シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

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第21話 乱馬は、シャンプーの負けを知らない

「何が問題なんだよ」

 

 乱馬が尋ねる。

 少し離れた武器台の前で、若い女はすぐには答えなかった。

 

 歳はシャンプーより少し上に見える。

 隣では、同じように稽古道具を片づけていた二人の女が手を止めていた。

 怒っているようには見えない。

 ただ、さっきまで子どもたちだけのものだった話を、そのまま終わらせるつもりはないらしい。

 

「ユエたち」

 

 女が言った。

 

「今日はもう戻りな」

 

「何で?」

 

 ユエが聞く。

 

「朝の稽古は終わっただろう」

 

「片づけもしたよ」

 

「なら、次の仕事があるはずだ」

 

 ユエは少し不満そうな顔をした。

 髪を結んだ少女が、乱馬と女を見比べる。

 

「喧嘩するの?」

 

「しない」

 

 シャンプーが答えた。

 

「本当?」

 

「おまえたちが残る話ではない」

 

「でも乱馬の話でしょ?」

 

「私の話でもある」

 

 それで、子どもたちは少しだけ黙った。

 ユエが乱馬を見る。

 

「乱馬も怒らないでね」

 

「何で俺が言われんだよ」

 

「もう眉動いてる」

 

「動いてねえ!」

 

 短い髪の少女が笑った。

 

「動いた」

 

「おまえら、さっさと行け!」

 

 三人は笑いながら修練場を出ていった。

 残る二人の子どもも、その後についていく。

 

 最後にユエが一度だけ振り返った。

 だが、シャンプーが目を向けると、今度こそ走っていった。

 修練場が静かになる。

 乱馬は、若い女へ向き直った。

 

「で」

 

 さっきより少し低い声になる。

 

「二回が何だって?」

 

 女は乱馬を見る。

 

「先に言っておくが、シャンプーが弱いと言いたいわけではない」

 

「じゃあ何だよ」

 

「だから問題なんだ」

 

「分かんねえよ」

 

 乱馬の眉が寄る。

 女は修練場の中央を見る。

 朝まで子どもたちが立っていた白い線。

 シャンプーが足の位置を直し、乱馬がその姿勢を崩していた場所だ。

 

「シャンプーは、前の武術大会で優勝している」

 

「知ってる」

 

「子どもたちへ基本を教える役も任される。村の仕事も覚えている。いずれ、もっと多くの役目を任されると思っている者も多い」

 

「だったら、ちゃんと強いんじゃねえか」

 

「強い」

 

 女は否定しなかった。

 乱馬が少しだけ拍子抜けした顔になる。

 

「じゃあ何が問題なんだよ」

 

「そのシャンプーが、村の外から来たおまえに二度負けた」

 

「それは本当だな」

 

「一度なら、勝負の結果として受け取る者もいる」

 

「二度なら違うのか?」

 

「同じ相手に二度だ」

 

「だから何だ」

 

「しかも、一度目は女として現れたおまえ。二度目は男として現れたおまえだ」

 

 乱馬の表情が少し変わる。

 

「それで、死の接吻と求婚の接吻が同じ人間へ向いた」

 

「ああ」

 

「村はいまだに答えを出せていない」

 

「それ、俺かシャンプーが悪いのか?」

 

「悪いとは言っていない」

 

「じゃあ?」

 

 隣にいた別の女が口を開いた。

 

「結果が大きすぎるんだ」

 

 乱馬がそちらを見る。

 

「勝負に負けた。それだけで済まなかった」

 

 女は続ける。

 

「村の掟が二つぶつかった。長老たちが裁定を続けている。シャンプーはその中心にいる」

 

「だから子どもが俺の方が強いって言っちゃいけねえの?」

 

「言ってはいけないとは言っていない」

 

「さっきからそればっかりだな」

 

 乱馬は頭をかいた。

 

「駄目じゃねえ。間違いでもねえ。でも問題だって?」

 

「子どもは結果を簡単に覚える」

 

 最初の女が言った。

 

「乱馬が二回勝った。なら乱馬の方が強い。そこだけを覚える」

 

「実際、二回は俺が勝った」

 

「そうだ」

 

「じゃあ間違ってねえだろ」

 

「だが、それだけでシャンプーを見るようになるのは違う」

 

 女の声は静かだった。

 

「今日、あの子たちはシャンプーから基本を習った。おまえからも別のことを習った」

 

「別に俺は先生じゃねえぞ」

 

「それでも教えただろう」

 

 乱馬は黙る。

 

「そのあとで、乱馬の方がシャンプーより強い、とだけ言う」

 

 女は白線を見る。

 

「私は、それをそのままにしてよいのかと思っただけだ」

 

「シャンプーが二回負けたことを隠せって?」

 

「違う」

 

「じゃあ負けたことまで含めて見ろって?」

 

 女は少し考えた。

 

「そうかもしれない」

 

 乱馬はさらに分からない顔になった。

 

「面倒だな、この村」

 

「おまえにはそう見えるだろうな」

 

「見えるっていうか、面倒だろ」

 

「否定はしない」

 

 少し離れたところで、シャンプーは黙っていた。

 さっきから一度も会話へ入っていない。

 乱馬が横を見る。

 

「おまえは何か言わねえの?」

 

「何を」

 

「おまえの話だろ」

 

「二度負けたのは事実だ」

 

「だからって――」

 

「事実は変わらない」

 

 乱馬の眉が寄る。

 若い女が言った。

 

「シャンプー」

 

「何だ」

 

「私は、おまえに子どもを教える資格がないと言いたいわけではない」

 

「分かっている」

 

「ただ」

 

 女は少し言葉を選んだ。

 

「大会の優勝者が、外から来た者へ二度負けた。その結果がまだ村全体の問題になっている。その中で、子どもたちが勝った者だけを見ているのが気になった」

 

「そうか」

 

 シャンプーの返事は短かった。

 怒っているのか。

 納得しているのか。

 乱馬には分からない。

 

「でもよ」

 

 乱馬が口を挟む。

 

「やっぱり変だろ」

 

 女たちが乱馬を見る。

 

「シャンプーが弱いんじゃねえ」

 

 乱馬は言った。

 

「俺が強かっただけだ」

 

 修練場が静かになった。

 一人の女が眉を寄せる。

 

「同じことではないのか」

 

「違う」

 

「勝った者の方が強かった。負けた者の方が弱かった。それだけだろう」

 

「あの二回はな」

 

 乱馬は即答した。

 

「その二回は俺の方が強かった」

 

「なら同じではないか」

 

「だから、次まで同じだって何で決まるんだよ」

 

 女が黙る。

 

「俺が二回勝った。それは変わらねえよ」

 

 乱馬はシャンプーを顎で示した。

 

「でも、二回勝ったからって次も俺が勝つって決まってねえだろ」

 

「自分が負けるかもしれないと言うのか?」

 

「あるだろ、そりゃ」

 

 乱馬は当たり前のように答えた。

 今度は三人とも、少し驚いた顔をした。

 

「何だよ」

 

「おまえは、自分の方が強いと思っているのではないのか」

 

「勝つつもりではいる」

 

「なら――」

 

「勝つつもりと、勝つって決まってるのは別だろ」

 

 乱馬は片手を上げる。

 

「相手がいるんだぞ」

 

 さっき子どもへ見せたように、ゆっくり拳を構える。

 

「俺がこう来ると思ってても、相手が違うことしたら外れる」

 

 右肩がわずかに動く。

 シャンプーの目が、そこへ向いた。

 乱馬は気づかない。

 

「自分が勝つつもりで戦う。でも、つもりと結果は別だ」

 

 拳を下ろす。

 

「負けたら、何で負けたか考える」

 

「そして?」

 

「次はそこ直す」

 

 乱馬は簡単に言った。

 

「それだけだ」

 

「それだけ?」

 

 女の一人が聞き返した。

 

「それだけっていうか、他に何すんだよ」

 

「負けた相手への責任は?」

 

「何の?」

 

「負けたことの」

 

「負けたら反省はするけどよ」

 

 乱馬は首を傾げる。

 

「相手に人生渡したりはしねえぞ」

 

 空気が少し変わった。

 乱馬も、それに気づいた。

 

「あ」

 

 自分で口にしてから、シャンプーを見る。

 シャンプーの表情は動いていない。

 だが、さっきまでより目が硬い。

 若い女は少しだけ息を吐いた。

 

「だから、おまえには分からないんだろう」

 

「何が」

 

「女傑族にとっての敗北が」

 

 乱馬は答えなかった。

 女はシャンプーを見る。

 

「言い方が悪かったなら謝る」

 

「必要ない」

 

「だが、子どもたちの前で乱馬だけを強い者として残すのも違うと思った」

 

「分かった」

 

 シャンプーはそれだけ答えた。

 女たちは片づけていた道具を持ち上げる。

 一人が乱馬へ言った。

 

「おまえの考えを否定するつもりもない」

 

「俺は否定されたと思ってねえよ」

 

「怒っていただろう」

 

「眉は元からこうなんだよ」

 

「さっき子どもにも言われていたぞ」

 

「見てたのかよ!」

 

 女の口元が少しだけ緩んだ。

 そのまま三人は修練場を出ていった。

 残ったのは、乱馬とシャンプーだけだった。

 


 

 最後の稽古棒を倉へ戻す。

 

 十二本。

 シャンプーが数える。

 

「十二」

 

「俺も数えた」

 

「そうか」

 

「合ってる」

 

「そうだな」

 

 倉の戸を閉める。

 乱馬はシャンプーを見る。

 さっきから明らかに返事が短い。

 

「怒ってんの?」

 

「怒っていない」

 

「それ、怒ってる奴が言うやつだぞ」

 

「おまえに言われたくない」

 

「俺は怒ってたら怒ってるって言う」

 

「知っている」

 

 シャンプーは白い粉の入った器を持ち上げた。

 

「宗家へ戻る」

 

「待てよ」

 

「何だ」

 

「話、終わってねえだろ」

 

「終わった」

 

「終わってねえ」

 

「女たちは帰った」

 

「そっちじゃねえよ」

 

 シャンプーが乱馬を見る。

 

「おまえの話」

 

「私の話だ」

 

「だから、その話」

 

 シャンプーの目が少し細くなる。

 

「おまえは、私が負けたことの意味を知らない」

 

 乱馬が黙った。

 

「さっきも言われた」

 

「なら分かったか」

 

「分かんねえから聞いてんだろ」

 

「分からないのに口を出した」

 

「おまえが弱いって話になってたからだ」

 

「弱いとは言われていない」

 

「だったら、二回負けたのが問題だとか言う必要ねえだろ」

 

「ある」

 

 シャンプーは即答した。

 乱馬の眉が寄る。

 

「だから何で」

 

「おまえは負けても、次を考えられる」

 

「当たり前だろ」

 

「私には、当たり前ではない」

 

 シャンプーは器を倉の前へ置いた。

 

「最初におまえへ負けたとき」

 

 乱馬が口を閉じる。

 

「私は、おまえを女だと思っていた」

 

「ああ」

 

「女傑族の女が、外の女に負けた」

 

 シャンプーは淡々と言う。

 

「だから死の接吻を与えた」

 

 乱馬の表情が少しだけ険しくなる。

 

「おまえを追って、殺すと決めた」

 

「おまえが決めたっていうより、掟だろ」

 

「私は従った」

 

「同じじゃねえ」

 

「私にとっては同じだった」

 

 乱馬が黙る。

 

「負けた。だから死の接吻を与える。相手を追う。殺す」

 

 シャンプーは一つずつ言った。

 

「次に勝つための修行をする、ではない」

 

「……」

 

「二度目」

 

 今度は、乱馬も何も言わない。

 

「私はおまえを男だと思っていた」

 

「それは俺が男だからな」

 

「女の乱馬とは別だと思っていた」

 

「そこはもう分かってるだろ」

 

「今はな」

 

 シャンプーは続ける。

 

「男のおまえに負けた」

 

「それで求婚の接吻」

 

「そうだ」

 

「負けたから夫にする」

 

「そうだ」

 

「やっぱ変だろ」

 

 乱馬がすぐに言う。

 シャンプーの眉が動いた。

 

「おまえにはな」

 

「いや、普通に考えて――」

 

「おまえの普通で、私の敗北を決めるな」

 

 声が強くなった。

 乱馬が止まる。

 シャンプーは自分でも声が大きくなったことに気づいたようだった。

 だが、言葉を引っ込めなかった。

 

「おまえは負けたら、何が悪かったか考えると言った」

 

「ああ」

 

「次に勝つために」

 

「そうだよ」

 

「私の最初の敗北の次は、おまえを殺すことだった」

 

 乱馬の顔から反論が消える。

 

「二度目の敗北の次は、おまえを夫にすることだった」

 

 シャンプーは乱馬を見る。

 

「私にとって負けは、次の勝負までの途中ではない」

 

 声が少しだけ低くなる。

 

「負けた瞬間、その後にすることが決まる」

 

 乱馬は白線を見る。

 

 さっきまで子どもたちが立っていた線。

 押されて崩れたら、足を直す。

 次は崩れないようにする。

 乱馬にとって、それは当たり前だった。

 

「でも今は」

 

 乱馬が言う。

 

「何だ」

 

「俺を殺してねえ」

 

「裁定が止めている」

 

「結婚もしてねえ」

 

「それも裁定が止めている」

 

「じゃあ、おまえ自身は?」

 

 シャンプーの顔が強張る。

 

「何が」

 

「殺したいのか」

 

「……」

 

「結婚したいのか」

 

「……」

 

「分かんねえんだろ」

 

「簡単に言うな」

 

「簡単じゃねえよ」

 

 乱馬も声を強くする。

 

「俺の命と結婚の話なんだからな!」

 

 修練場に声が響く。

 少しして、乱馬は頭をかいた。

 

「だから面倒なんだよ、この掟」

 

「村が必要としてきたものだ」

 

「それは聞いた」

 

「なら」

 

「必要だったことと、俺とおまえが今どうするかは別だろ」

 

 シャンプーが黙る。

 

「俺、おまえに負けたことねえから」

 

「……何だ」

 

「おまえが言ったんだろ。俺はおまえの負けを知らねえって」

 

「そうだ」

 

「だったら、本当には分かんねえよ」

 

 乱馬は認めた。

 シャンプーが少し意外そうに見る。

 

「死の接吻も、求婚の接吻も、俺には意味分かんねえし」

 

「……」

 

「負けた瞬間にその後全部決まるってのも、俺には分かんねえ」

 

 乱馬は石床を見たまま続ける。

 

「だから、おまえと俺が同じだって言ってるわけじゃねえ」

 

 シャンプーは黙って聞く。

 

「俺の帰る道と、おまえの敗北が同じだって言う気もねえ」

 

 乱馬は東の方角をちらりと見る。

 

 昨日、自分で書いた地図は荷物の中にある。

 

「俺はただ」

 

 一度言葉を止める。

 

「親父について歩いてりゃ、そのうち日本へ着くって思ってた」

 

「知っている」

 

「でも、自分で道聞いてみたら、青河の先すら知らなかった」

 

「昨日、覚えただろう」

 

「途中までな」

 

 乱馬は鼻を鳴らした。

 

「俺が帰る道なのに、ずっと親父任せだった」

 

「それと私の話は違う」

 

「だから同じじゃねえって言ってんだろ」

 

 乱馬はシャンプーを見る。

 

「でもよ」

 

 少しだけ間を置く。

 

「誰かが決めた後ろをずっと歩いてたら、自分がどこ行くのか分かんなくなることはあるだろ」

 

 シャンプーは答えない。

 

「おまえの掟は昔からあって、村のために必要だったんだろ」

 

「そうだ」

 

「でも、負けた後のおまえがどうするかまで、全部そいつに決めさせんのか?」

 

「それが掟だ」

 

「おまえは?」

 

「何が」

 

「おまえはどうしたいんだよ」

 

 シャンプーの指がわずかに動いた。

 答えは出ない。

 乱馬はそれを待った。

 だが、シャンプーは口を開かなかった。

 

「ほら」

 

「何がだ」

 

「決まってねえ」

 

「決められることではない」

 

「何で」

 

「掟だからだ」

 

「だから!」

 

 乱馬の声が上がる。

 

「負けた後を、おまえが決めろって言ってんだよ!」

 

 シャンプーの目が鋭くなる。

 

「簡単に言うな!」

 

「簡単じゃねえって言ってるだろ!」

 

「村の掟を、おまえ一人の帰り道と同じにするな!」

 

「してねえ!」

 

 乱馬は即座に返した。

 

「同じだって言ってるわけじゃねえ!」

 

 声がぶつかる。

 二人とも黙る。

 朝の修練場には、遠くから村人の話し声が聞こえてくる。

 乱馬は一度息を吐いた。

 

「俺には、掟をなくせとか決められねえ」

 

「当然だ」

 

「村のこと全部知ってるわけでもねえ」

 

「当然だ」

 

「二回言うな」

 

「おまえが二回言わせる」

 

「……でも」

 

 乱馬は続けた。

 

「俺とおまえの勝負の後くらい、俺とおまえで決めちゃ駄目なのかよ」

 

 シャンプーが乱馬を見る。

 

「死の接吻も、求婚の接吻も、その勝負でついた」

 

「そうだ」

 

「だから俺は、今またおまえとやれって言われても嫌だ」

 

「私が弱いと思っているからか」

 

「違う!」

 

 乱馬は即答した。

 

「むしろ逆だよ」

 

「何が」

 

「おまえ、普通に強えもん」

 

 シャンプーが少し目を見開く。

 

「だから面倒なんだ」

 

「強いと面倒なのか」

 

「勝ったら結婚だの、負けたら殺すだのがついてくる相手が強かったら面倒だろ!」

 

「……」

 

「俺は勝負そのものが嫌なんじゃねえ」

 

 シャンプーの表情が変わる。

 乱馬は続ける。

 

「勝負の後で、俺の人生まで勝手に決められるのが嫌なんだ」

 

 乱馬は少し止まった。

 

「おまえだって」

 

「何だ」

 

「負けた後を、掟に全部決められてるだろ」

 

 シャンプーは答えなかった。

 否定もしない。

 乱馬は腕を組む。

 

「だったら、そこが何とかならねえうちは、やりたくねえ」

 

 シャンプーは乱馬を見つめる。

 少しして、口を開いた。

 

「その条件がなければ?」

 

「何?」

 

「死の接吻も、求婚の接吻もない」

 

「……」

 

「ただの勝負なら」

 

 今度は乱馬が黙った。

 シャンプー自身も、口にしてから少しだけ目を伏せた。

 さっきまで話していたのは、過去の二つの敗北だ。

 だが今、聞いているのは次の勝負だった。

 

「ただの勝負?」

 

 乱馬が聞き返す。

 

「勝った者が、相手のその後を決めない」

 

「……」

 

「勝敗だけを決める」

 

 乱馬はシャンプーを見る。

 しばらく考える。

 やがて肩をすくめた。

 

「別に断る理由はねえ」

 

 シャンプーの目が上がる。

 

「なら」

 

「でも今は駄目だ」

 

 シャンプーの表情が止まった。

 

「なぜ」

 

「おまえが決めてねえから」

 

「何を」

 

「勝った後」

 

 乱馬は言った。

 

「今のおまえ、俺に勝ったら本当に何もしねえのか、自分で分かってねえだろ」

 

「……」

 

「村から何か言われたらどうすんのかも」

 

「……」

 

「負けたら、また自分は弱いとか思うのかも」

 

 シャンプーの眉が動く。

 

「俺と戦う理由も、まだ全部ごちゃごちゃしてんじゃねえの?」

 

「勝ちたい」

 

「それは分かる」

 

 乱馬は即答する。

 

「俺だって勝ちたい」

 

「なら戦えばいい」

 

「だから、その後だよ」

 

 乱馬はシャンプーを見る。

 

「おまえが勝った後に何をするのか、おまえ自身が決めてねえから、今はやらねえ」

 

 シャンプーは何も言わなかった。

 乱馬も待つ。

 風が修練場を抜ける。

 朝、引き直した白い線の上を、少しだけ白い粉が流れた。

 

「まだ決めていない」

 

 シャンプーが言った。

 

「何を」

 

 乱馬が聞く。

 シャンプーは白い線を見る。

 その向こうに、まだ誰も立っていない。

 

「勝った後を」

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