シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

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第35話 シャンプーは、乱馬の一日を見る

 昨日の勝負では、シャンプーが勝った。

 乱馬の動きを先に決めず、実際に踏み込んでくるのを待った。

 最後に白線の内側へ足を残せたのは、その結果だった。

 

 だが、翌朝の食卓で決まるのは、今日の仕事だ。

 

「乱馬は南の乾燥場へ行きな。豆を広げるのを手伝っておくれ」

 

 コロンが言うと、乱馬は粥の器から顔を上げた。

 

「前に麻袋運んだ倉庫の先だろ?」

 

「そうだよ。敷き布も倉庫から四枚持っていきな」

 

「壁際に畳んであったやつ?」

 

「ああ。借りるときには倉庫の者へ声をかけるんだよ」

 

「分かってる。じゃあ、先にそっち寄る」

 

 乱馬はそれだけ答え、残っていた粥へ戻った。

 シャンプーも自分の仕事を聞く。

 東の薬草畑で支柱と縄を確かめ、交換が必要なものを調べておくことになった。

 

「親父は?」

 

 乱馬が横を見る。

 玄馬は、今まさに肉へ箸を伸ばそうとしていた。

 

「今日は北の水汲み場だね」

 

「乱馬よ。父は水仕事には少々向かぬ体質でな」

 

「何の体質だよ」

 

「腰が」

 

「昨日、普通に勝負見に来てただろ」

 

「見学と労働では使う筋肉が違う」

 

 乱馬はコロンへ向き直った。

 

「ばあさん、俺、親父の分までやんねえからな」

 

「頼んでないよ」

 

 玄馬だけが残念そうな顔をした。

 食事が終わると、乱馬は自分の器を重ねて立ち上がる。

 濃い青灰色の仕事着には、昨日ついた折り皺が残っていた。

 袖を一度引き、腰の紐を確かめる。

 

「破れてはいないようだな」

 

 シャンプーが言うと、乱馬が自分の膝を見下ろした。

 

「昨日も確かめただろ。今朝見ても平気だった」

 

「なら、今日も使えるな」

 

「そのために買ったんだよ。じゃ、先行くぞ」

 

 乱馬は宗家を出て、南へ向かった。

 シャンプーも道具を揃え、東の畑へ歩き出した。

 今日は、別々の仕事だった。

 


 

 薬草畑では、緩んだ縄を締め直し、傷んだ支柱へ印をつけていった。

 根元を確かめ、傾きを見る。

 まだ使えるものまで取り替える必要はない。

 シャンプーが道に近い列へ移ったとき、聞き慣れた声がした。

 

「だから、その籠は宗家へ返すんだって」

 

「布と一緒じゃないの?」

 

「布は倉庫。籠はリンファから借りたんだから、厨房だよ」

 

 顔を上げると、乱馬が畳んだ布を肩へ掛けて歩いていた。

 横にはユエと、短い髪の少女がいる。二人とも空の籠を抱えていた。

 

「じゃあ、倉庫へは寄らない?」

 

「俺は寄る。おまえらはそのまま持ってってくれ」

 

「厨房の場所は知ってるよ」

 

「場所じゃなくて、どこへ返すかの話だろ!」

 

 短い髪の少女が笑う。

 ユエは籠を抱え直し、乱馬の横顔を見上げた。

 

「乱馬、今日も押してくれる?」

 

「何を」

 

「私。前よりちゃんと立てるようになったよ」

 

「ああ、稽古のやつか」

 

「倒れないから、確かめて」

 

「今は仕事中だろ。まずそれ返してこい」

 

「返したら?」

 

「俺の方も終わってたらな」

 

 ユエは少し考え、うなずいた。

 

「じゃあ、あとで聞く」

 

「何回も聞きに来んなよ」

 

「まだ何回も聞いてないよ」

 

「これからの話だ!」

 

 三人の声が、道の先へ遠ざかっていく。

 乱馬はこちらに気づかなかった。

 

 あの子たちが乱馬へ水をかけようとしていたころには、こんな話はしなかった。

 今は、借りた道具を返す先を確かめ、以前の稽古の続きを頼んでいる。

 シャンプーが間へ入らなくても、話は進んでいた。

 

「シャンプー、次はこっちも見ておくれ」

 

 畑の奥から声がかかった。

 

「ああ」

 

 シャンプーは手元へ戻る。

 まだ確かめていない支柱が残っていた。

 


 

 昼になって宗家へ戻ると、リンファが汁物を並べていた。

 玄馬はすでに席についている。

 

「水汲みは、あと二往復でしたね」

 

「午後へ回しただけだ」

 

 リンファに言われ、玄馬が少し顎を上げた。

 

「一日の仕事は、一日かけて終えるものだ」

 

「では、午後にお願いしますね」

 

 シャンプーは道具を置き、卓を見る。

 玄馬の隣が空いていた。

 

「乱馬は?」

 

 口にしてから、いつもの場所へもう一度目を向ける。

 リンファは器を配りながら答えた。

 

「まだ乾燥場よ。最後の一列を広げてから戻るって、ユエたちが伝えてくれたわ」

 

「そうか」

 

「途中で敷き布を取り替えに戻ったらしくてね。少し遅れるみたい」

 

 道で会ったとき、乱馬は布を持っていた。

 あれを替えに行くところだったのか。

 

 シャンプーは自分の席へ座る。

 乱馬の分の器は、リンファが脇へよけていた。

 食事がなくなるわけではない。

 自分の粥を食べ始めたところで、外から足音が近づいてきた。

 

「腹減った!」

 

 乱馬が入ってくる。

 仕事着の袖には薄く埃がついていたが、手は洗ってきたらしい。

 

「おかえり。終わった?」

 

「広げる方はな。午後は残った袋を片づける」

 

 リンファから器を受け取り、乱馬が座る。

 シャンプーはその向かいから尋ねた。

 

「布を取り替えたのか?」

 

「ああ。一枚、広げたら真ん中が裂けててさ。使えなかった」

 

「四枚あるかは数えたのだろう?」

 

「数えたよ。枚数は合ってた」

 

「畳んだままで?」

 

「……そう。次は広げてから持ってく」

 

 乱馬は汁を一口飲んだ。

 

「替えはすぐ見つかったのか?」

 

「どれ使っていいのか分かんなかったから、倉庫の人に聞いた」

 

「札は?」

 

「数は読めた。その横の、何に使う布なのかってところが分かんなかったんだよ」

 

 市場でも、帳面の数字を確かめたあと、取引用の言葉だけをシャンプーへ聞いていた。

 今日は、それを倉庫の者に聞いた。

 

「教えてもらったのか」

 

「おう。干し場で使えるやつを出してもらった。勝手に別の持ってって、また戻される方が面倒だろ」

 

 乱馬はそう言い、粥を口へ運んだ。

 玄馬が横から身を寄せる。

 

「乱馬。午後の仕事が袋の片づけだけなら、父の水汲みを」

 

「やらねえよ」

 

「まだ最後まで言っておらん」

 

「朝から親父の仕事だろ!」

 

 卓がいつもの騒がしさに戻った。

 シャンプーは箸を持ち直す。

 さっきまで空いていた場所には、もう乱馬がいた。

 


 

 午後、シャンプーは宗家の裏で、交換が必要な支柱の本数を帳面へ控えていた。

 明日使う分を倉から出し、畑へ運べるよう揃える。

 そこへ、放牧地の世話をしている女がやって来た。

 以前、乱馬とムースが直した柵を確かめた女だった。

 

「乱馬を見なかったか?」

 

「昼を食べてから、南の乾燥場へ戻った。何かあるのか?」

 

「北の放牧地で、横木が一本緩んでいてね。締め直す間、押さえてもらおうと思ったんだ」

 

「前に直したところか?」

 

「そこではないよ。門の近くだ。今すぐ外れるほどじゃないが、今日のうちに締めておきたい」

 

 女は宗家の中へ目を向け、それからシャンプーへ戻した。

 

「まだ仕事があるなら、そっちが先でいい。あとで手が空いたら、来てもらえるか聞いておいてくれ」

 

「分かった。見かけたら伝える」

 

 女は礼を言い、放牧地へ戻っていった。

 支柱を揃え終えるころ、乱馬が空の籠を持って戻ってきた。

 

「乱馬」

 

「何?」

 

「放牧地の担当がおまえを探していた。横木を締め直す間、押さえてほしいそうだ」

 

「また山羊のところか?」

 

「ああ。前に直した場所とは違う。仕事が終わってからでいいと言っていた」

 

「袋は片づいたよ。じゃあ、先にこれ返して、ばあさんに終わったって言ってくる」

 

 乱馬が籠を持ち上げる。

 

「ほかの仕事が入ってなけりゃ、そのあと行く」

 

「そう伝えればいい」

 

「おまえは?」

 

「この支柱を畑へ運ぶ」

 

「じゃあ別だな」

 

 乱馬は宗家へ入っていった。

 シャンプーも支柱をまとめ直す。

 少しして戻ってきた乱馬は、北へ続く道を指した。

 

「行ってくる。今日はそっちを手伝ってくれって」

 

「担当が待っている」

 

「分かってる。直したあとも見てもらうんだろ」

 

「ああ」

 

「また山羊追いかけるのは嫌だからな」

 

 乱馬は顔をしかめて歩き出した。

 以前なら、その確認が必要な理由から説明していた。

 今は、押さえる仕事を頼んだ相手と、直ったかを確かめる相手が誰なのか、もう分かっている。

 

 シャンプーは支柱を持ち上げた。

 北へ向かった乱馬を追う用事は、自分にはなかった。

 


 

 畑へ支柱を届けて戻るころには、日が傾き始めていた。

 宗家の前から、子どもたちの声が聞こえる。

 

「じゃあ、押すぞ」

 

「いいよ」

 

 乱馬の前で、ユエが足を開いていた。

 その横には短い髪の少女と、髪を高い位置で結んだ少女がいる。

 共同修練場で教えた、あの三人だった。

 

 乱馬がユエの肩へ指を当て、軽く押す。

 ユエの身体は、ほとんど揺れなかった。

 

「どう?」

 

「前より肩に力入ってねえな」

 

「シャンプーに言われた形でやってるよ」

 

「なら、その形を忘れんなよ」

 

 乱馬が手を離す。

 ユエが嬉しそうに隣の二人を見る。

 

「ほら、できた」

 

「じゃあ私も」

 

「一人ずつだって!」

 

 短い髪の少女が前へ出る。

 その足の位置を乱馬が直している間に、髪を結んだ少女が口を開いた。

 

「乱馬、避ける方もやりたい」

 

「また肩だけ見て、先に跳ぶんじゃねえぞ」

 

「もう知ってる。肩も嘘つくんでしょう?」

 

「覚えてんな。じゃあ、こいつが終わってからな」

 

 シャンプーは道の端で足を止めた。

 今日は、当番の歩法稽古ではない。

 だが、子どもたちは以前教わったことを持ってきて、続きを見てもらっている。

 

 乱馬は短い髪の少女の立ち方を確かめてから、次の子へ向き直った。

 

「今日はゆっくりやる。肩が動いたからって、そこで全部決めんなよ」

 

「足も見る?」

 

「まずはそれでいい。下ばっか見て、手を忘れんなよ」

 

 乱馬が右肩を小さく動かした。

 少女の身体が揺れる。

 だが、前のようにすぐ横へ跳ぶことはなかった。

 乱馬は一度止まり、それから足を出して、ゆっくり手を伸ばす。

 

「わっ」

 

 少女が横へ避けた。

 手には触られなかったが、大きく動きすぎて、戻ろうとした足がもつれる。

 

「逃げすぎだ。そっから戻れねえだろ」

 

「避けたよ!」

 

「避けたあとの話だって」

 

 少女がもう一度構える。

 シャンプーは近づき、足元を指した。

 

「足が狭くなっている。最初に習った幅へ戻せ」

 

「あ、シャンプー」

 

 少女が足を開き直す。

 乱馬もこちらを見た。

 

「いつからいたんだよ」

 

「ユエを押していたところからだ」

 

「なら言えよ。三人とも違うこと聞くから、こっちも大変なんだぞ」

 

「一度に全部教えようとしなければいい」

 

「だから一人ずつにしてるだろ!」

 

 ユエが笑った。

 

「前は、いっぺんに教えてた」

 

「おまえらが横から聞いたんだろ!」

 

 シャンプーも少し笑い、少女の膝を確かめる。

 

「今の形だ。避けたあとも、そこへ戻れるように動け」

 

「乱馬、もう一回」

 

「おう。今度は跳びすぎんなよ」

 

 乱馬が先ほどと同じくらいの速さで手を出す。

 少女は少しだけ横へ動き、足を揃えてしまう前に踏み直した。

 

「さっきよりいい」

 

 乱馬が言うと、少女は得意そうに笑った。

 以前の稽古では、基本を教えるシャンプーの横から、乱馬が口を挟んだ。

 今は、子どもたちの方から乱馬を呼ぶ。

 言い合いながら教えるところは変わらない。

 だが、何を教わったかを、あの子たちは覚えていた。

 

「柵は終わったのか?」

 

 次の子と代わる間に、シャンプーが聞く。

 

「ああ。俺が押さえてる間に縄を替えて、最後に二人で確かめた。戻ってきたら、こいつらが待ってた」

 

「あとで聞くって言ったもん」

 

 ユエがすぐに口を挟む。

 

「聞く前から並んでただろ」

 

「仕事、終わってたでしょう?」

 

「終わってたけどよ」

 

 乱馬が頭をかいた。

 

「じゃあ、あと一回ずつな。そのあと帰れよ。飯の時間になるぞ」

 

「明日もやる?」

 

「仕事が終わってたらな」

 

「シャンプーも?」

 

「私も、明日の仕事次第だ」

 

 三人が顔を見合わせる。

 

「二人とも同じこと言う」

 

「先に仕事すんのは、おまえらも同じだろ!」

 

 子どもたちが声を揃えて返事をした。

 乱馬は少し疑うような顔をしながらも、もう一度ユエの前へ立った。

 


 

 夕食の前に、子どもたちは家へ帰っていった。

 乱馬も手を洗って食堂へ入ってくる。

 玄馬は、残していた水汲みまで終えたらしい。

 

「父の威厳を示した一日であった」

 

「自分の仕事終わらせただけだろ」

 

「最後までやり遂げることが大切なのだ」

 

「だったら明日もちゃんとやれよ」

 

 言い返しながら、乱馬は卓の上の空いた皿を寄せた。

 リンファが汁の鍋を運んでくる。

 

「これ、こっちへ寄せていい?」

 

「ええ。そこを空けてくれる?」

 

「じゃあ、鍋は俺が持つ」

 

 乱馬は布を受け取り、鍋の取っ手をつかんだ。

 卓の鍋敷きへ下ろす。器を配り、自分の席へ座る。

 シャンプーが向かいから見ていると、目が合った。

 

「何だよ?」

 

「いや」

 

「朝も見てたよな。やっぱこの服、何か変?」

 

「服は変ではない」

 

「じゃあ何見てんだよ」

 

 シャンプーは少し考えた。

 

「おまえも、あちこちで名前を呼ばれるようになったと思ってな」

 

「仕事頼まれてるだけだろ」

 

「子どもたちにも呼ばれていた」

 

「あいつらは、俺が押すと分かりやすいんだってさ。前にも言ってたけど」

 

「そうだったな」

 

 形を直す者と、実際に崩して確かめる者。

 あのとき子どもたちが言ったことを、乱馬も覚えていた。

 

「前からやってるだろ。今さら何だよ」

 

「……そうだな。今さらだ」

 

 乱馬が不思議そうな顔をする。

 シャンプーはその横へ視線を動かした。

 

「乱馬、肉」

 

「あっ!」

 

 玄馬の箸が、乱馬の皿へ伸びていた。

 

「話してる隙に取んなよ!」

 

「食事中によそ見をする方が悪い」

 

「俺の皿だろ!」

 

 また始まった。

 シャンプーは箸を持ち、少しだけ笑った。

 


 

 食事が終わると、乱馬は玄馬と離れへ戻っていった。

 シャンプーはリンファを手伝って残った器を片づけ、それから戸締まりを見て回る。

 

 宗家の前には、もう子どもたちもいない。

 昼間は遠くまで聞こえていた声がなくなり、戸を動かす音がよく響いた。

 

 今日、乱馬と同じ仕事はしなかった。

 一緒に南へ行ったわけでも、放牧地までついていったわけでもない。

 それでも畑の道で声が聞こえ、宗家では名前を尋ねられ、夕方には子どもたちの輪の中にいた。

 

 自分が見ていないところでも、乱馬の一日は進んでいた。

 

 分からない札は倉庫の者へ聞く。

 頼まれた修理は、担当と一緒に確かめる。

 ユエたちには、仕事が終わったあとで呼び止められる。

 

 乱馬と村の者との間で、シャンプーが知らないうちに決まっていることが、少しずつ増えていた。

 

 シャンプーは戸に手を掛けたまま、昼の食卓を思い出す。

 

『乱馬は?』

 

 いなかったから聞いた。

 いつもの席が空いていたから、気づいた。

 

 村へ留め置かれたばかりのころは、乱馬の行き先を確かめる必要があった。

 逃げるかもしれない。掟に納得していないまま、何かするかもしれない。

 そのために見ていた。

 

 今日、空いた席を見たときには、逃げたのかとは思わなかった。

 仕事が長引いていると聞けば、それで分かった。

 けれど、戻ってきていつもの声で腹が減ったと言われると、ようやく昼の食卓がいつも通りになった気がした。

 

 乱馬は、日本へ帰るつもりでいる。

 新しい仕事着を選ぶときにも、そのつもりで荷物の大きさを気にしていた。

 村で働くことに慣れたからといって、帰るという話までなくなったわけではない。

 

 それは、シャンプーも知っている。

 

 ただ、今日の自分は、乱馬があの席へ戻ってくるものだと思っていた。

 戻ってきた乱馬も、誰に言われることなく、そこへ座った。

 

 明日の朝も、同じ卓で仕事が決まる。

 また玄馬と肉を取り合いながら、乱馬が自分の行く場所を聞くのだろう。

 

 シャンプーは、その様子を思い浮かべてから、最後の戸を閉めた。

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