シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

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第15話 ムースは、乱馬と同じ仕事をしたくない

 朝食を終えた乱馬が宗家の中庭へ出ると、白い服を着た青年が石畳の中央に立っていた。

 

「断る!」

 

 乱馬は足を止めた。

 

「何をだよ」

 

「おらは、あの男と同じ仕事なんぞしたくないんじゃ!」

 

 眼鏡をかけた青年──ムースは、乱馬とは少し違う方向を指していた。

 その指の先にあるのは、中庭の隅へ置かれた水甕だった。

 

「俺はこっちだ」

 

「分かっておる!」

 

「分かってる奴は水甕に喧嘩売らねえよ」

 

「朝日が水へ反射して、見えにくかっただけじゃ!」

 

 ムースは指の向きを乱馬へ修正した。

 中庭の軒下では、コロンが木札を確かめている。その隣では、シャンプーが朝市の帳面と、薬草の乾燥場へ持っていく道具を分けていた。

 

「断るかどうかは、仕事の話を聞いてからにしな」

 

 コロンが言った。

 

「聞かなくても分かるんじゃ。おらと乱馬を二人で働かせるつもりじゃろう!」

 

「そうだよ」

 

「なら断る!」

 

「俺だって、こいつと一緒じゃなくていいぞ」

 

 乱馬もムースを指した。

 

「一人で終わる仕事なら、最初から二人へ頼まないよ」

 

 コロンは木札を杖の先で叩く。

 

「北の放牧地にある山羊の柵だ。昨日までの雨で地面が緩み、支柱が二本傾いている。横木も一本折れているそうだね」

 

「山羊の柵か」

 

 乱馬が北の山を見る。

 

「門の蝶番からも、変な音がしていると連絡が来ている」

 

「おら一人で十分じゃ!」

 

 ムースが胸を張った。

 

「シャンプーと二人なら、もっと早く終わるんじゃが──」

 

 ムースはシャンプーの方へ歩き出した。

 だが、そのままシャンプーの隣にある柱の前へ立つ。

 

「シャンプー、おらと共に放牧地へ──」

 

「そっちは柱だ」

 

 背後からシャンプーの声がした。

 ムースの動きが止まる。

 

「分かっておった!」

 

「柱へ誘いをかける前に気づけよ」

 

 乱馬が笑う。

 ムースは柱から離れ、乱馬を睨んだ。

 

「おまえに笑われる筋合いはないんじゃ!」

 

「俺は人間と柱を間違えねえぞ」

 

「黙れ!」

 

 ムースが袖へ手を入れようとする。

 

「中庭で暗器を出せば、今日の仕事を一つ増やすよ」

 

 コロンの声に、ムースの手が止まった。

 

「暗器の整理と点検を、一本ずつやらせる」

 

「……今日は柵へ集中するんじゃ」

 

 ムースは静かに腕を下ろした。

 

「最初からそうしろよ」

 

「おまえのせいじゃ!」

 

「俺、まだ何もしてねえだろ」

 

 二人が言い合う横で、シャンプーが乱馬の右肩へ目を向けた。

 

「肩は?」

 

「昨日よりましだ」

 

「腕を上げろ」

 

「何でおまえに見せなきゃならねえんだよ」

 

「水路のあとで痛みが残っていた」

 

「もうほとんど治ってる」

 

「ほとんどは、全部ではない」

 

「またそれかよ」

 

 乱馬は不満を言いながら、右腕をゆっくり上げた。

 肩の高さまでは問題ない。

 そこから先へ動かすと、わずかな張りが残っている。

 乱馬の眉が小さく動いた。

 シャンプーは見逃さなかった。

 

「まだ痛む」

 

「少し張るだけだ」

 

「重い材木は左で持て。肩より高く右腕を上げるな」

 

「柵を直すのに、そんな細かいこと守ってられるかよ」

 

「守れ」

 

「命令すんな」

 

「では頼む」

 

「すぐ言い直すな。調子狂うだろ」

 

 乱馬は右肩を軽く回そうとした。

 

「回すな」

 

「分かったよ!」

 

 コロンがムースを見る。

 

「お前は道具と加工を担当しな。乱馬に重いものを無理に持たせるんじゃないよ」

 

「なぜ、おらがこいつの肩まで面倒を見なければならんのじゃ」

 

「お前は村の道具を扱える。乱馬は力と身のこなしがある。一人ずつでは時間がかかるから、二人で行かせる」

 

「おら一人でも直せるんじゃ!」

 

「じゃあ、傾いた支柱を押さえながら、自分で補強材を打ち込めるのかい」

 

 ムースが口を閉じる。

 

「俺一人でもできるぞ」

 

 乱馬が言った。

 

「じゃあ、片腕だけで支柱を押さえながら、正確な長さへ木を切って蝶番も直せるのかい」

 

 今度は乱馬が黙った。

 

「頼んだ場所が終わるまで昼食はなしだよ」

 

「何で飯まで条件にするんだ!」

 

「途中で帰らないためさ」

 

「おらは仕事を途中で投げ出したりせん!」

 

 ムースが反論する。

 

「なら問題ないね」

 

 コロンは二人の返事を待たず、木札をシャンプーへ渡した。

 

「シャンプーは朝市の帳面を見たあと、薬草の乾燥場へ行きな。昼前に柵を確認して、仕事が終わっていたら食事を出してやるんだよ」

 

「分かった」

 

「シャンプーと一緒ではないのか!」

 

 ムースが叫ぶ。

 

「聞いてなかったのかよ」

 

「聞いておる! 認めたくないだけじゃ!」

 

 ムースは乱馬へ向き直った。

 

「先に言っておくが、おらの邪魔はするな」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

 二人は互いに睨み合う。

 

「日が高くなる前に行け」

 

 コロンの杖が石畳を叩いた。

 


 

 北の放牧地は、村から斜面を少し登った場所にあった。

 木の柵で囲まれた広い草地に、二十頭ほどの山羊が放されている。

 

 朝露に濡れた草を食べるもの。

 低い岩へ上っているもの。

 柵へ身体をこすりつけているもの。

 乱馬とムースが近づいても、山羊たちはほとんど気にしなかった。

 

 柵の外には、修理に使う材木、縄、釘、金槌、鋸などが用意されていた。

 乱馬は柵を一周する。

 コロンから聞いたとおり、支柱が二本、外側へ傾いている。

 別の場所では横木が一本折れ、縄で仮止めされていた。

 門を動かすと、蝶番から金属がこすれる音がする。

 

「三か所と門だな」

 

 乱馬が言った。

 

「その程度は見れば分かるんじゃ」

 

 ムースは眼鏡を押し上げ、門の前へしゃがんだ。

 蝶番を一度開き、音を聞く。

 もう一度、少しゆっくり動かす。

 

「油を差すだけじゃ駄目じゃな」

 

「何で分かる」

 

「音が一定ではない。途中だけ引っかかっておる」

 

 ムースは蝶番へ指を当てた。

 軸を上下へ少し動かす。

 

「軸が曲がっておる。穴の縁も片側だけ削れておるんじゃ」

 

「直せんのか」

 

「誰に言っておる」

 

 ムースは袖から小さな金槌と、細い金属棒、やすり、油差しを取り出した。

 最後に干し魚が一本、地面へ落ちる。

 乱馬は干し魚を見る。

 

「何でそんなもん入ってんだよ」

 

「非常食じゃ」

 

「いつから入ってる」

 

「細かいことを気にするな」

 

「食ったら腹壊すぞ」

 

「おらの腹は、その程度で負けん!」

 

 ムースは干し魚を拾い、少し匂いを確かめた。

 すぐに別の袖へ入れる。

 

「そっちへ移しただけじゃねえか」

 

「仕事へ集中するんじゃ!」

 

 ムースは蝶番の留め具を外し始めた。

 乱馬は折れた横木へ向かう。

 新しい材木を一本持ち上げようとし、右手を添えたところで止める。

 

「左で持てと言われたじゃろう」

 

 門の前からムースが言った。

 

「見てたのか?」

 

「右肩を動かせば、服の音が違うんじゃ」

 

「そんなもんまで分かんのかよ」

 

「暗器を扱う者が、相手の動く音を聞けなくてどうする」

 

「柱とは間違えるけどな」

 

「シャンプーの前は別じゃ!」

 

「戦いで使えねえだろ、それ」

 

 乱馬は材木を左肩へ担ごうとした。

 長いため、片側が大きく下がる。

 

「待て」

 

 ムースが門から離れた。

 

「何だよ。左で持ってるだろ」

 

「その持ち方では端が地面へ当たる。木へ土が入るんじゃ」

 

「拭けばいい」

 

「接合面へ小石が食い込めば、きれいに入らん」

 

「じゃあどうする」

 

「二人で持つ」

 

「おまえと?」

 

「おらも嫌じゃ!」

 

「俺だって嫌だよ!」

 

 二人は言い合いながらも、材木の両端を持った。

 乱馬は左側。

 ムースは反対側。

 歩調を合わせなければ、長い材木が左右へ振れる。

 

「おまえ、速いんじゃ!」

 

「そっちが遅いんだろ」

 

「肩を傷めた者が前へ出るな!」

 

「足は何ともねえよ」

 

「材木が振れれば肩へ来るんじゃ!」

 

「だったら先に歩け」

 

「おらの背後を歩くな!」

 

「面倒くせえな!」

 

 結局、二人は横へ並ぶ形で材木を運んだ。

 折れた横木のそばへ下ろす。

 乱馬は古い横木を外し、新しい材木をその横へ置いた。

 

「これと同じ長さに切ればいいんだな」

 

「待て」

 

「またかよ」

 

「見えている長さだけでは足りん。両端が支柱の穴へ入っておる」

 

 ムースは古い横木を持ち上げ、接合部を見せる。

 外からは見えなかった部分が、指二本分ほど残っていた。

 

「その分を足せばいいんだろ」

 

「左右で穴の深さが違う」

 

「何でそんな作りになってんだ」

 

「古い柵じゃ。支柱ごとに加工した者も時期も違う」

 

 ムースは細い棒を支柱の穴へ差し込み、深さを測った。

 それから巻き尺を取り出し、必要な長さを材木へ印す。

 

「ここで切れ」

 

「俺が?」

 

「おらは蝶番を直す。おまえは鋸くらい使えるじゃろう」

 

「任せろ」

 

「右肩を使いすぎるな」

 

「おまえまで言うのかよ」

 

「おまえが途中で動けなくなれば、おらの仕事が増えるんじゃ!」

 

「心配してんじゃねえのか」

 

「違う!」

 

 乱馬は材木を地面へ置き、左足で押さえた。

 鋸を入れる。

 右肩を大きく動かさないよう、肘から先と身体の重心を使う。

 普段より速度は出ない。

 それでも、鋸は木へ深く入っていった。

 

「斜めになっておるぞ」

 

 ムースが声をかける。

 

「見なくても分かるのか?」

 

「音が片側だけ重いんじゃ」

 

「だったら最初に言え」

 

「いま言ったじゃろう!」

 

 乱馬は鋸の角度を少し直した。

 切り終えた材木を持ち上げ、支柱へ差し込む。

 片側は入った。

 もう片側へ合わせようとすると、わずかに届かない。

 

「短くねえか?」

 

 乱馬が言った。

 ムースが近づき、切断面と印を確認する。

 

「印の内側を切っておる」

 

「ほとんど同じだろ」

 

「指一本近く短いんじゃ!」

 

「このくらい、支柱を寄せれば入る」

 

「柵全体が歪む!」

 

 ムースは材木を乱馬から取り上げ、穴へ当てた。

 何度確かめても、横木としては短い。

 

「貴重な乾いた材木を……」

 

「一本くらい、まだあるだろ」

 

「一本を無駄にすれば、次の修理に使える一本が減るんじゃ!」

 

「じゃあ別のところに使えばいい」

 

「どこへ使うというんじゃ」

 

 乱馬は傾いた二本の支柱を見る。

 片方の根元へ近づき、短くなった材木を斜めへ当てた。

 

「ここ」

 

「何じゃ?」

 

「横木には短い。でも、支柱を斜めに支えるには長い」

 

 乱馬は材木の上側を支柱へ、下側を地面近くの横木へ当てる。

 三角形になる位置だった。

 

「こっちを固定すれば、外へ倒れにくくなるだろ」

 

 ムースは黙って角度を見る。

 

 材木の接合面。

 支柱の傾き。

 地面の高さ。

 

 ムースは乱馬の手から材木を受け取った。

 

「このままでは面が合わん」

 

「削ればいいだろ」

 

「角度が違えば、釘だけへ力がかかる」

 

「じゃあ合わせろよ。得意なんだろ」

 

「おらへ命令するな!」

 

「使えるって言ったんだよ」

 

 ムースの手が止まる。

 

「今、何と言った」

 

「一回しか言わねえ」

 

「もう一度言うんじゃ!」

 

「調子に乗るな」

 

 乱馬は新しい材木をもう一本取る。

 

「今度は短く切らねえ」

 

「おらが切る」

 

「俺にやらせろよ」

 

「同じ失敗を二度されては困るんじゃ」

 

「もう分かったって」

 

「理由を理解すれば守るのではなかったのか」

 

「何でそれ知ってんだ?」

 

「村中へ響く声で、シャンプーと毎日言い合っておるからじゃ!」

 

「聞くなよ!」

 

 ムースは新しい材木を正確に測り直した。

 乱馬に印の外側を示す。

 

「ここを残して切れ。最後は鉋で合わせる」

 

「最初からぴったり切ればいいだろ」

 

「切りすぎれば戻せん。長ければ削れるんじゃ」

 

「分かった」

 

 今度の乱馬は、印の外側へ鋸を入れた。

 切断面も途中で何度か確かめる。

 ムースは門の蝶番を修理しながら、音だけで鋸の進み方を聞いていた。

 


 

 二本目の材木は、少し長めに切れた。

 ムースが鉋で接合面を削る。

 乱馬が支柱の穴へ差し込む。

 

「もう少し右だ」

 

「どっちの右じゃ」

 

「俺から見て右」

 

「基準を先に言うんじゃ!」

 

「細けえな」

 

「柵は細かく直すものじゃ!」

 

 何度か削り直すと、横木は両側の支柱へぴたりと収まった。

 乱馬が釘へ手を伸ばす。

 

「先に下穴を開ける」

 

 ムースが止めた。

 

「そのまま打てるだろ」

 

「乾いた硬い木へ打てば、釘が曲がるか、材木が割れる」

 

「面倒だな」

 

「割れてから直す方が面倒じゃ」

 

「理由は分かった」

 

「なら待て」

 

 ムースが錐で下穴を開ける。

 乱馬は横木を左手と膝で押さえた。

 ムースが釘を打ち込む。

 

 一本目。

 二本目。

 

 横木が固定された。

 

「次は支柱だな」

 

 乱馬が言う。

 

「短くした材木を二つへ分ける」

 

「二本とも支えられるか?」

 

「長さは足りる。だが、片方は地面が低い」

 

 ムースは縄で必要な長さを測った。

 先ほどの材木へ二か所の印をつける。

 

「今度はおらが切る」

 

「信用ねえな」

 

「ないんじゃ!」

 

「言い切るなよ」

 

 ムースは鋸を使い、短い材木を二本の補強材へ分けた。

 それぞれの端を、支柱と横木へ合う角度に削る。

 乱馬は傾いた支柱へ左肩と腰を当てた。

 

「押すぞ」

 

「まだじゃ」

 

「いつだよ」

 

「下の面を合わせる。動くな」

 

「この姿勢、肩に来るんだけどよ」

 

「右肩ではなく、左の腰で押せ」

 

「注文が多いな」

 

「痛みが出たら言えと、ひいばあさまに言われたじゃろう」

 

「少し張るだけだ」

 

「それを痛みと言うんじゃ!」

 

「シャンプーみてえなこと言うな」

 

「おらはシャンプーと同じ村で育ったんじゃ。当然じゃろう」

 

 ムースは補強材を当てた。

 

「いまじゃ。指二本分だけ押せ」

 

「俺の指か、おまえの指か」

 

「おらの──」

 

「ほとんど同じだろ!」

 

「基準が曖昧じゃ!」

 

「面倒くせえ!」

 

 言い合いながら、乱馬は支柱を起こした。

 ムースが補強材を固定する。

 錐で下穴を開け、釘を打つ。

 乱馬がゆっくり身体を離した。

 支柱は元の位置を保っている。

 二人で押す。

 ほとんど動かない。

 

「使えるな」

 

 乱馬が言った。

 

「おらが正確に加工したからじゃ」

 

「短い材木の使い道を考えたのは俺だろ」

 

「そもそも短く切らなければ、補強材は別の木で作れたんじゃ!」

 

「結局、一本も無駄になってねえだろ」

 

「失敗を手柄にするな!」

 

 二本目の支柱も、同じように補強した。

 こちらは地面が低いため、乱馬が支柱を支えたまま、ムースが補強材の下へ小さな石を敷く。

 木が直接湿った土へ触れないようにするためだった。

 

「石まで入れるのか」

 

「土へ埋めれば、そこから腐る」

 

「村の仕事って、何でも先のことまで考えるんだな」

 

「壊れるたびに新しくできるほど、材木は多くないんじゃ」

 

 乱馬は山の斜面に積まれた修理用の木を見る。

 朝市で買った鉄と同じだった。

 目の前にたくさんあるように見えても、すべて使う場所が決まっている。

 一本を無駄にすれば、次に足りなくなる。

 

「これで三か所か」

 

「まだ門が残っておる」

 

「蝶番、外してただろ」

 

「軸は直した。戻すから門を持て」

 

「俺が?」

 

「一人で持ちながら留められると思うか」

 

 乱馬は門の端へ立った。

 右肩をかばい、左腕と身体の側面で門を支える。

 ムースが蝶番の軸を通した。

 金属棒で位置を合わせ、金槌で軽く打ち込む。

 

「もう少し上げろ」

 

「このくらいか」

 

「上げすぎじゃ。半分戻せ」

 

「半分って何だよ」

 

「指一本の半分じゃ!」

 

「最初からそう言え!」

 

 高さが合う。

 ムースは留め具を固定し、油を一滴だけ差した。

 

「もっと入れなくていいのか」

 

「多すぎれば土や埃がつく」

 

「何でも多けりゃいいってもんじゃねえんだな」

 

「当然じゃ」

 

「親父にも聞かせてやりてえ」

 

 二人は門から手を離した。

 乱馬が開く。

 金属がこすれる音はしない。

 軽く動き、途中で引っかかることもなかった。

 

「へえ」

 

「何じゃ」

 

「本当に直るんだな」

 

「直せると言ったじゃろう!」

 

「疑ってたわけじゃねえよ」

 

「では何じゃ」

 

「おまえ、ああいう仕事はまともだと思ってたけど、本当にまともなんだな」

 

「褒め方がおかしいんじゃ!」

 

 ムースは怒鳴ったが、門の動きをもう一度確かめる顔は少し得意そうだった。

 指定された三か所と門の修理が終わるころ、日は放牧地の上まで昇っていた。

 

 乱馬とムースは柵を一周する。

 

 交換した横木を押す。

 補強した支柱を揺らす。

 門を何度か開閉する。

 

「問題ねえな」

 

 乱馬が言った。

 

「まだ片づけが残っておる」

 

 ムースは地面へ落ちた木屑と、使わなかった釘を集め始めた。

 

「終わったんじゃねえのかよ」

 

「道具を戻すまでが仕事じゃ」

 

「シャンプーと同じこと言うな」

 

「同じ村で育ったと言ったじゃろう!」

 

 乱馬も木屑を集める。

 使えないほど細かなものは、一か所へまとめる。

 長さの残った端材は、次の修理へ使えるよう別にする。

 曲がった釘も捨てず、袋へ入れた。

 

「曲がったのも取っとくのか」

 

「打ち直せば使えるものもある」

 

「本当に何も捨てねえな」

 

「使えないと決まるまではな」

 

 すべての道具を数え終えたところで、斜面の下から人影が上ってきた。

 シャンプーだった。

 背負った籠から、饅頭と鶏肉の匂いがする。

 ムースが立ち上がる。

 

「シャンプー!」

 

 今度は正しい方向を向いていた。

 

「おら一人で、すべて直したんじゃ!」

 

「何で俺を消すんだよ!」

 

 乱馬がムースの後頭部を軽く叩く。

 

「材木を運んだのも、支柱を起こしたのも、補強を考えたのも俺だろ!」

 

「加工したのはおらじゃ!」

 

「短く切った木を無駄にしなかったのは俺の考えだ!」

 

「短くしたのもおまえじゃ!」

 

「二人とも、どけ」

 

 シャンプーは二人の間を通り、柵へ向かった。

 

 新しい横木を引く。

 動かない。

 二本の支柱へ取りつけられた補強材を押す。

 傾きは戻り、根元にも隙間はない。

 門を開閉する。

 軋む音は消えている。

 

「悪くない」

 

 シャンプーが言った。

 ムースの表情が明るくなる。

 

「当然じゃ! おらがいれば、この程度──」

 

「乱馬が支柱を支えなければ、補強材はつけられなかった」

 

 ムースの声が止まる。

 

「ムースが長さと角度を合わせなければ、俺だけじゃ木が入らなかった」

 

 乱馬は少し不満そうに言った。

 シャンプーは二人を見る。

 

「二人でやった」

 

「おら一人でもできたんじゃ」

 

「俺だって一人で──」

 

 二人は言いかけた。

 だが、最後までは続けなかった。

 ムース一人では、傾いた支柱を押さえながら補強材を固定できなかった。

 乱馬一人では、材木を正確に加工し、蝶番の歪みを直すことはできなかった。

 

「頼まれた場所は終わった」

 

 シャンプーは背負ってきた籠を下ろした。

 

「昼にする」

 

「やっと飯か」

 

 乱馬がすぐに座ろうとする。

 

「手を洗え」

 

「山の上でもそれかよ」

 

「材木と釘を触った」

 

「水は?」

 

「持ってきた」

 

 シャンプーは籠から水筒と布を出した。

 乱馬は諦めたように手を差し出す。

 ムースも隣へ並んだ。

 

「おらは道具を扱う前に洗っておる」

 

「そのあと蝶番と油を触っただろ」

 

 乱馬が言う。

 

「……もう一度洗うんじゃ」

 

 三人は柵の脇へ座った。

 

 饅頭。

 鶏肉。

 水。

 

 仕事を終えた者の昼食だった。

 乱馬とムースは、相手を認めたわけではなかった。

 ただ、午前の仕事だけは、一人では終わらなかったことを二人とも知っていた。

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