魔法少女リリカルなのはEXCEEDS〜RAVEN and DRAGON STRIVE〜 作:ΣiGMA
私が目を覚ました時には、外はもうすでに暗くなっていた頃だった。
身体中に包帯が巻かれ、視界の悪さからどうやら左目も包帯が巻かれているらしい。
〝左目なんていつ負傷したかな?〟なんて思い返そうとしたけれど、どうにも兄様との勝負中は所々の記憶が抜けていてよく思い出せない。
最後に渾身の一撃を放ち、その中を突っ切って爪を当てようとした所までは覚えてるんだけど……。
とりあえず目が覚めたから起き上がってみようかな……お腹も空いたし。
そうして身体を起こそうとしたけど、身体の痛みで思わず顔を顰めてしまう。
(それになんだか、妙に身体が重い……)
そう思って見てみると、私が寝ていたベッドの周りにはミシロやマキナ達が寝ていて、特にミナとキサラなんてまるで添い寝でもするかのようにベッドの上で私の両側でスヤスヤと寝息を立てていた。
どうりで重いはずだ……。
(ちょっとごめんね?)
私は心の中で二人にそう謝ると、彼女達を起こさないようにベッドから降りる。
その時に気付いたのだが、ベッドの隣にある椅子の上ではシャマルさんが器用に眠っていた。
どうやら私の容態がいつ変わってもいいようにここで眠っているらしい。
(お疲れ様です。ありがとうございます)
そう心の中でお礼を言いながら仕切り用のカーテンを潜る……すると天幕の中では高町さん達までスヤスヤと眠っていた。
「わぁ……」
思わず小さな声でそう溢してしまう。
直ぐにハッとして口元を両手で塞いたけれど、どうやら聞こえていないようで一人として起きる気配がない。
その中を縫うように歩く私がようやく天幕を出ると、空には月が高々と上がっていた。
とてもあんな巨獣による危機が訪れているようには思えない程の静けさに包まれたガラン・ハイム────
そんなガラン・ハイムの街並みを見渡していると、ふと城壁の上に人影がある事に気がついた。
極力足音を立てないようにそちらへと向かい、そうして城壁の上へと出た私。
その視線の先にいたのは他でもない兄様だった。
「お前か……」
流石と言うべきか、兄様はいち早く私の存在に気が付くと、こちらに顔を向けるなり呆れたような表情を浮かべた。
篝火も無く、月明かりがあるとしても薄暗い中で表情が見て取れるのは禍憑人であるが故の視力の高さによるものだろう。
「いくら似てるからと言って、
「ふふ……なにせ兄様の妹なものですから」
「正直褒められたもんじゃねぇな。そんなナリで歩き回るのはよ」
「だってお腹が空いて寝られないんですもの」
「……ちぃっと待ってろ」
兄様はそう言うなりその場から姿を消す。
直ぐに戻ってくるだろうと思った私は言われた通り素直にその場で待っていた。
すると数秒後に物音がして、兄様は二人分の椅子を床へと置き、そして同じく二人分の軽食と飲み物を
「わざわざありがとうございます」
「アホ。俺も小腹が空いてたからついでだ、ついで」
「ふふ……そうですか」
私はあえてそういう事にすると、兄様が持ってきてくれた軽食のサンドウィッチを一口食べる。
兄様も同じくそれに口をつけていて、そこから暫くの間私と兄様の間に沈黙が流れていた。
そして兄様は不意に口を開く。
「言っとくが、屋敷を出た事とお前に言われた事は関係無いからな」
「────っ!」
思わず肩が震える。
ドキリと心臓が跳ね、その拍子に危うく喉を詰まらせるところだった。
そんな私を気にする様子もなく兄様は続ける。
「屋敷を出たのはある種の俺の覚悟の表れだ。これ以上、俺の大切なものを失わせやしない。師匠の跡を継いで特級討伐師として、この世界に蔓延る凡ゆる禍憑を屠る。その為にも総統閣下の元に行くのが何よりも最短距離だった」
あの日から現在に至るまでの兄様の人生を、その苦労を私は知らない。
ただ、たった2年で二級討伐師から特級討伐師になるのは生半可なものでは無いということだけは分かる。
しかしその隣に居れなかったのが私としては何より悲しく、そして悔しい。
それでも、もしあの日に〝私も一緒に行く〟と言ったところで兄様はそれを良しとはしなかっただろう。
結局のところ兄様も私も〝なるべくしてなった〟という事だろう。
「聞いたが、お前も特級討伐師目指してんだって?わざわざ師匠の名まで継いで」
「はい……実の所、特級討伐師になった暁に兄様にお会いしようと思ってました」
「じゃあなんでここに来たんだよ。それに皆がいる前で俺を〝兄様〟なんて呼びやがって」
「ここに来たのは当然、特級討伐師になる為の貴重な経験が出来ると思ったからで、皆さんの前で兄様と呼んだのは……その……感情が制御出来ずに思い余ってしまって……」
「お陰であの勝負の後、俺が周りからどれだけ質問攻めにされたと思ってる?〝本当に妹なのか?〟とか、〝あのヴァローナ殿の弟子なのか?〟とか……いや、師匠の弟子に関しては総統閣下が原因か」
「いや……でも……私が主な原因には変わりありませんし……」
「まぁ別にいいけどよ」
「はい……」
また暫く沈黙が流れる。
うぅ……こんな話をしたい訳じゃなかったのに、もっと違う……懐かしい思い出に花を咲かせたり、これまでの近況報告とか、そんな感じの話をしたかったのに、どうしてこんな重苦しい空気になってしまったのだろう。
その事に私はこの空気を変えようと色々と別の話題を模索し始めるが、どうにも丁度良い話題が見つからない。
するとまたも兄様が口を開いた。
「三年、四年、六年」
「……はい?」
「二級討伐師になるには三年、そこから一級討伐師になるのに四年、そこから特級討伐師に至るまで六年かかると言われている」
「それは……はい……確かにそうですけれど……」
二級討伐師としての資格を得られるのは討伐師見習いとして三年の実務経験を積んだ後に認定試験を合格しなければならない。
一級討伐師はそこから四年の実務経験と昇格試験合格……特級討伐師は六年の実務経験と国際討伐師協会から課せられる高難易度の昇格試験を全て合格しなければならない。
ちなみにこれは順調に行ってそれくらいという話で、人によっては更に延びる可能性だってある。
中には挫折し、一級討伐師のまま現役を終える方までいる程、特級討伐師というのは狭き門なのである。
そんな狭き門を僅か二年で通過した兄様……いったいどれだけの努力をなさったのか想像出来ない。
「最初の一年は小型から巨獣を絶えず討伐し続ける毎日だった。その傍らで昇格試験に向けての勉強も行った。お陰でその時の俺は碌に眠れやしなかったな。二年目なんて特に過酷だった。何度も死にかけたし、何度も血反吐吐いたりもした。土に塗れ、泥に塗れ、血に塗れもした。そんな生活を二年も過ごし俺は特級へと至った」
「(ゴクッ)……」
兄様の話に思わず唾を飲み込む。
そんな過酷な経験を経て特級討伐師となった兄様を人々は〝凄い〟と、〝天才だ〟と賞賛するだろう……でも兄様は身体よりも
「だからと言ってお前もそうしろとは言わん。お前は一人で突っ走って行くよりも、周りの……信頼出来る奴らと一緒にゆっくりと、一歩一歩しっかりと地面を踏みしめて進むタイプだ。だから……お前はゆっくりここまで来い」
今、兄様は私の隣にいる……けれど何故か遠く感じるように思えた。
これが今の私と兄様との距離なのだろう。
なんて近くて遠い距離……。
一足飛びでだって追いつけるか分からない。
それでも兄様は……。
「安心しろ。もう置き去りになんかしねぇ。ここでいつまでも待っててやる。つってもあまり待たせんなよ?俺は忙しいんだからな」
「クス……」
その言葉に私は思わずクスリと笑ってしまった。
あぁ、そういえば兄様はそういう人だった。
いつだって私の先を歩くけれど、それでもたまに振り返って私の事を待っててくれる。
そんな兄様だからこそ、私はしっかりと兄様を見てこう言うのだ。
「はい、友達と一緒に追いついてみせます!」
……と。
「こらー!アメリアさんはまだ怪我人なんだからベッドで安静にしてなきゃ駄目でしょー!」
「ひゃあっ!」
突然下から聞こえてきた声に思わず身体が跳ねる。
そーっと覗いてみると、城壁の下でシャマルさんが怒り顔で私を見ていた。
「ク……ククク……」
「笑わないで下さい兄様!」
「だってよ……あんな決め顔で……なんて締まらねぇんだと……ククク……」
「もう!兄様のいじわる!」
そう言って膨れっ面になる私に兄様は変わらず笑いを堪えながらその手で私の頭を優しく撫でる。
幼い頃によくこうして頭を撫でてくれた。
それに私は懐かしさと心地良さを感じながら、そして名残惜しみながら私は兄様と別れを告げて天幕へと戻るのであった。