「うん、よく覚えていたね。」
「だって、同じ学校だったでしょ?」
「でも、舞園さんと違って僕なんか何ら目を引く要素なんかない、ごく普通の中学生で……」
「ええ。
ですけどあの時、罠にかかっていた鶴を助けたでしょう?」
「あ……ああ、確かそんかことが……」
「私、実はあの時の鶴何です。
是非、恩返しを。」
「えっ!?」
「ふふ、冗談ですよ。
でも、私が感心したのは本当ですよ。」
「飼育委員だから無理矢理やってただけだよ。」
「でも私、分かるんです。
例えそんな建前無くても、苗木君は鶴を助けただろうって。
あれから苗木君と話してみたいと思っていたのですけれど、私の周りにはいつも人がいて、結局話せずじまいで卒業してしまって……
それがこんな形で実現してしまうとは、思ってもいませんでしたけど。」
当初の予想通りに普通に希望ヶ峰学園に入学して同級生として学園生活を送る希望に満ちた日々だとしたら、この上なくドラマチックな再開場面となっていただろうに。
「でも、私、思うんです。
あの時の鶴みたいに、きっと苗木君が私のことを救ってくれるって。
ただの勘かもしれませんけど、なんか、そんな気がするんです。」
「……うん、頑張るよ。
それが、ただの勘で終わらないように。
僕に出来ることなら、なんでもするつもりだよ。」
「もちろん信じていますよ。
私の勘は、すっごく当たるんです。
エスパーですから。
うふふ、冗談ですよ。」
そう言って、こちらの方の心が安らぐような笑みを浮かべて舞園さやかが笑った。
「ほう!一番乗りは舞園君と苗木君だね!
はっはっは!いい報告を期待するとしよう!」
「………………」
2人に続いて食堂を訪れたのが、そういうことには全く無頓着な石丸と、何だか察しはしたらしきものの野暮な真似はしない眼々途のコンビだったのは幸いだった。
やがて他の面子も続々と食堂に集い、未だに来ない霧切響子への不安は残ったものの石丸清多夏主導で第1回希望ヶ峰学園定例報告会が催された。
「寄宿舎で僕らは、皆の個室を発見したのだが
その数はわずか15人分。
委員長殿のがないのだ!
共同生活を謳いながら生徒の数すら把握していないとは……希望ヶ峰学園の管理はあまりにずさんではないかね!」
「ですから、あのようなルールが設けられたのではありませんこと?」
《3》学級委員長以外は就寝は寄宿舎エリアに設けられた個室でのみ可能です。
他の部屋での故意での就寝は居眠りとみなし罰します。
「眼々途君には寄宿舎での就寝用の個室はあてがわれているわけではない代わりに、彼のみは個室以外の所で好きに就寝することが出来る。
黒幕なりの配慮、と、いったところでしょうか。」
「ウウム、しかしこんな危険な状況下で1人で外で除け者にして呑気に寝ているなど……
委員長殿!何なら僕の個室を共有してやっても……」
「ありがとう。
でも、僕は自分で寝床を探してみるよ。」
「そ、そうですか!」
「すっかり、上下関係ついちゃってるね。」
と朝日奈が呆れ顔で呟いた。
他には皆の生活を保証する物資などがあったのは幸いなものの、結局脱出の手掛かりは掴めず、そして遅れてやってきた霧切響子が提出した見取り図により、自分達が少なくとも希望ヶ峰学園の構造を模した出口がない建物に閉じ込められたと言う陰鬱極まる結論が出た。
皆が薄々分かっていたものの口に出すことを憚られたのの事実を容赦なく突きつけたセレスから夜時間出歩き禁止の独自のルールが提唱、承認され、自室に帰った苗木が鍵がかかっているはずのシャワールームのドアのたてつけの悪さという不運にみまわれ、
改めて自分が≪超高校級の不運≫であることを痛感させられ、目を閉じた。
――――――――――――
ミーンミンミンミンミン
公園か空き地だろうか。
見上げた視線の先では空にかかっている入道雲のような真っ白のワンピースと波打つ長髪の、顔までは陰になって不鮮明な女性がいた。
上級生すら見上げるような形になる(高校生の現在でも中学生並の背丈なのだが)当時の自分にとっては、その大人の女性は巨人のようで、苗木があと10年先の世代かその知識を得ていたらネットミームとなっている「八尺様」の言葉と内容を思い浮かべたろう。
当時の自分は自身を覆い尽くさんとするその風体に威圧や恐怖といったものの代わりにむしろ好奇心と親しみすらもって相対していたのは、逆に怪しい人物に対する「恐怖」という感情が未発達だったのと、思い出せる限りのこの記憶より以前のその女性との交流によるものなのだろう。
女性の口調、声音の代わりにその言葉の「意味」が、翻訳のように記憶に再生された。
「何を望む?」
怪談かお伽話の世界から抜け出てきたような異形の女性からの、魔女か魔人が不可思議な物語に誘う常套句の言葉に、自分は………
――――――――――――
「ハッ。」
疲れと混乱と、ごく普通の寝心地が逆に自分にとっては肌に合うベッドの感触によって知らず知らず熟睡してしまったらしい。
「今の、夢………」
記憶の底の底に埋没していた、平々凡々だった自分の人生における数少ない奇妙で非日常的な夏の記憶。もしかしたらあの夢より遥かに異常で荒唐無稽で理不尽な昨日の出来事も夢なのではないかと思ったのだが、目を覚まして見回した個室の監視カメラと打ち付けられた鉄板が目についた。
「キーン、コーン…カーン、コーン…
オマエラおはようございます!
朝です、7時になりました!起床時間ですよ~!
さぁて、今日も張り切っていきましょう~!」
ご丁寧にチャイムと二度と聞きたくないダミ声によるアナウンスとモニターに映る二度と見たくない白黒の熊の映像が、昨日の状況の絶望を強調させる。
まだ半分寝ぼけた頭を、果たして自分はあの時に何と答えたっけ、と半ば防衛本能的な現実逃避的思考に巡らしながらのろのろと外に出て真っ先に見かけた石丸清多夏に「おはよう!苗木君!」と大きな声で朝の挨拶をされたことで不本意な形で意識を現実に引き戻された苗木は、丁度いいことに自分の隣である舞園のネームプレートの掛かっている部屋のインターホンを鳴らした。
ピンポーン
「あ、苗木君。」
対応した舞園は自分よりはるかに寝起きがよさそうで、ついさっきまで寝ぼけた状態のまま対応しようとしていた自分の有様に羞恥と後悔が湧きあがった。
ああ、確かに自分が置かれたこの最悪な状況は現実だけれど、
テレビや人越しに眺めるだけだった人気アイドルが仲間として今、目の前にいるのもまた、現実なのだ。
「丁度良かった。
あのですね……
ちょっと苗木君にお願いがあるんです……。」