シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

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第20話 乱馬は、子どもたちの歩法へ口を出す

 朝食が終わったあと。

 乱馬は宗家の中庭で、右肩をゆっくり回していた。

 

 前へ。

 後ろへ。

 腕を横から上げる。

 

 昨日までは一番上まで持ち上げたところで残っていた張りも、今日はほとんど感じない。

 

「もういいだろ」

 

 乱馬は腕を下ろした。

 

「何がだい」

 

 縁側にいたコロンが尋ねる。

 

「肩だよ。もう治った」

 

「自分で決めたのかい」

 

「俺の肩だぞ」

 

「それはそうだね」

 

 コロンは杖をつき、乱馬の前へ降りた。

 

「じゃあ、腕を上げな」

 

「今やっただろ」

 

「もう一度」

 

「何回確認すんだよ」

 

「嫌なら重い仕事へ戻すよ」

 

 乱馬は黙って右腕を上げた。

 肩の高さ。

 そのまま頭上。

 

「痛みは?」

 

「ねえ」

 

「張りは?」

 

「……ほんのちょっと」

 

「治ってないじゃないか」

 

「このくらい治ったうちだろ!」

 

「今日は軽い仕事にしな」

 

「またかよ」

 

「昨日まで動かさないようにしていたんだ。今日は少し動かして具合を見る」

 

 乱馬は嫌そうな顔をする。

 

「で、何やんだ」

 

「共同修練場へ行きな」

 

「修練場? 今日は俺も稽古か?」

 

 乱馬の顔が少し明るくなる。

 

「おまえの稽古じゃないよ。今日は子どもたちの歩法稽古がある。その準備を手伝いな」

 

「俺がやるのはそっちかよ!」

 

「昨日まで肩をろくに使わせられなかったんだ。今日は軽く動かして具合を見るにはちょうどいい」

 

「それで子どもの稽古準備かよ」

 

「稽古棒を倉から出す。石床を掃く。白線を引く。終わったら道具を数えて戻す」

 

「結構あるじゃねえか」

 

「重い仕事ではないだろう?」

 

「それ、俺じゃなくてもできるだろ」

 

「おまえでもできる」

 

「そういう意味じゃねえ!」

 

 横で食器を片づけていたシャンプーが立ち上がった。

 

「私も行く」

 

「おまえが教えるのか?」

 

「今日は私の番だ」

 

「子どもに?」

 

「何だ」

 

「いや」

 

 乱馬はシャンプーを見る。

 

 試合で錘を振り回していた姿。

 水路で泥だらけになった姿。

 朝市で値段を決めていた姿。

 薬草を選別していた姿。

 

 それに続いて、子どもへ武術を教えている姿は、まだ見たことがない。

 

「ちゃんと教えられんのかなって」

 

「おまえよりは教えられる」

 

「何で決めつけんだよ」

 

「おまえは人へ説明する前に自分で動く」

 

「見せた方が早えだろ」

 

「子どもが全部まねできると思うか」

 

「やってみなきゃ分かんねえ」

 

 シャンプーはコロンを見る。

 

「やはり準備だけさせた方がいい」

 

「何だと!」

 

 コロンが小さく笑った。

 

「まず働いてきな」

 


 

 共同修練場は、村の中央から少し北へ上ったところにあった。

 乱馬がここへ入るのは初めてではない。

 以前、割れた石床を直すために、シャンプーやムースと一緒に一日働いた場所だった。

 

 広場へ入ると、乱馬は足元を見る。

 

 古い石板に混じって、色の少し違う石が何枚か並んでいた。

 自分たちが入れ替えた石だ。

 

「ちゃんと残ってんな」

 

「何がだ」

 

「前に直したとこ」

 

 乱馬は足先で、新しく入れた石板の端を軽く叩いた。

 

「当たり前だ。壊れていたら、また直す」

 

「そういう意味じゃねえよ」

 

 以前来たときは、割れた石を外して運ぶだけで精いっぱいだった。

 今日は違う。

 朝の稽古準備として使われる修練場を見るのは初めてだった。

 石床には、朝の稽古に使う白い線が薄く残っている。

 壁際には稽古用の武器を置く台があり、裏手には道具をしまう小さな倉がある。

 

「前はこんなの気にしてなかったな」

 

「石床を直しに来たからな」

 

「今日は子どもの稽古準備か」

 

「そうだ」

 

 シャンプーは修練場の裏にある小さな倉を開けた。

 中には木剣、棒、籠手、縄、それに白い粉を入れた壺が並んでいる。

 

「これを出す」

 

 稽古用の棒が十二本。

 乱馬は束になった棒へ手を伸ばした。

 

「半分持つ」

 

「全部持てる」

 

「肩」

 

「軽いだろ、これ」

 

「全部持つ必要はない」

 

「昨日からそればっかだな」

 

 乱馬は結局、六本だけ抱えた。

 右肩へ乗せず、両腕で持つ。

 シャンプーも残り六本を運んだ。

 広場の端へ並べる。

 

「十二」

 

 乱馬が言う。

 

「何がだ」

 

「本数。あとで確認すんだろ」

 

 シャンプーが少しだけ乱馬を見る。

 

「覚えておけ」

 

「言われなくてもそのつもりだ」

 

 次は箒だった。

 石床には、夜の風で飛んできた細かな砂と枯れ葉が残っている。

 乱馬は渡された箒を見る。

 

「今度は掃除かよ」

 

「石床に砂が残っていたら、足を滑らせる」

 

「これも稽古の準備ってことか」

 

「そうだ」

 

 乱馬は箒を持った。

 

「だったら、足の運び方でも考えながらやるか」

 

「掃除を終わらせろ」

 

「やってるだろ。どうせ動くなら修行にもした方が得じゃねえか」

 

「掃除は掃除だ」

 

「水運びのときも似たようなこと言ってたな」

 

「水運びは水運び。掃除は掃除だ」

 

「ほんと頑固だな」

 

 乱馬は文句を言いながらも箒を動かした。

 

 端から中央。

 中央から反対側。

 枯れ葉を集める。

 砂を外へ掃き出す。

 

 シャンプーはその間に白い粉を壺から小さな器へ移した。

 

「次、それを使う」

 

「何すんだ」

 

「線を引く」

 

 石床には古い足形がうっすら残っている。

 シャンプーが紐を張る。

 

「ここからここ」

 

「真っすぐ?」

 

「そうだ」

 

 乱馬は白い粉を指でつまんだ。

 線を引く。

 最初はきれいだった。

 途中から少し曲がった。

 

「曲がっている」

 

「このくらい分かるだろ」

 

「子どもがその線に合わせて立つ」

 

「じゃあ足一本分くらいずれても問題ねえだろ」

 

「直せ」

 

「細けえな!」

 

 乱馬は手のひらで粉を消し、もう一度引いた。

 今度は真っすぐ。

 その線の左右へ、シャンプーが足の位置を示す印をつけていく。

 

 右足。

 左足。

 少しずつ角度が違う。

 

「何だこれ」

 

「基本歩法」

 

「こんな決まった場所に足置くのか」

 

「最初はな」

 

「相手がそこへ来てくれるわけじゃねえだろ」

 

「最初はな」

 

「二回言うなよ」

 

「二回言わないと、おまえが途中へ口を出しそうだからだ」

 

「出さねえよ」

 

 乱馬は答えた。

 シャンプーは何も言わなかった。

 

「何だ、その顔」

 

「何でもない」

 

「信用してねえだろ」

 

「確認しているだけだ」

 

「おまえまで『確認』って言えば何でも済むと思ってんだろ!」

 

「実際、確認だ」

 

「便利に使うな!」

 


 

 準備が終わるころ、修練場の入口から子どもたちの声が聞こえた。

 

「シャンプー!」

 

「今日は早い!」

 

「乱馬もいる!」

 

 八、九歳くらいの子どもたちが五人、走ってくる。

 全員、動きやすい短い仕事着のような服を着ていた。

 乱馬は、そのうち前を走ってきた三人を見て眉を寄せる。

 

「おまえら……」

 

 三人も乱馬の前で止まった。

 短い髪の少女が、にっと笑う。

 

「今日は水、持ってないよ」

 

「持っててもかけんな!」

 

「もうしないって言った」

 

「だったら最初から言うな!」

 

 シャンプーが近づく。

 

「走るな。稽古前に転ぶぞ」

 

「はーい」

 

 三人は声をそろえた。

 乱馬は改めて顔を見る。

 

 見覚えはある。

 村へ留め置かれたばかりのころ、桶を持って自分へ水をかけようとしていた三人だ。

 そのうち一人には、もっとはっきりした覚えがあった。

 倒れてきた大きな水甕。

 その前で尻もちをついていた少女。

 

「おまえ」

 

 乱馬が指す。

 

「甕のときの」

 

 少女が少し頬を膨らませた。

 

「ユエ」

 

「何?」

 

「私の名前」

 

「ああ」

 

「助けてもらったのに、まだ知らなかったでしょ」

 

「名前聞く暇なかっただろ」

 

「今聞いた」

 

「おう。ユエな」

 

 乱馬は隣の二人を見る。

 髪を高い位置で結んだ少女と、短い髪の少女。

 

「おまえらも、あのときの三人か」

 

「今さら?」

 

 短い髪の少女が笑う。

 

「暗かったし、桶持って隠れてただろ!」

 

「乱馬、私たちの顔見てなかったもんね」

 

 髪を結んだ少女が言った。

 

「見世物にされそうだったんだから見る余裕ねえよ」

 

「でも女になったときは見た」

 

「おまえらが見る方だろ!」

 

 子どもたちが笑う。

 ユエは乱馬の右肩を見る。

 

「もう痛くないの?」

 

 乱馬が少し驚く。

 

「何で知ってんだ」

 

「山羊のところで怪我したって聞いた」

 

「村中に広がんの早すぎねえか?」

 

「山羊が逃げた方が有名」

 

「俺じゃねえのかよ」

 

「山羊の方が村にいるの長いから」

 

「そういう問題か?」

 

 シャンプーが手を叩いた。

 

「話は終わりだ。並べ」

 

 子どもたちが白線の前へ集まる。

 ユエと、先ほどの二人。

 それに別の二人も、慣れた様子で一定の間隔を空ける。

 乱馬は広場の端へ移動した。

 

「俺は?」

 

「道具を見ていろ」

 

「それだけ?」

 

「準備の仕事は終わった。あとは稽古が終わったら片づける」

 

「じゃあ暇じゃねえか」

 

「肩を休めろ」

 

「もう治ってるって」

 

「ほとんど、だろ」

 

 昨日自分で使った言葉を返され、乱馬は黙った。

 仕方なく壁際へ座る。

 

「始める」

 

 シャンプーが子どもたちの前へ立った。

 


 

「右足を前」

 

 五人の右足が動く。

 

「つま先を外へ向けすぎるな」

 

 一人が直す。

 

「腰を落とす」

 

 全員の身体が少し沈んだ。

 

「背中を曲げない」

 

 シャンプーは列の端から順に見ていく。

 

 足の位置。

 膝。

 腰。

 肩。

 

 乱馬は最初こそぼんやり見ていた。

 だが、だんだん眉が寄ってきた。

 

「……違うだろ」

 

 小さく呟く。

 シャンプーが振り返る。

 

「何か言ったか」

 

「言ってねえ」

 

「言った」

 

「独り言」

 

「なら黙っていろ」

 

「分かってるよ」

 

 シャンプーは稽古へ戻る。

 

「左へ一歩」

 

 子どもたちが動く。

 

「戻る」

 

 元の姿勢。

 

「右へ」

 

 また動く。

 ユエの身体が少し揺れた。

 

 右足を出す。

 腰を低くする。

 上半身へ力が入りすぎている。

 

 乱馬の眉がまた寄った。

 シャンプーは別の子の足を直している。

 ユエが姿勢を維持しようと、さらに腰を落とした。

 

「それじゃ押されたら倒れるぞ」

 

 乱馬が言った。

 シャンプーの動きが止まった。

 ユエが乱馬を見る。

 

「倒れないよ」

 

「倒れる」

 

「やってみて」

 

「やめろ」

 

 シャンプーが言った。

 

「何で」

 

「まだ立ち方を覚えているところだ」

 

「立ってる時点で崩れてるぞ」

 

「それを今、直している」

 

「でも本人が倒れないって言ってる」

 

「それはおまえが言ったからだ」

 

「じゃあ確かめりゃいいだろ」

 

「乱馬」

 

「軽くだよ」

 

 乱馬は立ち上がった。

 ユエの前へ行く。

 

「そのまま立ってろ」

 

「うん」

 

「押すぞ」

 

「いいよ」

 

 乱馬は左手の人差し指をユエの肩へ当てた。

 軽く押す。

 

「わっ」

 

 ユエは二歩後ろへ下がった。

 倒れはしなかったものの、完全に姿勢が崩れる。

 短い髪の少女が笑った。

 

「倒れた」

 

「倒れてない!」

 

「二歩動いた」

 

「倒れてない!」

 

「勝負なら同じようなもんだろ」

 

 乱馬が言う。

 ユエがむっとした。

 

「もう一回!」

 

「待て」

 

 シャンプーが二人の間へ入った。

 ユエの足元を見る。

 

「右足」

 

「何?」

 

「外へ開きすぎている」

 

 シャンプーは自分の足で正しい位置を示した。

 

「ここ」

 

 ユエが直す。

 

「膝を内へ入れるな」

 

「こう?」

 

「そうだ」

 

 次に腰。

 

「下げすぎるな」

 

 乱馬が横から言った。

 

「ほら、やっぱり低すぎるんだろ」

 

「口を出すな」

 

「同じこと言ってんじゃねえか」

 

「違う」

 

「何が?」

 

「先に正しい形を覚える」

 

「形だけ覚えても意味ねえって」

 

「意味はある」

 

「じゃあ何で今押したら崩れた」

 

「覚えている途中だからだ!」

 

 シャンプーの声が少し大きくなる。

 子どもたちが二人を見比べる。

 髪を結んだ少女が手を挙げた。

 

「どっちが正しいの?」

 

「私だ」

 

「俺だ」

 

 二人の答えが重なった。

 子どもたちが一斉に笑った。

 

「笑うな!」

 

 乱馬が言う。

 

「稽古中だ」

 

 シャンプーも言う。

 

「おまえも同じこと言ってるだろ!」

 

「私は教えている」

 

「俺も教えてんだよ!」

 

「いつからだ」

 

「今!」

 

「勝手に決めるな」

 

「じゃあおまえが決めろよ!」

 

 シャンプーは一瞬黙った。

 それから、乱馬へ顎を向ける。

 

「なら説明しろ」

 

「何を」

 

「ユエの立ち方のどこが悪かった」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

「子どもは分からないから習っている」

 

「……面倒だな」

 

「教えるとはそういうものだ」

 

 乱馬はユエの前へ立った。

 

「じゃあ、もう一回さっきの形」

 

 ユエが構える。

 今度はシャンプーに直された通り。

 

「腰を落とすって言われたからって、下へしゃがむことばっか考えんな」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

 乱馬は隣へ立ち、同じように足を開いた。

 

「身体を、足と足の間へ置く」

 

 ユエが首を傾げる。

 

「同じじゃないの?」

 

「違う」

 

 乱馬は少し腰を落とす。

 

「ここに身体があるだろ」

 

 自分の腹の辺りを指す。

 

「右にも左にも寄せすぎねえ。前にも後ろにも倒さねえ」

 

 シャンプーが乱馬の足元を見る。

 乱馬は続ける。

 

「押されたからって、全部そこで受けるんじゃねえ」

 

 ユエの肩へ手を置く。

 

「さっきは上だけで耐えようとしたから、足が後からついてった」

 

「じゃあ?」

 

「地面までつなげる」

 

「地面?」

 

「押してみろ」

 

 乱馬が構えた。

 ユエが両手を乱馬の肩へ当てる。

 

「強く?」

 

「おまえの強くでいい」

 

 ユエが押した。

 乱馬は動かない。

 

「もっと」

 

 ユエが力を入れる。

 やはり動かない。

 

「ずるい」

 

「何がだよ」

 

「乱馬が強いから」

 

「力入れてねえぞ」

 

 乱馬は今度は自分から、ほんの少し身体を傾けた。

 ユエが押した瞬間、その力を足元へ流す。

 

「腕で止めてねえ。腰だけでもねえ。足まで全部使ってる」

 

 髪を結んだ少女が横から聞く。

 

「でも横から押されたら?」

 

「こう」

 

 乱馬は半歩ずらす。

 

「後ろからなら?」

 

 短い髪の少女が尋ねる。

 

「こうだな」

 

 足を入れ替える。

 シャンプーが言う。

 

「待て」

 

「何だよ」

 

「一度に全部教えるな」

 

「聞かれたから答えただけだろ」

 

「まだ前から押された形しかしていない」

 

「実際の相手は前からしか来ねえのか?」

 

「今日は実戦ではない」

 

「実戦になったら待ってくれねえぞ」

 

「だから基本から覚える!」

 

 再び二人の声が重なる。

 

 髪を結んだ少女が首を傾げた。

 

「やっぱり、どっちも同じこと言ってない?」

 

 シャンプーと乱馬が同時にその子を見る。

 

「違う」

 

「違うだろ」

 

「ほら」

 

 短い髪の少女が笑った。

 


 

 結局。

 乱馬は修練場の端へ戻らなかった。

 

「何で俺までやることになってんだ」

 

「自分から口を出した」

 

 シャンプーが答える。

 

「一回だけだろ」

 

「最後まで見ろ」

 

「準備の仕事じゃなかったのかよ」

 

「補助も仕事にする」

 

「今決めただろ!」

 

「おまえが最後まで見る方が子どもたちのためになる」

 

 乱馬は反論しかけた。

 だが、ユエたちがすでに並んで待っている。

 

「乱馬、今度押して」

 

「私も」

 

「後ろからもやって」

 

「一人ずつだ!」

 

 乱馬は頭をかいた。

 

「分かったよ!」

 

 シャンプーが基本の形を直す。

 そのあと、乱馬が軽く力をかける。

 最初は肩を押すだけ。

 次は少し引く。

 横から手を当てる。

 子どもたちは何度も姿勢を崩した。

 

「足!」

 

 乱馬が言う。

 

「上だけで耐えんな!」

 

「シャンプーも足って言ってる!」

 

「なら直せ!」

 

「乱馬の方が言い方怖い!」

 

「おまえらが何回も同じことすっからだろ!」

 

「怒鳴るな」

 

 シャンプーが言う。

 

「おまえもさっき怒鳴ってただろ!」

 

「教えるためだ」

 

「俺も教えてんだよ!」

 

 それでも、回数を重ねるごとに子どもたちは崩れにくくなった。

 ユエへもう一度、同じ方向から押す。

 今度は一歩も動かない。

 

「お」

 

 乱馬の手が止まる。

 ユエが得意そうに笑った。

 

「動かなかった」

 

「今のはいい」

 

「本当?」

 

「でも肩に力入りすぎ」

 

「また?」

 

「次はそこ」

 

「終わらないじゃん」

 

「武術なんだから終わらねえよ」

 

 乱馬は当然のように言った。

 シャンプーが一瞬、乱馬を見る。

 乱馬は気づかなかった。

 次は、髪を結んだ少女。

 乱馬が正面に立つ。

 

「今度は押さねえ」

 

「何するの?」

 

「避けろ」

 

「どっちに?」

 

「それを先に言ったら意味ねえだろ」

 

「ずるい」

 

「相手が殴る前に、右から行きますって言うか?」

 

 少女が構える。

 乱馬は右手を少し動かした。

 少女の視線が、その手を追う。

 乱馬は左手で肩へ触れた。

 

「遅い」

 

「右見てた!」

 

「だからだよ」

 

「何を見ればいいの?」

 

 乱馬は少し考えた。

 

「顔ばっか見るな」

 

「顔?」

 

「顔は嘘つくからな」

 

 乱馬は自分の右手を上げる。

 

「手も動かせる。目だって違う方見られる」

 

 次に肩を指した。

 

「最初は肩見ろ」

 

「肩?」

 

「大きく殴ったり、棒振ったりするときは、だいたい先にこっちが動く」

 

 乱馬が右拳をゆっくり出す。

 

 肩。

 肘。

 拳。

 順番につながる。

 

「ここが動いたら、次が来ると思え」

 

 少女がじっと乱馬の右肩を見る。

 

「じゃあ、もう一回」

 

「おう」

 

 乱馬は右肩を少し動かした。

 少女が左へ避ける。

 

「早えよ」

 

「だって肩動いた」

 

「まだ殴ってねえ」

 

「来るって言った!」

 

「動いたら全部来るとは言ってねえだろ」

 

「嘘ついた!」

 

「引っかかっただけだ!」

 

 短い髪の少女が横から言う。

 

「肩も嘘つくじゃん」

 

 乱馬が止まった。

 

「……まあ、慣れた奴ならな」

 

「じゃあ何見ればいいの?」

 

「もっと慣れたら全部見る」

 

「最初から全部教えて」

 

「だから一度に全部教えるなって言っただろ!」

 

 シャンプーの声が飛んでくる。

 

「おまえ、聞いてたのかよ」

 

「聞こえる」

 

「じゃあ、おまえなら何見る?」

 

「相手による」

 

「ほら! 結局同じじゃねえか!」

 

「基本を覚えてからの話だ!」

 

 子どもたちの笑い声が修練場へ響いた。

 乱馬は頭をかく。

 シャンプーは子どもの足元を直しながら、さっき乱馬が見せた動きを思い出していた。

 

 肩。

 肘。

 拳。

 

 乱馬自身が言った。

 

 最初は肩を見る。

 だが、慣れた相手なら肩も使って誘える。

 シャンプーは一度だけ乱馬の右肩を見る。

 乱馬は短い髪の少女へ何か言い返していて、気づいていなかった。

 


 

 稽古の最後。

 子どもたちは白線の前へ一列に並んだ。

 

「今日はここまで」

 

 シャンプーが言う。

 

「ありがとうございました!」

 

 声がそろう。

 乱馬は壁際に積んだ棒を集め始めていた。

 

「終わったなら片づけるぞ」

 

 ユエが近づく。

 

「乱馬も明日来る?」

 

「来ねえよ」

 

「何で?」

 

「俺の仕事じゃねえ」

 

「今日、仕事だったじゃん」

 

「今日はだ!」

 

「また補助すればいい」

 

「何でおまえが決めんだよ!」

 

 髪を結んだ少女も棒を一本持った。

 

「でも乱馬が押すと分かりやすい」

 

「シャンプーは?」

 

「シャンプーは形を直してくれる」

 

「じゃあそれでいいだろ」

 

「乱馬は崩してくれる」

 

「役割が違う」

 

 シャンプーが言った。

 乱馬が振り返る。

 

「おまえ、それ認めんの?」

 

「今日の補助としては悪くなかった」

 

「もっと素直に褒めろよ」

 

「棒を数えろ」

 

「話そらしたな」

 

 乱馬は束を抱える前に、本数を数えた。

 

「十」

 

「十二本出した」

 

「分かってる。あいつらが二本持ってる」

 

 ユエと髪を結んだ少女が一本ずつ持っていた。

 

「ほら、十二」

 

「合っている」

 

「最初から信用しろよ」

 

「確認だ」

 

「またそれか!」

 

 短い髪の少女が笑いながら棒を倉へ運ぶ。

 少し離れた武器台では、朝から自分たちの稽古をしていた若い女たちが道具を片づけていた。

 乱馬とシャンプーのやり取りも、子どもたちの稽古も、自然と目に入る距離だった。

 ユエが棒を戻しながら言った。

 

「でも乱馬、強いね」

 

「今さら何だよ」

 

「押しても全然動かなかった」

 

「おまえら相手に動いてどうすんだ」

 

「シャンプーも強いよ」

 

 髪を結んだ少女が言った。

 

「知ってる」

 

「でも」

 

 短い髪の少女が、何の悪意もなく続けた。

 

「乱馬の方がシャンプーより強いんでしょう?」

 

 乱馬の手が止まった。

 シャンプーも、数えていた棒から目を上げる。

 

「何でそうなる」

 

 乱馬が聞いた。

 

「だって、乱馬が二回勝ったんでしょ?」

 

 ユエが答える。

 

「村のみんな知ってるよ」

 

「二回勝っただけだろ」

 

「二回も、じゃないの?」

 

 髪を結んだ少女が首を傾げる。

 

「二回だろうが何回だろうが、次も同じになるとは限らねえよ」

 

「でも今は乱馬の方が強い?」

 

「だから、そう簡単に決めんなって」

 

 乱馬は少し面倒そうに頭をかいた。

 

「シャンプーが弱いって話でもねえし」

 

 子どもたちは不思議そうな顔をする。

 シャンプーは何も言わなかった。

 乱馬の方を見ることもしない。

 ただ、最後の棒を倉の壁へ立てかけた。

 

 そのとき。

 少し離れた武器台から、女の声がした。

 

「その二回が問題なんだ」

 

 子どもたちが振り返る。

 乱馬もそちらを見る。

 道具を片づけていた若い女の一人が、こちらを見ていた。

 

 怒鳴ったわけではない。

 責めるような口調でもない。

 それでも、それまで笑い声の続いていた修練場から、少しだけ音が消えた。

 

 乱馬は眉を寄せる。

 

「何が問題なんだよ」

 

 女はすぐには答えなかった。

 シャンプーも、何も言わなかった。

 子どもたちだけが、乱馬とシャンプーと、その女を順番に見比べていた。

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