シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF― 作:エーアイ
朝食の席で、コロンはいつものようにその日の仕事を割り振っていた。
「乱馬とシャンプーは市場へ行きな。乾燥薬草を届けて、帰りに塩と灯油を受け取ってくるんだよ」
乱馬が顔を上げた。
「市場なら、村の用事が終わったあと服も見てきていいか?」
「もちろん構わないさ。ただし、先に頼んだものを済ませるんだよ」
「分かってるって。塩と灯油を受け取ってからだろ」
昨日、追加の仕事までして、簡単な仕事着なら買えるだけの金は用意した。
針と糸も、次に市場へ行ったときに見ようと決めている。
シャンプーもそれを覚えていたらしい。
「針と糸も買うのだろう?」
「手持ちで足りればな。服買って全部なくなったら困るし」
「なら値段を見てから決めればいい」
「そのつもりだ」
玄馬が横から口を挟む。
「乱馬よ。買い物では値切りも大切な技術で――」
「親父の買い物術はいいよ。余計なもんまで買いそうだから」
「父を何だと思っておる」
「昨日まで替えの服なんか買わなくていいって言ってた親父」
玄馬は黙った。
乱馬は残っていた粥を食べ切り、席を立つ。
「じゃあ行こうぜ。帰りは塩の方、俺が持つから」
「もう決めているのか?」
「薬草の籠が空くんだろ。小さい袋ならそこへ入れた方が楽じゃん」
シャンプーも立ち上がった。
「では灯油は私が持つ。行きより帰りの方が重くなるから、薬草は詰めすぎるなよ」
「分かってるよ」
二人は市場へ向かった。
村を出てしばらく歩き、道が二つへ分かれる。
シャンプーが何も言わないうちに、乱馬は迷わず右へ曲がった。
「次の石垣で左。そのあと下って橋だろ」
「もう市場までの道は覚えたようだな」
「何回か通ってるからな。市場くらいなら、たぶん一人でも行ける」
「最後に『たぶん』がつくのか」
「一人で行ったことはねえんだから仕方ねえだろ。今の道は合ってる?」
「合っている」
「ならいい」
最初に市場へ来たころは、シャンプーの後ろを歩き、分かれ道のたびに方向を確かめていた。
今は、知らないことだけ聞けばいい。
乱馬は薬草の籠を背負い直す。
「帰りは、空いた籠に塩を入れりゃいいんだよな?」
「二袋とも入る。灯油だけ手で持てばいい」
「なら荷物の持ち方は朝のままでいけそうだな」
シャンプーが隣を歩く乱馬を見る。
「帰りの荷物まで、もう自分で考えているのだな」
「分かってることなら先に決めといた方が楽だろ。帰りになって困るよりいいだろ」
乱馬にとっては、それだけだった。
市場への道も、帰りに運ぶ荷物も、分かることなら先に考えておけばいい。
市場へ着くと、二人は服屋へ向かわず、まず乾燥薬草の取引先へ行った。
乱馬も店の場所は覚えている。
籠を下ろし、店の男が束を確認する横で、札に書かれた数を目で追った。
「十二、十二、八。数は合ってるな」
「最後の八束は別種だよ」
「紐の色が違うやつだろ。そこは分かる」
店の男が少し笑った。
「前より見るところが増えたな」
「同じとこ何回も来てりゃ覚えるよ」
受け取りを確認したあとは、共同用品を扱う店へ移る。
頼まれていた塩は二袋。
灯油の容器は二つ。
数字の確認までは乱馬にも問題なかったが、帳面の横に書かれた取引用の言葉で手が止まった。
「シャンプー。ここの字、何て意味?」
「今日返した空の容器の分を、次に受け取るときへ回すということだ」
「ああ、容器を返した分は次に使えるってことか」
「そうだ」
「だったら分かる。市場の言い方、回りくどいんだよ」
店主が笑った。
「慣れればそっちの方が早いんだがね」
「慣れるまでが長いんだよ」
乱馬は受け取った塩を空になった薬草籠へ収めた。
灯油の容器も確認し、シャンプーを見る。
「村の分はこれで終わりか?」
「終わりだ。あとは持ち帰ればいい」
「じゃあ、服見てくる」
乱馬が歩き出すと、シャンプーも当然のようについてきた。
「おまえも来るのか?」
「来ない方がいいのか?」
「いや、助かる。服の札まで全部読める自信ねえし」
「なら一緒に行くぞ」
「ああ、頼む。分かんねえのあったら教えてくれ」
「分かった」
二人は市場の中ほどにある衣料品の店へ向かった。
店先には、普段着から仕事着まで何着も吊るされていた。
店へ入ると、奥で布を畳んでいた中年の女が顔を上げた。
髪を後ろでひとつにまとめ、首には採寸用らしい紐を掛けている。
「何を探しているんだい?」
柔らかな口調だったが、視線はすでに乱馬の体格と着ている服を見ていた。
乱馬は昨日から考えていた条件をまとめて口にする。
「丈夫で、動きやすくて、仕事にも修行にも使えるやつ。できれば乾きやすくて、畳んだときあんまり場所取らないのがいい」
店主は一度まばたきをして、それから少し笑った。
「ずいぶん欲張るね」
「一着しか増やさねえんだから、いろいろ使えた方がいいだろ。それに日本へ帰るときも持ってくし」
「旅にも使うなら、厚手すぎるものは避けた方がよさそうだね」
店主は何着か見比べ、二着を出した。
一着は薄い灰色で、軽くて安い。
もう一着は濃い青灰色。
値段は少し上がるが、膝や脇など力のかかる部分の縫い目がしっかりしている。
袖口と腰は紐で調整できる作りだった。
乱馬はまず安い方を手に取った。
「こっちなら金も残るな」
そのまま決めかけて、もう一着へ手を伸ばす。
布を引く。縫い目を見る。
この前、自分で破れたズボンを縫ったばかりだった。
きれいに見えるかより、どこへ力がかかるかを見る癖が少しだけついている。
「こっちの方、縫い目が細かいな」
「どちらも簡単な仕事着の範囲だよ。こっちは少し高いだけだ」
「安い方を買って、すぐ駄目になったらまた買うことになるよな」
「使い方にもよるけどね。長く使うなら、そっちの方が結果的には安く済むと思うよ」
乱馬は手持ちの袋を出し、中身をざっと確かめた。
「こっちにしても、針と糸を買う分くらいは残る?」
「簡単な針と丈夫な糸なら買えるよ。残りはほんの少しになるけどね」
「それならいい」
乱馬はもう一度、二着を見比べた。
シャンプーは口を出さない。
それに気づいて、乱馬が横を見る。
「おまえはどっちがいいと思う?」
「私が着る服ではない」
「決めてもらおうってんじゃねえよ。意見くらい聞いてもいいだろ」
「なら言うが、どちらでも使える。あとは何を優先するかだ」
「何を?」
「安さならそっち。長く使いたいなら、丈夫な方だ」
乱馬は二着を見比べ、濃い青灰色の方を持ち上げた。
「じゃあ、こっち。長く使える方がいい」
「決めたのか?」
「すぐ破れて、また金使う方が嫌だからな」
店主が仕事着を広げる。
「色はこれでいいのかい?」
「汚れ目立たなそうだし、これでいい」
シャンプーが乱馬の赤い服を見る。
「赤でなくてもいいのだな」
「別に赤にこだわってるわけじゃねえよ。今までこれしか持ってなかっただけだ」
「そうだったのか」
「仕事着なんだから、使いやすい方が大事だろ」
乱馬は青灰色の服を自分の身体へ当てた。
「これ、少し大きめだな」
「仕事着だから多少余裕を取ってある。腰と袖を紐で絞れば調整できるよ」
乱馬は腰紐を見て、すぐ別のことを考えた。
今の男の身体より少し余裕がある。
女の身体では、今よりさらに余るだろうが、袖と腰を絞れば動けないほどではなさそうだ。
シャンプーも同じところを見ていた。
「おまえには、少し余るくらいの方が使いやすそうだな」
「水かぶったときも?」
「今より大きくなるが、紐を絞れば何とかなるだろう。少なくとも、男に戻ったら着ていられなくなる服よりはいい」
「それなら十分。この前みたいに、また服を借りるのは面倒だからな」
乱馬は仕事着を抱え直した。
「これ、着てみていいか?」
試着を終えた乱馬は、鏡を見るより先に身体を動かした。
肩を回し、腕を上げる。
腰を落としてしゃがみ、立ち上がる。
袖も腰も引っ掛からない。
そのまま軽く蹴りの形へ入ろうとして、店主に止められた。
「店の中で蹴るのはやめておくれ」
「当てねえよ」
「当てなくても、商品に引っ掛けたら困るだろう?」
店主に言われ、乱馬は周囲に吊るされた服を見る。
「……それは困るな」
「動きたいなら外で試せばいい」
横からシャンプーにも言われ、乱馬は仕事着の袖を引いた。
「分かったよ。外なら文句ねえだろ」
乱馬は店先へ出ると、改めて軽く構えた。
「これなら修行でも使えるな」
「仕事の方は?」
「このくらい動けるなら問題ねえよ」
乱馬は店へ戻り、畳んでもらった仕事着の大きさも確認した。
今の荷物へ入れても、それほど場所は取らない。
「うん。これなら持って帰るのも困らねえな」
そのあと、昨日話していた針と糸も見せてもらった。
乱馬は旅荷物へ入れて邪魔にならない小さな針入れと、補修に使える丈夫な糸を一つ選ぶ。
「これも一緒に」
「服まで合わせると、ほとんど残らないよ」
「足りるならいい。必要になったらまた働く」
乱馬は自分の金袋から硬貨を一枚ずつ出した。
昨日まで持っていた分。
それだけでは少し足りなかった。
だから普段の仕事を終えたあと、追加で麻袋を運んだ。
その分まで合わせた金を店主へ渡す。
「これで足りる?」
「ああ。足りてるよ」
「よし」
残った硬貨はわずかだったが、乱馬は気にしなかった。
畳まれた青灰色の仕事着と、針入れと糸を受け取る。
誰かに買ってもらったわけでも、誰かに選んでもらったわけでもない。
必要だと思って、自分で働き、自分で選んだものだった。
市場を出るころには、昼を少し過ぎていた。
乱馬は空になった薬草籠へ、塩二袋と、包んでもらった仕事着を入れている。
シャンプーは灯油の容器を持っている。
シャンプーが籠を見る。
「服はそこへ入ったのだな」
「思ったより場所取らなかった。これなら旅の荷物に入れても平気そうだ」
「使う前に一度洗った方がいい」
「やっぱそうか。じゃあ明日洗うよ」
乱馬は籠を背負い直した。
「今のがまた濡れたり破れたりしたら、今度はこっち使えばいいんだろ」
「そうだな」
「なら、ちゃんと替えになるな」
「これで次に水かぶっても、服まで借りなくて済むな」
シャンプーは、籠に収まった新しい仕事着を見る。
「この前みたいに服を破っても、今度は替えがある」
「両方いっぺんに起きるのは、もう勘弁だけどな」
乱馬が顔をしかめると、シャンプーも少し笑った。
「それは私も同感だ」
「だろ?」
二人はそんなことを話しながら、村へ続く道を歩いた。
分かれ道へ来ると、乱馬は迷わず正しい方へ曲がる。
もうシャンプーが前へ出て、道を示す必要もなかった。
宗家へ戻ると、リンファが乱馬の籠に入った包みに気づいた。
「買えたのね」
「ああ。仕事着と、それからこれも」
乱馬は包みと一緒に、小さな針入れと丈夫な糸を取り出した。
「針と糸まで買ったの?」
「この前覚えたばっかだけど、旅先でも自分で直せた方が楽だからな」
「ちゃんと使いそうなものを選んだのね」
「使わねえもの買っても荷物になるだけだろ」
そこへ玄馬も寄ってきて、包みから覗く青灰色の布を見る。
「しかし乱馬、ずいぶん地味な色を選んだな」
「仕事着なんだからこれでいいんだよ。汚れも目立ちにくいし、丈夫だったし」
「てっきり赤で揃えるものかと」
「何で替えまで赤で揃えなきゃいけねえんだよ!」
玄馬を追い払うように手を振ったところで、今度はコロンがやって来た。
「ちゃんと自分で選んできたようだね」
「少し高かったけど、安い方を買ってすぐ駄目になるよりいいと思ってさ。針と糸まで買って、金もちょっと残った」
乱馬が金袋を軽く叩くと、コロンは満足そうにうなずいた。
「それならいい。仕事着は使う前に一度洗っておきな」
「帰りにシャンプーにも言われた。明日洗っとくよ」
それだけ確認すると、コロンは別の用事へ戻っていった。
乱馬も仕事着を包み直す。
必要になったから働いた。
自分で選び、自分の金で買った。
ただ、自分の持ち物が一つ増えただけだった。
夜。
離れへ戻った乱馬は、自分の荷物を開いていた。
以前、市場で買った荷物用の紐。
その横へ、今日買った小さな針入れと糸を収める。
青灰色の仕事着も、昨日確かめていた場所へ置いてみた。
まだ一度洗うつもりなので、今日は畳んだまま入るかどうかを見るだけだ。
「ちゃんと入るな」
玄馬が横から覗く。
「服まで増えれば、昨日よりは重くなるぞ」
「一着分だろ。日本に帰るときも、そのまま持ってけばいい」
「村で使うために買ったものをか?」
「ここでしか使えねえ服じゃないだろ。仕事もできて修行もできるんだから、旅でも使えるよ」
乱馬は何でもないことのように答えた。
帰るつもりは変わっていない。
そのための荷物へ、今この村で必要になったものを加えて持って帰る。
それだけなら、乱馬にとって何もおかしくなかった。
乱馬は仕事着を一度取り出す。
明日洗うため、荷物の上へ置いておく。
針と糸は小さな隙間へ収まった。仕事着を入れる場所もある。
「よし」
荷物を閉じる。
次に服を濡らしても、破っても、今度は借りなくていい。
自分で働いて買った、自分の替えがある。
乱馬には、それで十分だった。