帆羽くれあヤンデレ概念 作:あわわぜ
やあこんにちは。今日も今日とてこの場所からお送りいたします。ロイくんです。
さて、もはや再度繰り返し説明するのも野暮でありましょう、見慣れたチュチュの、テラス席でございます。
「……暑っちぃなぁ」
にしても、いい天気だね。いい天気だと、本当に暑いね。数メートル先がぼんやり歪んでるよ。蜃気楼だね。
うん。蜃気楼が見えたらもう暑い。蝉時雨がうるさければもう暑い。アイスがとりわけ美味しいならば、もう暑い。つまりは夏の日、ここに極まれり、だね。
ところで真夏の蝉の鳴き声を「時雨」に例えるのって、すごくおしゃれだと思うんだよね。刹那に降る強い雨のごとく、彼らは刹那の寿命で強く鳴き続けるのよね。
……うん。これはこれで、もはや冗長としか言いようのない俺の寿命とは、また別の意味で虚しさみたいなのがあって──
「……ねえ、ロイくん」
と、俺の現実逃避はそこで打ち切られた。誰の声よりも聞き慣れた、優しげでよく通るふんわりした声が、俺の抒情を遮った。
いい声だ。さながら耳が浄化されそうな勢い。だが、今はそうもいかなかった。
「えと、な、なんでしょうか」
「なんでしょうか、じゃないのだけれど」
「……」
言い忘れていましたけど、今、俺はすごくピンチです。
いやはや、正確にはまだ「ピンチ」ではないのです。が、いかにもこれからピンチになりそうな雰囲気が、店内に帆羽帆羽……もといほわほわ漂ってるんですよね。
も、もう今にも爆発しそうでして……!
「ねえ、最近ロイくんは、私への隠し事が多すぎる気がすると思うの」
「……うっ」
ほらきたぁ!!
きたよ。
まっっっっったく、心当たりが有りすぎますねぇ。
どうしようどうしよう。
「ねえ、ロイくん?」
「は、はいっ。ところでくれあさん、今日は一段とお美し「ロイくん」……申し開きもありません。いっそ殺してくれ」
目が怖い。詰みだ。
──隠し事。うむ、その通りだ。むしろ、ここまでよく踏み込まれなかったなぁと、くれあの優しさに感動する今日このごろだ。
仏の顔も三度までと言うものだろうか。るるか恋人疑惑。告白への煮えきらない返事。偽アルカナシャドウ。──そして、ファントムへの協力。
……あ、うん。三度どころじゃねぇわ。余裕でスリーアウト超えてるね。
「ロイくんは学校通ってないの?」とか「ロイくんってお金に余裕があるのね。働いてるの?」とか「どうしてこのシュシュを洗濯したらダメなの?」とか「ロイくん、ご両親はどこに住んでいらっしゃるのかしら? お友達として、是非ご挨拶に伺いたいわ!」とか、こういう細かいのも、のらりくらりと躱してきたような男だ。
躱した猜疑は数知れず、虚飾と秘密で包み込む。──俺がプリキュアになれない理由がぎゅっと詰まってるね。
「なあ、くれあ。俺の殺し方についてだけど、できるだけ苦しんで死ねるようにしてほしくて、」
「殺しません。もちろん、また死のうとするのもダメよ?」
パティシエ服のくれあは上品にティーカップを置いたかと思えば、空いた指で机をトントン叩いて、不機嫌そうにむっとする。可愛い。
でもね、実は死ぬ気はありません。殺される気もありません。今のは冗談です。
……ほんとですよ?
今回に関してはマジで冗談だ。本当の本当に、死ぬ気も殺される気もない。俺も前とは違うんだ。
「ねえ、ロイくん。私のこと悲しませないって言ったよね。あなたが……もし本当に死んじゃったら、私はもう、」
「……っ」
とはいえ、くれあの目には依然として心配の色が浮かんでいた。前科持ちの宿命だろうか。彼女は本当に、俺がいなくなってしまうことを恐れている。だからこそ、絶対にやらない。
「……もうしないさ。今回のは本気じゃないよ。冗談冗談」
「信用できません。あの時もそう言いながら、本気だったから」
「んー、ぐぅの音も出ない」
思い返すはあの日である。るるかとの邂逅を見られたときだ。俺はくれあの悲しい顔に耐えられなくて、思わずヤケになってしまっていた。
……まあ、
要するに、あのときの俺はまだ覚悟が決まってなかった。彼女の悲しそうな顔に耐えられるようなメンタルでもなかった。弱く、軽薄だった。
でも、今は違うんだ。一度記憶を失ったくれあは、俺なんかを
「それにロイくん、最近は『好き』とか『愛してる』とか、すっかり言ってくれなくなっちゃったわね」
「……あう。そ、それはだね──」
また次の罪状が上がった。俺はもうダメかもしれない。
本当に、耳が痛い話だ。
確かに、彼女にそういった言葉を掛けることは、もはや俺にとってクセみたいになっていた。
今となっては後悔しかない。俺はこの子がずっと大好きで、話してるだけでも、とめどなく「想い」が溢れてしまう。でも告白なんてできたものじゃない。
その結果、ああなった。
要するに、あれは「愛してる」の安売りだろう。俺の溢れた「想い」だけを軽いノリで消化して、この子との関係を変えてしまうほどの核心には迫らない。
この子との関係を停滞させながらも、俺は一方的に愛を唄う。
俺とこの子の間に交わされる「愛してる」を軽いものにして、愛を唄いながらも曖昧な友人関係を引き摺る。そんな度し難さを孕む、黒歴史だ。
こんなだから、メンタルが弱くて直ぐ死のうとした。なにもかも、覚悟が足りなかった。
「……馬鹿だったよな。軽い男みたいで」
「うん、本当にお馬鹿さんね」
くれあは真顔で頷いた。
再び紅茶を一口。ふっと息を吐いて、彼女は目を細めた。どことなく儚さを感じさせ、にべもない態度。何かを考えているようだ。
そしてほどなくして、ゆっくり口を開いた。
「まあ、嫌じゃなかったのよ。ロイくんにそう言ってもらえるのは、私としてもすごく嬉しかった」
「……」
そっけなさを経て、結局くれあは笑っていた。
もちろん「嬉しかった」のは本当だろう。軽かろうが何だろうが、好きな人から「好き」と言ってもらって嬉しくないわけもない。だからこそ、余計に心苦しいのだが。
「あの、くれあ、俺は、」
「焦らなくてもいいのよ。今日だって、別に問い詰めようってつもりはないの。ここまで信じてきたんだもの。今更痺れを切らすなんてことはないわ」
「……あ、そうですかい」
くれあの声にいつもの調子が戻る。明るく、愛想よく、可愛らしい、そんな調子だ。
でも俺にはわかる。これは、暗に「その場しのぎの言い訳なんていらないから、さっさと隠してるシガラミ全部解決しろ」と言ってるんだろう。
わかります。わかりますよ。
「……君はそういう奴だよね」
「そうよ。私にかかれば、あと数十年くらいは待てちゃうかな」
「長いよ」
「いいのよ。待つとはいえ、距離を置く気はないし。催促だってするし。遅かろうが早かろうが、どうせひたすら〝あなたの隣で〟待つつもりだから!」
くれあは胸を張って得意満面に宣言した。「お金返すのはいつでもいいけど、返してくれるまでずっと隣で待ってるね!」ってやつだ。優しい。でも図太い。でもでもその図太さも、やっぱり可愛い。
「ほんとブレないなぁ。想いが重いですよ、お嬢様」
「あら、重い女の子は嫌いかしら?」
「んーん、大好き。でもそれは『重い女』だからじゃなくて、『くれあ』だからです。結局のところ、くれあだから大好きなんですね」
「えへへ、そうよね!」
彼女は顔の前で両手を合わせて、満足げに微笑んだ。そして彼女が頷いた拍子、重力に従ってその綺麗な青髪が、ふわりと揺れる。……うん。
うん。
これ実質付き合ってるだろ。
「ねえロイくん、これもう、実質付き合ってると思うのだけれど」
奇遇だな。
「俺も思った」
「やっぱり私たち気が合うね!ロイくん!」
「そうだね。結婚したいね」
「しましょう!」
「ごめん、したい。でもまだダメだ」
「ええ、知ってたわ!」
ああ、ダメだこりゃ。想いが溢れてつい愛を唄ってしまう俺だったが、結局くれあも同じタイプらしい。まあ、くれあの言語的なスキンシップの多さは、告白の一件以降、実に顕著なものだったが。
「私、ずっと待ってるから。……その、お嫁さん」
「──っ!!!」
ダメだダメだ。これもうダメだ。
もうね、ほわーんって感じだ。今のくれあ、最高に女の子として輝いてる。世界最強のヒロインだ。
いやはや、ここまで可愛くて健気な女の子が他にいてたまるか。ましてや、その想いが俺に向いてるって!? ざっけんな! ふざけんな! ばかやろう! 好き! 結婚したい! 早くっ、早く結婚したい……!
あああああああ好き!大好きだっ!好きすぎる!ああまた想いが溢れる!また言ってしまう……!
「くれあ、大好──」
「まあ、それはそれとして本題に戻るわね」
爆発した俺は、爆発しなかった。身を乗り出したくれあが、俺の唇に人差し指をちょんと当てて、笑顔で牽制した。すごく、にこにこしている。
「……あ、あの、本題とは?」
「最近ロイくんの、私への隠し事が多すぎるって話よ」
それは当然のように掘り返された。甘い空気は泡沫に消えた。
「その話まだ終わってなかったんですね」
「当たり前です。別に私、あなたを問い詰めるつもりはなかったのに、ロイくんが勝手に凹んじゃって、それで話が逸れたんじゃない!」
怒られてしまった。申し訳ない。本当に。
「……その通りです。マジでごめんなさい」
「〜〜っ! そ、そんな可愛い顔でしゅんとしてもダメ!」
「……え、いやそんなつもりは、」
「まったくもう! これが本題ってことに変わりはないんだよ? これ以上話を逸らすのはいけませんっ」
メっ!……と、お説教お姉さんモード。そんなくれあが可愛すぎることは兎も角として、何だかやっぱり様子がおかしい。いつもに増して、くれあの様子がおかしい。なんか、緊張してる?
「……まあ本題は分かったよ。でも悪いけど、さっきも言った通り死んで償うことはできない。さて、こんなこと聞くのもどうかと思うけど、」
彼女は「隠し事が多いこと」を指摘している。
でも問い詰めることはせず、その隠し事をやめるように諭すわけでもない。だがしかし、確かに指摘はしている。つまり、
「俺は、どうすればいいので?」
くれあは俺に、代わりの何かを求めているのだろう。
前にもこんなことあった。まさに俺が死のうとしたときだ。チュチュに拘束されて、問い詰められたよね。んで、あの時も今回と同じように、俺が洗いざらい吐かずとも許されたのだ。
つまり、あの例に倣えば、
「今回もデート、とか?」
「……!」
こくこく。くれあは目を輝かせて頷いた。どうやら当たりらしい。
「えっと、君は何でもかんでもデートで許してくれるのか? 俺にとってはむしろご褒美だし、なんの償いにもならないんだが」
「ご褒美?……ふふっ、嬉しい。でもね、別にいいのよ。私はそもそも、ロイくんに償わせようだなんて思ってないんだから」
慈愛の女神の如く、朗らかに言い放った。なにそれ、え、
「え、なにそれ好き」
「私も好きよ。──ということで、隠し事の件は許します。だから、代わりにデートしてください!」
くれあはさながら告白でもするみたいに、手を差し出した。
……告白。うっ、罪悪感が。……ああ、催促ってこれのことか。狙ってやってやがる。
「ま、まあ、了解。むしろ俺からもよろしくお願いしたいね」
とはいえ満更でもない俺は、当然のように手を取った。そして取った瞬間、きゅっと優しく握り返された。顔を上げれば、くれあは悪戯っぽく無邪気に笑っていた。
「うん、ありがとね。嬉しい」
「……」
本当に温かい手だ。顔がほてる。……あ、だめだめ。ここは男としてしっかりしなきゃ。
「それで、場所はどこにする? また邪魔が入るのは嫌だぞ」
「うーん、そうね」
前回の遊園地デートは、ファントムの邪魔が入って散々だったからな。……てか、何気にまたファントムに巻き込まれそうで怖い。
なにせ、四回だ。これまでに四回、不本意に巻き込まれた。
一回目が、エリザちゃんのペン。お婆さんに扮したニジーのやつだ。
二回目が、遊園地デート。くれあに渡そうとしたプレゼントはゴウエモンのクソ野郎に盗まれかけた。
三回目が、くれあとパティスリーの買い出しに行った時。あんなちゃんとバッタリ出会って、チュチュで彼女の相談に乗った。その後は当然のようにファントムに巻き込まれた。
四回目が、まことみらいナンバーワンお菓子屋さん大会に行った時。店長とくれあがチュチュ代表で出場し、助手として俺が駆り出された。そして、優勝賞品のトロフィーがアゲセーヌのやつに盗まれかけた。
一回目は傍観だったが、後の三つは俺が偽アルカナシャドウとして出勤し、プリキュアに協力してファントムを撃退する羽目になったわけだ。
「正直、外に出たらまた巻き込まれそうなんだよなぁ」
悩ましい。実に悩ましい話である。
「いやはや、どうしようかね」
「……。……あ、それなら、」
ふと、くれあが閃いたように顔を上げた。
……きらめきか? きらめいちゃったか? ここできらめきタイムか? タイミングいいなオイ。
「ほうほう、どした? なんか名案降りてきちゃった? きらめき?」
「あ、えっと、その……あのね?」
しかしくれあは、意外にも言い淀んだ。心なしか顔が赤い。目が泳いでる。照れくさそうに俯いて、唇を噛んでいた。でも数秒もしないうちに、意を決したように、再び顔を上げた。
そして、
「デートはデートでも……お家デートとか、どうかなって」
「……うん?」
「お家デート……! ロイくんの、お家でっ!」
意識的か無意識的か、なんともあざとくあどけない……そんな上目遣いで、くれあはとんでもないことを言い出したのだった。