シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF― 作:エーアイ
第27話 乱馬は、次の勝負を自分から申し込む
三度目の勝負から、数日が過ぎた。
朝になれば飯を食べる。
コロンから、その日の仕事を聞く。
玄馬が少しでも楽な仕事へ逃げようとして怒られる。
昼になれば宗家へ戻って飯を食べ、午後の仕事があればまた出る。
夕方まで働き、夜になれば離れへ戻る。
乱馬は、それをいちいち変だとは思わなくなっていた。
「今日は南の共同倉庫だね」
朝食を終えた卓で、コロンが言った。
乱馬は最後の饅頭へ手を伸ばす。
同時に、玄馬の箸が横から伸びてきた。
「親父」
「何だ」
「それ俺が取ろうとしてた」
「まだ取っておらん」
「今取るところだったんだよ」
「ならば早い者勝ちだ」
「その理屈、毎朝使うな!」
乱馬の箸が玄馬の箸を弾く。
饅頭が少し浮いた。
乱馬がつかむ。
「よし」
「食事で技を使うな」
向かいにいたシャンプーが言った。
「親父に言えよ」
「玄馬もだ」
「わしだけ名指しか」
「先に手を出したのはおまえだ」
「見てたのかよ」
「目の前だからな」
乱馬は饅頭を口へ入れた。
コロンが杖の先で床を軽く叩く。
「話を聞く気はあるのかい」
「聞いてるって」
「じゃあ、乱馬と玄馬は南の共同倉庫。古い担ぎ棒と縄を出して、使えるものと駄目なものに分けな」
「また倉庫かよ」
「今度は薬草じゃないよ」
「そういう問題じゃねえ」
「担ぎ棒は割れ、縄はほつれを確認すること。捨てるものには印をつける」
「分かった」
「玄馬」
「分かっております」
「使えるものまで薪にしないように」
玄馬の動きが止まった。
「なぜわしを見る」
「前にやったからだよ」
「古材の有効活用だ」
「まだ使う板だったじゃねえか!」
乱馬が言う。
コロンは乱馬を見る。
「だから今日は、おまえがちゃんと見ておきな」
「俺が親父の監督かよ!」
「逆より安心だろう?」
乱馬は口を開きかけた。
止まった。
「……否定できねえのが腹立つ」
「賢くなったね」
「そういう意味じゃねえ!」
コロンは気にせず、次を見る。
「シャンプーはリンファと薬草干し場。乾燥棚を二つ入れ替える」
「分かった」
「古い棚板は西の物置へ。割れているものだけ外へ出しな」
「うん」
シャンプーの返事はそれだけだった。
乱馬と同じ仕事ではない。
だからといって、誰も何も言わない。
乱馬も気にしなかった。
「そういや、ばあさん」
「何だい」
乱馬が残っていた茶を飲む。
「俺とシャンプーのあれ、どうなってんの?」
コロンが眉を上げた。
「あれじゃ分からないね」
「分かるだろ」
「わしは年寄りだからね。主語を省かれると困るんだよ」
「絶対分かってんだろ」
「さてね」
乱馬は少し顔をしかめる。
「掟の裁定だよ」
シャンプーの手が、空になった器の上で少し止まった。
玄馬も乱馬を見る。
コロンだけは変わらない。
「ああ、それかい」
「やっぱ分かってたじゃねえか!」
「聞き方の練習だよ」
「いらねえ!」
「それで?」
「それでって、まだ決まってねえの?」
「決まっていないね」
「まだ?」
「呪泉郷の記録調査が、思ったほどはかどっていなくてね」
乱馬の眉が寄る。
「何でだよ」
「古い記録は一か所にまとめて置いてあるわけじゃない。残っているものもあれば、写ししかないものもある。書かれた時期の違う記録も照らし合わせなければならない」
「面倒だな」
「おまえの身体の方がよほど面倒だよ」
「俺が好きでこうなったんじゃねえ!」
「知っているさ」
コロンは茶を一口飲んだ。
「男のおまえと女のおまえを、呪泉郷側ではどう扱ってきたのか。そこが確認できないうちは、こちらの掟と照らし合わせようがない」
「じゃあ」
乱馬は少し身を乗り出す。
「いつになるんだよ」
「分からないねえ」
「おい」
「調査が終わらなければ、長老たちも裁定は出せない」
「……」
「気長に待つことだね」
乱馬はしばらくコロンを見る。
以前なら。
ここで声を上げていたかもしれない。
いつまで待たせる。
いつまでこの村にいろというんだ。
自分のことなのに、なぜ他人の調査を待たなければならない。
今も、早く決まるならその方がいい。
日本へ帰るつもりだって変わっていない。
だが。
記録が見つかっていないなら、今ここで怒鳴ったところで、記録が出てくるわけでもない。
「……そうかよ」
乱馬は背もたれへ身体を預けた。
コロンの目が少し細くなる。
「今日はずいぶん聞き分けがいいね」
「何だよ」
「前なら、もう三回くらい怒鳴っていたと思ってね」
「三回も怒鳴ってねえよ」
「二回?」
「回数の話じゃねえ!」
乱馬は頭をかく。
「調べ物が終わってねえなら、騒いでもどうにもなんねえだろ」
「ほう」
「何だよ、その顔」
「別に」
「絶対何か思ってんだろ」
「仕事に遅れるよ」
「話そらしたな!」
コロンは笑っている。
乱馬は不満そうに立ち上がった。
そのとき、向かいのシャンプーと目が合う。
シャンプーは何も言わない。
乱馬も言わなかった。
裁定は待つしかない。
だが、それとは別に。
シャンプーに負けたままなのは、乱馬自身が気に入らなかった。
南の共同倉庫には、長い担ぎ棒が壁沿いに並べられていた。
太いもの。
細いもの。
水桶用。
荷物用。
先端の形も少しずつ違う。
奥には古い縄が束ねて積まれている。
「思ったよりあるな」
乱馬が言った。
「昼までには終わらんかもしれんな」
玄馬は入口から中を眺める。
「じゃあ、さっさとやるぞ」
「慌てるな、乱馬。こういう仕事はまず全体を見て──」
「親父」
「何だ」
「もうあっちの束持って逃げようとしてんだろ」
玄馬の手には、小さめの縄束が握られていた。
「軽いものから片づけるのが効率的なのだ」
「重いの俺に残るだけじゃねえか!」
「若者にはよい鍛錬になる」
「昨日も聞いたぞ、それ!」
乱馬は玄馬から縄を取り上げた。
「こっちは後。先に棒」
「なぜだ」
「棒どかさねえと奥の縄出せねえだろ」
玄馬が倉庫の中を見る。
「なるほど」
「見りゃ分かるだろ!」
二人で担ぎ棒を外へ運ぶ。
一本ずつ割れを確認する。
表面だけなら、まだ使える。
深く裂けていれば交換。
乱馬は三本目を持ち上げた。
「これ駄目だな」
「どこがだ」
「ここ」
中央近くに細い亀裂がある。
玄馬が触る。
「この程度なら使えよう」
「水入れた桶二つ下げたら開くだろ」
「では薪に」
「勝手に決めんな」
乱馬は棒の端を見る。
小さな印が焼きつけてある。
「これは修理に回すやつだ」
「読めるのか?」
「文字じゃねえよ。印」
「以前は分からなかったではないか」
「何回も見りゃ覚えるって」
乱馬は別の棒を取る。
「丸が修理。斜め二本が廃棄。何もなしはまだ使う」
「ほう」
「何だよ」
「村人のようなことを言うと思ってな」
乱馬の手が一瞬止まった。
「印覚えただけだよ」
「そうか」
「何笑ってんだ」
「笑っておらん」
「笑ってるだろ!」
乱馬は棒を玄馬へ押しつけた。
「ほら、そっち持て」
「父を使うな」
「仕事だろ!」
二人で外へ運ぶ。
使えるもの。
直すもの。
捨てるもの。
三つに分ける。
次は縄。
乱馬は束を一つずつ解き、指で擦った。
「これまだ平気」
「こちらもだ」
「そっちは真ん中切れかけてる」
「結べば使える」
「荷物落ちたらどうすんだよ」
「二重に結べば」
「修理の方に入れろ!」
玄馬が渋々、別の山へ置く。
しばらく作業が続いた。
縄を束ねながら、玄馬が言う。
「しかし乱馬」
「何だ」
「今朝は妙におとなしかったな」
「何が」
「裁定だ」
乱馬の手は止まらない。
「以前なら、いつまで待たせる気だと騒いでおっただろう」
「親父までそれ言うのかよ」
「事実ではないか」
「待てって言われたら待つしかねえだろ」
「ほう」
「その『ほう』やめろ」
「成長したものだと思ってな」
「うるせえ」
乱馬は縄の端を揃える。
そして縄を結び、次の束へ手を伸ばした。
「それより俺は、シャンプーに負けっぱなしの方が気に入らねえ」
「ほう」
「だからそれやめろ!」
「しかし、昨日今日の話ではないぞ」
乱馬が止まる。
「何が」
「負けてから数日経っておる」
「数えんな!」
「事実を述べただけだ」
「次は勝つからいいんだよ!」
「もう申し込んだのか?」
乱馬の手が、また止まった。
「……まだ」
「まだなのか」
「今日言う」
「いつ?」
「仕事終わったら」
玄馬が少し意外そうな顔をする。
「今行けばよかろう」
「仕事終わってねえだろ」
「勝負の方が大事ではないのか」
「どっちもやりゃいいだろ」
「なるほど」
「また『ほう』って言ったら殴るぞ」
「言っておらん」
「顔が言ってんだよ!」
玄馬は笑いながら次の縄を取った。
昼前。
最後の縄束を積み終えた。
乱馬は腰を伸ばす。
「終わった」
「まだ札を戻しておらんぞ」
「分かってるよ」
倉庫の入口に掛けてあった木札を元へ戻す。
数を確認する。
使える担ぎ棒。
修理へ回すもの。
廃棄するもの。
縄も同じ。
「これでいい」
「昼飯へ行くか」
「親父、修理分運ぶの残ってる」
玄馬が止まる。
「それは午後でも」
「今日の分だって言われただろ」
「お前は?」
「俺の分は終わった」
「父だけ残すのか」
「さっきから軽いのばっか選んでた罰だ」
「理不尽だ!」
「仕事だよ!」
玄馬を残し、乱馬は倉庫を出た。
宗家へ戻る道とは少し違う方向へ歩く。
薬草干し場。
朝、コロンがシャンプーとリンファへ割り振った場所だ。
どこにあるかは知っている。
道を聞く必要もない。
乱馬はそのまま角を曲がった。
木造の乾燥棚が並ぶ場所へ出る。
薬草の匂い。
棚板を外す音。
シャンプーとリンファがいた。
古い棚板を下ろし、新しいものと交換している。
「乱馬?」
先にリンファが気づいた。
「何してるの?」
「何って」
乱馬が近づく。
「こっちの仕事終わったから」
「玄馬さんも?」
「たぶん」
「たぶん?」
「俺の分は終わった!」
「一緒の仕事だったんでしょう?」
「親父は最後の運び残ってる」
「置いてきたの?」
「自分の分くらいやれって」
リンファは少し笑った。
「厳しくなったわね」
「俺がほとんどやってたんだよ」
シャンプーが棚板を持ったまま乱馬を見る。
「何の用だ」
「おまえに」
「私?」
「ああ」
リンファが二人を見る。
「私、向こうの束を見てくる?」
「何でだ」
シャンプーが聞く。
「何となく?」
「別にいてもいいぞ」
乱馬が言う。
「そう?」
「勝負の話だから」
リンファは納得したようにうなずいた。
「じゃあいた方が面白そうね」
「何でだよ!」
シャンプーは棚板を立てかけた。
「それで?」
乱馬は少しだけ頭をかく。
この前はシャンプーが離れまで来た。
錘を持って。
自分へ言った。
私と戦え。
今度は、自分の番だった。
「シャンプー」
「何だ」
「次、やるぞ」
シャンプーが一度だけ瞬いた。
「何を」
「分かってんだろ」
「分からない」
「絶対分かってるだろ!」
「言葉が足りない」
「ばあさんと同じこと言うな!」
乱馬は少しむっとする。
「勝負だよ。次の勝負」
シャンプーは黙った。
ほんの短い間。
本当に、乱馬の方から来た。
あの三度目の勝負の後、屋根の上で言った言葉を乱馬は忘れていなかった。
次は俺から申し込む。
その言葉どおり。
仕事を終えて。
自分のところへ来た。
「申し込むのはおまえだと言った」
「ああ」
「覚えていたのか」
「当たり前だろ」
乱馬はシャンプーを見る。
「だから申し込みに来たんだよ」
「そうか」
「何だよ、それだけ?」
「何を言えばいい」
「知らねえけど」
「なら聞くな」
「相変わらずだな!」
シャンプーの口元がほんの少し動く。
乱馬が気づく。
「今笑った?」
「笑っていない」
「絶対笑っただろ」
「それで、いつだ」
乱馬も話を戻す。
「今日でもいいぞ」
「今日は駄目だ」
「何で?」
「干し棚を全部入れ替える」
乱馬が周囲を見る。
外された棚板。
まだ残っている古い棚。
「まだこんなにあんの?」
「ある」
「夕方まで?」
「たぶん」
リンファが横から答える。
「二人なら夕方までには終わると思うけど」
「じゃあ終わってから」
「暗くなる」
「修練場なら灯りあるだろ」
「道具の片づけもある」
「仕事ばっかじゃねえか!」
「仕事があるからな」
シャンプーは当たり前のように言った。
乱馬が口を尖らせる。
「じゃあ明日」
「明日は水路点検」
「また?」
「前とは別の場所だ」
「どんだけ水路あんだよ、この村」
「生活に必要な分だけ」
「答えになってねえ」
「午後には終わる」
「じゃあ明日の仕事終わってから」
シャンプーが乱馬を見る。
「いいのか」
「何が」
「待てるのか」
「一日くらい待てるよ!」
「裁定も?」
乱馬の眉が寄る。
「それは別だろ」
「そうか」
「裁定は調べ物終わんねえなら待つしかねえ」
乱馬は拳を握る。
「でも、おまえに負けてんのは俺が何とかできる」
シャンプーの目が少し変わる。
「今度は勝つ」
「次も私が勝つ」
「言ったな?」
「言った」
「じゃあ明日」
「仕事の後だ」
「分かってるよ」
乱馬は少しだけ笑った。
「決まりな」
「ああ」
それで話は終わった。
勝負の日が決まった。
以前なら、それだけで大きな話だった。
誰を殺すのか。
誰と結婚するのか。
勝敗のあとに何が決まるのか。
今は違う。
明日の仕事が終わったあと。
修練場で戦う。
ただ、それだけだった。
「話、終わった?」
リンファが聞いた。
「終わった」
乱馬が答える。
「じゃあ、乱馬」
「何?」
「その棚板、向こうへ運んでくれる?」
乱馬が止まった。
「俺、こっちの仕事じゃねえぞ」
「もう自分の仕事は終わったんでしょう?」
「そうだけど」
「手が空いている」
シャンプーが言う。
「おまえまで!」
シャンプーは新しい棚板の片側を持ち上げた。
「そっち持て」
「俺、勝負申し込みに来ただけなんだけど」
「申し込みは終わった」
「だからって仕事増やすなよ」
「一枚だけだ」
乱馬はしぶしぶ反対側へ回った。
「……左?」
「右」
「最初に言え!」
「今言った」
「持つ前に言えよ!」
乱馬が右側を持つ。
シャンプーも左側を持つ。
「一、二、三」
同時に持ち上げる。
次の勝負は決まった。
だが、その前に今日の仕事が残っている。
二人は棚板を持ったまま、同じ歩幅で干し場の奥へ歩いていった。