シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF― 作:エーアイ
朝食を終えた乱馬が宗家の中庭へ出ると、白い服を着た青年が石畳の中央に立っていた。
「断る!」
乱馬は足を止めた。
「何をだよ」
「おらは、あの男と同じ仕事なんぞしたくないんじゃ!」
眼鏡をかけた青年──ムースは、乱馬とは少し違う方向を指していた。
その指の先にあるのは、中庭の隅へ置かれた水甕だった。
「俺はこっちだ」
「分かっておる!」
「分かってる奴は水甕に喧嘩売らねえよ」
「朝日が水へ反射して、見えにくかっただけじゃ!」
ムースは指の向きを乱馬へ修正した。
中庭の軒下では、コロンが木札を確かめている。その隣では、シャンプーが朝市の帳面と、薬草の乾燥場へ持っていく道具を分けていた。
「断るかどうかは、仕事の話を聞いてからにしな」
コロンが言った。
「聞かなくても分かるんじゃ。おらと乱馬を二人で働かせるつもりじゃろう!」
「そうだよ」
「なら断る!」
「俺だって、こいつと一緒じゃなくていいぞ」
乱馬もムースを指した。
「一人で終わる仕事なら、最初から二人へ頼まないよ」
コロンは木札を杖の先で叩く。
「北の放牧地にある山羊の柵だ。昨日までの雨で地面が緩み、支柱が二本傾いている。横木も一本折れているそうだね」
「山羊の柵か」
乱馬が北の山を見る。
「門の蝶番からも、変な音がしていると連絡が来ている」
「おら一人で十分じゃ!」
ムースが胸を張った。
「シャンプーと二人なら、もっと早く終わるんじゃが──」
ムースはシャンプーの方へ歩き出した。
だが、そのままシャンプーの隣にある柱の前へ立つ。
「シャンプー、おらと共に放牧地へ──」
「そっちは柱だ」
背後からシャンプーの声がした。
ムースの動きが止まる。
「分かっておった!」
「柱へ誘いをかける前に気づけよ」
乱馬が笑う。
ムースは柱から離れ、乱馬を睨んだ。
「おまえに笑われる筋合いはないんじゃ!」
「俺は人間と柱を間違えねえぞ」
「黙れ!」
ムースが袖へ手を入れようとする。
「中庭で暗器を出せば、今日の仕事を一つ増やすよ」
コロンの声に、ムースの手が止まった。
「暗器の整理と点検を、一本ずつやらせる」
「……今日は柵へ集中するんじゃ」
ムースは静かに腕を下ろした。
「最初からそうしろよ」
「おまえのせいじゃ!」
「俺、まだ何もしてねえだろ」
二人が言い合う横で、シャンプーが乱馬の右肩へ目を向けた。
「肩は?」
「昨日よりましだ」
「腕を上げろ」
「何でおまえに見せなきゃならねえんだよ」
「水路のあとで痛みが残っていた」
「もうほとんど治ってる」
「ほとんどは、全部ではない」
「またそれかよ」
乱馬は不満を言いながら、右腕をゆっくり上げた。
肩の高さまでは問題ない。
そこから先へ動かすと、わずかな張りが残っている。
乱馬の眉が小さく動いた。
シャンプーは見逃さなかった。
「まだ痛む」
「少し張るだけだ」
「重い材木は左で持て。肩より高く右腕を上げるな」
「柵を直すのに、そんな細かいこと守ってられるかよ」
「守れ」
「命令すんな」
「では頼む」
「すぐ言い直すな。調子狂うだろ」
乱馬は右肩を軽く回そうとした。
「回すな」
「分かったよ!」
コロンがムースを見る。
「お前は道具と加工を担当しな。乱馬に重いものを無理に持たせるんじゃないよ」
「なぜ、おらがこいつの肩まで面倒を見なければならんのじゃ」
「お前は村の道具を扱える。乱馬は力と身のこなしがある。一人ずつでは時間がかかるから、二人で行かせる」
「おら一人でも直せるんじゃ!」
「じゃあ、傾いた支柱を押さえながら、自分で補強材を打ち込めるのかい」
ムースが口を閉じる。
「俺一人でもできるぞ」
乱馬が言った。
「じゃあ、片腕だけで支柱を押さえながら、正確な長さへ木を切って蝶番も直せるのかい」
今度は乱馬が黙った。
「頼んだ場所が終わるまで昼食はなしだよ」
「何で飯まで条件にするんだ!」
「途中で帰らないためさ」
「おらは仕事を途中で投げ出したりせん!」
ムースが反論する。
「なら問題ないね」
コロンは二人の返事を待たず、木札をシャンプーへ渡した。
「シャンプーは朝市の帳面を見たあと、薬草の乾燥場へ行きな。昼前に柵を確認して、仕事が終わっていたら食事を出してやるんだよ」
「分かった」
「シャンプーと一緒ではないのか!」
ムースが叫ぶ。
「聞いてなかったのかよ」
「聞いておる! 認めたくないだけじゃ!」
ムースは乱馬へ向き直った。
「先に言っておくが、おらの邪魔はするな」
「それはこっちの台詞だ」
二人は互いに睨み合う。
「日が高くなる前に行け」
コロンの杖が石畳を叩いた。
北の放牧地は、村から斜面を少し登った場所にあった。
木の柵で囲まれた広い草地に、二十頭ほどの山羊が放されている。
朝露に濡れた草を食べるもの。
低い岩へ上っているもの。
柵へ身体をこすりつけているもの。
乱馬とムースが近づいても、山羊たちはほとんど気にしなかった。
柵の外には、修理に使う材木、縄、釘、金槌、鋸などが用意されていた。
乱馬は柵を一周する。
コロンから聞いたとおり、支柱が二本、外側へ傾いている。
別の場所では横木が一本折れ、縄で仮止めされていた。
門を動かすと、蝶番から金属がこすれる音がする。
「三か所と門だな」
乱馬が言った。
「その程度は見れば分かるんじゃ」
ムースは眼鏡を押し上げ、門の前へしゃがんだ。
蝶番を一度開き、音を聞く。
もう一度、少しゆっくり動かす。
「油を差すだけじゃ駄目じゃな」
「何で分かる」
「音が一定ではない。途中だけ引っかかっておる」
ムースは蝶番へ指を当てた。
軸を上下へ少し動かす。
「軸が曲がっておる。穴の縁も片側だけ削れておるんじゃ」
「直せんのか」
「誰に言っておる」
ムースは袖から小さな金槌と、細い金属棒、やすり、油差しを取り出した。
最後に干し魚が一本、地面へ落ちる。
乱馬は干し魚を見る。
「何でそんなもん入ってんだよ」
「非常食じゃ」
「いつから入ってる」
「細かいことを気にするな」
「食ったら腹壊すぞ」
「おらの腹は、その程度で負けん!」
ムースは干し魚を拾い、少し匂いを確かめた。
すぐに別の袖へ入れる。
「そっちへ移しただけじゃねえか」
「仕事へ集中するんじゃ!」
ムースは蝶番の留め具を外し始めた。
乱馬は折れた横木へ向かう。
新しい材木を一本持ち上げようとし、右手を添えたところで止める。
「左で持てと言われたじゃろう」
門の前からムースが言った。
「見てたのか?」
「右肩を動かせば、服の音が違うんじゃ」
「そんなもんまで分かんのかよ」
「暗器を扱う者が、相手の動く音を聞けなくてどうする」
「柱とは間違えるけどな」
「シャンプーの前は別じゃ!」
「戦いで使えねえだろ、それ」
乱馬は材木を左肩へ担ごうとした。
長いため、片側が大きく下がる。
「待て」
ムースが門から離れた。
「何だよ。左で持ってるだろ」
「その持ち方では端が地面へ当たる。木へ土が入るんじゃ」
「拭けばいい」
「接合面へ小石が食い込めば、きれいに入らん」
「じゃあどうする」
「二人で持つ」
「おまえと?」
「おらも嫌じゃ!」
「俺だって嫌だよ!」
二人は言い合いながらも、材木の両端を持った。
乱馬は左側。
ムースは反対側。
歩調を合わせなければ、長い材木が左右へ振れる。
「おまえ、速いんじゃ!」
「そっちが遅いんだろ」
「肩を傷めた者が前へ出るな!」
「足は何ともねえよ」
「材木が振れれば肩へ来るんじゃ!」
「だったら先に歩け」
「おらの背後を歩くな!」
「面倒くせえな!」
結局、二人は横へ並ぶ形で材木を運んだ。
折れた横木のそばへ下ろす。
乱馬は古い横木を外し、新しい材木をその横へ置いた。
「これと同じ長さに切ればいいんだな」
「待て」
「またかよ」
「見えている長さだけでは足りん。両端が支柱の穴へ入っておる」
ムースは古い横木を持ち上げ、接合部を見せる。
外からは見えなかった部分が、指二本分ほど残っていた。
「その分を足せばいいんだろ」
「左右で穴の深さが違う」
「何でそんな作りになってんだ」
「古い柵じゃ。支柱ごとに加工した者も時期も違う」
ムースは細い棒を支柱の穴へ差し込み、深さを測った。
それから巻き尺を取り出し、必要な長さを材木へ印す。
「ここで切れ」
「俺が?」
「おらは蝶番を直す。おまえは鋸くらい使えるじゃろう」
「任せろ」
「右肩を使いすぎるな」
「おまえまで言うのかよ」
「おまえが途中で動けなくなれば、おらの仕事が増えるんじゃ!」
「心配してんじゃねえのか」
「違う!」
乱馬は材木を地面へ置き、左足で押さえた。
鋸を入れる。
右肩を大きく動かさないよう、肘から先と身体の重心を使う。
普段より速度は出ない。
それでも、鋸は木へ深く入っていった。
「斜めになっておるぞ」
ムースが声をかける。
「見なくても分かるのか?」
「音が片側だけ重いんじゃ」
「だったら最初に言え」
「いま言ったじゃろう!」
乱馬は鋸の角度を少し直した。
切り終えた材木を持ち上げ、支柱へ差し込む。
片側は入った。
もう片側へ合わせようとすると、わずかに届かない。
「短くねえか?」
乱馬が言った。
ムースが近づき、切断面と印を確認する。
「印の内側を切っておる」
「ほとんど同じだろ」
「指一本近く短いんじゃ!」
「このくらい、支柱を寄せれば入る」
「柵全体が歪む!」
ムースは材木を乱馬から取り上げ、穴へ当てた。
何度確かめても、横木としては短い。
「貴重な乾いた材木を……」
「一本くらい、まだあるだろ」
「一本を無駄にすれば、次の修理に使える一本が減るんじゃ!」
「じゃあ別のところに使えばいい」
「どこへ使うというんじゃ」
乱馬は傾いた二本の支柱を見る。
片方の根元へ近づき、短くなった材木を斜めへ当てた。
「ここ」
「何じゃ?」
「横木には短い。でも、支柱を斜めに支えるには長い」
乱馬は材木の上側を支柱へ、下側を地面近くの横木へ当てる。
三角形になる位置だった。
「こっちを固定すれば、外へ倒れにくくなるだろ」
ムースは黙って角度を見る。
材木の接合面。
支柱の傾き。
地面の高さ。
ムースは乱馬の手から材木を受け取った。
「このままでは面が合わん」
「削ればいいだろ」
「角度が違えば、釘だけへ力がかかる」
「じゃあ合わせろよ。得意なんだろ」
「おらへ命令するな!」
「使えるって言ったんだよ」
ムースの手が止まる。
「今、何と言った」
「一回しか言わねえ」
「もう一度言うんじゃ!」
「調子に乗るな」
乱馬は新しい材木をもう一本取る。
「今度は短く切らねえ」
「おらが切る」
「俺にやらせろよ」
「同じ失敗を二度されては困るんじゃ」
「もう分かったって」
「理由を理解すれば守るのではなかったのか」
「何でそれ知ってんだ?」
「村中へ響く声で、シャンプーと毎日言い合っておるからじゃ!」
「聞くなよ!」
ムースは新しい材木を正確に測り直した。
乱馬に印の外側を示す。
「ここを残して切れ。最後は鉋で合わせる」
「最初からぴったり切ればいいだろ」
「切りすぎれば戻せん。長ければ削れるんじゃ」
「分かった」
今度の乱馬は、印の外側へ鋸を入れた。
切断面も途中で何度か確かめる。
ムースは門の蝶番を修理しながら、音だけで鋸の進み方を聞いていた。
二本目の材木は、少し長めに切れた。
ムースが鉋で接合面を削る。
乱馬が支柱の穴へ差し込む。
「もう少し右だ」
「どっちの右じゃ」
「俺から見て右」
「基準を先に言うんじゃ!」
「細けえな」
「柵は細かく直すものじゃ!」
何度か削り直すと、横木は両側の支柱へぴたりと収まった。
乱馬が釘へ手を伸ばす。
「先に下穴を開ける」
ムースが止めた。
「そのまま打てるだろ」
「乾いた硬い木へ打てば、釘が曲がるか、材木が割れる」
「面倒だな」
「割れてから直す方が面倒じゃ」
「理由は分かった」
「なら待て」
ムースが錐で下穴を開ける。
乱馬は横木を左手と膝で押さえた。
ムースが釘を打ち込む。
一本目。
二本目。
横木が固定された。
「次は支柱だな」
乱馬が言う。
「短くした材木を二つへ分ける」
「二本とも支えられるか?」
「長さは足りる。だが、片方は地面が低い」
ムースは縄で必要な長さを測った。
先ほどの材木へ二か所の印をつける。
「今度はおらが切る」
「信用ねえな」
「ないんじゃ!」
「言い切るなよ」
ムースは鋸を使い、短い材木を二本の補強材へ分けた。
それぞれの端を、支柱と横木へ合う角度に削る。
乱馬は傾いた支柱へ左肩と腰を当てた。
「押すぞ」
「まだじゃ」
「いつだよ」
「下の面を合わせる。動くな」
「この姿勢、肩に来るんだけどよ」
「右肩ではなく、左の腰で押せ」
「注文が多いな」
「痛みが出たら言えと、ひいばあさまに言われたじゃろう」
「少し張るだけだ」
「それを痛みと言うんじゃ!」
「シャンプーみてえなこと言うな」
「おらはシャンプーと同じ村で育ったんじゃ。当然じゃろう」
ムースは補強材を当てた。
「いまじゃ。指二本分だけ押せ」
「俺の指か、おまえの指か」
「おらの──」
「ほとんど同じだろ!」
「基準が曖昧じゃ!」
「面倒くせえ!」
言い合いながら、乱馬は支柱を起こした。
ムースが補強材を固定する。
錐で下穴を開け、釘を打つ。
乱馬がゆっくり身体を離した。
支柱は元の位置を保っている。
二人で押す。
ほとんど動かない。
「使えるな」
乱馬が言った。
「おらが正確に加工したからじゃ」
「短い材木の使い道を考えたのは俺だろ」
「そもそも短く切らなければ、補強材は別の木で作れたんじゃ!」
「結局、一本も無駄になってねえだろ」
「失敗を手柄にするな!」
二本目の支柱も、同じように補強した。
こちらは地面が低いため、乱馬が支柱を支えたまま、ムースが補強材の下へ小さな石を敷く。
木が直接湿った土へ触れないようにするためだった。
「石まで入れるのか」
「土へ埋めれば、そこから腐る」
「村の仕事って、何でも先のことまで考えるんだな」
「壊れるたびに新しくできるほど、材木は多くないんじゃ」
乱馬は山の斜面に積まれた修理用の木を見る。
朝市で買った鉄と同じだった。
目の前にたくさんあるように見えても、すべて使う場所が決まっている。
一本を無駄にすれば、次に足りなくなる。
「これで三か所か」
「まだ門が残っておる」
「蝶番、外してただろ」
「軸は直した。戻すから門を持て」
「俺が?」
「一人で持ちながら留められると思うか」
乱馬は門の端へ立った。
右肩をかばい、左腕と身体の側面で門を支える。
ムースが蝶番の軸を通した。
金属棒で位置を合わせ、金槌で軽く打ち込む。
「もう少し上げろ」
「このくらいか」
「上げすぎじゃ。半分戻せ」
「半分って何だよ」
「指一本の半分じゃ!」
「最初からそう言え!」
高さが合う。
ムースは留め具を固定し、油を一滴だけ差した。
「もっと入れなくていいのか」
「多すぎれば土や埃がつく」
「何でも多けりゃいいってもんじゃねえんだな」
「当然じゃ」
「親父にも聞かせてやりてえ」
二人は門から手を離した。
乱馬が開く。
金属がこすれる音はしない。
軽く動き、途中で引っかかることもなかった。
「へえ」
「何じゃ」
「本当に直るんだな」
「直せると言ったじゃろう!」
「疑ってたわけじゃねえよ」
「では何じゃ」
「おまえ、ああいう仕事はまともだと思ってたけど、本当にまともなんだな」
「褒め方がおかしいんじゃ!」
ムースは怒鳴ったが、門の動きをもう一度確かめる顔は少し得意そうだった。
指定された三か所と門の修理が終わるころ、日は放牧地の上まで昇っていた。
乱馬とムースは柵を一周する。
交換した横木を押す。
補強した支柱を揺らす。
門を何度か開閉する。
「問題ねえな」
乱馬が言った。
「まだ片づけが残っておる」
ムースは地面へ落ちた木屑と、使わなかった釘を集め始めた。
「終わったんじゃねえのかよ」
「道具を戻すまでが仕事じゃ」
「シャンプーと同じこと言うな」
「同じ村で育ったと言ったじゃろう!」
乱馬も木屑を集める。
使えないほど細かなものは、一か所へまとめる。
長さの残った端材は、次の修理へ使えるよう別にする。
曲がった釘も捨てず、袋へ入れた。
「曲がったのも取っとくのか」
「打ち直せば使えるものもある」
「本当に何も捨てねえな」
「使えないと決まるまではな」
すべての道具を数え終えたところで、斜面の下から人影が上ってきた。
シャンプーだった。
背負った籠から、饅頭と鶏肉の匂いがする。
ムースが立ち上がる。
「シャンプー!」
今度は正しい方向を向いていた。
「おら一人で、すべて直したんじゃ!」
「何で俺を消すんだよ!」
乱馬がムースの後頭部を軽く叩く。
「材木を運んだのも、支柱を起こしたのも、補強を考えたのも俺だろ!」
「加工したのはおらじゃ!」
「短く切った木を無駄にしなかったのは俺の考えだ!」
「短くしたのもおまえじゃ!」
「二人とも、どけ」
シャンプーは二人の間を通り、柵へ向かった。
新しい横木を引く。
動かない。
二本の支柱へ取りつけられた補強材を押す。
傾きは戻り、根元にも隙間はない。
門を開閉する。
軋む音は消えている。
「悪くない」
シャンプーが言った。
ムースの表情が明るくなる。
「当然じゃ! おらがいれば、この程度──」
「乱馬が支柱を支えなければ、補強材はつけられなかった」
ムースの声が止まる。
「ムースが長さと角度を合わせなければ、俺だけじゃ木が入らなかった」
乱馬は少し不満そうに言った。
シャンプーは二人を見る。
「二人でやった」
「おら一人でもできたんじゃ」
「俺だって一人で──」
二人は言いかけた。
だが、最後までは続けなかった。
ムース一人では、傾いた支柱を押さえながら補強材を固定できなかった。
乱馬一人では、材木を正確に加工し、蝶番の歪みを直すことはできなかった。
「頼まれた場所は終わった」
シャンプーは背負ってきた籠を下ろした。
「昼にする」
「やっと飯か」
乱馬がすぐに座ろうとする。
「手を洗え」
「山の上でもそれかよ」
「材木と釘を触った」
「水は?」
「持ってきた」
シャンプーは籠から水筒と布を出した。
乱馬は諦めたように手を差し出す。
ムースも隣へ並んだ。
「おらは道具を扱う前に洗っておる」
「そのあと蝶番と油を触っただろ」
乱馬が言う。
「……もう一度洗うんじゃ」
三人は柵の脇へ座った。
饅頭。
鶏肉。
水。
仕事を終えた者の昼食だった。
乱馬とムースは、相手を認めたわけではなかった。
ただ、午前の仕事だけは、一人では終わらなかったことを二人とも知っていた。