バランシェ博士は景色を見ない ラノシア編   作:くろと。

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第二話 「見ているもの」

 

――取っておきの酒盛り場。

常に水しぶきが舞い、太陽が照っても涼しいらしい。

 

「水しぶきか……」

博士は腕を組み、ヒントをじっと見つめた。

「君なら、この一文から何を連想する?」

「水しぶきですか……。船ですね。波が高い日は甲板まで飛んできます」

「なるほど。しかし、それでは"酒盛り場"という言葉と結び付かない」

「そうですね。川辺も思い浮かびましたが、常に水しぶきが舞っているわけではありませんし……」

博士はヒントを読み返す。

「"常に水しぶきが舞い、太陽が照っても涼しいらしい"……」

その一節だけを何度も口の中で転がす。

「常に、か……」

しばらく沈黙が流れた。

やがて博士が顔を上げる。

「滝だ」

「滝?」

「川ではない。常に水しぶきが舞う場所といえば滝しか思い浮かばん」

「確かに……!」

思わず声が出た。

滝なら納得できる。

しかし、次の瞬間には別の疑問が浮かぶ。

「ですが、ラノシアに滝なんていくつもありますよね」

「有名どころだけなら四か所ほど思い付く」

即答だった。

さすが地図学者である。

「もっとも、名もない滝まで含めれば私にも分からん」

「それじゃ探しようがありませんね……」

「そうだ」

博士もあっさり認めた。

私は少し拍子抜けした。

何か名案があると思っていたのだが。

「有名な滝から順番に回りますか?」

「それでは調査ではなく巡回になってしまう」

「でも、それしか……」

博士は地図を広げたまま黙り込む。

私も隣から覗き込むが、地図に滝は描かれていない。

あるのは町や街道、地形だけだ。

「酒盛り場……」

博士がぽつりと呟く。

「人が集まる場所ということですよね」

「それは間違いないだろう」

「だったら人里に近い滝でしょうか」

「その可能性は高い」

私は地図の町を指差した。

「例えばコスタ・デル・ソルなんかはどうでしょう」

博士は頷いた。

「候補には入る」

しかし、その声には確信がない。

候補にはなる。

だが決め手がない。

地図の上には、まだいくつもの可能性が残ったままだった。

 

博士は机の上に一枚の紙を置いた。

そこには探検手帳の文章が丁寧な字で書き写されている。

『取っておきの酒盛り場。常に水しぶきが舞い、太陽が照っても涼しいらしい。』

候補は絞れない。

滝までは分かった。

しかし、その先へ進めない。

何かがおかしい。

私はもう一度、博士が書き写した紙へ目を落とした。

ヒントはこれだけなのだろうか。

「……博士」

「何だね」

「ひとつ気になるんですが」

「言ってみたまえ」

私は紙を持ち上げた。

「これ、本当に探検手帳そのまま書き写したんですか?」

「もちろんだ」

「一字一句違わず?」

「そのつもりだ」

私は首を傾げた。

「でも、何となく引っ掛かるんですよね」

博士は眉をひそめる。

「何がだ」

「分かりません。でも、何か抜けているような……」

「気のせいだ」

即答だった。

ますます怪しい。

「探検手帳、見せてもらえませんか?」

博士は無言で探検手帳を抱き寄せた。

「だめだ」

「やっぱり」

「これは触らせん」

「触りません。見るだけです」

「見るのもだめだ」

「なんでですか」

「だめなものはだめだ」

完全に子供である。

私はため息をついた。

「博士」

「何だ」

「私、助手ですよね」

「そうだ」

「助手に情報を隠してどうするんです」

博士は少しだけ視線を逸らした。

「……これは、私のだ」

「知ってます」

「苦労して手に入れた」

「それも知ってます」

「だから」

「だから?」

博士は探検手帳をぎゅっと抱き締める。

「触ってほしくない」

沈黙。

あまりにも真剣な顔だった。

この人、本気だ。

研究資料ではない。

子供がお気に入りのおもちゃを守るような顔をしている。

私は観念した。

「……じゃあ、私が見たいページだけ開いてください」

「私が?」

「博士が持ったままです」

「……」

博士は少し考え込む。

「私は触りません」

「……」

「ページも博士がめくってください」

「……それなら」

ようやく折れた。

博士は椅子を少し離し、私から手の届かない位置で探検手帳を開く。

私は横から覗き込む。

そして、書き写した紙と見比べてすぐに違和感に気付いた。

 

【挿絵表示】

 

「あ」

「何だ」

「一行抜けてます」

「何?」

私は探検手帳の一番上を指差した。

『――ある農夫から聞いた噂。』

博士は数秒固まった。

「あ……」

「書き写してないじゃないですか」

「……」

「これ、大事じゃないですか?」

博士は探検手帳と紙を交互に見比べ、小さく咳払いをした。

「景色とは関係ない前置きだと思っていた」

「農夫というと農村か……滝が近くにある条件なら一つしかないな」

博士は誤魔化すように言った。

私はそんな博士の様子を見て軽くため息をつき首を振った。

「わかったよ。すまなかった」

博士は少し不貞腐れるように言った。

「わかればいいんです。さっき一つしかないとおっしゃいましたね」

「ああ。中央ラノシアサマーフォード庄だ」

「リムサロミンサから見える果樹園でしたかね?」

「そう。その近くに滝がある。さあ行こうと思ったが、今からでは帰る頃には暗くなってしまいそうだ」

冒険者に配られてる手帳だから危険なところもあるのだろうけど、安全を確保できるところは、できる限り備えるということなのだろう。

「そうですね。では明日の朝出発しましょう」

私はふと思い出したことがあったので博士に聞いてみた。

「博士はどこで探検手帳の存在を知ったのですか?」

1年前のことを思い返すと、あの頃は研究室に缶詰だったはずだ。

「あぁそのことか。君の宿のロビーに移動して話そうか」

 

「探検手帳の存在を知ったのは偶然なんだ」

博士はコーヒーを飲みながら話しだした。ほぼ唯一と言っていい博士の嗜好品だ。

「君とラストスタンドへ食事に行った時だよ」

博士は研究に没頭すると賢人パンばかり食べる悪い癖があった。

心配した私は無理やりラストスタンドへ連れ出した。

 

「……ラストスタンドで食事をしている時に特に何かあったような記憶はないですね」

あの時博士は食欲がないのかサラダだけを注文して何かの書類を読んでいた気がする。

その後サラダが運ばれてきてぼーっとしながら食べていた。その様子を見て食べてることに安心した私は目当ての料理に舌鼓をうっていた記憶がある。

「隣のテーブルに冒険者達がいただろう?」

「あぁ、そういえばいましたね」

「彼らの会話から『ミリスからもらった』、『手帳攻略のLS』といったワードが聴こえてきたんだ」

「盗み聞きは良くないですよ。LSというのはなんです?」

「盗み聞いたんじゃない。聞こえてきたんだ。……LSというのは冒険者達の間で特定の目的を果たすために作られる集団のことらしい」

「それを聞いて、その後どうしたんです?」

自分の食事に夢中で博士がどんな様子だったか覚えてない。

「冒険者達が食事を終えるタイミングに合わせて食事を終えて、彼等を追いかけたよ」

そうだ博士は食事を終えたらさっさと席を立ってたんだった。……支払いを私に任せて。

それにしても博士の行動力……

「彼等に声をかけて教えてもらったのさ。ミリス・アイアンハートがグリダニアで探検手帳というものを配っている、とね」

アイアンハート。エオルゼアで知らない人はいないといってもいいくらい有名な探検家一族だ。

ロダート・アイアンハートがエオルゼア全図を作った人というのは有名すぎる話だ。

その子孫が何かをやっていると聞いたら博士はいてもたってもいられないだろう。

「なのですぐに調査届を出して翌朝にはグリダニアへ出発したというわけさ」

「その後1年間も手帳の調査をしてたんですか?」

「いや、冒険者となる為に半年くらいかな?」

「では半年間も調査に費やしたのですか?」

「いや、調査自体は4ヶ月ほどかな?」

どうも博士の歯切れが悪い。何か隠してるんじゃないだろうか。

「残りの2ヶ月は?」

「……まあ色々さ」

やはり何か隠している。しかし博士は話さないとなったら意地でも話さないので一旦追求するのをやめる。

「しかし、冒険者になるのに4ヶ月ですか。エーテル操作が苦手だからそれだけ時間かかったんですか?」

「そうだね。私が習得できる戦闘クラスを探すのにも時間かかったし、習得できるとはいってもできるようになるまでそれなりに時間かかったよ」

博士の身体能力ではファイター系は絶望的だろうにわざわざ試したんだろうか?

「何か失礼なことを考えてるね?」

「いえ、そんなことは」

考えていた。どうしてこの人はこんなにも私の考えていることを見抜けるんだろうか。

「まあいい。明日の朝は早いから今日はもう休もう」

 

翌朝。

私達は中央ラノシア側へ出る門へ向かった。

「この辺はモンスターがちらほらといますけど、大丈夫なんですか?」

「この辺りは大人しいモンスターが多い。こちらからちょっかい出さなければ大丈夫さ」

「そういえば博士。博士が昨日使ったルインという魔法の威力というのはあの程度なんですか?」

「それは『私が使うルイン』なのか『巴術士が使う一般的なルイン』どっちの話なんだい?」

予想もしていなかった返答に面食らう。

「その2つには何か明確な違いがあるのですか?」

「あるとも。君が何度も言ったようにエーテル操作が苦手な私と、特に苦手ではない普通の巴術士では魔法の威力は全然違う」

「巴術士というのは本に書かれている魔紋にエーテルを流しこめば発動するのではないですか?」

私もシャーレアン出身なので基礎的な魔法の知識くらいはある。

「エーテルを蛇口をひねるように流せる者もいるが、私は穴の開いた袋から零れる水を集めているようなものだ。」

私は不安を覚えた。

「なるほど。……博士はあのルインでモンスターと戦えるのですか?」

「戦ったことはないが、ギルドマスター代理からは『絶対にモンスターと戦おうとは思わないように』と言われているぞ」

「なんでこんな実力の人を巴術士と認めたんだ!!」

私は会ったこともないギルドマスター代理とやらに憤慨した。

「この先に凶暴なモンスターが出てきたらどうするんですか!」

「この先に凶暴なモンスターなどいないから安心したまえ」

「そういう意味ではなくて!手帳の他の目的地のことを言ってるんです!冒険者にしか渡していないというのはそういうことでしょう?」

「安心したまえ、私は冒険者だ」

「モンスターと戦うなと言われる冒険者に安心できるわけないでしょう!?」

「それもそうか。危険な地域に行く時は対処を考える」

博士は何も問題はない、といった風情でスタスタと歩き始めた。

この調査大丈夫なんだろうか……。調査に同行すること自体は初めてではないが、それも人が大勢いたり護衛がいたりする中での調査だったのでこんな心許ない調査は初めてで不安がどんどん募ってきた。

 

しばらく歩くと果樹園が見えてきて小高い丘に人里とエーテライトがあった。

「あそこがサマーフォード庄ですかね」

「ふむ、近くに滝があるはずだが休憩がてら住民に話を聞いてみよう」

 

【挿絵表示】

 

住人たちが昼間から地面に座り込んだり、喧嘩なのかただの殴り合いなのかよくわからないことをしている二人を周りが囃し立てている。

地面で寝ている者もいる。

「なんだか農夫とは思えないガラの悪い連中が多いですね」

「どうやらここは海賊禁止令が出た後に元海賊達に入植政策を進めているらしい」

「なるほど、しかし上手くいっているんでしょうか?サボっているように見えます」

「最初から上手くはいかないだろうさ。海の上にいたいと思っている人もいるだろう」

海の上から陸の上に移って戸惑っている人もいるだろうから、それはそうなのだろう。

そう考えていると、隣にいたはずの博士の姿がない。

辺りを見回してみると、住人と話し込んでいる博士を見つけた。

話し終えて私の方に向かってくる途中で立ち止まった。

何か気になるものでも見つけたのだろうか?

博士は小屋に吊るしてあるランプへ近づくと、じっと見上げはじめた。

小屋の周辺には元海賊達がたむろっているにもかかわらず、そんなことはお構いなしだ。

背伸びするようにランプに手を伸ばし、指先が届くかどうかを確かめると、小さく首を傾げる。

今度は支柱全体を眺めはじめた。

博士は何をしているんだ……

いや、それよりも、あの人達に絡まれたらどうするんだ……

元海賊達も「なんだこいつは?」という顔で博士を見ている。

だが、誰1人として博士に近づこうとする者はいなかった。

奇妙なものを見るような視線だけが博士に向けられている。

そして、博士は何か考えこむような表情で戻ってきた。

「どうかしたんですか?というか何をしていたんです?」

「いや、それはいいんだ。」

「さて、滝は北西の橋の手前の階段を降りて道なりに行けばいいそうだ。現場に行ってみよう」

 

私達が川の手前まで行くと橋と木組みの階段があった。

博士は立ち止まり橋にある街灯を眺め始めた。

またか……一体何をしているんだ。

やがて街灯へ手を添えると、街灯を見上げた。

何かを考えるように首を傾げると、小さく首を振った。

「さっきから何をやっているんです?」

「少し気になることがあってね。まあ、今はまだいいか」

話さないとなったら、ガンとして話さないだろう。

私はそうそうに諦めた。

そして、階段から滝を眺める。

 

【挿絵表示】

 

「雄大な景色ですね」

景色に感動していると、

「この階段を降りて道なりに行けば滝に近づけるようだ」

とスタスタと歩き出す。

「ちょっと待ってください。この素晴らしい景色を眺めていかないんですか?」

「もう見たよ。私達の目的は探検手帳だ。ここからの景色の眺めではない」

ほんと目的以外目に入らない人だ。

仕方なく後を追う。

階段を降りると川沿いに人が歩ける通路が出来ていた。

滝の音が大きくなってきた。

少し歩くと広いスペースに出た。

「この辺は広くなってるね。酒盛りもできそうだ」

言われて周りを見てみると、確かに5,6人で酒盛りしても十分なスペースがある。

「涼しいですね」

どうやら、谷が日陰を作っているようだった。

「ふむ、これなら手帳の『太陽が照っても涼しい』の条件に合っているね」

「そうですね。条件に合っているとわかったら、どうするんです?」

博士は返事をせずに広間になっているスペースを慎重に歩いている。

崖直前のスペースに立ち止まると、

「あぁ、どうやらここのようだ」

手帳を取り出して開いていた。

「博士、落ちないように気をつけてくださいね」

聞こえているのかいないのか、博士はおもむろに辺りを見渡した。

その時だった。

手帳から発光して収まっていく。

「今のは?」

「アイアンハート一族の魔法なんだろうね。探検手帳の場所に辿り着くと、ヒントの文字が光だす。そして時間帯、天候、特定の行動で手帳自体が光って新たな記載が現れるというわけさ」

 

【挿絵表示】

 

「よし、これで探検手帳No21は完了だ」

「きちんとヒントを読み解けば辿り着けるんですね」

「農夫の証言と書いてあったけど、昼間から酒盛りするのが疑問だった。しかし、サマーフォード庄の実情を見ればそれも納得だ。」

「そうですね、あの元海賊達なら仕事サボってここら辺で酒盛りしてても不思議ではないです」

「真っ直ぐ滝まで目指してたら、ここに来ても『何で農夫の証言なんだ?』という疑問が残ってただろう」

「確かに。私ならここに滝があると知ったら真っ直ぐ目指してました」

そして私はこうも思う。

「博士は普段は効率を重視しています。それなのに今回はサマーフォード庄で聞き込みをしていました。この滝の辺りだろうと確信していたにもかからわずです。なぜ聞き込みをしたのですか?」

博士はすぐには答えず、滝へ目を向けた。

「助手君は普段、仕事終わりに夕日を眺めながらコーヒーを飲む時間を大切にしているね」

「ええ。」

「あれは何か成果を得るための時間かい?」

「……いいえ」

「なら、何のためだ。」

「落ち着くから……でしょうか」

博士は小さく頷いた。

「しかし、滝と分かった途端、君は真っ直ぐここへ向かうと言っていた」

「……」

「何故だい?」

博士に問われて私は考え込んだ。

私は「滝」を探していた。

博士は「この場所」を調べていた。

同じ場所へ向かっていたはずなのに、見ていたものはまるで違っていた。

博士は静かに滝を見つめた。

「結果だけを追っていると、本当に大切なことを見落としてしまう」

 

第二話 「見ているもの」了

 




本作で使用しているゲーム内スクリーンショットは、『ファイナルファンタジーXIV 著作物利用条件』に基づいて掲載しています。
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