シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

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第18話 シャンプーは、乱馬の帰る場所を知らない

 村の家々を抜けると、提灯の光だけでは足元のすべてを照らせなくなった。

 道の片側には低い石壁が続き、その向こうは暗い山の斜面へ落ちている。昼間なら遠くまで見える岩肌も、今は月明かりの中に輪郭だけを残していた。

 シャンプーは提灯を低く持ち、地面へ光を落としながら歩く。

 乱馬はその横を進んだ。

 

「昼と全然違うな」

 

「何がだ」

 

「見える範囲」

 

 乱馬は前方を見る。

 提灯の外側は、すぐに暗闇だった。

 

「昼なら、あの先まで一気に見えるだろ」

 

「夜は近くを見る」

 

「遠くから何か来たら?」

 

「そのために、ところどころで灯りを消す」

 

「消すのかよ」

 

「暗い方が、遠くの火は見える」

 

「なるほどな」

 

 少し歩くと、西の水路が見えてきた。

 数日前に乱馬も入った場所だった。

 夜の水路は、昼より音が大きく聞こえる。

 水面へ提灯の光が揺れていた。

 シャンプーは流れの脇へしゃがむ。

 

「また詰まってんのか?」

 

「見るだけだ」

 

「今日、そればっかりだな」

 

「確認だからな」

 

 シャンプーは水位の跡を見る。

 流れの音を聞き、上流へ目を向ける。

 乱馬も隣から水路をのぞいた。

 

「昨日より多い?」

 

「昨日とほぼ同じだ」

 

「分かるのか」

 

「ここへ水が当たっている」

 

 シャンプーが石の側面を指した。

 うっすら濡れた線がある。

 

「これが下がっていたら?」

 

「流れが減っている」

 

「じゃあ、今日は平気か」

 

「今のところは」

 

 シャンプーは立ち上がった。

 

 二人は水路沿いを少し歩く。

 乱馬は右腕をだらりと下げたままにしていた。歩くだけなら肩は痛まない。

 そのかわり、シャンプーが何度か横目で確認してくる。

 

「何だよ」

 

「肩」

 

「使ってねえって」

 

「ならいい」

 

「見回りより俺の肩見てる方が多くねえ?」

 

「それはない」

 

「あるだろ」

 

「水路も見た」

 

「比べるもんじゃねえよ」

 

 シャンプーは答えず、先へ進んだ。

 


 

 水路を離れると、外周の石壁が低くなった。

 壁の外には、畑を避けるように細い山道が続いている。

 シャンプーが足を止めた。

 

「ここ」

 

「何だ?」

 

 乱馬も止まる。

 提灯が地面へ向けられた。

 湿った土の上に、小さな足跡が残っている。

 

「人じゃねえな」

 

「山狐だ」

 

「狐?」

 

 乱馬がしゃがんだ。

 細い足跡は石壁へ近づき、そこで向きを変えて山側へ戻っている。

 

「村に入ったのか?」

 

「入っていない」

 

「何で分かる」

 

「壁の内側に跡がない」

 

「鶏でも狙って来たのか」

 

「そうかもしれない」

 

「捕まえたら食える?」

 

 シャンプーが乱馬を見る。

 

「最初に聞くのがそれか」

 

「山で暮らしてりゃ食うんだろ」

 

「食べることもある」

 

「やっぱり食うのかよ」

 

「おまえも食べたいのだろう」

 

「味による」

 

 シャンプーの口元が少し動いた。

 

「玄馬と同じだな」

 

「一緒にすんな!」

 

 乱馬が声を上げる。

 暗い山の方から、鳥が一羽飛び立つ音がした。

 

「大声を出すな」

 

「おまえが親父と一緒にするからだろ」

 

「狐は戻っている。問題ない」

 

「話そらしたな」

 

 シャンプーはすでに歩き出していた。

 乱馬も立ち上がり、その横へ追いつく。

 少し先には、石で作られた小さな台があった。

 台の中には灰が残っている。

 

「これ何だ?」

 

「合図用の火を置く」

 

「誰に?」

 

「外から来た者がいれば、門へ知らせる」

 

「夜中でも?」

 

「必要ならな」

 

 シャンプーが灰へ手を近づける。

 熱は残っていない。

 

「消えてる?」

 

「完全に」

 

「ここまで見るのか」

 

「火が残っていたら困る」

 

「山だもんな」

 

 乱馬も灰を見る。

 昼間ならただの石台にしか見えなかっただろう。

 夜になると、村の中とは違う仕事がある。

 

「この村、本当にずっと誰かが何か見てんな」

 

「そうしないと困ることがある」

 

「誰も見てなくても平気な日もあるだろ」

 

「平気だったかどうかは、見なければ分からない」

 

「……また確認か」

 

「そうだ」

 

「今日、それで一日終わりそうだな」

 


 

 外周を北へ進むにつれ、道は少しずつ高くなった。

 下を見ると、村の屋根が重なっている。

 昼間に歩いた道。

 朝市が開かれた広場。

 宗家のある辺り。

 ところどころに灯りが残っていた。

 

 乱馬は歩きながら、その向こう側へ目を向ける。

 

 さらに東。

 山を越えた先。

 

「青河って、あっちだよな」

 

 乱馬が言った。

 

「東だ」

 

「下の分かれ道を行って、石塔があって、川の音が聞こえてくる」

 

「覚えているな」

 

「一回聞いたからな」

 

「今日、釘の数は間違えた」

 

「道と釘を一緒にすんなよ」

 

 乱馬は暗い東の山を見る。

 

「青河までは分かる」

 

「その先は?」

 

「知らねえ」

 

 シャンプーは歩きながら聞く。

 

「玄馬は?」

 

「知ってるって言う」

 

「なら聞けばいい」

 

「聞いたことはある」

 

「何と言った」

 

「東へ行けって言ったり、川沿いに下れって言ったり、大きな町まで行けば分かるって言ったり」

 

「毎回違うのか」

 

「だから怪しいんだよ」

 

「では、自分で聞いた方がいい」

 

「俺もそう思ってる」

 

 乱馬は少し間を置いた。

 

「青河の先って、本当に道いっぱいあるのか?」

 

「ある」

 

「港へ行くなら?」

 

「どの港かによる」

 

「日本へ戻るのに使える港」

 

「それも一つではない」

 

「今日もそれ言ってたな」

 

「答えは変わらない」

 

 乱馬が頭をかく。

 

「じゃあ、日本のどこへ行くか決めればいいんだろ」

 

「どこへ帰る」

 

「家だよ」

 

 シャンプーの足は止まらなかった。

 

「どこの家」

 

 乱馬の返事が少し遅れた。

 

「親父が知ってる」

 

「おまえは?」

 

「……小さいころに出たんだよ」

 

「場所は覚えていないのか」

 

「町の名前まではな」

 

「家の近くに何がある」

 

「知らねえ」

 

「目印は?」

 

「覚えてねえ」

 

 乱馬の声が少しずつ小さくなる。

 シャンプーは前を見たまま言った。

 

「おまえは知らないのだな」

 

「親父が知ってれば着くだろ」

 

「玄馬が道を知っていればな」

 

「そこが問題なんだよ!」

 

 乱馬は思わず声を上げた。

 少しして、自分でも気づいたように黙る。

 

「……俺、日本へ帰るってずっと言ってるけどさ」

 

「言っている」

 

「日本までは帰れると思うんだよ。港までの道も聞けば分かる」

 

「そうだな」

 

「でも、そのあとどこへ行くんだろうな」

 

 シャンプーが乱馬を見る。

 乱馬自身が、一番よく分かっていない顔をしていた。

 

「家へ帰るのではないのか」

 

「だから、その家が分かんねえんだって」

 

「母親は?」

 

「いる」

 

 乱馬は答えたあと、少し言い直した。

 

「……いるはずだ」

 

「会っていないのか」

 

「小さいころに親父と修行へ出てから、ずっとな」

 

「長いな」

 

「まあな」

 

「手紙は?」

 

「書いてねえ」

 

「なぜ」

 

「親父が、立派な男になって帰るとか何とか決めてたから」

 

 シャンプーが乱馬を見る。

 

「玄馬が決めたのか」

 

「そう」

 

「おまえではなく?」

 

「小さいころの俺に聞いてどうすんだよ」

 

 乱馬は少し苛立ったように答えた。

 だが、すぐに前へ向き直る。

 

「母ちゃんの顔も、あんまり覚えてねえんだよな」

 

「会えば分かる」

 

「向こうが俺を覚えてるかも分かんねえぞ」

 

「覚えていると思う」

 

「何で」

 

「母親だからだ」

 

「おまえ、会ったことねえだろ」

 

「それでもだ」

 

 乱馬は何か言い返そうとした。

 やめた。

 二人の足音だけが続く。

 

 少しして、乱馬が言った。

 

「……会いには行きてえな」

 

 シャンプーが横を見る。

 

「母親に?」

 

「たぶん」

 

「たぶんなのか」

 

「顔も覚えてねえ相手に、会ったらどうするとか分かんねえだろ」

 

「それでも会いたい」

 

「……まあ」

 

 乱馬は頭をかいた。

 

「そうなんだろうな」

 

 自分で言葉にしてから、納得したようだった。

 


 

 北側の外周には、小さな見張り台があった。

 石を積み上げただけの簡素な高台だ。

 二人はそこへ上る。

 シャンプーは提灯の火を小さくした。

 

「消すのか?」

 

「遠くを見る」

 

 周囲が暗くなる。

 代わりに、遠い山の稜線が月明かりの中へ浮かんできた。

 

 火は見えない。

 人の灯りもない。

 風だけが山の間を抜けていく。

 

「何もないな」

 

「ないことを見る」

 

「今日の朝から、そればっかりだな」

 

「嫌か」

 

「嫌っていうか」

 

 乱馬は石壁へ腰を下ろした。

 

「こういう仕事もあんだなって思ってる」

 

 シャンプーは予備の薪と縄を確認する。

 乱馬は下に広がる村を見た。

 灯りの場所が分かれている。

 その一つ一つに誰かが住んでいる。

 

「おまえは、あれ全部分かるのか」

 

「何がだ」

 

「どの家に誰が住んでるとか」

 

「全部ではないが、だいたいは分かる」

 

「宗家は?」

 

「あそこだ」

 

「分かりやすいな」

 

「薬草を扱う家は、あの辺り」

 

「昨日の放牧地の人は?」

 

「北側の家だ」

 

「朝市で迷子になった子どもは?」

 

 シャンプーは少し離れた灯りを指した。

 

「あそこ」

 

「本当に覚えてんのかよ」

 

「村の人間だからな」

 

「明日、誰が何してるかも?」

 

「全部ではない。だが、朝になれば分かる」

 

「おまえは?」

 

「午前は薬草の確認。午後はまだ決まっていない」

 

「また仕事か」

 

「村にいるからな」

 

 乱馬は下の灯りを見たまま言う。

 

「俺には、こういうのねえな」

 

「何が」

 

「戻ったら誰がいて、明日何するか分かる場所」

 

 シャンプーは何も言わなかった。

 

「親父についてりゃ、どこかには着く」

 

「それでは、おまえが帰る場所ではないのか」

 

「分かんねえ」

 

 乱馬は素直に答えた。

 

「日本は俺の国だし、母ちゃんもいる。たぶん家もある」

 

「だが、場所は知らない」

 

「そうなんだよ」

 

 乱馬は苦笑した。

 

「帰る道を調べ始めたら、その先が分かんねえって気づいた」

 

 シャンプーは村の灯りへ視線を戻す。

 

「知らないなら、知ればいい」

 

「簡単に言うな」

 

「道を聞いたときも、最初は知らなかった」

 

「……そうだけどよ」

 

「青河までは知った」

 

「その先も聞けば分かるって?」

 

「道ならな」

 

「じゃあ、家は?」

 

「それは玄馬へ聞くしかない」

 

「一番信用できねえところじゃねえか」

 

 シャンプーの口元がわずかに動いた。

 

「笑うな」

 

「笑っていない」

 

「今笑っただろ」

 

「風だ」

 

「口元に風関係ねえよ!」

 

 乱馬の声が夜の見張り台へ響いた。

 

「大声を出すな」

 

「おまえが変なごまかし方するからだろ!」

 


 

 見張り台を下りると、二人は外周を西寄りへ回った。

 その先には、小さな墓地があった。

 石を積んだ簡素な墓が並び、月明かりの下に白く浮かんでいる。

 乱馬の足が少し遅くなった。

 

「ここ通るのか?」

 

「見回りの道だ」

 

「夜に?」

 

「夜だから通らない理由があるのか」

 

「別に怖くねえけどな」

 

「まだ何も聞いていない」

 

「先に言っといただけだ!」

 

 シャンプーが墓の間を歩く。

 

 乱馬も少し間を空けて続いた。

 

「猫が怖いとは聞いた」

 

 乱馬の足が止まる。

 

「誰から聞いた」

 

「玄馬」

 

「親父……!」

 

 乱馬が離れのある方向を睨む。

 

「帰ったら覚えてろよ」

 

「猫はいない」

 

「分かってる!」

 

 乱馬も墓地へ入った。

 

 墓の前には、小さな花や木の実が供えられている。

 

「ここにも、おまえの家族いるのか」

 

「いる」

 

 シャンプーが一つの墓を示した。

 

「父方の祖父母だ」

 

「そうなのか」

 

 乱馬は墓を見る。

 

「おまえ、どこに誰が眠ってるかも分かるんだな」

 

「家族だからな」

 

「ほかの奴も?」

 

「知っている者なら」

 

 乱馬は周囲を見る。

 昼間に見た家々だけではない。

 この村で生まれ、暮らし、すでにいなくなった者もここにいる。

 

「帰る場所って、こういうのも入るのか」

 

 シャンプーが乱馬を見る。

 

「どういう意味だ」

 

「死んだ奴がいる場所」

 

 シャンプーは少し考えた。

 

「入ると思う」

 

「もういねえのに?」

 

「いなくなったから、なかったことにはならない」

 

 乱馬は返事をしなかった。

 

 自分の祖父母がどこにいるのか。

 生きているのか。

 どこへ墓参りへ行けばよいのか。

 

 乱馬は何も知らなかった。

 

「俺、本当に何も知らねえな」

 

 ぽつりとこぼれる。

 

「知らないことが分かった」

 

「それ、慰めてんの?」

 

「違う」

 

 シャンプーは正面から答えた。

 

「知らないと分かれば、聞ける」

 

「簡単に言うなあ」

 

「今日も文字を聞いていた」

 

「それと家族は違うだろ」

 

「違う。だが、知らないままにする必要はない」

 

 乱馬は墓の向こうに見える月を見上げた。

 

「……そうだな」

 

 しばらく二人は黙って歩いた。

 墓地を抜けるころ、乱馬が口を開いた。

 

「おまえさ」

 

「何だ」

 

「俺が帰るって言ったら、止めると思ってた」

 

 シャンプーの足が止まる。

 

「なぜ」

 

「最初は婿にするって言ってたから」

 

 シャンプーはすぐには答えなかった。

 

「裁定が出る前に出ようとすれば止める」

 

「そこは止めるのかよ」

 

「今はまだ決まっていない」

 

「じゃあ裁定が終わったら?」

 

 シャンプーの返事は少し遅れた。

 

「まだ分からない」

 

「またそれかよ」

 

「まだ決まっていないからだ」

 

「おまえなら、掟だから残れって言うと思ってた」

 

「そうなるかもしれない」

 

「かもしれない?」

 

「裁定が何になるかも分からない」

 

 シャンプーは少し考える。

 

「私がそのとき何を考えるかも、今は分からない」

 

 乱馬は横からその顔を見る。

 

「でも、帰る道を聞くのは止めねえんだな」

 

「道を知ることまで止める理由はない」

 

 乱馬は少し黙った。

 

 朝市の日にも、似たことを聞いた。

 決まっていないことを、決まったようには言えない。

 だが、道を知ることまで止める必要はない。

 シャンプーの答えは、そこからまだ大きくは変わっていない。

 

「そっか」

 

「何だ」

 

「いや」

 

 乱馬は前を向いた。

 

「それならいい」

 

 シャンプーも、それ以上は聞かなかった。

 


 

 見回りを終えるころには、村の灯りもかなり少なくなっていた。

 門番へ水路と山狐の足跡を報告する。

 

「狐は中へ入っていない」

 

「分かった。朝も見る」

 

 門番が答える。

 乱馬は横から聞いていた。

 

「朝も見るのかよ」

 

「夜と朝では違う」

 

 シャンプーが言う。

 

「もう驚かねえぞ」

 

「そうか」

 

「ちょっとだけな」

 

 二人は村の中へ戻った。

 外周の暗闇から家々の間へ入ると、提灯がなくても足元が少し見える。

 宗家へ近づいたところで、乱馬が言った。

 

「明日、ばあさんに聞く」

 

「何を」

 

「青河から先」

 

 乱馬は東の方角を見る。

 

「親父に任せてたら、本当に日本へ着くか怪しいからな」

 

「覚えるのか」

 

「俺が帰る道だろ。俺が覚える」

 

「そうか」

 

「何だよ」

 

「何でもない」

 

「また笑ってねえだろうな」

 

「笑っていない」

 

「本当か?」

 

「提灯を見るな。私を見ろ」

 

「見えてるよ!」

 

 二人は宗家の前で分かれた。

 

「肩は?」

 

「最後までそれかよ」

 

「痛むのか」

 

「歩いただけだから平気」

 

「ならいい」

 

「おう。おやすみ」

 

 乱馬は離れへ向かった。

 

「乱馬」

 

 後ろから呼ばれる。

 

「何だ?」

 

「青河の字は、明日まで覚えておけ」

 

 乱馬の顔が引きつった。

 

「道より先に字かよ!」

 

「荷札を読めなければ、途中で困る」

 

「……それは分かるけどよ!」

 

 シャンプーはそのまま母屋へ戻っていった。

 


 

 離れへ入ると、玄馬は布団の中にいた。

 

「遅かったな」

 

「見回り一周してきた」

 

「夜道は修行になる」

 

「来なかった奴が言うな」

 

 乱馬は寝台へ腰を下ろした。

 

「親父」

 

「何だ」

 

「日本へ戻ったあと、どこ行くんだ?」

 

「家だ」

 

「だから、どこの家だよ」

 

 玄馬が少し黙る。

 

「日本へ着けば思い出す」

 

「おまえ、本当に知らねえだろ!」

 

「忘れたわけではない。少し記憶が曖昧なだけだ」

 

「それを知らねえって言うんだよ!」

 

 乱馬が立ち上がりかける。

 右肩がわずかに張った。

 

「っ……」

 

「肩を使うな」

 

「誰のせいで立ったと思ってんだ!」

 

「わしは座って話している」

 

「そういう問題じゃねえ!」

 

 乱馬は右肩を押さえながら、もう一度寝台へ座った。

 

「明日、ばあさんに青河から先を聞く」

 

「わしが知っている」

 

「信用できねえ!」

 

「親を信用せんとは何事だ」

 

「昨日も今日も信用と確認は別だって言われたんだよ!」

 

 玄馬が黙った。

 

「……村に染まってきたな」

 

「そこじゃねえ!」

 

 乱馬は布団を引き寄せた。

 

「俺が覚える。親父に任せねえ」

 

「好きにしろ」

 

「最初からそうすりゃよかったんだ」

 

 乱馬は横になる。

 右肩へ負担がかからないよう、身体の向きを少し変えた。

 灯りを消す。

 暗闇の中で、さっき見た村の景色を思い出した。

 

 シャンプーは、どの辺りに誰が住んでいるか知っていた。

 明日、自分が何をするかも知っていた。

 死んだ家族がどこに眠っているのかも知っていた。

 

 乱馬には、日本という国がある。

 母親もいる。

 家も、どこかにはある。

 だが、その場所をまだ自分は知らない。

 

 帰る道は、少しずつ分かってきた。

 青河までなら、自分で行ける。

 その先も、聞けば覚えられる。

 だが、その道の終わりにあるはずの「帰る場所」がどこなのかは、まだよく分からなかった。

 

 乱馬は明日、それも自分で確かめると決めた。

 誰かの後ろを歩いて帰るのではなく、自分で帰るために。

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