私はラキシス・バランシェ。
オールドシャーレアンで地理の研究をしている学者だ。
私は今、助手君と探検手帳を踏破する旅に出ている。
助手君の名前は記録されているので、必要になれば確認できる。
彼が来るまでに三人の事務員が辞めたため、名前を覚えるのはやめた。
だが彼は、もう二年も私の研究室で働き続けている。
今さら名前で呼ぶのも負けたような気がするので、今でも「事務君」あるいは「助手君」と呼んでいる。
彼は煩雑な事務作業をやってくれるので、今では重宝している。
研究には口を出さないし、事務員としては優秀だと思っている。
だから、彼をこの探検手帳の調査に連れて行くなんて考えもしなかった。
最初はフルシュノ氏からの助言に納得できず、一人で調査をしていた。
しかし、危険な場所もあるから色々小細工をして彼を無理矢理調査に突き合わせた。
そして、昨日の深夜にまで及んだ調査で彼は私とは違う視点から見事に解き明かしてみせた。
フルシュノ氏の助言をようやく理解した。
話は少し前に遡る。
探検手帳の調査に一度区切りをつけ、次の調査計画を立てようとしていた矢先だった。
哲学者会議から召喚状が届いた。
届けにきたのが哲学者会議の屈強な警備員だった。
あれは召喚ではなく、ほぼ連行だった。
「召喚される理由に心当たりがないのだけど」
「詳しいことは聞かされておりません。逃げようとしたら、必ず捕まえろ。という指示だけいただいております」
「規則に反するようなことは、なにもしていないはずなんだけどね」
「詳しいことは聞かされておりません」
「……そういう返答しか出来ない規則なのかな?」
「詳しいことは聞かされておりません」
これ以上尋ねても答えは変わらないだろう。
私は大人しく同行することにした。後ろ暗いことは何もしていないのだから。
オールド・シャーレアンへ戻ると、議事堂までは警備員が私を囲むように歩いた。
議事堂へ入った途端、その輪はさらに狭まる。
「大人しくついて行くから、そんなに肩を押さえなくても大丈夫だよ」
「失礼しました」
後ろ暗いことは何もしていない。そういう自覚はある。
それなのに、この扱いではまるで罪人だ。
私は地理の研究を続けてきた。
誰かに評価されるためではない。
ただ、知りたかったからだ。
それは結果として哲学者議会にも評価された。
その私が、罪人のように扱われている。
やがて目的の部屋に着いた。
警備員が扉を叩くと、中から入室を許可する声が聞こえた。
中へ入ると、半円形に並べられた長机の向こうに十人ほどの議員が座っていた。
その中心には、一脚だけ椅子が置かれている。
他の議員たちの椅子とは違い、簡素な造りだった。
「バランシェ君、座りたまえ」
素直に従って座り、彼らが何を言い出すのかと身構えていた。
「これよりラキシス・バランシェ博士に関する査問を開始する。本査問は研究費の運用および研究活動の適正について確認するためのものである。」
議員たちの視線が、一斉に私へ向けられた。
その視線だけで、この部屋では私一人が裁かれる側なのだと理解した。
彼らは私が長期間研究室に戻っていないこと。
調査へ出ているのかと思えば冒険者になっていたこと。
調査をしていないのであれば、研究費の私的流用ではないのか?ということだった。
中央に座っている老齢の議員が口を開いた。
「君が研究者でありながら冒険者登録をした理由はなんだ?研究者は研究していればよい。なにか必要なものがあればグリーナーに依頼すればいい。冒険者になる必要性があるとは思えない。」
「ミリス・アイアンハートが記した探検手帳を手に入れるため。探検手帳は冒険者でないと入手出来ない」
「アイアンハート一族に関係するものというのはわかった。だが探検手帳というのはなんだ?」
「ミリス・アイアンハートが記録した探検記録だ」
議員たちは顔を見合わせ、小さくざわめいた。
何にざわついているのかわからない。
私の返答が彼らにとっては好ましくないものだったのだろうか?
別の議員が口を開いた。
「バランシェ博士、君は調査費をつかって観光していたということかね?」
「観光ではない。探検手帳に記された場所について調査していた」
「それは調査費を私的に使っていることの方便ではないか?」
「それは違う。私は手帳の調査をしていた」
「手帳の調査というのは具体的に何をするのか?」
「……質問の意図がよく分からない。」
「意図などわからなくてもよい、君は質問に答えるだけでいい」
「……手帳に記された少ないヒントから記録された場所を探る」
議員たちは互いに視線を交わした。
「だから、それは観光なのではないかね?」
「それでは逆に聞くが、『観光』とはなんだ?」
……
「名所を巡り、見物することだ」
「ならば、やはり私は観光していない」
「なぜ、そう言える」
私は少しだけ考えた。
「私は景色を見に行ったことは一度もない」
「景色を見ないで、一体何をしているのだ?」
「何度も言っている。手帳の調査だ」
議員たちは再び顔を見合わせていた。
「バランシェ博士の答えに納得したわけではないが、質問を変えよう」
苦虫を噛み潰したような表情で、また別の議員が口をひらく。
「君は研究費を私的な旅行に充てたのではないか?」
「探検手帳の調査を私的だとする理由がわからない」
「私たち哲学者会議は君にエオルゼア全体の地理情報を収集して、新たな航路や物流、安全な街道整備案などでシャーレアンの知の発展に資する研究をしてもらいたい」
「そう認識している」
「では探検手帳の調査がどこに繋がるというのかね?これは君の知的好奇心を満足させるためではないか。それが私的だと言っている」
「研究とはそういうものではないか?」
室内が静寂で満たされた後、
「そんなものは研究ではない!」
机を叩く音が室内に響いた。
老齢の議員が静かに片手を上げる。
しかし別の議員も、
「貴様は哲学者会議を愚弄するつもりか!」
「……静粛に」
その一言だけで十分だった。
議員たちは不満げな表情を浮かべながらも口を閉ざす。
「続けたまえ、バランシェ君」
「私は今までも自分が『知りたい』と思ったことを研究してきた」
「公費で行う以上、その成果を社会へ還元してもらわねば困る」
私は腕を組み替えて答えた。
「研究を形にするためにも、今探検手帳の調査をやめるわけにはいかない」
「つまり、今はまだ何も進んでいないということかね?」
「研究は進んでいる」
「進んでいるというなら、現時点で得られた成果を示したまえ」
「……まだ調査中の段階だ」
議員たちの表情が固まったのがわかった。
どうやら私の説明は、また伝わらなかったらしい。
「本日はここまでとする」
老齢の議員が静かに告げた。
私は立ち上がる。
結局、最後まで話は噛み合わなかった。
その後は部屋に案内されて、部屋の入口に先ほどの警備員が立っていた。
「この部屋の中では自由にお過ごしください、部屋の外へは出られません、必要なものがあれば用意します」
「一週間後に査問委員会が再開されます。それまではこの部屋で過ごしてください」
私は一つ息を吐いて言った。
「わかったよ。それと何か本を持ってきてほしい」
「どのような本でしょうか?」
「地誌でも歴史書でもなんでもいい」
「わかりました。何冊か見繕っておきましょう」
「頼むよ」
扉が閉まる。
改めて部屋を見回す。
簡素なベッド。
テーブルと椅子。
それだけだった。
「監獄よりはマシか……」
窓の外から誰かが議論する声が聞こえてきた。
今日もオールドシャーレアンはいつも通りらしい。
私は椅子に腰をおろした。
コンコン。
「どうぞ」
「本を何冊か持ってきました」
「そこのテーブルの上に置いておいてくれ」
「わかりました」
私は一週間の間、本を読んですごした。
久しくまとまった時間が取れなかったこともあり、気付けば一日が終わっていた。
そうやって過ごしているうちにあっという間に査問委員会の日がきた。
再び査問会が開かれた。
いつの間にか、議論の中心は私の疑惑ではなく、『研究とは何か』になっていた。
毎週一回査問会が開かれたが、議論は平行線のままだった。
議論を重ねる度に、心なしか議員たちの表情から険しさが少しずつ消えていくのがわかった。
読み終わった本が百冊に届きそうになった。
そして一ヶ月半が過ぎた。
この日の査問会は雰囲気が少し違った。
「我々は当初、君が若くして評価を得たことで慢心し、研究費を私的な目的に使ったのだと考えていた。」
「……」
「君と議論をしてもいまだに平行線だ。しかし、君が研究に対して真摯な姿勢なのは充分にわかった」
「……」
「君が研究費を私的に流用したという疑いは撤回しよう」
私は一つ大きく息を吐いた。
「だが、君が必要な手順を踏まなかったのは事実だ。新たに長期調査申請書を書くこと。そして、研究成果を論文として提出すること。これだけの期間を費やした研究だ、相応の成果を期待している」
査問委員会が終わるという空気になった時に扉が開かれた。
「終わったかね?バランシェ博士は私の部屋に来るように」
入ってきた人物を見て、私は一瞬思考が止まった。
「フルシュノさん?」
「バランシェ博士には必要な手順を踏むように、と通達したところです」
「ご苦労だった。それでは本件はこれで終わりにしよう」
私は状況を飲み込めないまま、その場に立ち尽くしていた。
「さあバランシェ君、こっちだ」
私は黙って、フルシュノ氏の後をついていった。
フルシュノ氏の執務室に入ると、アメリアンス夫人がいた。
「ラキシスちゃん!良かった、なんともないのよね?」
「アメリアンス、彼女は丁重に扱われていたよ」
「そうは言っても心配するじゃない」
言い終えるより先に、私はアメリアンス夫人に抱きしめられていた。
「アメリアンスさん、私は大丈夫です。不自由はありましたが、不当な扱いを受けていたわけじゃありません」
「ほんとうに?」
「ほんとうです」
私は学生時代、ルヴェユール家に下宿していた。
あの頃から夫人は、本当の娘のように私の世話を焼いてくれている。
私はもう一人で生活出来る。
本人にも何度も言ったが、夫人は今でも世話を焼こうとしてくれている。
「さて、アメリアンス。そろそろいいかな?」
「わかりました。ラキシスちゃん終わったら屋敷に来てね、久しぶりに一緒に食事をしましょう」
「はい。必ず」
夫人は微笑を浮かべ優しいまなざしで私を見ていた。
そして、一礼して部屋を出ていった。
「バランシェ君、今回のことは我々哲学者会議の立場からは必要なことだった。それはわかるかな?」
「今は理解しています」
「君は学生時代から研究以外のことは無頓着だった、シャーレアンに属する研究者としてはそれだけでは駄目なんだ」
「……」
「ふふ、わかってはいるけど若干不満が残っているような顔だね」
「今回のことでよくわかりました」
「優秀な研究者になると、交渉力や政治力も必要になってくる」
私が顔をしかめたのだろう。
「おっとそんな面倒くさそうな顔しないでくれ。グリタニ君を君の研究室へ配属した理由は覚えているかな?」
「事務処理能力に優れているからでは?」
「もちろん、それもある。だがそれだけではない。彼は人と話すことが上手い、相手が何を考え、何を求めているかを察する力がある」
フルシュノ氏は優しい表情になって、
「君はそれが少し苦手だ」
今回のことで話が伝わらないもどかしさを痛感した。
「君は彼を事務員としてしか見ていない」
「それはそうです。」
「君は彼の力を半分も使えていない」
私はそうだろうか、と思った。
「事務処理能力なら彼以前の三人も十分な能力を持っていた」
「いつの間にか来なくなってましたね」
「君は理由を聞こうとしなかったのかね?」
「……辞めたいなら止めても意味はありません」
「そうだ。君は相手を責めなかった。だが、相手を知ろうともしなかった」
「……」
「人は皆、得手不得手がある。君には研究の才がある。だからこそ、君にないものを補う者が必要だった」
フルシュノ氏はより穏やかな口調で言った。
「そのために、私は君の研究室へ彼を配属した」
「……」
「探検手帳の調査に、彼も連れて行きなさい」
「しかし……」
「言っただろう?きっと君とは違う視点から物事を見てくれる」
「……わかりました」
その後、ルヴェユール家に移動して夫人が腕によりをかけた料理でもてなされた。
「ラキシスちゃんまだ賢人パン食べてるの?」
「はい。あれが一番手っ取り早いですから」
「しょうがない子ねぇ……たまにでいいからウチに食べにいらっしゃい」
夫人とのやり取りをしながら、先程フルシュノ氏から言われたことをぐるぐると考えていた。
人に頼みごとなどしたことがない。
どう切り出せばいいのだろう?
「ラキシスちゃん、これはどう?」
一瞬、返事に詰まった。
「……美味しいです」
「本当? 全然表情が変わらないから心配になっちゃうわ」
「そういう顔なんです」
フルシュノ氏が小さく吹き出した。
「昔から変わらないな」
夕食会の後、案内された部屋で机に向かった。
頭から離れないのは助手君のことだった。
人に頼みごとをするなど、経験がない。
どう話せば同行してもらえるのだろう。
……
そういえば。
彼から休暇を取りたいと言われた記憶がない。
私が研究室へ戻らない限り、毎朝研究室へ来るはずだ。
……
そこで休暇届を見つけたなら……。
……
その時、机の上に置かれた長期調査申請書が目に入った。
……そうか。
私は立ち上がり、使用人を呼んだ。
「なにか御用でしょうか?」
部屋へ入ってきたのは、ルヴェユール家に長年仕える使用人、セシルさんだった。
学生時代に下宿していた頃から、何かと世話になっている人物だ。
「セシルさん、久しぶり」
「ラキシス様、お久しぶりです。ご活躍は旦那様から聞いていますよ」
「私は自分のやりたいことをやっているだけだよ」
「お元気そうで安心しました。それでご用件の方は?」
「この屋敷にミラージュプリズムという触媒はあるだろうか?あれば二、三個譲ってほしい」
「かしこまりました。今お持ちします」
ミラージュプリズムは服や防具の外見を書き換える触媒だ。
書き換えられるのが「物体の外見」ならば、紙に記された文字もまた、外見の一部と考えられないだろうか。
ペンを取り、長期調査申請書と休暇届を書き上げる。
二枚の書類を重ね、文字の位置が合うよう慎重に並べた。
ドアをノックする音が響いた。
「失礼します。奥様から触媒を譲っていただきました。それとミラージュディスペラーも」
「ありがとう。アメリアンスさんには後でお礼を言っておくよ」
「はい。それではこれで失礼します」
ミラージュプリズムは私でも簡単に扱える魔法だ。
幸い、精密な制御を要する術式ではない。
二枚の書類を重ね、触媒へエーテルを流し込むだけでいい。
もっとも私の場合は、バケツに入れた水をぶちまけるようにエーテルを流し込む感じだが。
重ねた書類が、ゆっくりと一枚へ溶け合っていく。
私は静かに紙を持ち上げ、記された文字を確認した。
「……成功だ」
準備は出来た。
あとは助手君に、自らこの休暇届を書いてもらえばいい。
目を閉じ、今までの彼との会話や行動を思い返す。
ミラージュプリズムを施した休暇届を手に取る。
私が研究室へ戻らない限り、助手君は毎朝研究室へ来るはずだ。
そして、研究室に休暇届が置かれていれば。
……彼は休暇を取るかもしれない。
私がいつ帰ってくるかわからないから、今も律儀に毎朝研究室に来ているだろう。
しばらく考えて、セシルさんを呼んだ。
「少しの間研究室に行ってくる。帰ってきたらそのまま休むよ」
「かしこまりました。では私も着いていきます」
「いや、大した用事でもないし……」
「オールドシャーレアンは治安がいいとはいえ、夜間に女性が一人で出歩くのは危険です」
「しかし……」
「ラキシス様に何かあったら私が奥様に怒られます」
アメリアンス夫人の名前を出されては折れざるをえない。
「……わかったよ」
そして二人で、夜のオールドシャーレアンを研究室へ向かった。
夜といってもまだ二十一時頃なので、それなりに人通りは多かった。
「ラキシス様は昔から変わりませんね」
「そうかな?今は一人でちゃんと生活出来てるよ」
「一人で生活をすると言ったとき、奥様と心配したんですよ。そうですか、ちゃんと生活出来ているなら安心しました」
「私だってもう大人だからね」
他愛もない会話をしながら研究室に着いた。
鍵を開けて中に入った。
「お待ちください、ラキシス様」
突然腕を掴まれて後ろに引っ張られた。
「室内が荒らされています。ここに侵入者がいたようです」
侵入者!?
確かに、この研究室には国外へ持ち出せない資料も保管されている。
侵入者という可能性も十分にあり得た。
セシルさんは慎重に中を窺う。
私もその肩越しに室内を見渡す。
私は小さく息をついた。
そこには私が最後に来たときと変わらない風景が広がっていた。
「セシルさん、大丈夫。ここはこの状態が普通なんだ」
「……学生時代より酷くなっていますね」
「私にとっては、この状態が一番整理されている」
セシルさんは心底呆れたような顔をして言った。
「ラキシス様、これは整理されているとは言いません」
「ここを使うのは私だけなので、問題ないよ」
「ここにはお客様もいらっしゃるのでしょう?」
「たまにだけど、来るよ」
「でしたら、世間一般でいう整理された状態にするべきです」
「……安心したのは少し早かったようですね」
「……」
「ラキシス様、お返事は?」
「わかったよ、だけどこの後長い間留守にするからしばらく整理は出来ないよ」
「でしたら、私が片付けておきましょう。鍵をお借りしておきます」
私は一つ息をついて、鍵を渡した。
「では、お願いする」
「はい。かしこまりました」
その後、自分の机の上に休暇届に偽装した長期調査申請書を置いた。
あとはどうなるかわからない。
しかし、私の予測した通りの思考を辿ってくれれば、彼なら、この休暇届を書く可能性が高い。
そして、環境の変化を好まない彼は行き先にリムサ・ロミンサを選ぶはずだ。
そう、ここオールドシャーレアンと同じ港町を。
仮説は立てた。
あとは結果を待つだけだ。
明日は事務局へ寄り、休暇届を受理する事務員へ話を通しておこう。
それから、一足先にリムサ・ロミンサへ向かう。
「ラキシス様、用がお済みでしたら早めに帰りましょう」
「そうだね」
研究室を出る前に、もう一度机の上の休暇届を見た。
予測通り来るだろうか。
……いや。
さっきも結論は出した。
仮説を立てたなら、あとは結果を待つだけだ。
第四話 「それぞれの見え方」了
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