シャンプーは、掟の外で乱馬を選ぶ―らんま1/2・女傑族の村残留IF―   作:エーアイ

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第9話 乱馬は、村の朝市で値段を知らない

 大朝市が始まると、宗家の店にも途切れず客が来た。

 

 村の者が薬草を一束買う。

 隣の谷から来た男が干した山菜と塩を交換する。

 外の商人が香辛料を手に取り、色と匂いを確かめる。

 

 乱馬は言われたとおり、品を渡し、箱を運び、代金をシャンプーへ回した。

 

「薬草を二つ」

 

「どっちだ」

 

「傷薬の方だ」

 

「薬草は全部、傷薬じゃねえのか」

 

「違う」

 

「札が読めねえんだから、箱を分けろよ」

 

「印が違う」

 

「俺には同じに見える!」

 

 客が笑う。

 

 乱馬は不満そうに薬草を渡した。

 

「店番に向いてねえな」

 

「初めてなんだから仕方ねえだろ」

 

「まだ何も売っていない」

 

「渡してるだろ」

 

「それは荷物持ちだ」

 

「十分働いてる!」

 

 言い争っているところへ、大きな荷車が止まった。

 

 染めた布と鉄製の鍋を積んでいる。

 上等な衣服を着た大柄な男が、二人の使用人を連れて店の前へ来た。

 

 男は香辛料の袋を持ち上げる。

 

「今年のものか」

 

「先月、乾燥させた」

 

 シャンプーが答える。

 

「色が薄い。去年より香りも弱そうだ」

 

「袋を開けずに分かるのか」

 

 男の手が止まる。

 

「一袋十五文なら、二十袋買う」

 

 乱馬が値札を見る。

 

 一袋十八文。

 まとめ買いの札には、十七文と書かれている。

 

「安すぎるだろ」

 

 男が乱馬を見る。

 

「店の者か?」

 

「手伝いだ」

 

「なら黙っていろ」

 

 乱馬の眉が上がった。

 

 前へ出ようとする乱馬を、シャンプーが片手で止める。

 

「二十袋なら、一袋十七文。合計三百四十文」

 

「三百文」

 

「売らない」

 

「北の町では香辛料が余っている」

 

「その町からここまで運ぶ費用を入れれば、こちらの方が安い」

 

「三百二十文。それに鍋を二つつける」

 

 シャンプーが荷車を見る。

 

「鍋を下ろせ」

 

 使用人が二つの鍋を下ろした。

 

 シャンプーが乱馬へ言う。

 

「確かめろ」

 

「俺が?」

 

「底に割れがないか、音を聞け」

 

 乱馬は最初の鍋を指で弾く。

 

 澄んだ音がした。

 

 二つ目を叩く。

 こちらは少し鈍い。

 

 乱馬は鍋を裏返した。

 

 底の縁へ細い亀裂が入っている。

 亀裂の中には古い汚れが入り込んでいた。

 

「こっちは前から割れてるぞ」

 

 男の顔がわずかに動く。

 

「運んでいる途中でついたものだ」

 

「今ついた割れ目なら、中まで黒くならねえよ」

 

 シャンプーも亀裂を確認する。

 

「割れた鍋は要らない」

 

「なら鍋は一つだ。三百二十文」

 

「三百三十文と、割れていない鍋を一つ」

 

「話が違う」

 

「割れた品を混ぜたのはそちらだ」

 

 男の表情が険しくなる。

 

「若い娘が、商いを分かったつもりになるな」

 

 周囲の空気が変わった。

 

 乱馬が一歩前へ出る。

 

 シャンプーは動かなかった。

 

「分かっているから、割れた鍋へ金を払わない」

 

「この村との取引をやめてもよいのか」

 

「構わない」

 

 シャンプーは淡々と答えた。

 

「次の冬に香辛料が必要になっても売らない。武器の手入れに使う薬油も、傷薬もだ」

 

 男は黙った。

 

 女傑族の村から買っているのは、香辛料だけではない。

 周辺の町では手に入りにくい薬や武具の材料もある。

 

 シャンプーは脅していない。

 相手が取引をやめるなら、こちらも取引をやめると答えただけだった。

 

 しばらくして、男が息を吐く。

 

「三百三十文。鍋一つ」

 

「それでよい」

 

 シャンプーは乱馬へ袋を数えるよう言った。

 

 乱馬は香辛料を荷車へ運ぶ。

 

 一袋。

 二袋。

 五袋目を載せたところで、使用人が小声で言った。

 

「十袋ずつ重ねてくれ。その方が数えやすい」

 

「最初から言えよ」

 

 乱馬は袋を積み直す。

 

 十袋ずつ二列。

 

 シャンプーは代金を受け取り、硬貨を一枚ずつ確認する。

 刻印の薄いものを一枚戻すと、男は別の硬貨へ替えた。

 

 取引が終わり、荷車が離れていく。

 

「朝のばあさんには品を多く渡したのに、あいつには一文もまけなかったな」

 

 乱馬が言う。

 

「取引が違う」

 

「品は同じだろ」

 

「あの老婆は家で食べるために買った。残りは村へした仕事で払った」

 

「今の奴は?」

 

「別の町で売るためにまとめて買う。だから卸の値段で売った」

 

「値札よりは安いのか」

 

「一袋なら十八文。二十袋なら十七文だ」

 

「ちゃんと安くしてたのか」

 

「だから、最初から値段を変えてはいない」

 

「説明が足りねえんだよ」

 

「おまえが聞く前に口を出した」

 

「割れた鍋を見つけたのは俺だぞ」

 

「それは役に立った」

 

 シャンプーが答える。

 

 乱馬は少しだけ胸を張った。

 

「最初からそう言え」

 


 

 昼が近づくにつれ、広場の人通りはさらに増えた。

 

 大朝市へ来た村人と外来者。

 荷を運ぶ者。

 店を見て回る子ども。

 

 人混みの向こうから、泣き声が聞こえた。

 

 五歳ほどの少年が、店と店の間に立っている。

 鼻をすすりながら周囲を見回していた。

 

 客たちは気にしているが、それぞれの取引を続けている。

 

 乱馬が先に気づいた。

 

「どうした」

 

 店の外へ出て、少年の前へしゃがむ。

 

 少年は村の方言で何かを訴えた。

 泣いているうえに幼い発音が崩れ、乱馬にはほとんど聞き取れない。

 

「悪い。ゆっくり話せ」

 

 少年はさらに泣く。

 

「母ちゃんか?」

 

 少年がうなずく。

 

「服の色は?」

 

 乱馬は近くの商品を指し、赤、青、白と尋ねた。

 

 少年は青い布を指す。

 

「髪は長いか」

 

 少年は自分の肩より少し下を示した。

 

「荷物は?」

 

 大きな籠を背負う仕草をする。

 

 乱馬がシャンプーを呼ぶ。

 

「青い服で、髪がこのくらい。大きな籠を持った女を見なかったか」

 

「それだけでは多い」

 

「この子の母親だ」

 

 シャンプーは少年の顔を見る。

 

「西の谷から来た家の子だ。母親は布を売っている」

 

「場所は?」

 

「白い天幕の向こう」

 

「連れてく」

 

 乱馬は少年の手を取ろうとする。

 

 少年は人混みを見て動かなかった。

 

 乱馬は少し考え、身体の左側へ少年を抱き上げた。

 痛めていた右肩は使わない。

 

「これなら見えるだろ」

 

 少年が泣き止む。

 

 高くなった視点から辺りを見回す。

 

 乱馬は人混みを縫って歩いた。

 

 やがて少年が大きな声を上げる。

 

 青い服の女が振り返った。

 次の瞬間、荷物を置いて駆けてくる。

 

 乱馬は少年を下ろした。

 

 母親が抱きしめ、何度も乱馬へ頭を下げる。

 

「次から手ぇ離すなよ」

 

 旅人らしい乱馬の言い回しまで正確に伝わったかは分からない。

 だが、母親は深くうなずいた。

 

 乱馬が店へ戻る。

 

 シャンプーは干し肉を一切れ差し出した。

 

「何だ、これ」

 

「朝から腹が減ったと言っていた」

 

「やっとかよ」

 

「店を空けた分ではない」

 

「じゃあ何だ」

 

「子どもを連れていったからでもない」

 

「だったら何だよ」

 

「余った」

 

 乱馬は干し肉を受け取った。

 

「素直に食えって言えねえのか」

 

「食べたくないなら返せ」

 

「食う」

 

 乱馬はすぐに口へ入れた。

 

「一切れだけか」

 

「昼まで待て」

 

「腹が減って力が出ねえ」

 

「子どもを抱えて人混みを歩いていた」

 

「それとこれとは別だ」

 

 シャンプーは少しだけ笑った。

 

 乱馬は、この市場の勘定に弱い。

 

 村の文字も読めない。

 硬貨の刻印も、市場の決まりも知らない。

 

 けれど、人が困っていることには早く気づく。

 

 勘定を間違えることはあっても、人間を見落とさない。

 

 それは店番としては危なっかしい。

 だが、村で暮らすうえでは、値札を読むことと同じくらい必要なことかもしれなかった。

 


 

 昼を過ぎると、客の数は少しずつ減っていった。

 

 商品も半分以下になっている。

 

 乱馬は代金箱の前へ座り、硬貨を並べていた。

 

「百二十、百三十、百四十……」

 

 数え直す。

 

「百二十五、百三十五……」

 

 シャンプーが手元を見る。

 

「その硬貨は十文ではない」

 

「同じ大きさだろ」

 

「刻印が違う。これは五文だ」

 

「最初に言え!」

 

「朝、説明した」

 

「聞いてねえ」

 

「干し肉を見ていた」

 

 乱馬は硬貨を分け直す。

 

 大朝市では、周辺の町で作られた硬貨も使われる。

 大きさが似ていても、刻印と重さで価値が違うものがあった。

 

「全部同じ金にしろよ」

 

「町が違う」

 

「ここで使えるなら同じだろ」

 

「価値が違う」

 

「品の値段も取引ごとに違う。金まで違う。訳分かんねえ」

 

 乱馬は硬貨を放り出しかけた。

 

 シャンプーが手首をつかむ。

 

「投げるな」

 

「投げてねえ」

 

「投げようとした」

 

 乱馬は一枚ずつ置き直した。

 

 シャンプーは代金箱から帳面を取り出す。

 

「村では、冬までに必要な塩、布、鉄、薬を買う。そのために大朝市で利益を残す」

 

「それは分かった」

 

「だが、村の者から必要以上には取らない」

 

「何で」

 

「村の中で金を移しても、村全体の蓄えは増えない」

 

 乱馬が眉を寄せる。

 

「村の者から高く取れば、その家が冬に困る。困れば、共同倉庫から助ける」

 

「結局、村の金が出ていくのか」

 

「そうだ」

 

「外の商人から取れば、村へ金が入る」

 

「だが高すぎれば、次から来なくなる」

 

「だから相場で売る」

 

「そうだ」

 

「面倒だけど、少し分かった」

 

 シャンプーは帳面の一か所を指す。

 

「朝の老婆の家は、去年、共同倉庫の屋根を直した。その働きがここへ残っている」

 

「全部覚えてるって言ったけど、書いてあるんじゃねえか」

 

「忘れないために書く」

 

「だったら俺にも読めるようにしろ」

 

「村の文字を覚えろ」

 

「簡単に言うな」

 

「硬貨の刻印も覚えろ」

 

「増やすな」

 

「市場では両方必要だ」

 

「俺は裁定が出たら帰るんだぞ」

 

「それまでは村にいる」

 

「短い間のために覚えろってのか」

 

「短いかどうかは、まだ分からない」

 

 乱馬の顔が少し曇った。

 

 裁定がいつ出るかは決まっていない。

 呪いを治す手掛かりも、まだ届いていない。

 

 乱馬は帳面へ目を落とす。

 

「……硬貨の違いくらいなら覚えてやる」

 

「値札もだ」

 

「欲張るな」

 

「商品を間違えれば困る」

 

「また店番させる気かよ」

 

「役に立てば」

 

「俺は武術家だぞ」

 

「今日は荷物持ちと鍋の確認と迷子の世話をした」

 

「客を一人も殴ってねえだろ。十分我慢した」

 

「朝市で我慢を褒められると思うな」

 

 シャンプーは帳面を閉じた。

 


 

 店じまいが終わるころには、太陽が広場の上まで昇っていた。

 

 残った品を箱へ戻す。

 売れた分を帳面へつける。

 借りた秤を返し、買った塩と鉄の量を確かめる。

 

「市が終わっても、まだ仕事があるのか」

 

「売るだけが朝市ではない」

 

 そこへコロンが杖の先に乗って現れた。

 

 乱馬はすぐに顔を上げる。

 

「ばあさん。呪泉郷の記録はどうなってる」

 

「古い記録を取り寄せている。山の向こうの保管庫にも使いを出したよ」

 

「いつ分かる」

 

「早くても数日だね」

 

「働かせるだけ働かせて、忘れてたわけじゃねえだろうな」

 

「忘れていたら、使いは出さないよ」

 

 乱馬は不満そうだったが、それ以上は言わなかった。

 

 コロンが去ると、シャンプーは最後の木箱を持ち上げる。

 

 乱馬が反対側へ手をかけた。

 

「一人で持てる」

 

「俺も帰る方向は同じだ」

 

 シャンプーは箱の片側を任せた。

 

 広場を出る途中、乱馬が口を開く。

 

「朝のばあさん。帳面の分がなくなったら、どうする」

 

「次に必要なら、別の仕事を頼むこともある。何もできない者なら、共同倉庫から助ける」

 

「外の商人は?」

 

「割れた鍋を混ぜたことを、次も覚えておく」

 

「迷子の母親も?」

 

「顔を知っている」

 

 乱馬は箱の中を見る。

 

 売れ残った薬草と山菜。

 朝よりずっと軽い。

 

「おまえ、本当にいろいろ覚えてんだな」

 

「忘れれば、次の取引を間違える」

 

「俺は値段は覚えてねえけど、困ってた顔なら覚えてる」

 

 シャンプーは少しだけ考えた。

 

「それでよいときもある」

 

「褒めてんのか」

 

「半分は」

 

「残り半分は?」

 

「硬貨と値札を覚えろ」

 

「やっぱりそこへ戻るのかよ!」

 

 乱馬の声が村の道へ響いた。

 

 木箱が少し傾く。

 

「歩幅を合わせろ」

 

「おまえが急に止まるからだろ!」

 

 シャンプーは箱を持つ位置を直した。

 

 二人は最後の荷物を、同じ歩幅で宗家まで運んだ。

 

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