遊園地なんていうのは何年振りだっただろうか。
そもそも日本に来てからは一度も行っていない。
ロンドンにいた頃だ。もうずっと前に、まふる所長に一度だけ連れて行ってもらったことがある。しかしそこでも、普通に事件に巻き込まれて、俺も所長も探偵モードになってしまい、碌にアトラクションも回れなかった思い出。
それで所長がお詫びとして再びチケットをプレゼントしてくれたんだが、結局彼女自身は忙しくて行けなかった。シュシュタンが「一緒に行くでシュ!」とか言ってくれたが、俺も俺でなんだか行く気にもなれなくてね。
つまるところ、これは一生のうちでも二回目だ。
「おー、アイスうめー。パティスリーとサーティワンとシルキーアイス以外のアイスとか滅多に食べないかも」
遊園地の売店で買ったアイスだ。流石に観光価格でお高い。まあ、どこにでもある市販の棒アイスを遊園地パッケージで包んだだけのやつだ。美味いけど身も蓋もねぇ。
「そう? じゃあ、今食べているのも含めた四種類の中で、ロイくんが一番好きなのはどのアイスかしら」
「ん、くれあが作ったやつ!」
「えへへ、そっかぁ」
と、分かりきった問答。あのねぇ、アイスに限らずくれあの作るあらゆるスイーツもとい料理は、俺にとっては世界で一番美味しいのさ。
とはいえ、これも美味い美味い。
俺はいちご味のそれを足気に頬張る。
「ねぇ、ロイくん。そのいちご味、美味しい?」
くれあが突然、俺の顔を覗き込んで聞いてきた。なんだか、目がきらめいてる。詰まるところ何かに「きらめいた」証拠である。一体なににきらめいたと言うのか。
「うん、そりゃ美味しいけど」
「そうなのね! 私のチョコレート味も美味しいのよ!」
そういってくれあはチョコアイスを差し出してきた。うん……え? 食べないよ? なにそのさりげなく「はい、どーぞ」みたいな仕草。食べないよ?
「……あ、あーね。チョコレート味。確かに美味しそうだね。ははっ」
「うん、とっても美味しいの! ねえ、ロイくんはこっちの味には興味ないかしら? 私は、ロイくんがそんなにも美味しそうに食べてるいちごアイスの味、とても気になるわ」
「……え、『そんなにも美味しそうに食べてる』って、いやはや流石に大袈裟だろ。普通に市販のやつとそう変わらんし。くれあが作るやつの方が百億倍美味し「私、気になるわ!」……そうかい」
くれあはやはり、チョコアイスを差し出してくる。差し出しているわりに、アイスの持ち手の部分をしっかりと摘んでいる。俺にアイスごと差し出すつもりはないらしい。まるでこのまま食べろ、とでも言いたげに。
うーんつまり、鈍感ではない俺はしっかり分かるぞ。交換、したいんだね。正確には食べさせ合いっこか。そして俺は自分のアイスに思いきり口を付けて食べているし、くれあもまた同じである。
……なんだか今日のくれあ、すごくないか?
なんて考えると、
「えいっ」
くれあが少し身を乗り出して、俺のアイスを持つ右手を優しく掴んだかと思えば、そのまま自分の顔の方へと近づけていき、ぱくっと、一口食べた。
「ふふっ、おいしい」
「……っ⁉︎」
な、なんだ今の、なんなんだ今の! なんなんなんなんなんだ今の⁉︎ えっ、なんだ今の⁉︎ なんなのさ今の!!!
「……マジ?」
「まじ、です! はい、ロイくんも食べていいよ。私のチョコアイス。二人いるんだから、それぞれ一口ずつでも交換した方がお得でしょ?」
くれあはさも当然かつ合理的な判断を下したかのように言う。さながらるるかみたいな言い草だ。……しかし、心なしか顔が赤い。なるへそ。くれあコイツ照れてるな。俺が「おちゃらけロイくん」を封印しているのをいいことに今日はずっと攻めの姿勢を貫いているが、彼女も伊達に拗らせていないってわけだ。
ならば俺も、
「それじゃ、頂こうかな」
「……えっ、なんで全然抵抗ないの。というか、……あ、やっぱり、はずかし」
「ん」
突然の攻めに弱いのはくれあも同じである。俺は躊躇なく、彼女のアイスを一口。美味である。これにてキュアット解決さ。気にしない気にしない。
「も、もう! ロイくんってば、少しは照れるくらいの甲斐性見せてよ!」
「え、なんでだ?」
「……そっ、それは、その、……だって、……間接キ──って、違う! なんてこと言わせようとするのよ!」
「いや、君が勝手に言ったんだろー?」
「…………ロイくんのいじわる」
ふいとそっぽを向いて、ボソッと一言。うん可愛い。すごく可愛い。
やっぱり俺にはこっち系が性に合う。くれあに攻めさせてたら瞬く間に攻略されそうで怖いです。この子普通にあざといんですもん。
「そういえばロイくんは、どうして遊園地を選んでくれたの?」
「……ん? 遊園地を選んだ理由、か」
アイスを食べ終わり、海の見えるベンチに腰掛けて、二人で休憩していると、くれあはそんなことを問いかけてきた。
「別に、大きな意味はないさ。だけど、俺が誰かと行ったことのあるデートスポットってのは、遊園地くらいしかないからな。水族館や動物園なんてここ以上に行き慣れないし、少しでも『回り方』が分かってるとこがいいだろ」
「……誰かと、ね」
「あ、別に恋人じゃないぜ? 普通に友達……ってより、うーんあれは」
まふる所長は俺のなんなんだろうか。上司? 先輩? 友達? あるいは頼りになるお姉さん? ……うん、やめよう。ロンドンをたつ直前に、すっかりお姉さんじゃなくなっちゃったねーとか言ったら殺されかけたね。うん。嫌な思い出だ。
「ふふっ、その苦い反応を見る感じ、本当に名前の付け難い関係だったってことはわかったわ。私も、いつか会ってみたいなぁ」
「あはは、まあ、いつかね」
バリバリ会ってましたけどねー。忘れちゃったから仕方ない。
「さて、そろそろ遊園地からは出るかな。この後は予約してあるレストラン。いやあ、俺もあそこまで高級なレストラン行くのは初めてだよ。すごく楽しみだ」
「うん、そうね。……それと、本当にお金出して貰っちゃっても大丈夫なの? 別に、私だってしっかり稼いでるんだし」
「いーの! 昨日も言ったけど、こういうとこくらい俺に格好つけさせてくれよ!」
俺は胸を張って親指を立てる。俺なら余裕である。曲がりなりにもほぼ毎日パティスリーに通っていないさ。
こういうとこ、ロイくんカッコいいポイントに繋がるんだ。財力は男の要!!
しかし、
「そんなことしなくても、ロイくんはいつもカッコいいのに」
くれあは平然とそんなことを言い放った。
「──っ、不意打ちずるい!」
「ふふっ、さっきの仕返しよ」
彼女は楽しそうにはにかんだ。まあ、この笑顔が見れたなら、俺の恥なんぞどうでもいいな。
さて、こうしてもうデートも終盤だ。暮れなずむ夕空が一日の終わりを匂わせて、ぽつりぽつりと街明かりがきらめき始める。
あんなちゃんみくるちゃんジェットさん俺の合同会議の結果、プレゼントを渡すのは一番最後ではなく、ロマンチックな夕暮れ時が良いよね、という話になっている。つまり今が最大の好機。
「なあ、くれあ。じつは一つ、君に渡したいものがあるんだ」
「……え?」
俺はさっきまでの和やかな雰囲気から一転して、少々真面目に向き直る。別に告白でもあるまいのに、どうしてか一層に胸が高鳴るのは何故だろうか。
「……今回のデートのきっかけとかも含めて、最近俺は君に随分と悲しい思いをさせてしまったり、してさ。まあそれだけじゃないんだけど……いつもの感謝の気持ちとかも、全部含めてさ」
俺はカバンから、その小さな包装を取り出す。百合の花の意匠が施された、薄い水色を基調とした包装だ。金色でプリティホリックのロゴが刻まれていた。
くれあはその包装を見て、わずかに目を見開いた。
なにかを言うでもなく、その瞳は小さく揺れていた。
彼女の顔が赤いのは、夕暮れのせいか、あるいは……なんて、こんなベタな形容が叶うからこそ、夕暮れ時は良いのだろう。俺の顔の火照りも、一緒に誤魔化してくれる。
「……この包装、もしかしてプリティホリック?」
「ああ、店長から、君が欲しがっていたって聞いてね。包装の百合のデザインと……あと中のモノは特注だ。ジェットさんに頼んだ」
「……特注。あの、今、開けても、いい?」
「もちろんさ」
頷くと、くれあはどこか落ち着かない様子で、丁寧に包装を外し始めた。外そうと、した。そして──
その中身が、彼女の目に入った瞬間である。
「──きゃっ」
「…………は? っと」
直後、くれあの体に衝撃が与えられ、俺の方によろける。俺は当然、彼女を脊髄反射で支える。プレゼントがない。地面に落とした? いや──
「はっはっは! お楽しみのところ悪いが、これは貰っていくぜ!」
俺たちの目の前に、そいつはいた。
灰色の羽織、赤い歌舞伎のような化粧、下駄を履いた大男。
俺は、そいつを知っている。
──怪盗団ファントム。
そいつの名前なんぞ口にする間もなく、朗らかに豪快に笑った奴は、それ──俺のくれあに送ったプレゼントを強奪して、逃げて行った。
「……あ、あの人、えっ、どうして」
俺の服がきゅっと掴まれる。くれあだ。彼女は混乱したように、迷子になった子供のように、その状況を飲み込めず、怯えていた。なにせ今の彼女は一般人だった。こんなこと、当たり前だった。
「…………」
一度、深呼吸。ここで俺まで取り乱せば、終ぞ逃げられる。
しかしな、
なるほど、なるほど、そうくるか。
よりにもよって、アレに、マコトジュエルが宿ったか。俺の想いか、あるいはくれあの想いか。……タイミング的に、後者だろう。ますます度し難い。
さて、
るるか──アルカナには悪いが、俺はたった今あの組織を壊滅させると心に決めた。むしろあいつだって協力してくれるはずだ。敵なんだから。
俺とアイツならあの組織にも勝てる。ウソノワールボコしてエクレールのマコトジュエル取り返してそれでお終いだ。
ってことで、
今にも高速で飛び立とうとしていた俺は、腕を掴まれる。
「……なに?」
想像以上に冷たい声が出た。……ああ、ダメだ。今のはダメだ、良くない。本当に良くない。彼女に矛先を向けるなど、絶対に許されない。気をつけないと。傷つけてしまう。
「……ごめん。それで、どうしたんだい?」
「い、いや、ロイくん、そのっ、危ないよ! あの人すごく体がおっきく「関係ないさ」……え、」
俺は彼女を制止する。
「くれあ、君はそこにいてくれよ。アイツは俺が殺してくる。ここまで不快な気分になったのはあの時以来だよ。殺す。苦しめて殺す。東京湾に沈める。ああでもその前に裸にひん剥いで土下座させる。あとちょっと俺の新技の的になってもらう。オールレンジの試し撃ちだ。だから……絶対取り返すから、待っててくれ」
「ダメよ! ロイくんを危険に晒すわけにはいかない! あの人は私がフライング・インフィニティで倒すから……って、え、あれ、フライング、あれ?」
「やめとけ。考えるな。自分の記憶に反抗するな。ほら、自分の手、見てみな」
「……え? ──っ、痛っ、……あ、手、血が」
くれあの両手は血だらけだった。無意識に強く握りすぎていたのだろう。爪が食い込んでいた。彼女も、心の底から悔しがっていた。……とにかく、この傷もアイツのせいだ。
それに、手首に付けられた彼女のシュシュも明らかに殺気を放ってる。うんうん親友、お前の気持ちは分かるぜ。でも俺が代わりに殺してくるから。お前は一生シュシュでいな。
「大丈夫さ、くれあ。……俺、強いから」
「っ、そんな」
ファントム一人に苦戦するほど弱くはない。ウソノワールに単騎で勝てるかと言われれば無理だが、幹部程度問題ない。
そして、今度こそ俺は覚悟を決める。
しかし、ことごとく間は悪かった。
「……さて、んじゃ気を取りなおして、俺はあのデカブツをボコボコに「ロイさん!くれあさん!」──チッ、今度はなんだよ」
誰にも届かない声量で悪態をついて、声のする方を見れば──
「……ん? あれ、あんなちゃんにみくるちゃんじゃないか」
「はい! 今、ファントムが!」
対ファントムのスペシャリストの登場だ。あんなとみくるだった。彼女らも相当焦った様子である。
「ゴウエモンです! 変装とかはしないし、追いかければ無理に逃げず応戦してくるので、まだ間に合います!」
「……君たちも見てたか。いいよ。俺も今すぐ追いかけるから」
「大丈夫です! あの人たちは危険なので、ここは私たちに任せてください!」
「…………」
……まあ、そう言うだろうなとは思っていた。
なるほどこれは純粋な善意である。正直ありがた迷惑だが……まあ、二人は俺をただの一般人だと思っている。その言動は理にかなったものだ。
「……ロイくん」
くれあはどこか不安そうに、泣きそうな様子で、引き止めるように、俺の手を握ってくる。それがますます、ファントムへの苛立ちを募らせ、同時に彼女を一人にしたくないという気持ちを増大させる。
だが、そうか。
その通りかもしれない。ここまで怯えたくれあを放置するわけにはいかないし、プリキュアに任せれば、多分プレゼントは取り返してくれる。俺がファントムへの私怨を捨てれば良いだけの話だ。
加えて、ここで俺がしゃしゃり出ても、探偵事務所の二人に情報を与えてしまうだけだ。彼女らにとっての「蓮堂ロイ」は、まだ一般人である必要がある。ならば──
「……頼むよ、二人とも。あの人を殺──じゃなくて、やっつけて、どうか、プレゼントを取り返してくれ」
「「はい! 任せてください」」
俺たちに一礼すると、二人は奴が逃げた方へと走っていった。本当に、良い子達だ。だからこそ、巻き込んでしまって申し訳ないとも思う。
「彼女たちなら必ず取り返してくれるよ、くれあ」
「……うん」
そしてその場には、
ただ奪われることしかできなかった俺と彼女だけが、静かに立ちすくんでいた。