シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF― 作:エーアイ
最後の木箱を宗家まで運べば、朝市の仕事は終わる。
乱馬はそう思っていた。
「次は共同倉庫だ」
シャンプーの言葉を聞くまでは。
「まだあんのかよ!」
宗家の中庭へ下ろしたばかりの箱を前に、乱馬が声を上げた。
箱の中には、大朝市で売れ残った薬草と乾燥山菜が入っている。
別の箱には、村が買い入れた塩と鉄の小片。
その隣には、新しい鍋と布の包みが積まれていた。
「売れ残った品は共同倉庫へ戻す」
「ここまで運んだだろ」
「宗家の品と、共同倉庫の品を分けるためだ」
「最初から倉庫へ持っていけばよかったじゃねえか」
「売れた数と、持ち帰った数を帳面と合わせなければならない」
「さっき広場でも数えただろ」
「広場で数えた。ここでも数える。倉庫へ戻すときにも数える」
「同じものを何回数えるんだよ!」
「数が合うまでだ」
シャンプーは当然のように答えた。
乱馬は箱の中を見る。
「薬草が一本くらい違っても、分かんねえだろ」
「一本違えば、帳面が間違っているか、品を失くしたか、誰かが代金を払わず持っていったことになる」
「細かいな」
「朝市では必要だ」
「石床なら、直したあとに傾いてねえか確かめて終わりだったぞ」
「おまえは何度も踏んで確かめた」
「転んだら危ねえからだろ」
「薬草も同じだ。あとで足りなければ困る」
「何でも仕事の話に戻すな」
近くで帳面を確認していた叔母が笑った。
「乱馬、文句を言う元気があるなら、まだ運べるね」
「肩を痛めてるんだけどな」
「右肩は使うな」
シャンプーが即座に言う。
「もうほとんど治ってる」
「ほとんどは、全部ではない」
「だから左で持つよ」
乱馬は売れ残った薬草の箱へ左手をかけた。
反対側へシャンプーが立つ。
「一人で持てる」
「知ってる。けど、ここまで手伝ったんだ。最後まで運ぶ」
「右肩は使うな」
「使わねえって言ってんだろ」
乱馬が箱の端をつかみ直す。
「一、二、三」
二人は声を合わせて持ち上げた。
箱は傾かなかった。
共同倉庫では、大朝市から戻った者たちが荷物の整理を続けていた。
入口の近くには塩。
奥には布。
壁際には農具や鉄。
乾燥させた薬草と保存食は、湿気を避けるため高い棚へ戻される。
乱馬とシャンプーは箱を下ろした。
「一、二、三」
箱が床へ着く。
乱馬が腰を伸ばした。
「これで終わりだな」
「まだだ」
「今度は何だよ!」
「薬草の束を棚へ戻す」
「箱ごと置いとけよ」
「種類と採った時期で棚が違う」
「朝から分けて売ってたんだから、そのままでいいだろ」
「売り場では値段で分けた。倉庫では用途で分ける」
「何で分け方まで変わるんだ」
「使う者が違うからだ」
「面倒だな、この村!」
「朝から何度目だ、その言葉は」
「面倒なもんは面倒なんだよ!」
そう言いながらも、乱馬は箱を開けた。
シャンプーが棚の木札を読む。
「傷へ塗るものは二段目。煎じるものは上」
「こっちの細い葉は?」
「咳止めだ。奥の棚」
「朝の婆さんへ渡したやつか」
「同じ種類だ」
「あの子ども、治るといいな」
「前より咳は軽くなっている」
「朝に見ただけで分かったのか」
「以前から知っている」
「村の奴、全員覚えてんのかよ」
「全員ではない」
「でも、あの家の屋根を誰が直したかまで知ってた」
「帳面にも書いてある」
「帳面ばっかだな」
乱馬は咳止めの薬草を奥の棚へ置いた。
束の端が隣へ重なったため、二つとも並べ直す。
「そこまでそろえるのか」
シャンプーが尋ねた。
「次に取る奴が崩したら面倒だろ」
「それはそうだ」
「おまえが言ったんじゃねえか。あとで困らないようにするって」
「一度で覚えたのか」
「意味が分かればな」
シャンプーはそれ以上何も言わず、次の棚を指した。
二人が品を戻している間に、叔母が帳面へ最後の数字を書き込む。
「売れ残り、購入品、代金。全部合ったよ」
乱馬は大きく息を吐いた。
「やっと終わった」
「ご苦労だったね」
「だったら、もう飯にしてくれ」
「その前に、これを」
叔母が小さな布袋を乱馬へ差し出した。
「何だ?」
「大朝市の手伝い分だよ」
乱馬が袋を受け取る。
中で硬貨が鳴った。
「金?」
「朝市は村の普段の仕事とは別だからね。荷を運んだ者、店を手伝った者、帳面をつけた者には、共同の売上から手当を出す」
「俺にも?」
「働いたのだろう」
「飯と寝る場所の分で働いてると思ってた」
「昨日の水運びや薬草採りは、その分だよ」
叔母は答えた。
「大朝市は特別な仕事だ。村の者でも、手伝った者には同じように払う」
乱馬は袋の中身を掌へ出した。
穴の形も刻印も違う硬貨が、何枚か載っている。
「これ、いくらだ」
「自分で数えろ」
シャンプーが言った。
「朝に説明しただろ」
「同じ大きさで値段が違うんだよ!」
「刻印を見ろ」
乱馬は硬貨を一枚ずつ裏返す。
「四角い穴が十文。こっちの丸い穴が五文……だったな」
「そうだ」
「十、二十、二十五」
「合っている」
「二十五文か」
乱馬は硬貨を握った。
旅の途中で荷物運びをしたことはある。
玄馬と一緒に雑用を引き受け、食事へ替えたこともある。
だが、この村へ来てから、自分の働きに対して金を渡されたのは初めてだった。
「親父の分は?」
乱馬が尋ねる。
倉庫の入口では、玄馬が落ち着かない様子でこちらを見ている。
叔母が別の帳面を開いた。
「運ばせた饅頭の数と、戻った籠の数が合わなくてね」
玄馬の肩がわずかに動く。
「三つ足りない」
「道中で落ちたのかもしれん」
「包み紙は、あなたの袖から出てきたそうだよ」
「不思議なこともあるものだ」
「代金を手当から引いて、残りを渡す」
「横暴だ!」
「食ったんだろ、親父」
「労働者には食事を取る権利がある!」
「朝飯は別に食っただろ!」
玄馬の抗議を残し、シャンプーは倉庫の外へ出た。
乱馬も硬貨を袋へ戻し、あとを追う。
「もう帰るのか」
「大朝市には、まだ店が残っている」
「そうなのか」
「遠くから来た商人は、荷を片づけるまで店を開いている。朝より客は少ない」
シャンプーは乱馬を見る。
「見ていくか」
「荷物運べって命令じゃねえだろうな」
「仕事は終わった」
「じゃあ、何で聞く」
「報酬を使いたいなら、店が残っているうちの方がよい。戻りたいなら宗家へ帰る」
乱馬は腰の布袋を軽く鳴らした。
少し考える。
「せっかくもらったんだ。見てく」
「分かった」
シャンプーは広場の方へ向きを変えた。
「案内するんだろ。先に行くなよ」
「歩くのが遅い」
「おまえが早えんだ!」
乱馬が隣へ並ぶ。
二人は、もう一度中央広場へ向かった。
昼を過ぎた大朝市は、朝とは違う顔を見せていた。
人で埋まっていた通路には余裕がある。
売り切れた店は敷物をたたみ、荷車へ品を戻していた。
まだ店を開いている商人たちは、残った品を並べ直しながら客を待っている。
乱馬は朝にはゆっくり見られなかった店を、一つずつ眺めた。
刃物。
農具。
小さな鍋。
丈夫そうな靴。
染めた布。
山道で使う油灯。
「武器も売ってるんだな」
乱馬が短い棒を手に取る。
金属の輪が両端へついた、護身用の武具だった。
「買うのか」
「いらねえ。武器使うより、手で戦った方が早い」
「では、なぜ見る」
「見たことねえ形だからだよ」
乱馬は棒を軽く振った。
商人が慌てて身を引く。
「試すなら外でやってくれ!」
「悪い」
乱馬は元の場所へ戻した。
次は、革製の手袋を見つける。
「これなら冬でも拳が冷えねえな」
「その縫い目では、強く握れば裂ける」
「見ただけで分かるのか」
「糸が細い」
「じゃあ、こっちは」
「革が硬すぎる。手首が動かない」
「おまえ、何でも分かるんだな」
「何でもではない。村で使う品を見慣れているだけだ」
「買ってから使えねえって分かるよりはいいな」
「だから、買う前に確かめる」
乱馬は手袋を戻した。
さらに歩く。
食べ物の匂いが流れてくるたびに足を止めるが、すぐには買わない。
腰の布袋へ触れ、硬貨の数を確かめている。
「食べないのか」
シャンプーが尋ねる。
「先に必要なもんがある」
「何だ」
「旅の荷物に使う紐だ」
乱馬は宗家の離れへ置いてある荷物を思い浮かべるように、肩越しへ目を向けた。
「今のやつ、もう擦り切れてる。山を下りる途中で切れたら困る」
シャンプーの返事が一拍遅れた。
乱馬が報酬で買おうとしているのは、この村で使う品ではない。
ここを出たあとに使う品だった。
「どこで売ってる」
乱馬が尋ねる。
「こっちだ」
シャンプーは広場の端にある店へ向かった。
天幕の下には、大小さまざまな紐と縄が掛けられている。
麻。
山羊の毛。
革。
細く編んだもの。
荷車を引けるほど太いもの。
「旅の荷物へ使う」
シャンプーが店主へ言った。
「肩へ掛ける。雨にも濡れる」
店主は二本の荷紐を取り出した。
「安いのはこちら。麻だけで編んである。十文」
太く、見た目には丈夫そうだった。
「こちらは十五文。麻へ山羊毛を撚り込み、表面へ油を染み込ませてある。細いが、水に濡れても緩みにくい」
乱馬が二本を持ち比べる。
「安い方が太いぞ」
「太さだけならな」
シャンプーは十文の紐を受け取り、両手で軽くひねった。
編み目の間から、細かな繊維が浮く。
「こちらは何度か濡れれば繊維が開く。肩へ当たるところから擦れる」
「でも五文違う」
「長く使うなら、十五文の方だ」
シャンプーは細い紐を指先で曲げる。
編み目は崩れない。
油が染み込んでいるため、表面も滑らかだった。
「おまえの荷物は重いのか」
「親父の分まで入れられることがあるからな」
「なら、こちらの方がよい」
「食いもん買う金が減る」
「途中で切れれば、荷物を背負えない」
「結び直せばいい」
「山道で切れた場所が崖なら?」
「縁起悪いこと言うなよ」
「買う前に考えることだ」
乱馬は二本の紐を見比べる。
しばらく迷ったあと、十五文の方を店主へ差し出した。
「こっちにする」
乱馬は硬貨を数えた。
十文を一枚。
五文を一枚。
残りは十文。
買った荷紐を引っ張り、強さを確かめる。
「これなら、しばらく使えそうだな」
「雨のあとは乾かせ。油も、ときどき塗り直す」
「そこまで面倒見なきゃならねえのか」
「道具は、使えば傷む」
「分かったよ」
乱馬は荷紐を丸め、腰へ挟んだ。
それは、村へ残るための品ではない。
もう一度、旅へ出るための品だった。
紐の店を離れたあと、乱馬は近くの外来商人へ声をかけた。
荷車へ布を積み直していた男だった。
「なあ」
「何だ」
「この村から東へ抜ける道を知ってるか」
シャンプーは足を止めたが、口は挟まなかった。
「東へ?」
「裁定が終わったら、日本へ帰るつもりだ。大きな町か、川へ出る道を知りてえ」
男は荷車の縁へ手を置き、少し考えた。
「この村の東門を出て、谷沿いの道を進め。分かれ道では上へ行くな。下の道を取る」
「上は近道じゃねえのか」
「近いが、雨のあとに崩れやすい。いまの季節なら下だ」
「その先は?」
「青河の町へ出る。そこから大きな川沿いに東へ向かう交易隊がある。海まで直接行くものではないが、沿岸へ向かう街道にはつながる」
「どのくらいかかる」
「荷車なら青河まで三日。足の速い者なら二日」
「俺なら一日だな」
「道を知っていればな」
商人は笑った。
「初めての者が一人で山道へ入れば、分かれ道を見落とす。古い石塔を二つ越えたところで、川の音が近い方へ行け」
乱馬は地面へ指で簡単な線を引く。
谷。
分かれ道。
石塔。
川。
「下の道。石塔二つ。川の音がする方」
「そうだ」
乱馬はシャンプーを見る。
「合ってるか」
「青河へ行くなら、それでよい」
「おまえも知ってたのか」
「交易隊が使う道だ」
「なら最初から教えろよ」
「おまえが聞かなかった」
「聞いたら教えたのか」
シャンプーは一度、地面に描かれた道を見る。
「……教えた」
「俺が帰る道でも?」
「裁定が出る前に勝手に出れば止める」
「そのあとは?」
「長老たちが何を決めるか、まだ分からない」
「答えになってねえぞ」
「決まっていないことを、決まったようには言えない」
乱馬は少し不満そうな顔をした。
シャンプーは続ける。
「だが、道を知ることまで止める理由はない」
「そうかよ」
乱馬は商人へ礼を言い、地面へ描いた線を足で消した。
道順はもう覚えていた。
残った金は十文だった。
食べ物を売る店の前を通る。
薄い生地へ刻んだ肉と香草を包み、鉄板で焼いた大きな肉餅が並んでいた。
一枚八文。
乱馬が足を止める。
「買うのか」
「八文なら、二文残る」
「今度は間違えなかったな」
「馬鹿にすんな」
乱馬は店主へ八文を渡した。
焼きたての肉餅を受け取る。
表面はまだ熱い。
香辛料と焼けた肉の匂いが立ち上る。
「うまそうだな」
乱馬はすぐにかじろうとした。
だが、途中で止める。
肉餅を二つに割った。
片方をシャンプーへ差し出す。
「食え」
「おまえの報酬で買ったものだ」
「知ってるよ」
「私は自分の分をもらっている」
「じゃあ、案内代だ」
「荷紐の店まで歩いただけだ」
「道が合ってるかも確かめただろ」
「商人の説明が正しかっただけだ」
「いらねえなら俺が食う」
乱馬が手を引こうとする。
シャンプーは肉餅を受け取った。
「食べる」
「最初からそう言え」
二人は広場の端にある石段へ座った。
外側は香ばしく、中には肉汁が残っていた。
「うまいな」
乱馬が言う。
「朝は、食いもん見る暇もなかった」
「売る側だったからな」
「客で来た方が楽だ」
「客では報酬は出ない」
「じゃあ、働いたあとに見るのが一番か」
「片づけまで終えればな」
「そこは省けねえのかよ」
「省けない」
乱馬は残った肉餅を口へ入れた。
シャンプーも自分の分を食べる。
朝から続いた仕事が、ようやく終わった。
宗家へ戻ると、乱馬は離れへ入った。
旅の荷物を寝台の上へ置く。
布で包んだ着替え。
小さな鍋。
武術の道具。
玄馬が勝手に入れた品。
それらをまとめていた古い荷紐は、何か所も毛羽立っていた。
「かなり傷んでいる」
入口から見ていたシャンプーが言う。
「旅の途中で何度も結び直したからな」
「よく切れなかった」
「切れかけたら、別の紐を足してた」
乱馬は古い結び目をほどく。
一つ。
二つ。
硬く締まった部分は、歯も使って引き抜いた。
右肩を使おうとして、わずかに顔をしかめる。
「押さえる」
シャンプーが荷物の反対側へ手を置いた。
「一人でできる」
「右肩を使った」
「……じゃあ、そこ持ってろ」
乱馬は新しい荷紐を広げた。
まず荷物の下へ通す。
左右の長さを合わせる。
肩へ掛かる位置を確かめ、朝市の荷へ使っていたものとは違う結び方で締めていく。
「その結び方は、ほどけないのか」
「引っ張るほど締まる。でも、ここを抜けばすぐほどける」
「荷運びの結び方とは違う」
「旅じゃ、すぐ荷物を開けることもあるからな」
シャンプーは乱馬の手元を見る。
旅の荷物。
山道で使う結び方。
擦れた紐を捨てずに継ぎ足して使う工夫。
乱馬にも、シャンプーの知らない暮らしがある。
新しい紐が荷物へ取りつけられた。
乱馬は左肩を中心に、慎重に背負ってみる。
「どうだ」
シャンプーが尋ねる。
「前より肩が楽だな」
「紐が平らだからだ」
「安い方だったら、もう一枚肉餅を買えたけどな」
「山道で切れるよりよい」
「分かってるよ」
乱馬は荷物を下ろした。
新しい荷紐を、もう一度引いて確かめる。
「これなら、東の道でも使える」
「裁定が出る前に勝手に行くな」
「行かねえよ」
「ならいい」
乱馬がシャンプーを見る。
「おまえ、俺が帰る準備を手伝って平気なのか」
シャンプーは、すぐには答えなかった。
平気かどうかは、自分でも分からない。
男乱馬は掟の上では婿候補だ。
同時に、女乱馬と同じ一人でもある。
長老たちの裁定もまだ出ていない。
シャンプー自身も、この男をどう扱うべきなのか、答えを持っていなかった。
「弱い紐を、丈夫だと言う理由はない」
シャンプーは答えた。
「知っている道を、知らないと言う理由もない」
「変なところで真面目だな」
「おまえに言われたくない」
「でも、助かった。ありがとな」
「礼は店主へ言え。最後に選んだのはおまえだ」
「道を確かめたのは、おまえだろ」
「説明が間違っていなかっただけだ」
乱馬はそれ以上言わず、新しい荷紐へ手を置いた。
古い紐も捨てずに小さく巻き、荷物の隅へ入れる。
「それも持っていくのか」
「短く切れば、まだ使えるところがある」
「擦り切れている」
「旅じゃ、何が必要になるか分かんねえからな」
離れの外から、夕食の支度を始める音が聞こえた。
「腹減ったな」
「さっき食べただろ」
「半分だけだ」
「夕食まで待て」
「肉餅、全部食えばよかった」
「お前が自分で渡した」
「半分より少し大きい方、取っただろ」
「同じ大きさだった」
「絶対そっちが大きかった!」
「証拠は?」
「食っちまったからねえよ!」
乱馬が文句を言う。
シャンプーは離れを出た。
乱馬も荷物を置き、そのあとから宗家の母屋へ向かった。
乱馬が選んだのは、村へ残るための品ではなかった。
擦り切れた荷物の紐を替え、もう一度旅へ出るための品だった。
それを知りながら、最も丈夫なものを選んだのはシャンプーだった。
弱い紐を勧めることもできた。
東へ向かう道を知らないと言うこともできた。
けれど、しなかった。
それが正しいのか、シャンプーにはまだ分からない。
乱馬を村へ残したいのかどうかさえ、いまのシャンプーには決められなかった。
出会ってから、まだ二日も過ぎていない。
男乱馬は自分を倒した相手であり、掟の上では婿候補であり、女乱馬と同じ一人だった。
分からないことの方が多い。
ただ一つ、分かることがあった。
帰る道を隠し、弱い品を丈夫だと偽って引き留めれば、そのあと乱馬が何を選んでも、乱馬自身の選択とは呼べない。
いま乱馬が村にいるのは、長老たちの裁定を待っているからだ。
明日も村にいるとしても、それはまだ乱馬が自分で選んだ滞在ではない。
乱馬を村へ残すことと、乱馬が自分で残ることは違う。
シャンプーは、その違いをまだうまく言葉にできなかった。
新しい荷紐は、離れの寝台の横に置かれている。
細く、軽い。
片手でも持てる。
それなのに。
朝から何度も見てきた市場の品の中で、シャンプーが最も重く感じたのは、乱馬の手に収まったその細い荷紐だった。