帆羽くれあヤンデレ概念 作:あわわぜ
「あ、ロイくん。いらっしゃいませ」
いつものようにパティスリーのドアを開けると、いつものようにくれあが笑顔で出迎えてくれる。
「おはよ、くれあ。今日もオススメのやつで」
いつものように挨拶し、いつものように注文し、
「ふふっ、ご注文承りました」
いつものように返事がくる。
いつものように平日の朝、いつものようにあまり客がおらず、俺はいつものように、静かなひとときを満喫できる。
なにもかもがいつも通り。それこそ違いなんてものを、強いて挙げてみるならば、
「お待たせしました。チョコレートケーキとチーズケーキ、バニラアイスとアールグレイ紅茶になります。……ゆっくりして行ってね。お客さんもいないし、私もご一緒していいかしら?」
「ん、構わんよ。ゆっくりお茶でもしよう。……あと、そのフレグランス使ってくれてるんだな。いいと思うぜ」
「……あ、うん! そう言ってもらえて嬉しい!」
世辞も抜きに思ったことを伝えれば、くれあも頬をあからめて、嬉しそうにはにかんだ。何も変わらない、いつものように、可愛い笑顔。
そうだな。違いなんてものを強いて挙げてみるならば、彼女から微かに百合の香りがすることくらいだろうか。それ以外はいつも通りだ。
──あんなことがあったにもかかわらず、俺とくれあはあまりにいつも通りだったのだ。むしろ、
「……ロイくんってば、今日はなんだか上の空ね。ふふっ、ぼーっとしてる姿も可愛くて好きだけど、やっぱりなにかあったの? 悩みがあるなら聞くわよ?」
それは、いつも通りの柔らかさだけど、今までとは少しだけ雰囲気の異なる、どこか熱を帯びた微笑みだった。
それは、いつも通りの振る舞いに準拠しているようだけど、
むしろ、そんな「いつも通り」の中で、くれあは確実に俺に対する態度を変えていたのである。……それも、まったく予想外な方向性で。
てっきり俺は、もう前みたいな関係すら壊れてしまうものかと思っていた。
くれあには距離でも置かれるかと思っていた。
心の壁に阻まれて、純粋な心持ちで恋慕することなど既に叶わないと思っていた。
デートでの一件以降、もうパティスリーに通うことすらやめようかと、最初はバカ真面目にも思い悩んだりした。
でも、くれあは俺に対して「いつも通り」に接したのである。俺に振られた彼女は、俺に対してむしろ積極的な様子を見せた。
なんで積極的なのか。それが分からない俺じゃない。
それは、彼女に「まだ諦めたくない」という意思がある証拠なんだろう。俺に振られてもなお、俺を諦めるつもりがないという証拠なんだろう。しかしそれはまた、ある意味で俺に安逸を貪らせるものなのだ。
「そう黙り込まないで。話せば楽になることもあると思うの」
と、くれあは言ってくれるが、
「うーん、悩みってほどじゃないんだ。──ただ、無責任かもしれないけどさ、俺は今、すごく…………いや、やめとくよ。やっぱり無責任だ。あまりに無責任」
「……?」
今、すごく幸せなんだ。と言おうとして、やめた。
無責任。そう、無責任だ。謙虚な姿勢で安逸を貪るならまだしも、「安逸だなぁ、幸せだなぁ」と声に出して、その安逸に堂々と安住しようとしてしまうのは、あまりに無責任だろう。
本来なら気まずい空気間違いなしなのだ。それなのに、くれあは「いつも通り」でいてくれてる。俺は、それを当たり前のものと思ってはいけない。その「いつも通り」に堂々と安住してはいけないのだ。
だってそうしたら、このままずっと状況は変わらないだろう。
くれあは多分、やる気だ。一度振られたからなんだというような心意気だ。デートが終わって一日、二日、三日、一週間と、どんどん日々が過ぎ去っていくが、彼女はまるで振られたことなど嘘であるかのように、「いつも通り」を装いつつ、その距離だけは着々と詰めてきているのだ。
俺も──、
……なんて自戒の念を抱いていると、
「あ、またぼけっとしてるわ! せっかく店には私たち二人だけなのに、少し冷たくないかしら。……もうっ、こうなったら、──えいっ」
腕に柔らかな感触。
──あ、ほら、今度は腕絡めてきた。当たってる。当たってるよ。……ん、当ててんのよね。分かるよ。ちくしょうあざといな。結婚してぇな。
と、まあこんな感じだ。こんな調子なのだ。こんなの堪らないのだ。俺の中のくれあへの恋慕は、どんどん膨らんでいく一方なのだ。
「……わ、わかった。わかったから。とりあえず手は離してくれないかな。ケーキ食えないんだけど」
「じゃあ、私が食べさせてあげましょうか? あーん、ってする?」
ほらほらほらぁ! これだよ! 頭おかしくなる! これを断るって? 無理だよ! そんなの無理なの! ずっと大好きだった女の子なんだぞ! その子が俺を好きって言ってくれて! 公然と腕絡めてきたり、「あーん」とかしてくれたりするんだぞ! こんなの切り捨てられてたまるか!
「……ぜひお願いします」
「やった! はい、あーん!」
ああ、ダメだこりゃ、やっぱり安逸貪っちゃうよ。彼女の無条件かつ一方的な愛に安住しちゃうよ。一方的とかダメなのに、こっちも返さなきゃなのに、……もう幸せなんだよ。なんなんだよこの可愛い生き物は。
いやしかし、くれあもなぁ、もう遠慮もないんだよな。この前の件で俺に「好き」って伝えちゃった以上、もはやその感情を隠さなくなったのだ。
でもさ、普通に考えてさ。相手に振られて、自分の恋が完全な片思いって自覚しちゃった女の子に、こんな大胆なことはできないだろう。
だからさ、
そういうこと、なんだよな。
なら、せめて「言葉」だけでも返したいと思うんだ。
「なあ、くれあ。俺さ、俺だってさ、くれあのことが本当に──「いいよ」……ん」
言おうとして、遮られた。
「言わせちゃくれないか」
「いいよ、言わなくて。ロイくんの気持ちくらい知ってるよ。でも、恋人にはなれないんでしょう? だから〝まだ〟言わなくていい」
「……そっか。ごめん」
まあ、そうだろうな。この恋が両思いであることは、すでにお互い確信していることなんだ。自明の理なんだ。
「なあ、いつから分かってたんだ?」
「あはは、そこ聞いちゃうのね」
くれあは冗談っぽく笑った、が、答えないというわけでもないらしかった。少し考えるような仕草を見せてから、ゆっくりと口を開いたのだ。
「……でも、うん。どうだったかしら。前々からあなたは私を『好き』とか『愛してる』とか言ってくれてたでしょ。あれが冗談だったなんて思ってなかったわ。だから、そういう意味では、かなり前から気づいていたのかもしれないわね」
彼女はそう答えつつも、イマイチ煮え切らない様子。
「でもね、なにより──」
そして案の定とでもいうべきか、
──私が告白したときのロイくん、すごく辛そうだったけど、同時にすごく嬉しそうだったもの。
案の定、そんな風に付け足された。
「好きでもない相手から告白されて、あんな複雑な表情はしないと思う。一瞬、あなたが『はい』って頷いてくれようとしていたのも分かる。私の告白を受け入れようとしていたのも分かる。でも直前で何かに抵抗を覚えて、結局、さながら断腸の思いで私を振ったのも、分かるの」
彼女はどことなく寂しげに、言った。
「……俺、そんなにわかりやすいか?」
「ふふっ、そんなことはないと思うよ。でも私はロイくんのこと
くれあはにっこり笑って、腕への抱擁を強くした。もう離すつもりはないらしい。あの瞬間をもって、ある意味で彼女の憂慮した「曖昧な関係」は終わったのだ。今の彼女は満足そうだった。満足そうに、アタックしてくる。
でも実際のところ、俺はこんなのでくれあを満足させたくはないのだ。
だから、これだけは言わせてもらう。
「──うん、待ってて欲しい。ずっと待たせたりは、しないから」
「……え?」
俺が応えると、くれあは素っ頓狂な声をあげて、目を丸くした。よもや肯定されるとは思っていなかったらしい。でも、俺もまた、この数日で改めて覚悟を決めたのだ。
──やはり俺は、くれあと添い遂げたい。
これは、絶対だ。俺はくれあと付き合いたい。結婚したい。幸せにしたい。──そして、共に眠りたい。
確かにそのためには、あまりに大きな問題がある。無論それを無視するつもりはない。これは、試練だ。
だからこそ、俺は乗り越えてみせる。前々から乗り越えようとはしていた。でも一歩が踏み出せなかったのだ。そして、くれあの記憶が失われたことを皮切りに、俺は絶望に暮れて、そのまま有耶無耶になったのだ。
くれあが全てを忘れてしまったのなら、もうこの恋はいいかなと思っていた。いっそエクレールのマコトジュエルを破壊して、るるかと一緒に世界を救ってお終いでいいかなと思っていた。……少なくとも、「記憶を失った帆羽くれあ」とラブロマンスなんて繰り広げるつもりはなかったのだ。
でも現実は、こうなのだ。彼女が再び俺を愛してしまったように、俺もまた再び、彼女と結ばれる未来への希望を、取り戻してしまっていたのだ。
「くれあ」
「え、ええと、ロイくん……?」
やや困惑して顔が紅潮したくれあに、俺は向き直って告げる。
「任せてくれ。俺は絶対に、堂々と笑顔で、君を受け止められる人間になってみせるから」
⚡︎──⚡︎
パティスリーチュチュ──ではなく普通のチェーン店のアイス屋。俺が入店すれば、るるかはすでに座っていた。
「さて、突然の呼び出して悪かったな。元気にしてたか?」
「……ん、微妙。それにしても、あなたの方から私を呼び出すなんて珍しい。このあいだ痛めつけただけじゃ物足りなかったのかしら──偽アルカナシャドウ」
やぁやぁと気前よく挨拶してみれば、スッと目を細めた彼女の容赦ない睥睨が突き刺さった。怖ぇよ。ティアアルカナロッドで殴られるのはすごく痛かったのだ。もう御免である。
「……ぷぷっ」
「笑わないで、マシュタン」
一方で、彼女のおとも妖精は相変わらず愉快な様子。とりわけマシュタンは偽アルカナシャドウに好意的らしい。理由は「面白いから」なんだって。
「ま、まぁさ、一旦落ち着こうぜ? 今回は別件だよ。偽アルカナシャドウの話はまた今度。うん、どうでもいいだろ俺がアルカナもどきで遊んでることなんて」
「どうでもいいとか言ってる割には、随分と頻度が多いようね。ファントムの報告で確認できる限り、すでに三回、あの姿でプリキュアたちの前に現れてるわ」
「……バレてる」
バレてた。プレゼントを巡ってゴウエモンとドンパチしたのが一回目。その次の日にるるかに叩かれた。しかし俺は懲りずに追加で二回「偽アルカナシャドウ」をやっている。
「ふふふっ、アナタってば、随分あの探偵さんたちと仲良くなっているようじゃない」
「いや別に、仲良くしてるつもりはないんだがな」
マシュタンに指摘され、即刻で否定する。マジで仲良くなったつもりはないんだ。
俺が追加で「偽アルカナシャドウ」したのだって、そのとき居合わせた事件がくれあとかパティスリーに関係していたからだ。
店長やくれあに迷惑がかからないようにするため、俺の方から先手を打って、プリキュアのハンニンダー討伐に助力しただけである。
……ま、おかげで最近はヒヤヒヤすることも多いがな。
なにせ「くれあ」や「ロイ」が事件現場に関わったときに限って、必然的に偽アルカナシャドウが現れるのだ。たぶん探偵さんたちからしても、ちょっと不自然に感じるだろう。余計な「推理要素」を与えてしまったかもしれない。
「とにかく、偽アルカナシャドウはやめて。こっちが恥ずかしいから」
「……はいはい。善処しますよっと」
軽く受け流す。でも無理な話だ。多分、まだお世話になると思うからね。だってあれ便利なんだもん。あの姿なら俺の正体を誤魔化せる。白昼堂々と能力を使えるのは強い。まあ、かといって使いすぎは体に良くないが。
「ってことで、そろそろ本題に入るぜ」
俺はそうして話題を転換した。ここからは少しばかり真面目な話だ。こちらも姿勢を正す。すると、るるかとマシュタンも何かを察したのか、息を呑んだように発言を待つ。
「……まあ要するにさ、俺が今日るるかに聞きたいのは、ウソノワールに関する情報。主に奴の能力と……詳細だよ」
「──っ」
その質問の意図を、るるかは真っ先に理解したようだった。