シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

17 / 17
第17話 乱馬は、自分たちが直した柵を見てもらう

 翌朝。

 

 乱馬が目を覚ますと、右肩にはまだ鈍い張りが残っていた。昨夜よりは軽い。腕を前へ伸ばす程度なら問題ないが、頭より上へ持ち上げようとすると、肩の奥が少しだけ引っかかった。

 

「……まだ残ってんのかよ」

 

 寝台の上で肩を確かめていると、隣から玄馬の声がした。

 

「昨日あれだけ使えば当然だろう」

 

「起きてたのか」

 

「父は息子の身体を常に案じている」

 

「じゃあ何で俺が山羊追っかけてる間、おまえはいなかったんだよ」

 

「仕事が別だったからだ」

 

「便利な言葉だな」

 

 乱馬は寝台から降りた。

 昨夜、ムースの鎖を直すときにも右肩を使わないよう気をつけた。それでも、一日分の疲れまでは消えないらしい。

 赤い上着へ腕を通していると、外から戸を叩く音がした。

 

「乱馬」

 

 シャンプーだった。

 

「起きてる」

 

 戸を開ける。

 

 シャンプーは乱馬の顔より先に、右肩へ目を向けた。

 

「肩は?」

 

「昨日よりまし」

 

「全部治ったのか」

 

「そこまでは言ってねえ」

 

「なら、今日も重いものは持つな」

 

「朝からそれかよ」

 

「今日は放牧地へ行く」

 

 乱馬の眉が上がる。

 

「また柵直すのか?」

 

「直さない」

 

「じゃあ何しに」

 

「昨日直したところを、担当に見てもらう」

 

 乱馬は少し間を置いた。

 

「俺たちで昨日全部見たぞ」

 

「それでも見る」

 

「またそれか」

 

「朝食を食べたら行く」

 

 シャンプーはそれだけ言い、母屋へ戻っていった。

 乱馬はその背中を見送る。

 

「ちゃんと直したのにな」

 

 後ろから玄馬が言った。

 

「ちゃんと直したと思っているから、見てもらうのだろう」

 

「親父がまともなこと言うと腹立つな」

 

「なぜだ」

 

「知らねえよ」

 


 

 朝食を終えたあと、乱馬とシャンプーは北の放牧地へ向かった。

 昨日と同じ山道だった。

 乱馬は手ぶら。シャンプーも、小さな木札と記録用の板しか持っていない。

 

「本当に何も持たなくていいのか?」

 

「今日は確認だ」

 

「壊れてたら?」

 

「必要な道具を取りに戻る」

 

「先に持ってけばいいだろ」

 

「使わない物まで運ぶ必要はない」

 

「昨日までだったら、俺に持たせてたくせに」

 

「肩が治っていない」

 

「それは分かってるけどよ」

 

 二人は斜面を上っていく。

 昨日、乱馬とムースが何度も往復した道だった。

 放牧地へ着くと、すでに一人の女が柵の中にいた。三十代から四十代くらいの、袖をまくった仕事着姿の女で、山羊の脚や蹄を一頭ずつ確かめている。

 昨日逃げた大きな山羊も、その近くで何事もなかったように草を食べていた。

 

「昨日の修理をした乱馬を連れてきた」

 

 シャンプーが言った。

 女が顔を上げる。

 

「ムースは?」

 

「分家の仕事だ」

 

「なら、二人分まとめて見ておこう」

 

 女は柵の外へ出た。

 最初に向かったのは、昨日の午前に交換した横木だった。

 両手でつかみ、強く前後へ揺らす。

 横木は動かない。

 

「ここは問題ない」

 

「だろ?」

 

 乱馬が言った。

 

「まだ一つだ」

 

 女は次の支柱へ移った。

 乱馬が横木として短く切ってしまった材木を、補強材へ転用した場所だ。

 斜めに入れた補強材。下へ敷いた石。打ち込んだ釘。接合部を順番に触っていく。

 

「これ、誰が考えた?」

 

「俺」

 

「短く切ったのも?」

 

「……俺」

 

 女が乱馬を見る。

 

「なら、最後まで言え」

 

「別に隠してねえよ」

 

 シャンプーが横から言った。

 

「横木として短く切った。乱馬が補強材へ使うことを考えて、ムースが加工した」

 

「二人で直したのか」

 

「そうだ」

 

「そういうこと」

 

 女は補強材を靴先で軽く押した。

 動かない。

 

「悪くない」

 

 乱馬の口元が少し上がる。

 次の支柱も確認する。

 こちらには、湿った地面へ木が直接触れないよう石が入っていた。

 

「ここもいい。ただし」

 

 女がしゃがみ、支柱の根元へ指を当てた。

 

「次に強い雨が降ったら、もう一度見る」

 

「何で?」

 

「昨日の雨で地面が緩んでいる。いまは固まっていても、次に水が入ればまた動くかもしれない」

 

「補強したのに?」

 

「補強したから絶対に動かないわけじゃない」

 

 乱馬もしゃがんで根元を見る。

 見たところ、昨日と変わらない。

 

「今は平気なんだろ?」

 

「今はな」

 

「じゃあ次に雨降ったら見るのか」

 

「そういうことだ」

 

「面倒だな」

 

「山羊が逃げる方が面倒だ」

 

「昨日それやったから分かるよ」

 

 女は少し笑い、門へ向かった。

 ムースが直した蝶番を何度か開閉する。

 音はしない。

 途中で引っかかることもなかった。

 

「これはムースか?」

 

「そうだ」

 

 シャンプーが答える。

 

「さすがに慣れてるな」

 

「やっぱりあいつ、こういうのはできるんだな」

 

 乱馬が言う。

 

「昨日一日見ただろう」

 

「見たけどよ。本人が黙ってりゃもっと分かりやすい」

 

「それはムースに言え」

 

「言ったら余計うるさくなる」

 

 最後に、昨日の午後に壊れた古い柵へ向かった。

 新しく入れた横木。

 割れた支柱を補強した金具。

 そして、昨日ムースの鎖を使って仮止めした場所。

 

 鎖は昨夜外され、代わりに新しい縄が巻かれている。

 女はその縄へ手をかけた。

 

「ここは、もう少し締めてもいい」

 

「緩いのか?」

 

「今すぐ外れるほどではない。ただ、山羊が何度も身体をこすれば少しずつ動く」

 

 女は結び目を乱馬へ見せた。

 

「このくらい遊びがあるだろう」

 

 乱馬が指で押す。

 確かに、わずかに動く。

 

「昨日は気づかなかった」

 

「昨日は壊れた直後だ。止めることを優先したんだろう」

 

「そのあと全部見たぞ」

 

「見たな」

 

「じゃあ何で」

 

 女は縄を締め直しながら言った。

 

「直した者ほど、直ったと思って見るからな」

 

 乱馬が黙る。

 

「自分で取りつけた場所は、どうしても『ここは大丈夫だ』と思って触る。別の人間なら、最初から疑って見る」

 

「俺たちが手ぇ抜いたって言ってんのか?」

 

「違う」

 

 女は結び目を固定した。

 

「信用することと、確認することは別だ」

 

 乱馬の顔が少し変わる。

 

「……それ、昨日も聞いた」

 

「なら覚えているな」

 

「シャンプーとばあさんに言われた」

 

「三人目だ」

 

「何回言われんだよ」

 

「おまえが納得するまでじゃないか?」

 

 シャンプーが言った。

 

「もう分かったよ」

 

 乱馬は締め直された縄を引いた。

 今度はほとんど動かない。

 

「昨日の俺たちの修理が駄目だったわけじゃねえ。でも、別の奴が見れば違うところに気づくってことだろ」

 

「そうだ」

 

 女がうなずいた。

 乱馬はもう一度、修理した柵を見る。

 昨日、自分とムースで直した。

 一度は二人で確認した。

 シャンプーも夕方に確認した。

 そして今日、担当者がまた確認した。

 

「一つ直すだけで何人見るんだよ」

 

「逃げた山羊を何人で追った?」

 

 乱馬は答えなかった。

 昨日の斜面を思い出す。

 ムースが網を張った。

 乱馬が山羊を戻した。

 どちらか一人だけなら、畑まで逃がしていたかもしれない。

 

「……そういうことか」

 

 女は最後に柵を一周し、木札へ印をつけた。

 

「今日はこれで使える。雨が降った翌朝に、根元だけもう一度見る」

 

 シャンプーも自分の木札へ記録した。

 

「分かった」

 

「乱馬」

 

「何だよ」

 

「昨日の修理は悪くなかった」

 

「最初に言えよ!」

 

 女が笑った。

 


 

 村へ戻ると、コロンが宗家の前で待っていた。

 

「柵はどうだった?」

 

「大きな問題はない」

 

 シャンプーが答える。

 

「縄を一か所締め直した。支柱の根元は次の雨のあと再確認する」

 

「そうかい」

 

「俺たち、ちゃんと直してたぞ」

 

 乱馬が言う。

 

「疑っていたわけじゃないよ」

 

「じゃあ何で見せたんだ」

 

「自分で答えられるだろう?」

 

 乱馬は少しだけ嫌そうな顔をした。

 

「信用するのと確認するのは別」

 

「覚えたじゃないか」

 

「三回も言われたからな!」

 

「なら、しばらく忘れないね」

 

 コロンは満足そうに杖を動かした。

 

「今日は右肩を休ませな」

 

「また休みかよ」

 

「何もしないとは言っていない」

 

「嫌な言い方だな」

 

「倉庫へ行きな。昨日使った道具と材料を確認する」

 

「それ仕事じゃねえか!」

 

「重い物は持たせないよ」

 

「細かい仕事の方が疲れるんだよ」

 

「肩は疲れない」

 

「頭が疲れる!」

 

「ちょうどいい修行だね」

 

 乱馬は何か言い返そうとしたが、コロンはもう歩き出していた。

 シャンプーが横を通る。

 

「行くぞ」

 

「おまえも?」

 

「帳面を確認する」

 

「昨日も帳面見てただろ」

 

「昨日と今日では数字が違う」

 

「毎日変わんのかよ」

 

「使えば変わる」

 

「面倒な村だな」

 

「昨日、材木を一本無駄にしかけた者が言うな」

 

「無駄にはしてねえ!」

 

「だから数える」

 

「分かったよ!」

 


 

 倉庫の中は、朝でも少し薄暗かった。

 壁際には材木。

 棚には釘や金具、縄、油、工具。

 朝市で仕入れた品も、まだすべて配り終わったわけではない。

 乱馬は低い台の前へ座らされた。

 

「本当に座ってていいのか?」

 

「右肩を使わない仕事だからな」

 

 シャンプーは木札を数枚、乱馬の前へ置いた。

 

「昨日、放牧地へ持っていった釘は二十四本」

 

「覚えてる」

 

「使ったのは?」

 

 乱馬が少し考える。

 午前の横木と補強材。

 午後の古い柵。

 

「……十二?」

 

「十五だ」

 

「そんな使ったか?」

 

「午前に八。午後に七」

 

「三本くらい誤差だろ」

 

「釘三本で補修できる場所もある」

 

「またそれかよ」

 

「残りは九本」

 

 シャンプーが小さな袋を乱馬へ渡す。

 

「数えろ」

 

「信用してねえの?」

 

「確認しろ」

 

 乱馬が顔をしかめる。

 

「便利な言葉になってきたな」

 

 袋を開け、一本ずつ台へ並べる。

 

「一、二、三……」

 

 九本。

 

「合ってる」

 

「戻せ」

 

「数えたのにまた戻すのか」

 

「使わないからだ」

 

 乱馬は釘を袋へ入れ直した。

 次は端材だった。

 昨日残したものが三本。

 短いものが二本。

 まだ別の補修へ使える長さのものが一本。

 

「これは捨てねえのか」

 

「使える」

 

「どこに?」

 

「まだ決まっていない」

 

「使う場所決まってないのに取っとくのかよ」

 

「使えるからだ」

 

 乱馬は端材を見る。

 昨日、横木として短く切ってしまった材木も、結局は補強材として使えた。

 以前なら「余ってるなら一本くらい」と考えていただろう。

 今日は少し違って見える。

 

「じゃあ、これも次に何か壊れたら使うのか」

 

「長さが合えばな」

 

「合わなかったら?」

 

「別の場所へ使う」

 

「ずっと合わなかったら?」

 

「薪にする」

 

「最後は燃やすのかよ」

 

「最後まで使う」

 

「徹底してんな」

 

 次は、昨日ムースが使った工具の木札だった。

 

 金槌。

 錐。

 鉋。

 油差し。

 

「これはムースが戻したんじゃねえの?」

 

「戻した。だが、油差しの口が少し曲がっていた」

 

「直した?」

 

「分家で直して、今朝戻っている」

 

「何でも記録すんだな」

 

「誰かが次に使う」

 

 乱馬は木札を裏返した。

 そこには小さな印と数字が並んでいる。

 

「読めねえ」

 

「数字は読めるだろ」

 

「数字はな。こっちの字」

 

 シャンプーが指を置く。

 

「油」

 

「これは?」

 

「修理済み」

 

「こっちは?」

 

「分家」

 

「全部覚えろって?」

 

「今日はそこまで言っていない」

 

「そのうち言う気だろ」

 

「必要ならな」

 

「絶対言うな、それ」

 

 シャンプーは返事をせず、次の荷札を取り出した。

 

 太い縄の束だった。

 

「これは放牧地へ追加で回す」

 

「昨日の古い柵用?」

 

「予備だ」

 

「また壊れたときの?」

 

「壊れる前にも使う」

 

「やっぱり先のことばっか考えてんな」

 

 乱馬が縄についた荷札を見る。

 

 大きな文字が二つ書かれていた。

 

「これ、何て書いてある」

 

「青河」

 

 乱馬の手が止まった。

 

「青河?」

 

「そうだ。青河を経由して入った縄だ」

 

「ああ」

 

 乱馬は荷札をもう一度見る。

 文字そのものはまだ覚えていない。

 だが、その地名は覚えている。

 朝市の日に、自分で帰る道を尋ねた。

 

 村から東へ進み、下の分岐を通る。

 石塔。

 川の音。

 その先にある町。

 

「青河までは分かるんだけどな」

 

 乱馬が言った。

 

「何がだ」

 

 シャンプーが手を止める。

 

「道だよ」

 

「青河までの?」

 

「そこまでは、あの商人に聞いた」

 

 乱馬は荷札を指で軽く叩いた。

 

「その先だよ。日本へ戻るなら、どっちへ行くのか」

 

 シャンプーは少し考えた。

 

「青河から先は道がいくつもある」

 

「どれが一番早い?」

 

「目的地による」

 

「日本だって」

 

「日本のどこだ」

 

 乱馬が口を開く。

 だが、すぐには答えなかった。

 

「……港とか」

 

「港も一つではない」

 

「面倒だな」

 

「道はそういうものだ」

 

「おまえは分かるのか?」

 

「青河から先なら、知っている道と知らない道がある」

 

「全部知ってるわけじゃねえんだ」

 

「村から出れば、知らない場所もある」

 

「そりゃそうか」

 

 シャンプーは荷札を縄へ戻した。

 

「ひいばあちゃんの方が詳しい」

 

「じゃあ、ばあさんに聞けばいいか」

 

「聞きたいならな」

 

「……今すぐじゃなくていい」

 

「なぜ」

 

「まだ呪泉郷の記録も待ってるだろ。今日出ていくわけじゃねえし」

 

「そうだな」

 

 それ以上、シャンプーは聞かなかった。

 乱馬も荷札から手を離す。

 青河までなら分かる。

 その先は知らない。

 今は、それだけだった。

 


 

 倉庫の作業は、午前だけでは終わらなかった。

 

 使った道具を棚へ戻す。

 木札を一枚ずつ確認する。

 残った縄を長さごとに分ける。

 釘の袋へ、数を書いた札をつける。

 力は使わない。

 右肩も痛まない。

 その代わり、乱馬は何度もため息をついた。

 

「まだあるのか」

 

「あと三つ」

 

「さっきもあと三つって言っただろ」

 

「あれは棚が三つ」

 

「今度は?」

 

「縄が三束」

 

「同じ言い方すんな!」

 

 シャンプーは気にせず縄を並べる。

 乱馬も文句を言いながら手を動かした。

 途中で文字の分からない札が出れば聞く。

 シャンプーは答える。

 数字が帳面と合わなければ、二人でもう一度数える。

 昼食を挟み、午後までかけて倉庫の整理は終わった。

 最後の札を棚へ戻したとき、乱馬は大きく伸びをしようとした。

 

「肩」

 

「分かってる!」

 

 右腕だけ途中で止め、左腕だけを上へ伸ばす。

 

「これでいいだろ」

 

「最初からそうしろ」

 

「一日中座ってた方が疲れるんだよ」

 

「明日、肩が治っていれば動ける」

 

「本当だろうな」

 

「私が決めることではない」

 

「じゃあ誰が」

 

「おまえの肩だ」

 

「それ言われると何も返せねえな」

 


 

 夕方。

 

 宗家へ戻ると、コロンがその日の木札を確認していた。

 シャンプーが倉庫の記録を渡す。

 

「放牧地の縄を一束追加。釘は九本戻した。工具は全部戻っている」

 

「ご苦労」

 

 コロンは札を重ねた。

 乱馬は近くの柱へ背を預ける。

 

「今日はもう終わりだろ」

 

「夕食まではね」

 

「何だよ、その言い方」

 

 乱馬の顔が険しくなる。

 コロンはシャンプーを見る。

 

「今夜は西から北の外周を回る番だったね」

 

「そうだ」

 

 シャンプーが答えた。

 

「見回り?」

 

 乱馬が聞く。

 

「夜の外周を見る」

 

「何を見るんだ」

 

「柵、水路、火の始末、獣の跡。外から入った者がいないかも見る」

 

「昼にいろいろ見たばっかりだろ」

 

「夜は夜だ」

 

「また仕事かよ」

 

 コロンが乱馬を見る。

 

「おまえも行きな」

 

「何で俺まで!」

 

「肩を使う仕事はさせられない」

 

「だったら休ませろよ!」

 

「歩くくらいならできるだろう?」

 

「できるけどよ」

 

「村の中だけ見ていても、村がどこまでか分からない」

 

 乱馬は少し黙った。

 これまでにも、昼間の村はかなり歩いた。

 東から商人が出ていく道も見た。

 西の水路も。

 北の放牧地も。

 だが、村の外周を一周したことはまだない。

 

「外まで見るのか?」

 

「境までだ」

 

 シャンプーが答える。

 

「夜に?」

 

「夜だから見る」

 

「暗いだろ」

 

「提灯を持つ」

 

「問題がなかったら、歩くだけ?」

 

「歩くだけだ」

 

 乱馬が少し安心した顔をする。

 シャンプーが続けた。

 

「問題がなければな」

 

「先にそれ言うなよ!」

 

 コロンが杖で地面を一度叩いた。

 

「夕食までは休みな。右肩もその間に休ませるんだよ」

 

「見回りで何かあっても、俺は肩使えねえぞ」

 

「シャンプーがいる」

 

「俺、何のためについてくんだ」

 

「見るためだよ」

 

「俺が?」

 

「おまえが」

 

 乱馬は少しだけ考えた。

 今朝は、自分たちが直した柵を別の者に見てもらった。

 倉庫では、使った物と残った物を確認した。

 この村では、終わったと思ったあとにも誰かが見る。

 

「……見るだけなら行く」

 

「そうかい」

 

「勝手に決めんなよ。俺が今、行くって決めたんだからな」

 

「分かってるよ」

 

 コロンはそれ以上何も言わなかった。

 シャンプーは、「自分で決めた」と言い張る乱馬を見て、ほんの少し口元を緩めた。

 

「何だよ」

 

「何でもない」

 

「だったら笑うな」

 

「笑っていない」

 

「笑っただろ!」

 


 

 夕食が終わるころには、空はすっかり暗くなっていた。

 乱馬が離れの前へ出る。

 昼間まで見えていた山の稜線は黒い影になり、村の家々には小さな灯りが残っている。

 少し離れた道から、光が近づいてきた。

 

 シャンプーだった。

 

 片手には提灯。

 腰には短い棒と、細い縄。

 昼間とは違う、夜の見回り用の道具を身につけている。

 

「本当に行くのか」

 

 乱馬が言う。

 

「行くと言った」

 

「一周だけだからな」

 

「見回りは一周だ」

 

「途中で仕事増やすなよ」

 

「問題がなければ増えない」

 

「その言い方、今日二回目だぞ」

 

 シャンプーは提灯を少し上げる。

 

「肩は?」

 

「歩くだけなら平気だ」

 

「なら行くぞ」

 

 乱馬は離れの戸を振り返った。

 中では玄馬がすでに横になっている。

 

「親父も連れてけよ」

 

「玄馬は夜の見回りに向かない」

 

「何で」

 

「暗いところで食べ物を見つけると、そちらへ行く」

 

 乱馬は少し考えた。

 

「……否定できねえ」

 

 離れの中から玄馬の声が飛ぶ。

 

「聞こえているぞ!」

 

「起きてんなら来いよ!」

 

「今日は疲れている!」

 

「都合いいな!」

 

 乱馬はため息をつき、シャンプーの横へ並んだ。

 提灯の光が、二人の足元を照らす。

 昼間なら見慣れ始めた村の道も、夜になると別の場所のように見えた。

 

「どっちから行く?」

 

「西からだ」

 

「水路の方か」

 

「そのあと北へ回る」

 

「山羊んとこも見る?」

 

「外から見る」

 

「今日三回目じゃねえか」

 

「夜は夜だ」

 

「その言葉、便利すぎるだろ」

 

 二人は村の家々を抜けていく。

 灯りが少しずつ後ろへ遠ざかる。

 その先には、まだ一周したことのない村の外周が、夜の暗がりの中へ続いていた。

 

 シャンプーの提灯を先頭に、乱馬もその暗がりへ足を踏み出した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。