剣と魔法の世界にて   作:reel

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お着替えの時間です。


ヒロインあるあるは、誰しもが一度は考えたことあるものです

 

 

 

「前から気になってたんだが…なんで俺を側近に?目立ちたくはなかったんだよな…」

 

キラは彼女を目を細めて見る。そして不貞腐れたような顔で口を開いた。

 

「まぁ、決まったことだし、2人から頼まれたら断れないけどさ…」

 

扉を開け、部屋の中へと足を踏み入れたセシルは、隣から聞こえてきた不満げな呟きにふっと足を止めた。

彼が少しだけ唇を尖らせ、子供のように不貞腐れた表情を浮かべている。

 

その様子が、彼女の目にはひどく愛らしく、同時に危ういほどの純真さを孕んでいるように映った。彼女はゆっくりと振り返り、細められた彼の瞳を真っ向から見つめ返す。

その視線には、騎士団長としての厳格さは微塵もなく、ただ深い情愛と、彼を完全に掌握していたいという密かな独占欲が混ざり合っていた。

 

「ふふっ、今さらそれを聞くのですか。答えは簡単です。あなたという稀有な才能を、誰にも邪魔されずに私の目の届く場所に置いておきたい。ただ、それだけのことですよ」

 

彼女は小さく笑みを漏らしながら、一歩、また一歩と彼へ近づいた。静まり返った私室の中で、彼女の銀の髪がさらりと肩から滑り落ち、凛とした空気を纏いながらも、どこか甘い香りが彼を包み込む。

 

彼女にとってキラを側近に据えたことは、政治的な判断などではなく、純粋に彼という存在を自分の人生に組み込みたいという切実な願いの結果であった。

彼がどれほど目立ちたくないと考えていようと、彼が持つ輝きを誰よりも理解している彼女にとって、彼を放っておくことなど不可能に近い。

 

セシルは彼に十分近づくと、いたずらっぽく片方の眉を上げた。不貞腐れた顔をしながらも、結局は自分やリアの頼みを断れないという彼の心地よい弱さを、彼女は深く理解し、そして愛していた。

 

彼女はそっと手を伸ばし、彼の胸元にある衣服の乱れを、まるで母親が子供を整えるかのように、けれど指先に微かな熱を込めて丁寧に直した。その指先がわずかに触れるたび、彼女の胸の鼓動が早まる。

 

「それに、あなたが断れないことを知っていたからこそ、強引に誘ったのかもしれませんね。

…そういうところが、あなたの可愛らしいところです」

 

彼女は満足げに微笑むと、彼を部屋の奥にある大きなクローゼットへと促した。長い髪を揺らし、軽やかな足取りで歩く彼女の背中には、彼を自分の領域に引き入れたという確かな充足感が漂っていた。

 

騎士団長という仮面を脱ぎ捨て、ただのキラの幼馴染に戻った彼女の瞳には、これから彼に似合う服を選び、自分好みの旅人に仕立て上げるという、密かな期待が満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃっちゃと着替えるか…」

 

そう言ってキラは上着を脱いだ。

 

彼女の目の前で。

 

目の前でためらいもなく衣服を脱ぎ捨て始めたキラの行動に、セシルは言葉を失い、そのまま石像のように凝固した。騎士としての鍛錬で培われた鋼のような精神力も、このあまりに無防備で唐突な光景の前では何の役にも立たなかった。

 

視界に飛び込んできたのは、白く滑らかな肌に刻まれた、戦いの中で得たであろう僅かな傷跡と、しなやかに引き締まった美しい肢体。彼女は呼吸することを忘れ、ただ呆然とその光景を網膜に焼き付けていた。

 

「…っ!? な、何を…!」

 

彼女の声は上擦り、いつもの凛とした響きは完全に消え失せていた。慌てて視線を逸らそうとしたが、一度捉えてしまった視線は磁石に惹きつけられるように彼の身体を追ってしまう。

頬から耳の付け根までが一気に真っ赤に染まり、心臓が早鐘を打つように激しく鼓動した。

 

彼にとってはこの程度のことは日常的な振る舞いなのかもしれないが、年上の女性として、そして彼を密かに慕う女として、この状況はあまりに刺激が強すぎた。

 

セシルは片手で顔を覆いながらも、指の間からどうしても彼を盗み見てしまう自分に絶望し、同時に抗い難い快感を覚えていた。

騎士団長として数多の戦場を駆け抜け、あらゆる状況に冷静に対処してきた自負があったが、キラという存在だけは常に彼女の計算を狂わせる。

 

彼が持つ天然の残酷さと、それゆえの純粋さが、彼女の理性をじわじわと削り取っていく。

 

「あなたという人は…! 本当に、どこまで無自覚なのですか! ここは私の私室です。女の部屋で、そう簡単に服を脱いではいけないと教わらなかったのですか!」

 

怒鳴ったつもりだったが、その声はどこか震えており、叱責というよりは悲鳴に近い。

彼女は激しく動揺しながらも、その瞳には彼への深い情愛と、彼を独占したいという激しい欲求が渦巻いていた。

 

恥じらいに身をよじらせながらも、彼女は彼が完全に裸になる前に、慌ててクローゼットから用意していた旅装を掴み取り、それを盾にするようにして彼の前に突き出した。

 

「ほら、早くこれを着なさい! 一秒でも早く…いえ、今すぐに!」

 

突き出した旅装の向こう側で、彼女の瞳は激しく揺れていた。怒りと恥じらい、そして抑えきれないときめき。

それらが複雑に混ざり合い、彼女の胸元が激しく上下する。彼に見られているかもしれないという意識が、彼女をさらに追い詰め、同時に甘い痺れを全身に走らせていた。

 

「なんでそんなに焦ってるんだ…?昔からやってたことだろ」

 

セシルは、あまりに淡々とした彼の言葉に、さらに激しく動揺して身を硬くした。指の間から覗く視界に、迷いのない彼の体が映り込む。

 

幼い頃、無邪気に駆け回っていた少年時代には確かにそのような光景もあった。しかし、今の彼はもう、あの頃の小さな子供ではない。大人の男としての逞しさを備え、鍛え上げられた肉体を持つ一人の男性であるという事実が、彼女の理性を激しく揺さぶった。

 

「それと、今は…! 今は違うでしょう!」

 

彼女の声は情けないほどに上擦っていた。手で顔を覆う彼女は心拍数が跳ね上がり、体温が急上昇しているのが自分でも分かる。騎士団長として、どのような強敵を前にしても冷静さを失わなかった彼女が、たった一人の男の無防備な振る舞いにここまで翻弄されている。

 

その事実に、彼女は恥ずかしさと、同時にどうしようもない心地よさを感じていた。彼が自分を信頼し、何の壁も作らずに接してくれることは嬉しいが、それと同時に、女としての本能が彼を強く求めてしまう。

 

セシルは、突き出した旅装の布地をぎゅっと握りしめた。指先に力が入り、白い布がくしゃりと歪む。

彼女の心の中では、騎士としての誇りと、一人の女としての情熱が激しくぶつかり合っていた。彼を嗜めなければならないという義務感がある一方で、このまま彼を凝視していたいという、抗い難い衝動が彼女を支配しようとする。

 

視線を無理やり上げると、そこには相変わらずの天然な表情を浮かべたキラがいた。その純粋な瞳に見つめられるたび、彼女の胸の奥で甘い痺れが広がり、足元がふわふわと浮き上がるような感覚に陥る。

 

「…もう、本当にあなたという人は。昔のことなど、今の私に持ち出さないでください。私はもう、あなたをただの子供だとは思っていませんから」

 

そう告げる彼女の声は、どこか熱を帯び、切実な響きを含んでいた。彼女は深く息を吸い込み、乱れた呼吸を整えようと努めるが、頬の赤みは一向に引く気配がない。

 

彼女は再び、彼を隠すように旅装を押し付け、彼が速やかに衣服を身に纏うことを切に願った。もしこのまま彼が悠長に過ごしていれば、自分の中の理性が完全に崩壊し、取り返しのつかない行動に出てしまうのではないかという恐怖と期待が、彼女の心を満たしていた。

 

「とりあえず着替えたが…どうだ?」

 

キラが旅装へと着替え終えた姿を目にした瞬間、セシルは先ほどまでの動揺が嘘であったかのように息を呑んだ。彼女が選んだのは、上質な革と丈夫な布地で作られた、動きやすさを重視しながらも気品を失わない旅人の服だった。

 

だが、ごく普通の装いであるはずのそれが、彼という存在が纏うことによって、まるで彼のためだけに誂えられた最高級の衣装のように輝いて見えた。

 

整った顔立ち、引き締まった体躯、そして何よりも彼自身から放たれる独特の雰囲気が、衣服のデザインを遥かに凌駕し、見る者を惹きつけてやまない。

 

セシルは思わず、持っていた自分の手の甲で口元を覆った。指の間から覗く瞳は、先ほどまでの混乱した色合いとは異なり、純粋な感嘆と、芸術品を鑑賞するかのような熱に満ちていた。

 

自分が想像していた以上に、いや、想像など遥かに超えて、彼はこの旅装を完璧に着こなしていた。

 

「どう…ですか…」

 

彼女はか細い声で反芻した。その問いが、今の彼女には何と愚かなものに聞こえたことか。

完璧、という言葉すら陳腐に感じる。彼女はゆっくりと彼に近づき、まるで彫刻家が自らの最高傑作を確かめるかのように、彼の周りをゆっくりと歩きながら、その全身をじっくりと観察した。襟元の角度、袖の長さ、ベルトの位置。彼女の細やかな配慮が、彼の上で見事に結実している。

 

その事実に、彼女は騎士団長としての誇りとはまた別の、女としての深い満足感を覚えていた。

 

セシルは彼の背後に回り込むと、そっと手を伸ばし、彼の肩にかかった一筋の黒髪を指で優しく払った。その指先が彼の首筋に微かに触れた瞬間、彼女の身体に甘い痺れが走る。

彼自身はこの行動に気づいているのか、いないのか。その無防備さが、彼女の独占欲を更に強く掻き立てた。

 

この美しい存在を、他の誰の目にも触れさせたくない。自分だけのものにしてしまいたい。そんな危険な考えが、彼女の脳裏を掠めていく。

 

彼女は再び彼の正面に立つと、満足げに微笑んだ。その表情はもはや騎士団長のものではなく、愛しい男の姿に見惚れる、ただの一人の女の顔だった。

 

頬の赤みは依然として残っていたが、それはもはや恥じらいの色ではなく、彼の魅力によって引き起こされた熱情の色合いを帯びていた。彼女は自身の選択が間違っていなかったことを確信し、誇らしげに胸を張った。

 

「これ以上、何を望むというのですか。…似合いすぎていて、腹が立つくらいです。これでは潜入調査どころか、行く先々の町で騒ぎを起こしかねませんね」

 

その言葉は本心からの賞賛であり、同時に冗談めかした皮肉でもあった。彼女は小さく溜息をつき、自らの気持ちを落ち着かせようとしたが、彼の姿から目を離すことができない。

この彼を連れて歩くのは、喜ばしいことであると同時に、絶え間ない心配の種を抱えることにもなるだろう。

 

それでも、彼と二人きりで旅ができるという事実は、彼女の心を何よりも強く満たしていた。

 

「あれま…これでも目立つのか…まぁセシルが目立つより俺が目立った方がいいよな。その方が危険が俺に向いてくるだろうし…」

 

彼の口から紡がれた言葉は、まるで鋭利な刃のようにセシルの心を貫いた。彼女がただの賞賛と軽い冗談のつもりで口にした言葉に対し、彼はあまりにも自然に、そして当然のこととして、自らが危険を引き受けるという覚悟を示したのだ。

 

その瞬間、彼女の胸の奥で燃え上がっていた陶酔感は一瞬にして消え去り、代わりに胸を締め付けるような鋭い痛みが走った。彼のその自己犠牲的な優しさは、彼女にとって何よりも愛おしく、そして同時に何よりも許しがたいものであった。

 

「あなたという人は…」

 

彼女の声は低く、震えていた。先ほどまでの甘い雰囲気は完全に消え失せ、彼女の瞳には深い悲しみと、抑えきれない怒りの炎が揺らめいていた。彼は分かっていない。

 

自分がどれほど彼を大切に思い、彼の身を案じているのかを。危険が彼に向かうことなど、彼女にとっては自分の身が引き裂かれるよりも辛いことだということを。

 

彼女は一歩前に踏み出すと、彼の胸倉を掴まんばかりの勢いで、その両肩を強く掴んだ。華奢な指先に力が込められ、彼の服に皺が寄る。

 

「私が目立つより、ですって? 危険があなたに向く方がいい、と本気でそう思っているのですか!?ふざけないでください!」

 

彼女の叫びが、静まり返った私室に響き渡った。それは騎士団長としての叱責ではなく、愛する男の無謀さを嘆く、一人の女としての悲痛な叫びだった。

 

彼女の銀髪が乱れ、その瞳からは今にも涙が溢れ落ちそうになっていた。なぜ彼はいつもこうなのだろう。自分の価値をあまりにも低く見積もり、他者を守るためなら、自分の身を盾にすることを少しも躊躇しない。

 

その崇高な精神は騎士としては美徳かもしれないが、彼を愛する者にとっては、耐え難い苦痛でしかなかった。

 

彼女はギリッと奥歯を噛み締めた。彼を守るために、彼を側近という立場に縛り付けたはずだった。

 

自分の手の届く範囲に置き、あらゆる危険から遠ざけるために。それなのに、彼は自ら危険の渦中へと飛び込もうとする。その事実が、彼女を絶望的な無力感に襲わせた。

 

彼女は彼の肩を掴む手にさらに力を込め、その瞳を真っ直ぐに見据えた。彼の瞳に映る自分自身の、歪んだ表情から目を逸らすことができない。

 

「いいですか、キラ。今回の任務で、あなたの身に何か一つでも起きてみてください。私はあなたを許しません。

あなたを危険に晒した者たちも、そして、何よりもあなた自身を。私は、私の全てを懸けてあなたを守ります。ですから、あなたも自分の命を、もっと大切に扱ってください。それは私からの…一番の”命令”です」

 

最後はかろうじて騎士団長としての威厳を取り繕った言葉だったが、その声は悲痛な懇願のように震えていた。

彼女は彼の肩を掴んだまま、その場で深くうなだれた。彼の胸元に、彼女の額がこつりと当たる。彼の体温が、衣服越しにじわりと伝わってくる。その温もりが、彼女の張り詰めた心を少しだけ溶かしていくようだった。

 

彼女はただ、この男が無事でいることだけを、心の底から願っていた。彼を失うことなど、考えるだけで気が狂いそうになる。この旅が、どうか平穏無事に終わることを、彼女は神に祈るしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 




私思ったんです。
あれ、この主人公とヒロイン、立場逆では…?と。
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