血豆の潰れた手が激痛を訴えるが、そんな痛みよりも胸の奥を刺す絶望の方が、はるかに冷たく、重かった。

 

 

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