帆羽くれあヤンデレ概念 作:あわわわ
帆羽くれあはヤンデレです(洗脳済み)
「──大好きだ!」
「ほわっ⁉︎」
まことみらい市のケーキ屋・パティスリーチュチュにて。
突然大きな声でそんなことを言い出した少年に、周囲の客や店員の視線が集中する。
「えっ、ええっ⁉︎」
中でもとりわけ動揺をあらわにしていたのは、少年の席の前に立っていた、パティシエ服の少女。
「ロ、ロイくん⁉︎ そ、そんな急に言われてもっ! 私っ」
「くれあの作るケーキが大好きなんだ!」
「え」
途端に彼女の山吹色の瞳から、すっと光が消えた。少なくともそれを、店長の浅井と数人の客は見逃さなかった。
かくて、店内の空気は凍った。
「……やっべ、明日の仕込み済ませとかないとな〜」
「っ、お、お勘定頼みます! 店長!」
実にわざとらしい声を上げて厨房へと退避しようとした浅井。しかし客の一人がそうはさせんとばかりにレジへと向かう。
ひとえに、場の空気の気まずさに居た堪れなかった連中の所業だ。
一方、そんな彼らの低俗な攻防などつゆ知らず、ことの原因たる当の本人たちは──
*
行きつけのケーキ屋にて。俺──
「ん? どうかしたー、くれあ」
「い、いえ、なんでもないわ! うん、ありがとね! あなたにそう言ってもらえて嬉しい!」
気の抜けた声で尋ねると、彼女はいつにもに増してピンと背筋を伸ばし、お得意の営業スマイルを浮かべてそう言った。
くれあが嬉しいようなので、俺も嬉しい。
俺は彼女のケーキと同じくらい、彼女のスマイルが好きなのだ。見てるとこっちまで笑顔になれるようで。まことみらい市の天使とは、まさに彼女のことだろう。
さて、そんなこの店の看板娘──帆羽くれあ。
桃色の蝶を模した髪飾りが特徴の、青髪の女の子。16という年齢でありながら、このケーキ屋で歴としたパティシエを務めている。そんなすごい子だ。
「ほら、帆羽さん。せっかく蓮堂くんが来てくれたんだ。お客さんも今は少ないし、休憩がてら相席したらどうだい?」
「え、いいんですか? ありがとうございます、店長」
「構わんさ。友達との時間は大切だからね。…………友達で、いいんだよな? 蓮堂くん?」
店長が俺に聞いてくる。が、
「違いますよ」
「えっ、ロイくん? ま、まさか……!」
「親友です」
「…………あ、そう、よね」
そう、俺の一番の親友だ。
──え、一番? 男子の友達とかいないの? とか、意地の悪い奴はそんな心ないことを言うんだろう。ああそうだよ。いねぇよんなもん。
というか実際、俺の方は彼女にとっての一番の親友になれてるかも分からん。
てか、心なしかくれあの目が曇った気がしたが、そんなわけないよな? 親友って言っちゃダメだった? いやまさか、そんなわけないよな。
「……親友で、いいんだよな? くれあさん?」
「え? ああ、うん。まあ、いいんじゃないかな?」
「なにその微妙な反応」
でも俺には分かる。あれは、なんか違うなぁって顔だ。自分でも分からないけど、そこはかとなくピンときてない感じ。多分彼女の〝きらめき〟が、ロイは親友じゃないって告げてんだ。ふざけんな。
くそっ、今なら彼女の一番になれると思ったのに! 結局あのアイスっ娘には敵わないのかよ! 俺も探偵やりてぇ! 変身してぇ!
「…………ま、男はプリキュアになれないよな。滅多になれない。少なくとも多分俺にはなれない。ちくしょうめ……!」
なんで女の子ばっかり! 俺もそうでありたかった! 相棒ムーブしたかった! 男女だとどうしても壁があるんだよ!
現にくれあも、最近は心なしか遠慮がちな態度ばっかりだ。
「……虚しいなぁ」
「えと、ロイくん? さっきからなに言ってるのかな?」
「なんでもないよ。ただ現実って虚しいなーって」
旧約聖書にも書いてある。すべては虚しいんだってね。
「……ねえ、ホントに大丈夫?」
くれあが心配の眼差しを向けてくれる。いやはや、こんな俺にも優しくしてくれるし、やっぱり天使だ。もっと心配されたい。
……ん? てか、なんで俺がこの子に心配されてんだ? おかしいぞ。普通に逆だろ。ここにきてる目的を忘れちゃいけない。
「……コホン。そういえば、くれあこそ調子はどうなんだ? ちゃんとご飯食べれてるか? 体調とか崩してない? 変な夢とか見てない? 急に頭が痛くなったりとかは──「しーてーなーい!」……そうか?」
なんだか強めに否定されてしまった。
「もう! ロイくんったらそれ昨日も一昨日も言ってたよ? たくさんお店に来てくれるのは嬉しいけど……っ、本当の本当に嬉しいけど! でも、あなたは私の健康管理でもしにきてくれているのかしら?」
「え、そうだけど」
「違うでしょ!」
くれあがもどかしそうに首を振っている。可愛い。
「あのね? こういうときはさ、もっと何かあるでしょ? 例えば、私のケーキを食べにきてくれてるとか、あとはさ、ほら…………私に、会いに来てくれてるとかっ」
「そりゃそうだ。俺はくれあのケーキを食べるために、くれあに会うために、そしてくれあの健康をチェックするために来てんだ!」
「最後のはやめてほしいな。流石にちょっと、気持ち悪いよ」
「……っ、なん、だと⁉︎」
俺はさもショックを受けたかのように机に伏せる。
そりゃほんとにショックではあるけど。
でもまあ、健康管理ってのも、実際嘘じゃないんだよな。彼女にキモがられても、ウザがられても、やめることはできないし、嘘にすることもできない。
俺の役目はこうして、くれあがつつがない毎日を送れているかどうかを、しっかり確認しにくることなのだ。もちろん彼女と話したいってのもあるけど。メインはあくまで確認だ。
……ああ、確認といえば、もう一つ確認しとかなきゃならないことがあった。
「なあ、くれあ」
「うん、どうしたの? お喋りなら大歓迎よ?」
くれあはそう言って可愛らしく微笑んだ。正直、確認とかすっぽかして永遠に雑談していたい気分だった。……でもダメだ。前までは怖くて聞けなかったけど、今日こそは、しっかりと聞かなければならない。
「そ、そのさ、くれあ。俺、前からずっと、君に訊きたかったんだけど、」
「……え? …………も、もしかして、そういう? ──あ、う、うん! 私は大丈夫よ! なんでも聞いて!」
俺が真面目な面持ちで向き直れば、彼女も姿勢を伸ばして改まった。ああ、訊くか。とうとう訊いちゃうのか。
「あの、さ」
「うん……!」
どうか何かの間違いでもいいから、俺の望む答えであってくれ!
「──あの、そのシュシュってさ、やっぱり洗濯しちゃってるのか?」
「わ、私いないよ! 恋人とか全然いな……い、から……。…………うん?」
俺は勇気を振り絞って問いかけた。くれあの後ろ髪を纏めているその──水色のシュシュを指差して。
「えっと、ロイくん。今、なんて?」
「だ、だからっ、そのシュシュ! そのシュシュって洗っちゃってるのか?」
「この、シュシュ?」
くれあは困惑したように、俺が指したシュシュを取る。
そう、そのシュシュだ。訳あってずーっと気になっていたことだ。もし洗ってたら嫌だ、というよりは、怖いなーって。
ところが、
「それはまあ、もちろん洗濯はしてるけれど」
「……あー、そっすか」
希望は虚しく、しっかり洗濯されているらしい。たちまち、自分の腕に鳥肌が立っているのを自覚した。洗剤や他の汚れ物と一緒に洗濯機の中でぐるぐる回される気分などは、想像もしたくない。万が一復活したとき、色落ちとかしてたら流石に俺も泣くぞ?
「…………いやマジこえー。俺にシュシュに変身する能力がなくて良かったわ」
いや、でもそりゃ、もしあれば洗濯も厭わず変身するけどな。確かにその代償は大きいが、二十四時間くれあと一緒にいられるとか天国だし。
なんて、恐怖とたらればに思いを馳せていると、
「ね、ねえ、ロイくん?」
くれあが未だに困惑を隠せない様子で尋ねてきた。……まあ、突然あんなこと聞かれたら困惑もするわな。
「あー、悪い。変なこと訊いちゃったな」
「いや、それはいいんだけどさ。えっと、ロイくんが聞きたかったことって、それだけ?」
「え? それだけって、まあそうだけど」
いまいち質問の意図が分からず、とりあえず普通に首肯した。しかし、
「……あ、ふーん。そっか、そうなんだ。シュシュ、ねぇ。あんなに改まってなにを訊てくれるのかと思えば……シュシュ、か。ふーん」
それを聞いたくれあが、なんか怖い顔をしだしだ。笑ってるのに、怖い顔だ。
てかそのシュシュ! めっちゃギュッと握ってるじゃん! かなり強く握っちゃってる! ああ、ダメだよ! それ絶対痛がってるよ!
「ちょっとくれあ! シュシュ強く握っちゃだめだって! かわいそう!」
「へぇ、私よりも、このシュシュを気にかけるんだ」
「いやだから、そういうんじゃなくって!」
何を言っても状況は悪化するばかりだった。もうお手上げだ。
「あのね、ロイくんはね、もうちょっと女の子の気持ちを理解すべきだと思うんだ。あなたが毎日来てくれて、私のオススメを頼んでくれるからね、私、前日から『明日のロイくんにはどんなケーキがいいかな』って考えてるのよ? それに、ロイくんのためだけの特別なアレンジとか、隠し味も加えてるの。でもあなたは全然気づかない。私が髪型を変えた時だって、私は緊張してたのに全然反応してくれないし。ちょっと鈍感すぎると思うの」
「あ、はい。すみません」
俺は素直に頷くしかなかった。ぐうの音もでない。
かつて、もう一人の友人から「あなたは女心がてんで分かっていない」と指摘されたのを思い出す。当時は「そんなことはない」と即反論したが、とうとう腑に落ちた。今度謝っとこうと思う。
「ねえ、今他の女の子のこと考えたでしょ」
「考えてませんよ」
「嘘だ」
「はい。考えていました。……なんで分かったの?」
「私のきらめきが、そう言ってたの」
「あ、そっすか」
そんな冷たい目で言われましてもね。全然きらめいてねぇよ。
俺は、そろそろこの気まずい空間から抜け出したくなってきた。……あ、このケーキを食べ切ればお会計に移れる!
なんて気づくや否や、俺は気持ち速めにケーキを食べ進める。だがそんなのも束の間、
「ふふっ、ロイくんったら、そんなに私のケーキが美味しいの? …………ああ、ほんとに可愛いんだから。あ、勿論おかわりも沢山あるからねっ?」
「えっ」
後半、とてつもなく不穏な言葉が聞こえた。
「あの、くれあさん。俺はおかわりは別に──」
「店長! ロイくんにショートケーキのおかわりをお願いします! 私のお給料から差し引いてもらっても構いませんので!」
「て、店長! 俺はいらないから、」
「ははっ、了解したよ帆羽さん! 蓮堂くんも遠慮しないで! すぐ持ってくるからね!」
「店長っ!?」
俺の訂正など歯牙にもかけず、店長は朗らかに頷いた。どうやらこの男は既にくれあの傀儡になっていたらしい。
「もう、ロイくん? あなたはそうやっていっつも遠慮するけれど、少しくらい私に甘えてくれてもいいのよ? 今回は私が払うからさ、これで、まだまだたくさんお喋りできるね!」
「あー、そうですね。はい。俺もくれあさんとお喋りできて嬉しいです」
「ふふふっ、そう? 私もロイくんと一緒にいられて嬉しい」
そんな風に笑うくれあを前に、もはや抵抗の余地はなかった。嬉しいし可愛いので、抵抗したいとも思わん。俺も末期かもしれない。
……ああ、でも本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
まったく、俺は先が思いやられるのだった。
*
あれから一時間ほど、くれあとの二者面談が繰り広げられた。まあ、あの重い雰囲気はせいぜい最初の五分くらいだ。それ以降はいつも通りさ。
ちなみに、何も考えずに彼女とお喋りできるのは、やはり普通に楽しかった。結果オーライである。
「んじゃ、俺はそろそろ帰るから」
「あ、そう! じゃあ私がお会計するね!」
そう言ってくれあはレジへと駆け足で向かっていく。
あれ、今日のレジ打ちは店長の浅井さんだった気がしたけど、
「……なんだあの人?」
厨房からひょっこり顔を出し、どうやらくれあ……? に向かってぐっと親指を立てる店長。
あっそうだ。この人既に買収されてんだった。
「えっと、いちごタルトにショートケーキ、マカロン三つと、あとは紅茶だから、お会計は……2300円になります」
「あ、うん。ほい」
パティスリーチュチュがくれあに乗っ取られるのも時間の問題かなーなどと思いながら、俺は財布から千円札を三枚抜きとる。
「それじゃあロイくん! また来てね!」
にこりと微笑んで見送ってくれる彼女にまたも心が温かくなって、
「もちろん! 明日もくるから! ばいばい! 愛してるぜ、くれあ!」
「……へ? え、ええええ!!」
あっけらかんとするくれあを残して、店を後にする。
店内から「結局言うのかよ!」みたいな声が聞こえてきた気がしたが、まあ、多分気のせいだろう。でも愛してるのは本当だぜ? なにせ、
くれあは世界一可愛い俺の天使だからだ!