帆羽くれあヤンデレ概念 作:あわわぜ
「お待たせしました。ダークチョコレートと、キャラメルです」
日曜日も、すっかり昼下がり。
今日も今日とて朝から店に来てくれたロイくんと、一時間ほどお茶をして、彼を見送って、その後も接客やケーキ作りに勤しんで、やっとのことで休憩に入っていたころだ。
滅多に見ないが、しかし確かに見覚えのある客がやってきた。
「あの、るるかさん、ですよね」
「あら、知っているのね」
テラス席に座る彼女に注文のアイスを届けた私は、すぐには立ち去らなかった。彼女には見覚えがあった。むしろ見覚えしかなかった。
「ロイくんのお友達なんでしょう? 彼から話は聞いています。……それに、あのときはちょっと驚いて考える暇もなかったけれど……るるかさんって今までも、たまにウチの店に来てくれてましたよね。ありがとうございます」
「……ん、別に美味しいから来てるだけ」
るるかさんは特に大きなリアクションも見せず、淡々と応答した。
──森亜るるか。
本名はこれだ。前にロイくんに尋ねれば、気まずそうにしながらも教えてくれた。
私が彼女について知る情報は決して多くない。
せいぜい、彼の旧友にしてアイスが好きってことくらい。あと、ロイくん自身は恋愛関係こそ否定していたが、少なくとも、彼とかなり親密な関係にあると思われる女の子。
まあ、ロイくんの言うことは本当なんだろう。二人は決して恋人関係にあるわけではないんだろう。私は彼を信じている。だから〝少なくとも〟ロイくんは、るるかさんに対して恋愛感情を抱いてはいないはずだ。なにせ彼の好きな人は──
「なんだか楽しそうね。ロイのことでも考えてるの?」
「……っ、な、なんのことですか?」
予想外の方向から切り込んできた。
根性。店員としての意地で、せめて笑顔だけは崩さない。
それにしても……るるかさんがサラッと彼の名前を呼んだ。名前で呼んだ。呼び捨てで。その口角はわずかに上がってる。この子、無表情かと思ったけど、こんな風に笑えるんだ。ロイくんのことを話題に出して、そんな風に。
そうだ。
忘れてはいない。るるかさんはあの時、確かに私の姿を確認した上で、ロイくんの頬にキスをした。彼は焦っていたが、あのときの彼女はどこか期待するような様子だった。
「……」
私が言葉を紡げずにいると、
「ん、別にね。私、あなたのロイを取るつもりはないわ。本人の言う通り、私と彼は単なる友人。それ以上でも以下でもない」
なにかを察したらしいるるかさんが、なんの感情もなく告げた。弁解とか言い訳とかではなく、本当に事務的に、事実を告げただけのようだった。
「そう、ですか」
いまいち煮え切らないけど、
……まあ、確かにそうなのかもしれない。
あのキスだって、彼に秋波を送っていたというわけでもなさそうだった。なにか裏でもありそうな仕草だった。ロイくん自身もすごく驚いていたし。
でも、あれはなにかを知っている人間の目だ。とにかくるるかさんは、私の知らない「ロイくん」を知っている。それは間違いない。
間違い、ないんだけど、
──じゃあ、どうするの?
そこで、私は我に返る。
どうするか。どうしようもない。
だって、るるかさんが知っていて私が知らないってことは、少なくともロイくんはそのつもりだってことだ。私に、故意で隠しているのだ。
もとより、彼について謎に包まれた部分は多い。
例えば、彼は怪盗団ファントムとやらに対抗する手段を持ち合わせている。私みたいに一般人なら、その場で怯えることしかできないのに。彼はそうじゃない。
例えば、彼は私と同い年にもかかわらず、毎日のようにパティスリーに通えたり、高級なレストランを予約できたりする。そもそも彼が平日も土日も毎日店に来ていることを鑑みれば、学校に通っているとも、就職しているとも思えない。
そして、
──例えば、彼は私と両思いだって分かっているのに、交際には極端なまでに消極的だ。
こんな風に、どうしようもない謎がたくさんある。できることなら全部知りたいとすら思う。でも、他でもない彼自身が、自分の意思で隠しているのだ。だから、それを無理やり暴くことなんてできない。相手の心の扉をこじ開けるなんて、一番やっちゃいけないことだ。
それに私は、そんな些細な秘密なんて全部どうでもよくなってしまうくらいには、ロイくんのことが好きなんだ。愛してるんだ。彼に振られても、彼に隠されても、それでもいつか、彼が応えてくれることを信じている。信じているんだから、無理に暴こうとしなくていいじゃない。
『──うん、待ってて欲しい。ずっと待たせたりは、しないから』
ロイくんはそう言ってくれた。彼は嘘なんてつかない。あのとき、彼は本気で、なにかしらの覚悟を決めていた。なら私は待てる。何年でも、彼の側で待ってみせる。
だから、
「……そうですね。確かに私は、今ロイくんのことを考えてます。だってるるかさん、彼と随分仲が良いみたいですから。でも、私はなにも聞きませんよ」
私は毅然とした態度で言った。すると、
「そう。やっぱりあなたは、強い」
るるかさんを取り巻く雰囲気が、ほんの少しだけ弛緩した。その声色には純粋な感心が含まれているようで……でも、それだけじゃない気がした。
私はそんな彼女に、なんだか懐かしい感じを覚えた。
「……ぁ」
──同じだ。
なんとはなしに、そう思った。これは、同じだ。あのときと、同じ。私が初対面のロイくんに対して感じた、なんだかとても安心する雰囲気だ。
「(るるか、……あれ、ううん。私はこの子とは殆ど関わりもないはず)」
でも、なんでだろう。るるかさんに対して僅かながら感じていた嫉妬は、もうなかった。それどころか、彼女に向けていた警戒心すらも、いつの間にか解けている。
ああ、やっぱりこの子、別に悪い子じゃ──
「さて……これは、あなたに」
「……?」
なんて思った矢先、るるかさんは一枚のカードを手渡してきた。まるで狙ったかのようなタイミングだった。とりあえず、内容を確認する。
「えっと、」
──本日6時、『写真』をいただく。怪盗団ファントム。
「……写真?」
「ええ」
彼女の視線を辿れば、それは店内へ。壁に飾られている写真を捉えていた。若い頃の浅井店長が、パリで友人たちと撮った写真だった。彼が「俳優の金城さんに似てるでしょ?」と言って、ロイくんが鼻で笑い飛ばした、その写真だった。
「私たち怪盗団ファントムは、その写真をいただくわ」
こちらの困惑など気にも留めず、るるかさんは泰然と言った。ジョークなどでは、なさそうだった。
「るるかさんが、怪盗? ……信じられません。だってあなた、悪い人には見えませんもの」
さっきの柔らかな雰囲気。あれは嘘なんかじゃない。彼女は、人の大切なモノを盗むような人じゃないはずだ。
「…………」
私が否定すれば、るるかさんは一瞬面食らったような顔をした。少しだけ唇を噛んでいた。
そして、言った。底冷えするような声で、感情の滲んだ声で、
「……あなたに、私のなにが分かるの。私の、なにを知ってるって言うの」
「それは……」
詰まった。
そんなの、答えられるわけもない。だって、私は彼女について何も知らない。そもそも「盗むような人じゃないはず」って、「はず」ってなんだろう。私は、咄嗟に放った自分の言葉に、次の言葉を詰まらせた。
「まあ、いいわ。そういうことだから、もう戻って。アイス、溶けるから」
すぐに彼女は興味をなくしたような素振りで、こちらから意識を逸らした。
私は、店員だ。そして彼女は客だ。戻っていいと言われれば黙って戻るべきだし、客の事情にしつこく首を突っ込むなんて、あってはならない。
でも、これだけは言っておきたかった。
「……一つだけ、知ってます」
我ながら、どうしてここまで必死になっているのか分からなかった。
「今までるるかさんがチュチュに来てくれた回数は……今回を除いても、たった三回ですよね。……でも、その三回とも、あなたはとても美味しそうにアイスを食べていたんです。それだけは、知っています」
「っ」
再び、彼女の瞳が揺れた。今は、これが限界だろう。私は、これ以上彼女に何を伝えることもできない。伝える手段が、ない。今は引こう。
「……写真は渡せません。それじゃあ、ごゆっくりどうぞ」
丁寧に言い残して、私は店内に戻った。
⚡︎──⚡︎
空が橙色に染まる頃。パティスリーチュチュの前。
「もうすぐ、夕方の六時。予告状の時間ね。本当に来るのかしら」
くれあが心配そうな様子で言う。今回の件、彼女は真っ先にロイに相談し、探偵事務所まで一緒についてきてもらおうと考えていた。彼がいると何かと心強いのだ。
しかし、なぜか今日に限ってロイと連絡が取れなかった。結果、一人で依頼しに行った。
こうして、今がこうである。みくるとあんな、そしてジェットが、依頼をもとに今この場に揃っている。
「……きっと平気、よね」
「ええ、大丈夫です。でも、今回戦う相手はるるかさん。手強い相手です。どんな手を使ってくるか……」
「また変装してやってくるかもしれないよね」
一方で、探偵二人は悩ましげに対策を練ろうとしている。るるかは他のファントムと違って「ハンニンダー」を使用しない。だがその分、本人の戦闘力が非常に高いのだ。
「でもなぁ、うーん。今更どうこう考えても思いつかないなぁ」
「ま、どうこようと写真は盗ませない。……そうだろ?」
「うん。ジェット先輩の言う通りだよ、みくる! 私たち二人なら、きっと守れる!」
こうして彼女らは覚悟を決めたようである。いつでも戦闘体制に入れるようにする。変装してくるか。はたまたこっそり盗みにくるか。
──しかしながら、実際は、そんな二人の予想を大きく裏切ることとなる。
「あら、随分と気合いが入っているのね」
突如、前方から足音が響き、それは訪れた。黒を基調とした洋服、手には紫色のぬいぐるみ。紛うことなき、森亜るるかだった。
「え、正面から……!」
そう。彼女は店の正面入り口を目掛けて、堂々とやってきたのだ。さすがの探偵二人も想定外の事態だった。
「案の定、探偵さんに頼ったのかしら。賢明だわ」
「そうですね。だって、それがあなたの望みなんでしょう?」
とはいえ、動じていない者もいた。くれあだった。
「だって店に来たとき、写真を奪う隙なんていくらでもあったはず。でも、実際はわざわざ予告状なんて渡してきたんです。それは、きっと私がキュアット探偵事務所に依頼を出すよう仕向けるためでしょう」
「ふぅん、面白い推理ね」
るるかは、あたかも嗤うように、笑った。挑発のそれだった。しかし、それでもくれあは動じない。冷静な様子で続けた。
「それに……ロイくんと連絡が取れないんです。なにか、知っていますか」
「さあ、知らないわね」
るるかは歯牙にもかけず否定する。
「……っ、ロイさん」
「大丈夫だよみくる、あの人はきっと無事だから」
あんなとみくるも、るるかを警戒するように見据えていた。
ロイと連絡が取れないこと。そして、ロイとるるかがどうやら知り合いであること。これらの事実は、すでにくれあより聞かされている。
くれあ自身はるるかの善性を未だ信じているが、かといって探偵二人は、目の前の怪盗がロイに手を出した可能性も、決して捨ててはいないのだ。
「とにかく、写真を渡すわけにはいかないんだ。森亜るるか」
ジェットも、落ち着きを払った様子で言い張る。あんなとみくるも、ジュエルキュアウォッチに手を掛けようとしていた。しかし、そのとき──
「──ふふ、もう遅いんだよねぇ。ごめんね探偵さん。これは貰っていくから!」
彼女たちの後方。つまりパティスリーチュチュの正面玄関が勢いよく開いた。調子良さげな明るい声が、その場に響く。
そこには、
「……は? るるかさんが、二人?」
「で、でも全然様子が違う!」
そこには、森亜るるかがいた。どこからどう見ても森亜るるかだ。目の前にいたはずのるるかが、今度は後ろにいる。──否、「るるかさんが二人」と、みくるの言葉通り、前にも後ろにも森亜るるかがいたのだ。
しかし、後方のるるかは様子がおかしかった。まるで目の前のるるかと区別でもするように、その服は白を基調としたものだった。加えて、その声の明るさも、ましてや口調すらも、普通のるるかとは異なっている。
「様子が違う、ね。まあ、もう変に『演じる』必要は無くなったんだよ。この通り、本物サマからのお墨付きなのさ」
後方のるるか──白るるかとでも形容すべきか。彼女はにこっと無邪気に笑い、飄々と告げた。それはつまり──
「もしかして、偽アルカナシャドウ!?」
「るるかさんは囮だった……ってこと!?」
「そうだよ! 探偵さんなんだから、もっと早く気づいて欲しかったなぁ」
白るるかはわざとらしく肩をすくめる。
「で、でもっ、あなたは私たちを助けてくれたじゃないですか! ファントムとも敵対してたはず! どうして彼らに協力しているんですか!」
あんなが当惑を隠すこともできず、問い詰める。が、白るるかはすぐに首を横に振った。
「助けはしたけど、味方じゃないって言ったでしょ? あと、別にファントムに協力してるわけじゃないよ。ただ、るるかと個人的に協力関係を結んでるだけ。契約だよ、契約。ねー、るるか」
「ええ、そうね。でも私の姿で、あまり変なことを言わないで」
「ちぇっ、釣れないなぁ。わかったよー」
拗ねたように視線を逸らす。こうして「森亜るるか」を取り繕わなくなった白るるかの口調は、ある意味で前よりもわざとらしいものだった。
そして、
「ということで探偵さん。悪いけれど、こっちにも後がないのよ。今回ばかりは、本当にマコトジュエルを盗ませてもらうから。──さあ、行って」
「りょーかい! 任せてくださいなっと。んじゃ、またね」
その目に星を宿した白るるかは、超高速で逃亡を開始した。あんなたちも、それをすぐに追いかける。その更に後ろから、るるかもゆっくりとそれに続く。
こうしてパティスリーチュチュの前は、静かになった。
やがて後には、
「……嘘、でしょ。あれ、もしかして、」
──ロイくん?
かつてないほど顔を青くしたくれあが、一人立ちすくんでいた。
プリキュア極楽湯コラボ初日に行ってきました。入館料920円なのにグッズ代5000円とはどういう了見じゃい。