私には博士が考えていることなど到底わからない。何を見ているのかもわからない。
それでも昨日の調査で、一つだけ気付いたことがある。
博士には、私とは違うものが見えている。
何が見えているのかは分からない。
だが、それだけは分かった気がした。
そもそも私が博士の考えていることを理解する必要はないのだ。
博士が研究に打ち込めるよう環境を整えるのが私の仕事だ。
早く終わらせて、シャーレアンへ帰る。
そのためにも今日中にリムサへ戻るのが一番だ。
そう結論づけた、その時だった。
「今日はサマーフォード庄に泊まらせてもらおう」
「え?リムサに帰らないんですか?今なら日没前にはギリギリ間に合いますよ」
「次のNo22はどうやらサマーフォード庄内にありそうなんだ」
ふかふかのベッドで今日の疲れを癒すという私の願望はもろくも砕け散った。
「おや?不服なのを無理矢理押さえつけているような表情をしているね」
「そんな事はありません。だいたいそれってどんな表情なんですか、私は見たことないですよ」
「今君がしている表情さ」
そんなにわかりやすい表情をしているだろうか……
気を取り直して私は聞いてみた。
「No22はどういう内容なんですか?」
博士はメモを渡して、素早く探検手帳の該当ページと思われる場所を開いて一瞬で閉じた。
「……博士、手帳を無理矢理取って見ようとはしないからゆっくり見させてもらえませんか?」
「内容はそのメモに書いてある通りだ」
「いや、前回あんな事あったでしょう?」
「なんの話だ?」
「とぼけないでくださいよ。証言者を勝手にカットしたでしょう?」
博士は顔を背けた。
……!今、この人舌打ちしていなかったか?
「今、舌打ちしました?」
「するわけないだろう」
…………
………
……
博士は再び探検手帳を開いて、今度は5秒くらい見せた。
「はい。確認できました。ありがとうございます」
フン!という感じで踵を返してサマーフォード庄に向かって歩き出した。
変なところが子供なんだよなぁ……と思いつつ博士を追いかけた。
あれ?今ランプって書いてあったよな。
もう一度メモを広げてみる。
――酒場で耳にした噂話。
元海賊は酒が入れば喧嘩を始める。ランプの上に登って高みの見物を決め込むのがいい。
……ランプだ。
サマーフォード庄の住人たちが元海賊だと知るやいなや、博士はランプを調べ始めた。
今にして思えば、探検手帳を手に入れるためだけに冒険者になったと言っていた人だ。
ランプを見つけた程度で驚く話ではないのかもしれない。
「そういえば博士、冒険者になるまでの話はまだ聞いていませんでしたね。巴術士になる前は何をしていたんですか?」
「冒険者になる方法を探していたよ。まずは他の戦闘クラスになれるか試した」
「まさかとは思いますがファイタークラスは試してないですよね?」
「試したとも」
「ですよね、試すわけないですよね」
……
「え!?試したんですか!?なんで??」
「やってみなければわからないだろう!」
「わかりきってますよ!」
博士が槍や剣を振るってる姿が想像できない、誰か怪我とかさせてないんだろうか。
「また、失礼な事を考えているね」
「グリダニアで断られたから、そのまま槍術士ギルドに行ったんだ」
なんで槍術士なんだ……
「槍を持たされて構えてみた。そのまま突いてみろ、と言われて突いてみたんだが的に当たらなかった。もう一度慎重に突いてみたら的に刺さらなかった」
「自分の身体を鍛えてから出直してきなさい、と言われたよ」
「その後、弓術士ギルドへ向かったんだ」
わからない……筋力不足と言われたならファイタークラスはやめておけばいいのに……
「弓を渡されて、まず引いてみろと言われた」
「……引けなかった?」
「全く。」
「筋力を付けて出直してきなさいと言われたよ。」
そりゃそうだろう。
「ならばと思い、幻術士ギルドに向かったんだ」
ようやく少し期待が持てる。
とはいえおそらくダメだったのだろう。
そう思わせるくらい絶望的にエーテル操作が出来ないのだ。
「幻術士の使う魔法の仕組みは知ってるかい?」
「確か自己のエーテルと環境エーテルを組み合わせるんでしたっけ?」
「そう。これならイケると思ったんだ」
なんでイケると思ったのか、本当にわからない。
「ところがだ、自分の中のエーテルというのはなんとなくわかる。だけど環境エーテルと言われても何も感じ取れないんだ」
なんとなくわかる程度では環境エーテルを感じ取るのは難しいでしょう……
「環境エーテルがわからず、自分の中のエーテルも上手く操作できなくて、幻術士ギルドもやんわりと断られたよ」
「その……やる前からわかっていたのではないですか?」
「やってみないとわからないこともある」
博士自身、自分が運動音痴でエーテル操作も苦手だと分かっている。
それなのに、どうして「やってみなければわからない」と言えるのか。
私にはまったく理解できなかった。
「何がどうダメなのかわかれば対策できるかもしれないだろう?」
なぜこんなにも私が考えている事がわかるのだろうか。
「…そうですね、それでグリダニアは諦めてリムサへ行ったんですか?」
「いや、ウルダハへ向かった」
「なんで!?ウルダハにあるギルドだって剣術士と格闘士、呪術士じゃないですか!もう結果なんてわかりきってるじゃないですか」
「扱う武器が違うのだから、違う結果が出るかもしれない」
この人はまだ自分の身体能力をわかっていないのか?どうすればやんわりと伝えられるのかと、頭を抱えた。
「まず剣術士ギルドへ向かった」
「当然ダメだったでしょう?」
「失礼な言い方だね、君の言う通りダメだったがここまでで一つわかった事がある」
「なんですか?」
「武器を使うクラスは向いていないということだ」
………
……
…
知ってた。
「そうですよ、博士は特に身体を鍛えているわけですし、武器を振り回すのは似合いません」
「そこなんだよ」
「そこというのは?」
「武器を扱うためにまず身体を鍛えてから、というのは遠回りだと思ったんだ」
「だから武器が無くても戦える格闘士ギルドに向かった」
……私は絶句した。どうしてそうなるのか。
「思った通り武器を持つこともなく、とりあえず見習いということで入門を許されたんだ」
「格闘士とはいえ手に何か武器を持っていたような気がするんですが……」
「まず最初に型を覚えるんだ、だから最初のうちは武器を持つ必要ない」
なぜか勝ち誇ったような顔をしている。
でもこの人、結局格闘士になれなかったんだよな?あれ?格闘士にもなれるのか?
「それで格闘士になったんですか?」
「いや、1週間ほど基本の型をやったが全く出来ていないということでクビになった」
「さっきの勝ち誇った顔はなんなんですか!?」
「戦闘クラスのギルドに入るという目的は達成したからね」
「いや、博士の目的は冒険者になることでしょう!」
「なれる可能性が見つかったということだよ」
やるだけ無駄と思えることも、とりあえずやってみて可能性の有無を確認せずはいられないのだろう。
「そうなると次は呪術士ギルドですか」
「そう。呪術士は自分の中のエーテルを練り上げて事象に変換するんだ。これならイケるかもしれない」
「だけど自分の中のエーテルを感じることはできるが、練り上げたりすることはどうしてもできなかった」
これも周りが見れば最初からわかっていたことだ。
「それでリムサロミンサへと来たわけですか」
「リムサではしっかり下調べをしたんだ。ここまでかなり時間を使ってしまったからね。まずマーケットの武器屋に行ってみて、両手斧を見させてもらった」
「え?武器を持つのは無理だとわかったんじゃないんですか?」
「念の為に確認したんだよ。両手斧を見て、これは無理だと確認した。次はダガーを見せてもらった。これはもしかしたらイケるかもしれないと思った」
「それで双剣士ギルドに行って模擬戦をやっているところを見学したんだ。見てこれは無理だと確認出来たのさ」
「それで最後に残った巴術士ですか」
「そう。巴術はエーテルを魔紋に注げば発動できる。エーテルを出すだけなら私にもできる」
「でも巴術は何かを召喚しなければいけないですよね?」
「そう、宝石にエーテルを込めてカーバンクルを顕現させないと巴術士とは認められない」
「じゃあ魔法の発動には問題なかったけど、カーバンクルの召喚に4ヶ月もかかったんですか!?」
「私が冒険者になるために残された道はもう巴術しかなかった。幸い魔法の発動には問題はあったが、発動自体はできた。あとはカーバンクル召喚さえ成功すればいい。身体を鍛えるよりずっと現実的だ」
確かに、身体を鍛えに鍛えてようやく人並みになれるかどうかだ。
加えて、運動神経の方も壊滅的だ。
運動神経の向上も求められてはいつになるかわかったもんじゃない。
しかも運動神経を鍛えるという方法論さえないのだ。
私は博士の身体能力を正しく理解しているつもりだ。
決して馬鹿にしているわけではない。
この人はあんな調子だが、 国の宝と言っても大袈裟ではない。
オールドシャーレアン周辺の地形を、博士以上に知る者など思い浮かばない。
地形だけではない。
真水を確保できる場所。
採集できる薬草。
食料を確保できる場所。
魔物の縄張り。
荷馬車が通れる道と通れない道。
身を隠せる森。
そのすべてを、博士は頭の中に収めている。
もし戦上手な人間が、この知識を手にしたら。
……考えたくもなかった。
もっとも、終末を乗り越えた今、他国への侵略など考える国はないだろう。考えすぎなのかもしれない。
「それでギルドマスター代理に付きっきりで指導してもらってようやく召喚に成功したわけさ」
「召喚して巴術士として認められて、みんなも自分の事のように喜んでくれたよ」
「それなのに水を差すような……いや、これはいいんだ」
話さないとなったら話さない人なのでそこは気にしないようにした。
「そうやって苦労した末に手に入れた探検手帳ですね」
「そうだ。だから触ってほしくない」
私は一つため息をついて、
「博士にとっては大事なものだというのは理解しています。ですが、私にとっては大事なものではないです。それをどうこうして博士を困らせたいとも思っていません」
尚も博士は疑いの目を向けていた。
そんな話をしているうちに、サマーフォード庄へ着いた。
相変わらず元海賊の農夫達は地べたに座り込んだりしていた。
エーテライト付近まで歩いていくと、博士が口を開いた。
「あそこにいるルガディンの男性が、ここのまとめ役をしているらしい。寝泊まりの交渉をよろしく頼む」
博士はエーテライトのある丘の上から辺りの風景を眺め始めた。
今回の調査でたくさん話していたから忘れていたけど、博士は外部の人間とは極力話さない人だった。
こういった事はもっぱら私の役目だったのを思い出した。
身分は明かさない方がいいよな?と思いながらラノシア観光に来ている体で、私はルガディン男性に話しかけた。
「博士、泊まれる場所を提供してくれるそうですよ」
「わかった」
「なにしてたんです?」
「風景を眺めてただけだよ」
なかなか自分の内側を見せない人だと、今まで思っていたけどリムサで再開してからさっきまでの会話を思い出すと、この人はむしろ全部見せているのではないだろうか?と思えてくる。
「風景を眺めてただけ」と言われると普通なら、他のことを考えていたのを誤魔化したのだと思う。
だが博士の場合は違う。
本当に風景を眺めていただけなのかもしれない。
急に寝泊まりできる場所の提供をお願いした手前、小屋みたいな所なんだろうなぁと覚悟していた。
だが案内されたところは衝立で仕切られているもののベッドはあるし、椅子とテーブルもあり人が生活するための部屋だった。
わざわざ場所を空けてもらったんだろうか……
とりあえず私は部屋で一旦落ち着いてから、先ほどの男性の所に行き食料と飲み物を購入してきた。
私は部屋に戻り、今日の行動記録をつけていた。
博士は向かいの椅子に腰掛け、探検手帳を開いている。
……ニヤニヤしていた。
そして、同じページを何度も開いては閉じている。
今まで見たことのない表情に、少し引いた。
ひとまず書き物を終えて博士を見るとまだニヤニヤしていた。
「……博士」
ニヤニヤ
「バランシェ博士!」
ビクッ
「なんだい?」
「次のNo22はランプの上と具体的な場所は書いてあるけど、ランプはけっこうな数ありますよね。昼間調べてて目星はついているんですか?」
「目星はついていない。昼間調べてた場所のランプは理由は色々あるがおそらく違うだろうね」
「どうしてです?」
「酒を飲んで喧嘩と書いてある。彼らは色々な場所でたむろっているが、酒は飲んでなかった」
「あぁたしかに」
「ガラの悪い連中だが、案外仕事中は酒飲んだりせずに真面目にやっているんだろう。でなきゃこんな立派なラノシアオレンジは作れないさ」
「そうですね、それこそ昼間から酒飲むときはNo21の場所で堂々と飲みそうです」
「うん、だから屋外のランプが考えにくいというのがまずひとつ」
「他の理由は?」
「No22は『酒場で耳にした噂話』とある。噂話だ。これはある特定個人のことを噂しているんではないだろうか?」
そう言われて、私はもう一度メモを読んでみた。
――酒場で耳にした噂話。
元海賊は酒が入れば喧嘩を始める。ランプの上に登って高みの見物を決め込むのがいい。
たしかに、そう読めなくもない。
はっきりと書いてあるわけじゃない、この文章を読んだときになんとなくそう感じ取れる程度だ。
「そう、はっきりとは書いてはいない。しかしだ。これがもし場所のことを噂しているなら『元海賊は』とは書かないのではないだろうか」
また考えていることを読まれた……
「たしかにそうですね」
私は腕を組んでメモに書いてある文章を何度も読み返してみる。
「この人物は酒癖が悪いんですかね?」
「酒場で噂になるぐらい日常的に酒を飲んでは喧嘩してるんだろうね」
「そして、一つ問題がある」
「なんです?」
「この人物がまだこのサマーフォード庄に……」
「あっ!」
そうか、これが風景であるならば何年経っても災害でも無い限り急激に変わることはないだろう。だが、この人物は現在いるかどうかわからないのか。
「まあこの人物を見つけることが手帳の答えではないからね」
「あっ、そうですね」
話の流れから勘違いしてしまった、この手帳はあくまでも場所を示しているのだった。
「問題なのはそこじゃないんだ、酒癖悪い人物を高みの見物していた人物だ……うーん」
「どうしたんですか?」
「どうにも面倒だ。酒癖悪い人物をX、見物していた人物をYと仮称しよう」
「なるほど、わかりました」
「このYは、Xが喧嘩を始めるからランプへ登った」
「つまりXがいなければ、Yはランプへ登る理由がない。」
「つまり人物がいなくなれば場所だけ残るんですね。」
「そうだ。このサマーフォード庄のランプの上以外は場所の特定ができないということだ」
「あぁ…なるほど、そういうことになるんですね。ではしらみ潰しに探すしかないですかね?」
「うん、しらみ潰しと言っても屋外の可能性は低い。彼らはガラは悪いが喧嘩などは起きていなかっただろう?」
「そうですね、喧嘩ではないけど腕試し的な事はしてましたけどね」
「『高みの見物』という言葉には、自分は巻き込まれずに眺めているというニュアンスがある。」
「その場にいる全員が入り乱れて殴り合うような喧嘩では、この表現は少し違和感があるんだ。」
私は博士の洞察に同意しながら、探検手帳のメモを見返した。
探検手帳というのは、てっきり風景を見つけるものだと思っていた。
しかし、これは風景ではない。
大袈裟に言えばこれは人の営みだ。
こんなものまで探検手帳にナンバリングされるのはどうにも不可解だった。
「そして、位置的な側面から見ても高い位置にあるランプに登ればあそこにある衝立の向こうも見えるんじゃないかと思うんだ」
言われて入り口の両脇にあるランプを見てみた。
なるほど、身の軽い人間なら登れなくもなさそうだ。
衝立の向こうにはベッドが並べられていた。
衝立の向こうで行われている喧嘩を『高みの見物』か…
「博士、オールドシャーレアンみたいな都市にいると殴り合いの喧嘩どころか言い争いすらあまり見かけないですよね」
「そうだね、議論が白熱することはあっても言い争いというのは見たことがない」
「言い争いなんて見物したいもんなんですかね?」
「うーん……、見物よりも見るに堪えられないと感じるかもしれないね」
「私もそう思います。見るに堪えられないから仲裁に入るかもしれません」
「哲学者会議のお爺さん達が顔を真っ赤にして口喧嘩してたら、私は笑ってしまうかもしれない」
「そんなことしたら博士に火の粉が飛んできますよ」
「ふむ、それならやはり口喧嘩や言い争いを『高みの見物』という表現も違うように思える。しかし、他になにかあるのか……」
そう、そうなのだ。喧嘩にも色々あるけど見物したいなんて思えるようなものなんてあるだろうか……
いや、ある。
そうだ、これなら見物したいと思う人間もそれなりにいる。
「博士、見物したい喧嘩ならありますよ。私は興味ありませんが、興味ある人間はそれなりにいるはずです」
博士は視線だけで続きを促す。
「痴話喧嘩です」
「痴話喧嘩!?」
怪訝そうな顔で聞き返す博士。
「痴話喧嘩というのはゴシップ誌の中でも人気のある記事です。それ専門の記者もいるくらいですよ」
「痴話喧嘩というのは恋人同士の男女が喧嘩するというものか?」
「そうです。見たことないですか?」
「無い。ルヴェユール家にお世話になってた時も、あの夫妻が喧嘩しているところなんて見たことない」
博士は10代の頃はルヴェユール家から大学に通っていたらしいので、内情はよく知っているはずだ。
それにしてもあの夫妻の場合は喧嘩になる前にアメリアンス夫人が先回りして手を打っているような気がする……気がついた時には、フルシュノ氏は白旗をあげざるを得ないような状況になっているのでは無いだろうか。
博士同様、私もルヴェユール家とはいささか関わりが深い。
博士に浮いた話など一度もない。
だから想像できなかったのだろう。
だが私には、一つだけ思い当たるものがあった。
酒が入り、男女が言い争う。
それを面白がって眺める人間がいる。
……痴話喧嘩だ。
「このサマーフォード庄には女性の元海賊もいましたよね。Xと恋仲になった女性がいた。しかしXは酒癖が悪く女性とよく喧嘩していた。」
「Yはその痴話喧嘩を高みの見物していた。そして、その話が酒場で噂として広まった。そう考えれば、この文章は自然に読めます。」
博士は腕組みをしたまま考え込んでいた。
その表情が、一瞬だけいつもの考え込む顔とは違って見えた。
何が違ったのかは分からない。
ただ、妙に印象に残った。
「なるほど。男女間のことになると私では推論すら立てられないな」
博士はランプに近づき、しばらく見上げていた。
それから私を見た。
「?」
私もランプを見上げる。
……何もない。
博士はもう一度ランプを見上げ、それから私を見た。
「??」
今度は少しだけジト目だった。
さらにもう一度。
ランプ。
私。
ランプ。
私。
……。
「あっ。」
「君は普段私の身体能力を馬鹿にしているくせに、気づくのが遅すぎないかい?」
「馬鹿にしてないからわからなかったんです!」
「そうかい?私には馬鹿にされてるとしか感じないけどね」
「博士の能力を正しく認識しているだけです!」
そういいながら手を組んで空気椅子のような体勢をとる。
「まったく難儀なものだ」
博士は私の手、肩と順番に踏み台にして、ランプの台へよじ登ろうとした。
……。
よじ登……れない。
「……」
「……」
仕方なく、私はばたつく博士の足を下から押し上げた。
危なっかしくもなんとかよじ登ると、
「衝立の向こう側は見えるが…」
「どうしました?」
「ここではないようだ」
「え!」
「手帳が反応しない」
「そんな…」
「慌てるのはまだ早い。他にもランプはあるし、別の部屋もある」
「あ、そうなんですね」
……
…
「博士?」
「……私はどうやって、降りればいい?」
「飛び降りれないですか?」
「君は私がそんな芸当できると思っているのかい?」
「……思ってません」
「やっぱり馬鹿にしているじゃないか」
誓って馬鹿にしているのではない。
ただ休暇届の仕返しをしているだけである。
私は何も言わず壁に手をついた。
博士は私の肩へ慎重に足を下ろし、そのまま転げ落ちるように地面へ降り立った。
他のランプ台にも登ってみたが、収穫はなかった。
外に出ると、集落内に人の気配……というか元海賊たちの騒がしさがなくなっていた。
「静かですね」
「ふむ、どこかに集まっているのかな」
耳を澄ますと、少し離れた小屋の方から笑い声が風に乗って聞こえてきた。
酒瓶を打ち鳴らす音に混じって、時折野太い歓声も上がる。
「どうやら酒盛りの最中らしいね」
「昼間たむろしていた場所ですか」
「そうだろう。今ならもう一つ部屋の中を調べても迷惑にはならなそうだ」
私達は別の部屋へと向かった。
念の為ノックをしてみる。
……
「誰もいないようですね」
「では、入らせてもらおう」
博士は躊躇する事なく入っていった。
「ふむ。私達の部屋と間取りは同じのようだ」
「ランプも同じ場所にありますね」
私は部屋を見渡した。
同じ間取りでも、生活する人が違えば雰囲気も変わるものだ。
整頓された私たちの部屋とは違い、こちらはどこか雑然としている。
……視線を感じた。
博士がランプと私を交互に見ている。
どうやら部屋の見学はここまでらしい。
私は先ほどと同じような体勢を取った。
博士はもう何回もよじ登ってるというのに、あいも変わらず危なっかしい足取りでよじ登る。
いや、よじ登れてすらいないところも先ほどと同じだ。下から押し上げてようやくランプ台の上に立った。
「どうやらここのようだ」
手帳が反応したらしい。
「ここから衝立の向こう側の喧嘩、いや痴話喧嘩か。それを見物していたわけか」
私はベッドでの痴話喧嘩と、それを高みの見物をする人物Yについて考えていた。
そして、衝立の向こうのベッドへ目をやった。
……もし私の想像が正しいのだとしたら、Yという人物は相当趣味が悪い。
そんなことを博士に説明する気には、とてもなれなかった。
「助手君、どうやら時間帯もしくは天候が違うらしい。ここは屋内だからおそらく天候は関係ないだろう」
「えぇ?時間帯ですか?しかし、そんな情報は何も書かれてないですよね」
「書かれてないな」
「そういう時はどうするんです?」
「安心したまえ、一人で解いてる時もこういう事はあった」
「おぉ、そうなんですね。で、どうするんです?」
私は思わず身を乗り出した。
「待機だ」
「……え?」
「待機だ」
博士はそのままランプ台の上へ腰を下ろした。
……最初は博士特有の、分かりにくい冗談だと思った。
しかし、二度目にこちらを見た時の表情は至って真剣だった。
……どうやら本気らしい。
私は諦めて、椅子に腰をかけた。
静かな時間が流れる。
時折、外から酒盛りをしている元海賊たちの笑い声が聞こえてくる。
私は何度も姿勢を変えたが、博士は石像のように動かなかった。
外の笑い声だけが、ゆっくりと時間を運んでいた。
どれくらい時間が経っただろう。
気が付くと、私は椅子に座ったまま眠っていた。
目が覚めると周りの様子からまだ夜は明けてないようだった。
博士は衝立の向こう側を見ていた。
「すみません、寝てしまいました」
「いいさ。この場所に来れた時点で君の役割は十分に果たした」
「ずっと起きていたんですか?」
「明確な時間帯がわからない以上起きて待っているしかない」
「さっき、他にもこういうことがあったと言ってましたよね。その時はどれくらい待ったんですか?」
博士は少し考えるように、視線を上げた。
「3日」
「3日!?」
時間帯を待つだけなら最大で丸一日でいいはずだ。
「天候も絡むとなるとやっかいでね」
「あぁ……」
「それでも手帳から時間帯と天候を読み解ければまだ楽なんだ。読み解けなかったり絞り込めなかったら、待機する以外ないんだよ」
「過酷なんですね……」
「ここは屋内だ。天候は関係ないだろう。だからまだ……む。」
博士は言葉を切ると、探検手帳を開きながら立ち上がった。
そうして衝立の方に視線を送ると昼間のときと同じように手帳が発光する。
「これでNo22は完了だ」
ようやく、終わった。
三日待ったこともあると言われた後では、一晩くらい文句を言う気にもなれなかった。
博士がランプ台から降りるのを手伝いながら、
「そうでした。最後の役目がありましたね」
「大事な役割を忘れてしまっていた」
博士は一枚の用紙を私に差し出した。
「部屋にお礼の書き置きを残して戻ろう」
「はい」
私はその場でお礼と顔を合わせず出ていく非礼を詫びて、借りていた部屋に書き置きを残してきた。
部屋を出る頃には、東の空が白み始めていた。
「よし、一旦リムサへ戻ろう」
「1日で2つ終わりましたね」
「うん。君の果たした役割は大きいよ」
思わず博士の顔を見返した。
「それはどういう表情なんだい?」
「博士からそんな言葉が出るとは思ってもいなかったもので」
「事実を言ったまでだよ」
「博士、No23は目星がついているんですか?」
「中央ラノシアと低地ラノシアに絞れているよ」
「それならここに滞在したままでも良かったのではないですか」
「そう思ってたんだけどね、昼間この高台から見た限り中央ラノシアの可能性は低いんだよ」
あの時、風景を眺めていたと言ったのは、何かを誤魔化したのだと思っていた。
だが違った。
博士は本当に風景を眺めていた。
私が景色としか思わなかったものを、この人は情報として見ていたのだ。
昨日から奇妙に思っていた博士の行動には、すべて意味があった。
「それと、今日はリムサに戻ったら休んで明日から調査再開だ」
「そうしましょう」
朝日を受けたラノシアは、昨日とはまるで違う景色に見えた。
博士なら、この景色からも何かを読み取るのだろう。
私には分からない。
だが、それでいい。
第三話 「見えていないもの」 了
本作で使用しているゲーム内スクリーンショットは、『ファイナルファンタジーXIV 著作物利用条件』に基づいて掲載しています。
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