シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

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第32話 乱馬は、替えの服を買う金を相談する

 朝。

 

 乱馬は夜明け早くに、昨日借りた青い仕事着を洗った。

 薄手の仕事着を宗家の軒下へ干し、朝食の支度が始まるころには、ほとんど乾いていた。

 乱馬はそれを取り込み、自分で畳んでから宗家へ向かう。

 問題があるとすれば、畳み方だった。

 昨日よりはましだと思う。

 少なくとも、持ち上げただけで崩れるような畳み方ではない。

 

「これならいいだろ」

 

 自分でそう言ってから、乱馬は宗家へ入った。

 朝食の準備をしていたシャンプーが振り返る。

 

「シャンプー」

 

「何だ」

 

「昨日借りたやつ。洗って乾かしたから返す」

 

 乱馬は青い仕事着を差し出した。

 

「助かった。ありがとな」

 

 シャンプーが受け取る。

 その場で仕事着を広げた。

 乱馬の眉が動く。

 

「何で広げるんだよ」

 

「返された服を見るくらいするだろう」

 

「ちゃんと洗ったって」

 

「洗ったことを疑っているわけではない」

 

「じゃあ何見てんだよ」

 

 シャンプーは仕事着を畳み直した。

 

「ここだ」

 

 乱馬が持ってきたときより、きれいに角が揃う。

 

「……畳み方?」

 

「袖がずれていた」

 

 シャンプーは仕事着を畳み直した。

 袖と裾を揃えると、乱馬が持ってきたときよりきれいに形が整う。

 

「袖が少しずれていた」

 

「そのくらいいいだろ!」

 

「昨日よりはましだ」

 

「それ先に言えよ!」

 

「まだ褒めるほどではない」

 

「一言多いんだよ!」

 

 シャンプーは畳んだ仕事着を抱えた。

 

「替えの服、昨日の話はどうする」

 

 乱馬が自分の赤い服を見る。

 昨日縫った部分は、今朝も開いていない。

 

「まず値段を聞く。俺の金で足りるかもな」

 

「買うかどうかは、それからか」

 

「そういうこと。必要なのは分かったけど、金が足りなきゃどうしようもねえだろ」

 

 昨日のうちに、その話はしていた。

 一着しかなければ、水をかぶったり服を破ったりするたびに困る。

 だが、日本へ帰るときの荷物はむやみに増やしたくない。

 

 だからまず、値段と自分の手持ちを確かめる。

 

 乱馬は、そのために離れから金の入った小さな袋も持ってきていた。

 中身を掌へ出し、一枚ずつ数える。

 

 村へ来てから働いた分として受け取ったもの。

 市場で使った残り。

 小さな硬貨がいくつか。

 

「これで足りると思うか?」

 

 シャンプーが乱馬の掌を見る。

 

「選ぶ服による。仕事着でも値段はいろいろある」

 

「やっぱ、ばあさんに聞くのが早そうだな」

 

「昨日もそう決めていたな」

 

「ああ。手持ちで足りるかも、朝飯のとき一緒に聞く」

 

 乱馬は硬貨を袋へ戻した。

 


 

 朝食の席では、まずその日の仕事が決められた。

 

「乱馬と玄馬」

 

 コロンが言う。

 

「南の共同倉庫から薪を運びな」

 

 乱馬が顔を上げる。

 

「どこへ?」

 

「宗家の厨房と、東の作業場。それから北の共同炊事場」

 

「三か所?」

 

「一往復ずつで三往復」

 

「分かった」

 

 隣で玄馬がうなずく。

 

「乱馬。若者はよく働くものだぞ」

 

「二人の仕事だからな!」

 

「わしは道を案内しよう」

 

「もう場所知ってるよ!」

 

「なら監督を」

 

「一緒に持て!」

 

 シャンプーは北側の畑へ行くことになった。

 リンファは宗家周りの仕事。

 いつものように、それぞれの仕事が決まっていく。

 コロンが次の話へ移ろうとしたところで、乱馬が手を上げた。

 

「ばあさん」

 

「何だい」

 

「その前にちょっと聞きたいんだけど」

 

「仕事を減らしてくれという話なら聞かないよ」

 

「違うよ!」

 

 玄馬が横から、

 

「一往復を父に譲るという話なら」

 

「親父も違う!」

 

 乱馬は袋を卓の上へ置いた。

 

「ばあさん、ちょっと聞きたいんだけど」

 

「何だい」

 

 乱馬は卓の上へ金の入った袋を置いた。

 

「安い仕事着を一着買うなら、どれくらいする?」

 

 コロンが袋と乱馬を交互に見る。

 

「急にどうしたんだい」

 

「昨日みたいに、服破って水までかぶると替えがねえと困るだろ。シャンプーのを毎回借りるのも何だし、自分のを一着持っといた方が楽かなって」

 

「ようやくそこまで考えたかい」

 

「旅してる間は一着でも何とかなってたんだよ。洗ったら乾くまで待てばよかったし」

 

 乱馬は少しだけ肩をすくめる。

 

「でも、ここじゃ仕事してる途中で濡れたり汚したりするし、昨日みたいに破れることもある。だから、今の手持ちで買えるなら欲しい」

 

 シャンプーが横から言った。

 

「私は貸しても構わないが、乱馬は自分の方がいいらしい」

 

「そりゃそうだろ。必要なの俺なんだから、いつまでもおまえの借りるより自分の方が気楽だ」

 

 コロンはそれ以上聞かず、袋を手に取った。

 中の硬貨をいくつか掌へ出し、数える。

 

「一番簡単な仕事着でも、今の手持ちだけでは少し足りないね」

 

「やっぱ足りねえか」

 

「上等なものを選ばなければ、あと少しだよ」

 

 乱馬は返された袋を受け取った。

 

「あと少しなら、仕事増やせば届く?」

 

「働いた分は記録されている。急ぎで人手の要る仕事があれば、追加で引き受けることもできるよ」

 

「じゃあ、それやる」

 

「今日の仕事もあるんだよ」

 

「分かってるって。薪三往復を先に終わらせる。そのあと時間があって、追加でできる仕事があるならやらせてくれ」

 

 コロンが少し目を細めた。

 

「そこまで考えているならいい。まずは今日の割り当てを終わらせな」

 

「おう」

 

 そこで玄馬が横から口を挟んだ。

 

「乱馬よ。父として一つ助言を――」

 

「どうせ『服など買わずに乾くまで待て』だろ」

 

 玄馬が止まる。

 

「……なぜ分かった」

 

「昨日それで困ったから買おうとしてんだよ!」

 

「なら誰かに借りれば金は」

 

「だから、自分のが欲しいって最初に言っただろ!」

 

 乱馬は玄馬を押し返し、金袋を懐へしまった。

 

「とにかく、まず薪だ。終わったらまた聞く」

 

「そうしな」

 

 必要な金額は分かった。

 今の手持ちでは少し足りない。

 なら、足りない分だけ働けばいい。

 乱馬にとっては、それだけの話だった。

 


 

 南の共同倉庫には、乾かした薪が壁際へ積まれていた。

 乱馬は手近な束を二つ抱え、玄馬を見る。

 玄馬が持っているのは一束だけだった。

 

「親父、それだけ?」

 

「乱馬。若者はよく働くものだぞ」

 

「朝も同じこと言ってただろ。二人の仕事なんだから親父も持てよ」

 

「昨日の労働で腰に疲れが残っていてな」

 

「じゃあ、ばあさんに『今日は腰が痛いから休む』って言ってくる?」

 

 玄馬は何も言わず、もう一束を持ち上げた。

 

「最初から持てるじゃねえか」

 

「父をもう少しいたわっても罰は当たらんぞ」

 

「昨日の仕事残した親父に言われたくねえよ」

 

 二人はそのまま倉庫を出た。

 

 一往復目は宗家の厨房。

 二往復目は東の作業場。

 

 行って、薪を下ろして、また倉庫へ戻る。

 

 三往復目。北の共同炊事場へ向かう途中で、玄馬が口を開いた。

 

「しかし乱馬。本当に自分で服を買うのか」

 

「そのために今から追加の仕事までしようとしてんだろ」

 

「借りれば金は使わずに済む」

 

「毎回借りる方が面倒なんだよ。必要なの俺なんだから、自分のが一着あった方が楽だろ」

 

 玄馬はしばらく黙って歩いた。

 

「では、どんなものを買うつもりだ」

 

「まだ決めてねえよ。ただ、仕事できて、修行にも使えて、丈夫なやつがいい」

 

 乱馬は腕の中の薪を持ち直す。

 

「あと、あんまりかさばらない方がいいな」

 

「そこはずいぶん具体的だな」

 

「日本に帰るときも持ってくんだから当たり前だろ。替え一着増やしたせいで荷物がでかくなったら意味ねえし」

 

「色は赤でなくてもよいのか?」

 

「使えりゃ何色でもいいよ。汚れが目立たない方が仕事には楽かもしれねえけど」

 

 玄馬が少し意外そうに乱馬を見る。

 

「ずいぶん実用本位だな」

 

「仕事着買うんだから実用で選ぶだろ」

 

 乱馬にとっては、それだけだった。

 今、この村で仕事をするときに使えること。

 日本へ帰るとき、そのまま旅の荷物へ入れられること。

 どちらか一方ではなく、両方に使えるものがいい。

 

「親父、そっち傾いてるぞ」

 

「む?」

 

 玄馬の腕から薪が一本滑りかけている。

 

「服の話してる場合じゃねえだろ。落とすなよ!」

 

「おまえが妙に真面目に答えるから聞き入ってしまったのだ」

 

「質問したの親父だろ!」

 

 最後まで言い合いながら、二人は北の共同炊事場へ薪を運び終えた。

 


 

 昼を過ぎて宗家へ戻ると、コロンが縁側にいた。

 乱馬は額の汗を拭きながら声をかける。

 

「ばあさん、薪の三往復終わった。朝言ってた追加の仕事、まだある?」

 

 コロンは乱馬の後ろを見る。

 少し遅れて、玄馬も歩いてきた。

 

「玄馬は最後だけずいぶん遅かったようだね」

 

「途中で石に座ってたからな」

 

「休んでいたのではない。薪の結び方を確認しておったのだ」

 

「座らなくても確認できるだろ!」

 

 コロンは玄馬の言い訳を聞き流し、乱馬へ向き直った。

 

「追加ならちょうどあるよ。昼前に乾燥豆と穀物の麻袋が十二届いた。南の共同倉庫へ運んで、数を確認してから印ごとに分けておくれ」

 

「前にやったのと似てるな。置き場所は倉庫の人に聞けばいい?」

 

「それでいい。全部終えれば、簡単な仕事着を買う分には届くはずだよ」

 

「じゃあやる」

 

 乱馬は休む間もなく立ち上がった。

 すると玄馬も腰を上げる。

 

「ならば父も手伝おう」

 

「いらねえよ。俺の服を買うための追加仕事なんだから、俺がやる」

 

「二人でやれば早く終わるぞ」

 

「親父がやった分まで俺の稼ぎにするわけにいかねえだろ」

 

「父子なのだから、そこは融通を――」

 

「仕事のときだけ都合よく親になるな!」

 

 玄馬は不満そうに座り直した。

 乱馬はそのまま南の共同倉庫へ向かった。

 


 

 南の共同倉庫へ行くと、十二の麻袋が入口近くに積まれていた。

 

 乱馬はまず数を確認し、それから袋についた印を見る。

 丸、三角、二本線。

 以前にも似た仕分けをしたことがある。

 印の意味さえ分かれば、やることは難しくない。

 

 倉庫にいた者へ置き場所だけ確認する。

 

「丸は奥の右、三角は中央、二本線は左だ」

 

「丸が右、三角が真ん中、二本線が左な。分かった」

 

 乱馬は一袋目を肩へ担いだ。

 印を見て運び、棚へ置く。

 戻って次の袋を取る。

 同じ手順を繰り返して、半分ほど片づけたころだった。

 

「乱馬」

 

 入口から声がして振り返ると、畑仕事を終えたシャンプーが立っていた。

 

「まだ仕事していたのか?」

 

「追加のやつ。服買うには少し金が足りねえから、これ終わらせりゃ届くって」

 

 シャンプーは残っている麻袋を見る。

 

「まだ半分くらいあるな。手伝おうか?」

 

「いや、いいよ。これは俺の服を買うために引き受けた仕事だからな」

 

 乱馬は次の袋を持ち上げる。

 

「自分の分くらい、自分でやる」

 

 シャンプーは少しだけ乱馬を見てから、うなずいた。

 

「分かった。なら任せる」

 

「おう」

 

 シャンプーはそのまま立ち去ろうとして、棚の一角で足を止めた。

 

「乱馬。一つだけいいか」

 

「何?」

 

「三角の袋が一つ、丸の方へ入っている」

 

「え?」

 

 乱馬は棚を見る。

 確かに一袋だけ、三角の印がついたものが右側へ紛れ込んでいた。

 

「……ほんとだ」

 

 乱馬は袋を持ち上げ、中央の棚へ移す。

 

「手伝わないのと、間違いを黙って見ているのは別だろう」

 

「だったらもうちょい早く言えよ!」

 

「今来たところだ」

 

「……それもそうか」

 

 乱馬は苦笑して、袋を置き直した。

 

「助かった。ありがとな」

 

「次は印をよく見ろ」

 

「今度は間違えねえよ」

 

 シャンプーはそれ以上口を出さず、倉庫を離れていった。

 乱馬も作業へ戻る。

 今度は袋を持ち上げる前に、印を一度確認する。

 

 丸なら右。

 三角なら中央。

 二本線なら左。

 一袋ずつ運び、最後の袋を棚へ収めた。

 

 念のため、もう一度数える。

 

 十二。

 置き場所も見直す。

 今度は間違っていない。

 

「よし。終わり」

 

 乱馬は空になった倉庫の入口を見て、額の汗を拭った。

 


 

 夕方。

 追加の仕事を終えた乱馬は、宗家へ戻ると縁側にいたコロンへ声をかけた。

 

「ばあさん、十二袋終わった。数も置き場所も最後に確認したぞ」

 

「そうかい。途中で一つ間違えたそうだね」

 

「……シャンプーから聞いた?」

 

「聞かなくても、その顔を見れば何かあったとは分かるよ」

 

「一個だけだって。ちゃんと直したし、最後は全部見直した」

 

「なら問題ないよ」

 

 乱馬は懐から金の入った袋を出した。

 

「これで仕事着を買えるくらいにはなった?」

 

「簡単なものなら届いているよ」

 

 乱馬の表情が少し明るくなる。

 

「よし。じゃあ次に市場へ行くとき見てくる」

 

「今日すぐ行かないのかい」

 

「もう夕方だろ。それに今の服は直したばっかだし、今日明日でどうにかなる話じゃねえよ」

 

 そこへ、畑仕事を終えたシャンプーが戻ってきた。

 

「服を買えるだけ貯まったのか?」

 

「ああ。次に市場へ行くとき探すつもり」

 

「昨日言っていた針と糸も?」

 

「それも見る。自分で直せるなら持ってた方が楽だろ」

 

 シャンプーは乱馬の赤い服を見る。

 昨日縫った跡は残っているが、裂け目は開いていない。

 

「どんな服にするかは決めたのか?」

 

「細かいとこまではまだ。仕事でも修行でも動けて、丈夫で、旅の荷物に入れても邪魔にならないやつ」

 

「ずいぶん注文が多いな」

 

「一着しか増やさねえんだから、どっちにも使えた方がいいだろ」

 

「色は赤でなくてもいいのか?」

 

 乱馬は自分の服を見下ろした。

 

「別に赤にこだわってるわけじゃねえよ。これしか持ってなかっただけだし」

 

「なら、選べるものは多そうだな」

 

「安くて使いやすいのが一番だけどな」

 

 乱馬は金袋をしまった。

 買うための金は用意できた。

 何を選ぶかは、実際に市場で見てから決めればいい。

 急いで決める必要はなかった。

 


 

 夜。

 

 離れへ戻った乱馬は、自分の荷物を開いた。

 着替えとして持ち歩いているものはほとんどない。

 細かな旅道具と、荷物をまとめるために買った紐。

 それでも、服をもう一着入れるくらいの余裕はありそうだった。

 

「一着なら入るな」

 

 横から玄馬が覗き込む。

 

「昼からずいぶん服のことを考えておるな」

 

「昨日あんな目にあったんだから考えるだろ。次また濡れたり破れたりしても、自分の替えがありゃ困らねえし」

 

「荷物は増えるぞ」

 

「だから、かさばらねえやつ選ぶんだよ」

 

 乱馬は荷物の中を少し詰め直した。

 

「ここに入るくらいなら、日本へ帰るときも邪魔にならねえだろ」

 

「帰るときにも持っていくのか」

 

「自分で買った服なんだから当たり前だろ」

 

 玄馬は何か言いかけたが、乱馬は先に荷物を閉じた。

 

「次に市場へ行ったら、実物見て決める。針と糸も買えそうなら一緒にな」

 

「ずいぶん用意がよくなったものだ」

 

「必要になったからだよ」

 

 乱馬はそれだけ言って、荷物を脇へ戻した。

 日本へ帰るつもりは変わっていない。

 だから、増やす荷物も旅へ持っていけるものがいい。

 

 けれど、今この村で仕事をしていれば、服は濡れる。

 泥もつく。破れることもある。

 昨日、それを実際に経験した。

 

 だから、必要なら自分で使うものを自分で用意する。

 そのための金も、今日は自分で働いて用意した。

 まだ新しい服は手元にない。

 それでも、乱馬の荷物にはもう、その一着を入れるだけの場所が空いていた。

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