シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

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第6話 乱馬は、女傑族の村で村の手伝いをする

 女傑族の村へ連れてこられて、二日目の朝は、まだ終わっていなかった。

 

「待ちやがれ、ムース!」

 

「男乱馬との休戦は認めていない!」

 

「さっき同じ一人だって認めただろ!」

 

 村の中央へ向かう屋根の上を、乱馬とムースが走っている。

 ムースが広げた布が風をはらむ。

 

 ──男乱馬、婿候補反対。

 

 裏側には、

 

 ──女乱馬、一時休戦。

 

 そう書かれていた。

 

「その布を捨てろ!」

 

「これはおらの意思表示じゃ!」

 

「意味が分かんねえんだよ!」

 

 乱馬が屋根を蹴った。

 ムースの背中へ手を伸ばす。

 その直前、二人の頭へ別々の拳が落ちた。

 

「ぐっ!」

 

「なっ!」

 

 乱馬とムースが同時に屋根から落ちる。

 石畳へ降りたシャンプーが、二人を見下ろしていた。

 

「朝の市場で暴れるな」

 

「先に逃げたのはこいつだ!」

 

「追ってきたのはきさまじゃ!」

 

「二人とも同じだ」

 

 シャンプーは言い切った。

 乱馬とムースが同時に反論しようとする。

 その間へ、杖の先が差し込まれた。

 

「そこまでにしな」

 

 コロンが杖の上に立っている。

 

 いつからいたのか分からない。

 周囲では、朝の仕事へ出ていた村人たちが、少し離れた場所から様子を見ていた。

 

「ひいばあちゃん」

 

「ちょうどよい。今日から先の話をしようと思っていたところだよ」

 

 乱馬が眉をひそめる。

 

「今日から先?」

 

「昨日は、裁定が出るまで寝床を与えると決めただけさ」

 

 コロンは乱馬を見る。

 

「一晩泊めた。その先をどうするかは、まだ決めていなかった」

 

「だったら俺たちは出ていっていいんだな」

 

「話を最後まで聞きな」

 

 杖の先が乱馬の額を軽く叩く。

 

「死の接吻と求婚の接吻をどう扱うか。呪泉郷の呪いに治療法があるか。調べるには時間がかかる」

 

「どれくらいだ」

 

「まだ分からん」

 

「またそれかよ」

 

「だから、その間のお前たちの扱いを決める」

 

 コロンは宗家の方角を杖で示した。

 

「寝床と食事は用意する。ただし、何もせずに食わせ続けるつもりはない」

 

「客人じゃなかったのか」

 

「客人でも、長くいれば生活の一部になる」

 

「勝手に長くするな」

 

「出ようとしたお前が、いま村の中にいるのはなぜだい」

 

 乱馬は口を閉じた。

 

 子どもを助けるために引き返した。

 その後、呪いの手掛かりを聞くまでは戻ると自分で決めた。

 

 シャンプーに捕まったわけではない。

 

「村にいる間は、村の仕事を手伝いな」

 

「断ったら?」

 

「食事は自分で用意する。寝床も明日からは自分で探すことだね」

 

「ほとんど脅しじゃねえか」

 

「条件だよ」

 

 乱馬がシャンプーを見る。

 

「おまえと同じこと言いやがる」

 

「ひいばあちゃんに教わったわけではない」

 

 シャンプーが答えた。

 

「それで、何をさせる気だ」

 

 コロンはシャンプーへ向き直る。

 

「シャンプー。乱馬の監督は続ける。ただ見張るだけでは、互いのことは分からんだろう」

 

「はい」

 

「今日は一緒に働きな」

 

 乱馬とシャンプーが同時にコロンを見る。

 

「一緒に?」

 

「朝食の後、北の斜面で薬草を採る。午後は修練場の石床を直す」

 

「多くねえか?」

 

「村の戦士なら一日で終える仕事だ」

 

「俺は村の戦士じゃねえ」

 

「シャンプーに二度勝った男が、仕事の量へ文句を言うのかい」

 

 乱馬の眉が動く。

 

「やってやるよ」

 

「単純だねえ」

 

 コロンは笑い、今度はムースを見る。

 

「ムース。交易隊の報告を済ませたら、午後の石床直しへ加わりな」

 

「なぜおらまで!」

 

「村へ戻り、村で食べるからさ」

 

「おらはシャンプーに会うために帰ってきた!」

 

「なら、会いながら働けばいい」

 

 ムースは反論しようとした。

 だが、シャンプーが何も言わずに見ているのに気づき、胸を張った。

 

「任せろ、シャンプー! おらがこの男の倍は働いてみせる!」

 

「仕事は速さを競うものではない」

 

「では三倍だ!」

 

「聞いていない」

 

 シャンプーが歩き出す。

 

「朝食に戻る」

 

「おらも行くぞ!」

 

 ムースがついていこうとする。

 コロンの杖が襟へ引っかかった。

 

「お前は先に交易隊の荷を倉へ運びな」

 

「シャンプー!」

 

 ムースの声を背中で聞きながら、シャンプーは宗家へ向かった。

 乱馬も隣へ並ぶ。

 

「おまえ、本当に一日中俺を見る気か」

 

「監督を続けろと命じられた」

 

「また命令かよ」

 

「そうだ」

 

 シャンプーは答えたあと、少しだけ考えた。

 

「だが、今日は逃げるかどうかだけを見るのではない」

 

「じゃあ、何を見るんだ」

 

「おまえが、どう働くかだ」

 

「品定めかよ」

 

「おまえも、私や村を見るのだろう」

 

 乱馬は横目でシャンプーを見た。

 

「……まあな」

 

「なら、同じだ」

 


 

 朝食は、朝の仕事を終えた者から順に取る。

 宗家の長い卓には、粥、蒸した饅頭、漬物、焼いた肉が並んでいた。

 乱馬は席へ着くなり、饅頭を三つ取った。

 

「二つまでだ」

 

 シャンプーが言う。

 

「何でだよ」

 

「全員へ行き渡ってから、残りを取る」

 

「まだこんなにあるだろ」

 

「後から戻る者がいる」

 

 乱馬は不満そうな顔をしながら、饅頭を一つ戻した。

 隣では玄馬が、すでに五つ目へ手を伸ばしている。

 シャンプーが箸で玄馬の手を叩いた。

 

「痛い!」

 

「二つまでだ」

 

「わしは客人だぞ」

 

「今日から村の仕事を手伝うことになった」

 

「聞いておらん!」

 

「いま伝えた」

 

 玄馬の手が止まる。

 

「わしは旅の疲れが」

 

「家畜小屋の掃除」

 

「腰も痛む」

 

「仕事をしない者は、昼食なし」

 

 玄馬は素早く立ち上がった。

 

「家畜小屋はどちらかな」

 

 乱馬が粥をすすりながら笑う。

 

「最初からそう言えよ、親父」

 

「食事を条件にするとは卑怯だぞ」

 

「俺じゃねえだろ」

 

 玄馬は饅頭を二つ懐へ入れようとした。

 シャンプーの箸が、その手を止める。

 

「持ち出すな」

 

「働く前の栄養補給を」

 

「ここで食べろ」

 

 玄馬は渋々座り直した。

 

 乱馬は食べる速度が速い。

 玄馬に取られる前に、自分の分を確保する癖がついているのだろう。

 

 だが、周囲の皿を一度見てから箸を伸ばしている。

 他の者の分まで奪うことはしない。

 

 玄馬がシャンプーの皿から肉を取ろうとする。

 乱馬の箸が途中で止めた。

 

「人のから取るな」

 

「共に食卓を囲む仲ではないか」

 

「昨日来たばっかだろ」

 

「一晩を同じ屋根の下で過ごせば家族同然だ」

 

「同じ屋根でもねえ。俺たちは離れだ」

 

 乱馬は肉を奪い返し、シャンプーの皿へ戻した。

 

「ほら」

 

「おまえが食べてもよかった」

 

「おまえのだろ」

 

「私は後で取る」

 

 シャンプーは配膳の残りを確認してから座ったため、自分の皿へ取った料理が少なかった。

 それを不満に思ったことはない。

 

「残っていれば十分だ」

 

「残らなかったら?」

 

「食べない」

 

「何だそりゃ」

 

 乱馬は自分の皿から、まだ手をつけていない饅頭を一つ取った。

 シャンプーの前へ置く。

 

「二つまでなんだろ」

 

「これはおまえの分だ」

 

「俺はもう一つ食った」

 

「足りないのではないか」

 

「後で残ってたら取る」

 

 乱馬は粥へ戻った。

 シャンプーは目の前の饅頭を見る。

 

 求婚の贈り物ではない。

 好意を示すためでもない。

 自分の食事が少ないことに気づいたから、置いただけ。

 乱馬にとっては、それ以上の意味などないのだろう。

 

「いらないなら返せ」

 

 乱馬が言う。

 シャンプーは饅頭を取った。

 

「食べる」

 

「なら早く食え。親父が狙ってる」

 

 玄馬の箸が伸びかけていた。

 

 シャンプーは饅頭を口へ運ぶ。

 玄馬の箸が空をつかんだ。

 

 朝食の味は、いつもと同じだった。

 それなのに、なぜか普段より少しだけ温かく感じた。

 


 

 朝食後、乱馬とシャンプーは北の斜面へ向かった。

 

 背中には薬草を入れる籠。

 腰には小さな鎌。

 

 コロンも杖の先に立ち、途中まで二人の前を進んでいる。

 

「薬草を採るのも仕事かよ」

 

「村で使う薬だ」

 

 シャンプーが答える。

 コロンは足元に生えた二種類の草を示した。

 どちらも細長い葉と、薄紫色の茎を持っている。

 

「葉の裏に白い筋がある方は傷薬。ない方は腹を下す。根は残しな」

 

 乱馬は二つの葉を裏返した。

 

「似すぎだろ」

 

「だから確かめる」

 

 シャンプーは根元へ鎌を入れ、使う部分だけを切った。

 乱馬も真似をする。

 だが数本採ったところで、シャンプーが乱馬の籠から一本抜いた。

 

「毒草が混じっている」

 

「どこが違うんだよ」

 

「葉の裏を見ろ」

 

「見たぞ」

 

「筋が途中で切れている」

 

 乱馬は舌打ちし、二つの草を並べる。

 今度は白い筋だけでなく、茎の硬さと匂いまで確かめた。

 

「薬草を採り終えたら、二人で村へ戻りな」

 

 コロンが言う。

 

「ばあさんは来ねえのか」

 

「長老たちと呪泉郷の記録を調べる」

 

「治す方法、ちゃんと探せよ」

 

「お前が毒草を持ち帰らなければ、こちらも進むだろうさ」

 

 コロンは笑い、杖を弾ませて村へ戻っていった。

 乱馬はしばらく草を採っていたが、やがて斜面の上へ視線を向けた。

 

「向こうにも生えてるんじゃねえか」

 

「いつもの採取場所ではない」

 

「でも、こっちより土が乾いてる。獣の足跡も避けて通ってる」

 

「何が言いたい」

 

「食わねえ草があるってことだよ」

 

 乱馬は籠を置き、岩場を斜めに登った。

 

 旅の途中で山へ入ることは多い。

 

 水の集まる窪地。

 陽の当たる斜面。

 獣が口にする草と、避ける草。

 

 名前は知らなくても、食べられるものと危険なものを見分けなければ、野宿はできない。

 岩陰を越えた先に、同じ薬草がまとまって生えていた。

 

「ほらな」

 

 シャンプーも登り、葉の裏を確認する。

 

「傷薬になる方だ」

 

「俺だって山のことを何も知らねえわけじゃねえ」

 

 乱馬は得意そうに言った。

 

「名前は知らない」

 

「使えりゃいいだろ」

 

「毒草と混ぜれば使えない」

 

「それはもう覚えた」

 

 シャンプーは群生地の端にしゃがんだ。

 

「全部は採らない。半分を残す」

 

「来年の分か」

 

「そうだ」

 

 今度は乱馬も反論しなかった。

 

 どこに生えるかを見つけるのは乱馬の方が早い。

 どの草を、どの位置で切り、どれだけ残すかはシャンプーの方が知っている。

 

 二人は別々の場所から採り始めた。

 

 しばらくすると、乱馬の籠から毒草は一枚も見つからなくなった。

 

「もう間違えない」

 

 シャンプーが言う。

 

「当たり前だ」

 

「最初は混ぜた」

 

「一回だけだろ」

 

「二本だ」

 

「細かいな」

 

 乱馬は口では反発したが、次の草も葉の裏まで確かめてから切った。

 昼には、斜面の平らな岩へ並んで座った。

 持ってきた饅頭と干し肉を広げる。

 乱馬は饅頭を二つ続けて食べ、三つ目へ手を伸ばした。

 シャンプーの腹が小さく鳴った。

 乱馬の手が止まる。

 

「食えよ」

 

 干し肉を半分に割り、大きい方を差し出す。

 

「おまえの方が腹が減っている」

 

「帰りに遅くなられたら、籠まで持つことになる」

 

「私は遅くならない」

 

「じゃあ食って証明しろ」

 

 シャンプーは少し迷い、干し肉を受け取った。

 乱馬は村を見下ろす。

 

「おまえ、ずっとあそこに住んでんだな」

 

「ここが私の村だからな」

 

「出たいと思ったことはねえのか」

 

「交易や修行で外へ行くことはある」

 

「そうじゃなくて、戻らないって意味だよ」

 

 シャンプーは少し考えた。

 

「ない」

 

「即答かよ」

 

「宗家の仕事がある。村にも、私がすることがある」

 

「全部、決められてんのか」

 

「決められていることもある」

 

「それでいいのか」

 

 昨日なら、シャンプーはすぐに「当然だ」と答えていた。

 だが、今日は少しだけ時間がかかった。

 

「いままでは、考えなかった」

 

「今は?」

 

「おまえが何度も聞くから、考えている」

 

「俺のせいかよ」

 

「おまえのせいだ」

 

 乱馬は鼻を鳴らし、水筒へ手を伸ばした。

 

「俺は日本へ帰る」

 

「日本のどこへ」

 

 乱馬は口を開き、少し遅れて答えた。

 

「親父が知ってる」

 

「おまえは知らないのか」

 

「帰りゃ分かる」

 

 乱馬はそれ以上話したくないように村の方を見た。

 シャンプーも追及しなかった。

 帰ると言う乱馬自身が、帰る場所をはっきり説明できない。

 それでも乱馬は、村へ残るとは言わない。

 二人は同じ山を見下ろしながら、残った昼食を分けた。

 


 

 村へ戻ると、午後の仕事が待っていた。

 修練場の石床は、武術大会と前日の雨で何枚か割れている。

 傷んだ石板を外し、新しい石をはめ込む。

 コロンは乱馬、シャンプー、ムースの三人へ作業を割り当てた。

 

「なぜおらまで!」

 

 ムースが叫ぶ。

 

「交易隊の報告は終わったのだろう」

 

「終わった。だからシャンプーと話を」

 

「なら、話しながら働きな」

 

 ムースはシャンプーの隣を確保しようとした。

 しかし、眼鏡がずれていたため、積まれていた石板の横へ立つ。

 

「シャンプー、今日は二人で力を合わせよう!」

 

 石板は何も答えない。

 乱馬が横目で見る。

 

「放っといていいのか」

 

「しばらくすれば気づく」

 

 シャンプーは割れた石板の隙間へ金具を差し込む。

 乱馬が反対側へしゃがんだ。

 

「一、二で持ち上げるぞ」

 

「三ではないのか」

 

「水甕のときも言ってたな、それ」

 

「村では三で合わせる」

 

「俺は二だ」

 

「なぜ」

 

「早く持てる」

 

「合わせる意味がない」

 

 二人は互いに金具を握ったまま動かない。

 コロンが杖で石板を叩いた。

 

「いつまで話している。三で持ちな」

 

 乱馬が舌打ちする。

 

「一」

 

 シャンプーが数える。

 

「二」

 

「三!」

 

 二人で力を入れる。

 石板が持ち上がった。

 乱馬とシャンプーの力は近い。

 どちらか一方へ傾くことなく、水平に上がる。

 

「向こうへ運ぶ」

 

「分かってる」

 

 二人は歩調を合わせる。

 

 右。

 左。

 

 シャンプーが半歩早い。

 乱馬が石板を少し引く。

 

「合わせろ」

 

「おまえが遅い」

 

「二人で運ぶんだから、速い方が合わせんだよ」

 

「朝は私に速いと言った」

 

「朝の何の話だ」

 

「忘れた」

 

 シャンプーは言ってから、自分で気づいた。

 

 水甕を一緒に支えたのは、今朝だった。

 それなのに、すでにずっと前のことのように感じている。

 

 乱馬も同じことへ気づいたらしい。

 

「今日、長くねえか」

 

「まだ午後だ」

 

「朝から逃げ損ねて、子ども助けて、ムースに絡まれて、今度は石運びかよ」

 

「逃げたことを仕事に数えるな」

 

「おまえが追ってきたんだろ」

 

「話しながら運ぶな」

 

「おまえが始めたんだ!」

 

 二人は言い争いながら石板を運ぶ。

 

 それでも石は傾かない。

 

 決めた場所へ下ろす。

 

「一、二、三」

 

 今度は乱馬が数えた。

 二人の手が同時に離れる。

 石板が静かに地面へ置かれた。

 

「できんじゃねえか」

 

 乱馬が言う。

 

「何が」

 

「俺の数え方」

 

「三まで数えた」

 

「そこじゃねえよ」

 

 次の石板へ向かう。

 今度はシャンプーが、乱馬の歩幅へ合わせた。

 乱馬も速度を上げすぎない。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 三枚。

 

 同じ作業を繰り返すうち、言葉が減っていく。

 持ち上げる前に互いの手元を見る。

 片方が腰を落とせば、もう片方も合わせる。

 曲がるときには、内側の者が歩幅を狭める。

 置くときには、どちらからともなく三まで数える。

 

 ムースはようやく石板がシャンプーではないと気づき、二人を追いかけてきた。

 

「シャンプー! その男と一緒に運ぶ必要はない!」

 

「仕事だ」

 

「おらが代わる!」

 

 ムースは乱馬が持っていた側へ飛びついた。

 三人の力が一度に石板へかかる。

 均衡が崩れた。

 石板がシャンプー側へ傾く。

 

「危ない!」

 

 乱馬は手を離さず、石板の下へ肩を入れた。

 重さを受け止める。

 シャンプーも踏ん張る。

 ムースだけが、自分の力で石板を傾けたことに気づいていない。

 

「シャンプー、おらに任せろ!」

 

「おまえは離せ!」

 

 乱馬が叫ぶ。

 

「なぜ恋敵の命令を聞かなければならん!」

 

「このままじゃシャンプーの足に落ちるだろ!」

 

 ムースの動きが止まる。

 シャンプーの足元を見る。

 ようやく状況を理解した。

 慌てて手を離す。

 今度は反対側へ重さが移った。

 

「急に離すな!」

 

 乱馬の膝が沈む。

 シャンプーが石板を押し返す。

 二人で均衡を戻し、何とか地面へ下ろした。

 大きな音。

 土煙が上がる。

 乱馬は右肩を押さえた。

 

「おまえ、手伝うなら周り見ろ!」

 

 ムースが言い返す。

 

「きさまがシャンプーと息を合わせているからだ!」

 

「仕事してんだよ!」

 

「シャンプーと二人で石を運ぶなど!」

 

「なら、おまえも普通に運べ!」

 

「恋敵と共同作業などできるか!」

 

「じゃあ帰れ!」

 

 ムースと乱馬が顔を突き合わせる。

 シャンプーが二人の頭を同時に殴った。

 

「仕事をしろ!」

 

 二人が地面へ沈む。

 コロンは少し離れた場所で、その光景を見ていた。

 

「うまくやっているようだね」

 

「どこがだよ!」

 

 乱馬が起き上がる。

 

「今朝よりはましさ」

 

「今朝は追いかけっこしてただけだろ」

 

「いまは同じものを運んでいる」

 

 コロンは乱馬とシャンプーを見る。

 

「人間は、同じものを持てば、嫌でも相手の重さを知る」

 

「何だそりゃ」

 

「片方が急げば、もう片方が苦しくなる。片方が手を離せば、残った者が重さを受ける」

 

 コロンの杖が、新しい石板を指す。

 

「戦いでは、自分が勝てばよい。仕事では、二人とも最後まで立っていなければ終わらん」

 

 乱馬は石板を見る。

 シャンプーを見る。

 

「こいつなら、手を離しても一人で持てるだろ」

 

「持てる」

 

 シャンプーは答えた。

 

「だが、一人では遅い」

 

「だろ」

 

 乱馬は金具を拾う。

 シャンプーも反対側へ回る。

 ムースが間へ入ろうとする。

 

「おまえは向こうの割れた石を集めろ」

 

 シャンプーが命じた。

 

「なぜおらだけ!」

 

「一人でもできる仕事だ」

 

「乱馬と離れろ!」

 

「仕事が終わらない」

 

「おらと運べばいい!」

 

「おまえは途中で手を離す」

 

 ムースは言葉を失った。

 

「今のは事故だ!」

 

「仕事で事故を起こす者とは組めない」

 

 ムースは肩を落とし、割れた石を集めに向かった。

 乱馬が小声で言う。

 

「けっこう厳しいな、おまえ」

 

「仕事だからだ」

 

「ムース、泣いてるぞ」

 

「石を見れば止まる」

 

 実際、ムースは涙で視界を失い、石ではなくコロンを持ち上げようとして杖で殴られていた。

 

 乱馬は笑った。

 

 シャンプーも、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

 二人は次の石板を持ち上げる。

 

 今度は何も言わなくても、同時に足が動いた。

 


 

 仕事が終わるころには、空が赤く染まっていた。

 

 乱馬は修練場の端へ座り、右肩を回した。

 ムースが石板へ飛びついたとき、重さを受けて痛めたらしい。

 シャンプーが、採ってきた薬草をすり潰したものを差し出す。

 

「塗れ」

 

「これ、今日採ったやつか」

 

「傷薬だ。毒草ではない」

 

「混ぜたのは最初だけだろ」

 

「二本だ」

 

「まだ言うか」

 

 乱馬は薬を受け取った。

 

 左手で右肩へ塗ろうとする。

 だが、届きにくい場所で手が止まった。

 

「貸せ」

 

 シャンプーが薬を取る。

 

「自分でできる」

 

「届いていない」

 

「このくらい」

 

「動くな」

 

 乱馬の後ろへ回り、肩へ薬を塗る。

 乱馬の身体がわずかに固くなった。

 

「痛いか」

 

「別に」

 

「なら力を抜け」

 

「おまえが急に触るからだろ」

 

「薬を塗ると言った」

 

「そういう意味じゃねえ」

 

 シャンプーには、何が違うのか分からなかった。

 

 指で薬を広げる。

 

 昼まで一緒に草を採った。

 午後は同じ石を持った。

 その結果できた傷へ、採ってきた薬を塗っている。

 

 朝には、今日一日をこうして過ごすとは思っていなかった。

 

「終わった」

 

 シャンプーが手を離す。

 乱馬は肩を回した。

 

「少しましになった」

 

「今日は右肩を使うな」

 

「まだ、母屋へ戻す荷物があるだろ」

 

「今日のおまえの仕事は終わった」

 

「籠を運ぶくらいならできる」

 

「右肩は使うな」

 

「使わねえよ。左手がある」

 

 シャンプーは少し考え、空になった薬草籠を渡した。

 乱馬が左手で持つ。

 

「明日の仕事は、まだ決まっていない」

 

 シャンプーが言った。

 乱馬が意外そうに見る。

 

「今日だけか?」

 

「ひいばあちゃんは、今日の仕事しか決めていない」

 

「じゃあ明日は出てっていいのか」

 

「裁定が出るまでは村にいろ」

 

「勝手に決めんな」

 

「だから、明日のことは明日決める」

 

 乱馬は少し黙った。

 

「おまえが?」

 

「ひいばあちゃんと話す」

 

「結局、ばあさんに聞くんじゃねえか」

 

「私も考えてから話す」

 

 乱馬は鼻を鳴らした。

 

「昨日よりは、話が通じるな」

 

「何がだ」

 

「自分で考えるって言ってるところだよ」

 

 シャンプーは返事をしなかった。

 母屋の裏口には、夕食に使う野菜の籠が残っていた。

 シャンプーが片側を持つ。

 乱馬は薬草籠を置き、空いている左手で反対側を取った。

 

「一人で持てる」

 

「俺も食うんだろ」

 

「右肩は使うな」

 

「使ってねえよ」

 

 二人は籠を持ち上げた。

 

 朝、コロンから一緒に働けと命じられた。

 

 けれどいま、乱馬へ籠を持てと命じた者はいない。

 シャンプーも、手伝えとは言っていない。

 

 それでも乱馬は、自分の側を持った。

 二人は合図をしなかった。

 同じ足から、同時に歩き始めた。

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