帆羽くれあヤンデレ概念 作:あわわ〜ぜ
あんみくの年上キャラへの接し方って、なんかめっちゃ良いですよね。
『私とデートしてもらいます!』
とんでもない大罪を犯したうえで腹を切ろうとし、それをくれあに助けてもらった日曜日。生きるなら生きるでどんな刑罰が待ち受けているかと覚悟を決めていた俺だったが、実際に課せられたものは、そんな人生最大のご褒美みたいなことだった。
そして、その出来事が数日前。約束の日は今週の土曜日だ。
長いような短いような、俺はとにかく落ち着きのない日々を過ごしていた。
でも仕方ない。彼女とデートなど、想像しただけで胸が高鳴る。こんなことはあの頃でも出来なかったのに。
いやむしろ、それが今更になって果たされてしまっているのは何よりの皮肉だが。
でもたまには、こういうのを素直に楽しむ甲斐性は必要だ。そもそも俺には、くれあを楽しませる責任がある。自分が楽しまずして、相手を楽しませることなど出来まい。
そして今日。すこぶる退屈だ。ことさらに、今日はね。
くれあは出張なんだってさ。いつもは店長なのに、彼女一人でとは珍しいものだ。まあ、あの子英語もできるし。十分ありえるんだろうけどさ。
そんなわけで、今日彼女はパティスリーにはいないとの連絡を受けた。でもいいのさ、くれあから連絡が来るだけで俺は嬉しいの。彼女もパティシエとして上手くやっているようでなによりだ。
とはいえ、学校とかに通っているわけでもない俺は当然暇である。ので、結局のところ、店長とボードゲームでもやるかーと思い店に向かったのだ。が、そこで店長に言われた。
『土曜日に帆羽さんと出かけるんだろう? なら男として彼女を喜ばせる準備の一つくらい済ませておけよ』
つまり店長曰く、こういう時こそプレゼントってやつらしい。好きな男からのプレゼントで喜ばない女はいないのだそう。なるほど確かに、説得力がある。俺だって、くれあを笑顔にしたい。
ってことで、
「……ほうほう。話にゃ聞いてたが、なかなかどうして良いもんばかりじゃないの。こりゃ男の俺でもテンション上がるわ」
俺はくれあに渡すプレゼントを選びにきていたのである。
──プリティホリック。
俺は、最初迷わずルイ・ヴィ◯ンやらシャ◯ルやらを買いに行こうとした。しかし店長に止められた。高級すぎても気を使わせてしまうだろう、と。その通りだった。
そうして選んだのがこの店だ。
例の探偵事務所の二階にできたコスメショップ。
ここ最近、パティスリーにくる客たちからよく聞いていた店だ。なんだか噂に聞く限りではとても質の高い商品がお手軽価格で入手できるそう。何よりくれあが欲しがっていたとの情報を店長が教えてくれた。マジで店長が神すぎた。
「お気に召したものは見つかったか? なにか気になることがあればなんでも聞いてくれ」
「……?」
俺が物珍しく商品を見て回っていると、後ろから声をかけられた。
振り返ればそこには、パーカーの上に白衣を羽織った少年。彼には見覚えがあった。
「ああ、わざわざどうも。気になるどころか、むしろ逸品揃いで迷っちゃうのさ。これは君が作ったのかい? ジェットさん」
「うん? そうだが、僕のことを知ってるのか」
「ふふ、なるほど。前はほんの少しの対面だったから、そっちが覚えていないのも仕方ないな。ほら、この前のエリザちゃんの件でさ」
「……? ……エリザ? あっ、ああ! あの時か! 確か店内にいた人だよな?」
「そーそ。やっと気づいてくれたね」
ジェットは暫く考える仕草を見せた末、思いだしたように声を上げた。
きっと彼も忙しいのだろう。あの時の俺はほとんどモブAだったし、おまけに隣には超可愛い美少女くれあがいたのだ。俺が霞むのも頷ける。
「いやぁ悪いな。最近は少しもの忘れが多くて。僕も年なのかもしれないな」
「……え? 年?」
彼は恥ずかしそうに言った。が、
でも、彼はどう見ても子供で、
「──っ、い、いや! なな、なんでもない! とにかく! 僕はジェットって言うんだ。よろしくな」
「……ん、ああ、俺は蓮堂ロイ。どーぞよろしく」
おおよそ見かけの年齢不相応の発明や今の発言。同じ妖精なのか知らんが、何かしらの事情で長く生きている可能性はありそうだ。なにせ、キュアット探偵事務所に所属してるんだし。
まあ、いっか。
俺は引き続き商品を見て回る。くれあはどうやら、フレグランスを欲しがっていたそうだ。
この店では、いわゆるプリティアップフレグランスってやつだな。宝石のような容器に入った綺麗なやつだ。
インテリアとしても魅力的だし、俺も欲しいな。くれあとお揃いとかでさ。
……いや、流石に気持ち悪いか。
「フレグランスか。どんな香りが好きだ?」
ジェットさんが聞いてくる。
うーん、
見れば種類は、ラベンダー、スイートフローラル、ライラックと様々だ。しかし。
「……百合」
俺は気がつけば、そう口にしていた。
「うん? ロイは百合がいいのか?」
ジェットが少し以外そうにしている。
でも、これは贈り物だ。百合など、別にくれあが希望したわけでもない。なんとはなしに、俺の頭に浮かんだのだ。トップオブリリー。この事務所にも植えてあるはずだ。あれは、ないのだろうか。……でも、
「…………いや、なんでもない。ないならいいんだ」
聞くわけにもいかないのだ。あれは、百合は百合でも特別な百合だ。一般人である俺が知っているのはおかしい。
「よし。じゃあ俺は、ライラックを──」
「ジェット先輩、ただいま!」
「プリホリの方はどうかな! お客さん来てる?」
俺が言いかけた時、突然店のドアが開かれた。声からして既に聞き覚えがあるし、ここにくることも、想定の内だった。だって、学校終わりの学生がどこに帰るかって、そりゃ家だろ? ここはコスメ店であり事務所であり、同時に彼女らの家なのだ。
「あ! あなたはパティスリーで会った!」
薄い茶髪の子──あんなは、俺に気づくとすぐに笑顔を浮かべた。どうやら彼女は、俺なんかのこともしっかり記憶していたらしい。
「あんなちゃん、だったか。ははっ、覚えていてくれて嬉しいよ。蓮堂ロイだ。改めてよろしくな、探偵さん」
「はい、明智あんなです! よろしくお願いします!」
「小林みくるです。あの時はお世話になりました」
もう片方の小林さん──みくるも、続いて頭を下げる。
お世話になった、とは大袈裟だな。俺は通信障害をくれあと二人で知らせに行っただけだ。でもやっぱり、すごく礼儀正しい子たちだ。
「それにしても、あの一瞬しか顔を合わせていなかったのに、よく覚えてるなぁ」
「店長やくれあさんが、ロイさんはパティスリー一番の常連だって言っていましたから」
どうやら、俺の話は他の人から聞いていたらしい。
「うん、そうだな。俺はほとんど毎日パティスリーに通ってるから」
「毎日⁉︎ はなまるすごい! 甘いものが好きなんですね」
「まあ、そんなところさ」
まるで珍しい生き物を見るような、あるいはずっと噂に聞いていた人を実際に見たような、そんな好奇心に溢れた様子で俺に人懐こく寄ってくる二人。
なんだか妹ができたみたいで可愛い。愛嬌があってやばい。お菓子とかあげたくなる。
というかなんだろうね、この双子感。二人同時に倒さなきゃダメ系なボスの気配がする。ワンチャンいずれ敵対するだろうし、念頭に置いておこう。
「それでそれで、ロイさんは今日、どんな商品をお求めで? 迷っているなら私たちもお手伝いしますよ!」
と、みくるが言う。あんなもうんうんと頷き、興味津々なご様子だ。ほんと可愛いなこの子達。心が浄化されていく感覚だ。
それにしても、店に来た理由、か。
ま、別に隠すことでもあるまい。
「あー、そうだな。今週末友人と二人で出かけるんだ。それで、最近はいろいろあって迷惑かけちゃったし、お詫びも兼ねてプレゼントを贈りたいと思ってんだよな」
「ほうほう、それでプリホリに」
「ロイさんロイさん! それって、女の人ですか……!」
あんなが目を輝かせて聞いてくる。なるほど中学生の女の子ともなれば、そういう話にも興味が湧いてくるお年頃なのかもしれない。
「ああ、確かにそうだけど。というか、君たちも知っているはずの人だぜ?」
彼女のたちについては、こちらも店長たちから話を聞いている。俺と同じくすっかりパティスリーの常連だそうで。まあ配達だから、店で顔を合わせたことはないんだけどね。
「……知ってる人。あ、もしかしてくれあさんとか!」
「おう、正解だ。よく分かったな」
「ふふん。だってロイさんはパティスリーの超常連さんです! ということは、くれあさんとも仲が良いはず!」
「うんうん! それに、デートで贈り物なんてはなまるロマンチック!」
二人は一層に目を輝かせた。
流石の推理だが、あんなちゃんに関しては、もはやデートと言い切ったぞ。まあデートで間違いないんだが。
てか、やっぱ女の子はこういう話が好きなんだな。恋愛とかさ。
シュシュタンの洗濯話とか、くれあの住所特定話とかには、興味ないのだろうか。こういうのも俺的には、女の子の興味を引くと思うんだが。
「そ〜れ〜で! ロイさんはくれあさんのこと、どう思ってるんですか〜?」
しかし、一度始まってしまった恋バナは、もはやとどまることを知らず。今度はみくるがニヤニヤしながら問うてきた。
とりわけあんなの方が積極的に思えたが、名探偵小林ちゃんも、やっぱり恋の事件は大好きらしい。
「うーん、どうだろう。でも、あくまで友人だよ? 君たちが期待しているようなことはないと思うんだけど」
「男の人は大抵そう言うんです! じゃあ、聞いちゃいますけど! もしロイさんが、くれあさんと恋人になったとしたらどう思いますか!」
「恋人になったら、ねぇ」
みくるが心理テストみたいな問いを投げかける。
てか、そうは言われてもなぁ。普通にくれあのことは愛してるし。結婚もしたいし。でもまあ、第一には──
「幸せにできるよう、頑張りたい、とか?」
「──……ぐはっ」
「わお! はなまる素敵!」
なぜかみくるが胸を抑え、あんなが興奮したように声を上げた。
「そ、そういうことを聞いてるんじゃないんです!」
「そうか? だって恋人なら、幸せにしたいと思うもんじゃないのか?」
「いやそれはそうですけど! くれあさんと『恋人になること』について、ロイさんがどう思うかってことです!」
みくるはもどかしそうに続ける。が、心なしかその顔は少し赤い。
ちょっと意地悪がすぎたかもしれない。
健気で可愛いが、俺を揶揄おうなど数百年早いのだ。
「ははっ、悪い悪い、ちょっとした冗談だぜ? ま、正直言えば、くれあと恋人だなんて、俺にとってはそんな嬉しいこともないがね」
「……えっ? やっぱりそうなんですか⁉︎」
「そりゃそうさ。ケーキが美味しいってのもあるけど。なによりくれあに会いたくて店に通ってるようなところもあるし」
俺は綽々と言い放った。別に、俺はくれあへの気持ちを、くれあ以外に隠すつもりはないのだ。
「え、ええええ! そ、想像以上だった……! あんな! どうしよう! 事件だよ! これ、恋の事件だよ!」
「え、これ事件なの⁉︎」
みくるが焦って目を回して、あんなの肩を両手で掴み、ぐわんぐわん揺さぶる。何をしてるんだ。でも、
「はははっ、やっぱ君たち面白いねぇ」
なんだろうね。本当に心が安らぐわ。このくれあとは別ベクトルで可愛い生き物はなんなんだろうか。庇護欲とか、もうやばい。守ってあげたいな。守られるほど弱くもないだろうけど。
「ロイさん。デート頑張ってくださいね……! 私とみくるも応援してますから!」
「ええ! 今日はくれあさんにピッタリのフレグランスを、じっくり選びましょう! 今回のデート、絶対成功させましょう!!」
「……え、ああうん。別に、今すぐに付き合いたいとかは思ってもないんだけど。というか、今のくれあ……とは、付き合えないというか、なんというか」
うーん、でもなんだか話が変な方向に進んでる気が、しなくもないけど。
「今更ヘタレても遅いですよ! くれあさんのハートを撃ち抜くのです!」
「はなまる頑張るよ!」
まあ、フレグランス選びを手伝ってくれるって言うなら、お言葉に甘えようかな。
<過去編・とても素敵な男の子>
とある日の昼下がり。いつもとは異なる時間に、私は彼を呼び出していた。基本的にいつもは朝から来てくれるのだけれど、今日は午後から来てほしいと事前に頼んでいたのだ。
準備を終えて外に出ると、彼はそこにいた。
晴れの日の木漏れ日と、鳥の
「お、おまたせしましたっ、……蓮堂くん」
勝手に色めき立つ心を無理やりに抑えて、私は呼びかける。少し声が裏返ってしまったことに気づき、途端に顔が熱くなる。
「おう、くれあ。でも待ってはいないぞ。一瞬だった」
「……そう、かしら」
それは単に彼の気遣いか、あるいは本当に「長く待っていたつもり」などないのか。多分後者だろう。彼は、そういう飄々とした人なんだ。
「にしてもくれあ、今日は私服なんだな。マジで超似合ってる」
「そ、そういうお世辞はいいですから!」
彼は清々しく言った。
相変わらずだ。私を褒めることに一切の躊躇がない。
でも、やっぱり私服にしてきて良かった。正確にはさっき着替えてきたのだ。店長にはすでに話を通してある。午後からは、休暇をもらっている。このため、だけに。
私は、彼の向かいに腰掛けた。
「……今日は、来てくれてありがとうございます。……あの、突然、午後からなんて」
私は柄にもなく緊張してしまい、訥々と言葉を紡ぐ。が、
「別に構わんぞ。俺はいっつも暇だからな」
「そ、そうですよね!……ってあ、これは失礼ですね、ご、ごめんなさい! えっと、なんて言うべきかしら。その、今日は」
「よし、ちょっと落ち着こう。くれあ」
なんか自分でも、ちょっとおかしいと思う。視線もあっちに行ったりこっちに行ったり、いろんなところを見てしまう。
もう! いつもはこんなに緊張しないのに!
最近は、どんどん変だ。今日は特に良くない。私服に化粧と、少しでも
しかし、それでも彼の口撃は止まらない。
「……まったく、そんな焦らなくても別に逃げやしねぇよ。俺にとっての最優先は基本くれあだからな。仮に予定があっても、そんなもんは君に比べりゃ些末事だ」
「だ、だからっ、そういう発言がもうダメなの! いつまで経っても慣れないから! どうしてそういうことを軽々しく言えちゃうのかな! そういうこと、他の女の子にも言うの⁉︎」
とうとう我慢できなくなって抗議する。が、
「……え? ははっ、まさか。当然くれあにしか言わないよ」
彼は気にも留めず、無邪気な笑顔を浮かべて言った。
「──っ、そりゃそうでしょうね! 知ってますよ! もう五回くらい聞いたもの! でもなんで私なのよ……じゃなくて、私なんですか! だって私たち、まだ出会って二ヶ月くらいでしょう⁉︎」
「えー、なんでくれあかって? そりゃ『くれあだから』としか言えんな。でもまあ、二ヶ月か。仮に君にとっては二ヶ月だったとしても、それでも、俺が君を大好きであることに変わりはねぇんだよな」
「〜〜っ! もういいですっ!」
頭をぶんぶん降って、煩悩を取り払う。これ以上はちょっと、私も危ない。
…………でも、二ヶ月、か。なんだか私にも〝たった二ヶ月〟とは思えないような。確かに二ヶ月なのだけれど、もっと長い付き合いに思えるような。そんな、不思議な気分だ。
そういえば、二ヶ月と言っても、あの時は今とはだいぶ違かった。
彼──蓮堂ロイくんは、確かに二ヶ月ほど前から、突然店に通い出した子だ。
初対面は、確かに印象的だった。
なんだか今にも死にそうな顔で店にやってきたのだ。私が、いらっしゃいませ、と話しかけると、途端に死別した家族でも見るような暗い表情を浮かべた。そして逃げるように店を後にしようとした。
でも、あれは流石に失礼でしょう。私に死相でも見えたのかしら。
いくらなんでも人の顔を見てその反応は無いんじゃないかと思った私は、苛立ちを抑えながらも、笑顔で彼を引き留めた。食べて行きませんか、と。
彼は遠慮気味に、頷いた。
それで、まあ、かくかくしかじかで、
『あ、おはようくれあ。今日も可愛いね!大好き!』
こうなった。
……。
…………え、なんで?
本当に、気がついたらこうなっていた。あまりにも自然な流れだった。最初と最後の落差がすごいのに、その過程がなんら不自然じゃなかった。絆されるべくして、絆されたみたいな感じ。私にも、不思議とそんな彼の様子が馴染んでしまったらしいのだ。
それになんだか、彼が私を可愛いとか言ってくれるのは、嫌じゃなかった。
だから、今日もそうだ。
「それで、今日はいきなりどうしたんだ? もしやそれ、関係ある感じ?」
彼は興味ありげに聞いてきた。指さすのは私が今さっき持ってきたトレーだ。布がかけられて中身の見えないケーキドーム。サプライズにしたくて、隠してある。
「ええ。実は蓮堂くんに、渡したいものがあって、」
この日のために、何日も前から準備をしていたのだ。
胸が高鳴る。体がほてる。どんな反応をするだろうか。喜んでくれるだろうか。
そんな期待と共に、私は、その布を取り払い、
「これです!」
『──Happy Birthday 蓮堂ロイくん──』
「…………。……え?」
それを見て、彼の口から、未だかつてないほどの、あっけらかんとした声が漏れた。
その文字列が書かれたのは、チョコレートプレート。布の中にあったのは、イチゴの乗ったショートケーキ。シンプルながらも特別な装飾が施されており、中心には、彼の姿を模したメレンゲ人形が乗っていた。
要するに、誕生日ケーキだった。
「…………ぇあ、な、なんで」
「え、えっとね。ほら、蓮堂くん。今日お誕生日ですよね。いつもお店に来てくれるから……私から、といいますか」
「……くれあ、から?」
彼は、固まっていた。目を見開いていた。まるであり得ないものでも見たかのような、幽霊でも見たかのような、そんな反応。そこには……嬉しさよりも、もはや困惑があるような気もして。
……なんか、引かれてる?
そしたら、いきなり不安になってきた。
確かに、私と彼は店員と客でしかない。いくら常連とはいえ、まだ付き合いも浅い。それなのに、こんな個人的なサプライズをするなんて。彼に引かれても、仕方ないのかもしれない。あ、お、思えば、相手の姿のメレンゲ人形なんて、……あ、あれ⁉︎ 私っ、よく考えたらどうして、なに考えて──「くれあ」
突然名前を呼ばれて、顔を上げる。そこには、とても真剣な面持ちの彼がいた。問い詰める……ほどでもないが、なにかを、懸念するような。
そして、それは唐突に投げられた。
「……くれあ。どうして、俺の誕生日を、知っている?」
「……、え」
風が吹いた。その音が、やけに大きく感じられるほど、その場は沈黙を極めていた。ただ真剣に問いかける彼と、何も答えられない、私。
……彼の、誕生日?
なにを当たり前のことを。
だって、そんなの、
だって、それは……いつか彼が笑顔で教えてくれて。それで、じゃあみんなでロイくんをお祝いしようねって、約束して、
みんな? ロイくん? ……そんなこと、あった?
「あれ、なんで私。あなたの誕生日、知ってるんだろ」
ぽつりと、つぶやいた。
もはやケーキのことなど、彼の反応を楽しみにしていたことなど忘れ、私はただその疑問一つに埋め尽くされた。
なんでだろう。なにか、おかしくないかな。なにか、欠けてるような。私が彼の誕生日を知っていて、それは確かにおかしいことだ。でも、おかしいのだろうか。彼は私に誕生日など教えていない。不自然だ。でも不自然でも、ないような。
しかし、どんどん雁字搦めになっていく思考は──
「くれあ」
突然の抱擁で、遮られた。
「……え、あ、ええ⁉︎ 蓮堂くん⁉︎」
立ち上がった彼が、私を抱きしめた。頭が真っ白になった。
「ちょ、ちょっとここ、外だから!」
「……ごめん、でも……ごめん、今は何も考えないでくれ」
僅かに抵抗しても、彼は離してくれない。彼の体温が伝わってくる。とてもあたたかかった。
やがて私が落ち着いてくると、彼もとうとう私を離した。……少し、残念に思ったのは内緒だ。
でも、そんなことより、
すごい虚しさと恥ずかしさと、あと悲しさが、押し寄せてきた。
「ごめんなさい。私、なんか勝手に勘違いしちゃってたみたいで。思えば、あなたの誕生日なんて知らなかった。多分他の人のと間違えちゃって、こんな、ケーキまで作っちゃって……っ」
本当に、虚しい話だ。事実を述べているだけなのに、とても悲しくなってくる。よりにもよって彼の誕生日を、間違えるなんて。泣けてしまう。せっかく作ったのに。
「わ、わたしっ、ごめんね。なんか勝手に突っ走っちゃって、ほんとに、ごめんなさい。ケーキも、片付ける、から」
私はもう逃げ出したくなって、立ち上がる。
でも、
「待ってくれ、くれあ。その必要はない」
彼は、私の手を握って、引き留めた。
そして次の瞬間、言葉を失った。
「…………あれ? あなた、どうして」
「どうしてもなにも、そりゃ、嬉しいからだよ」
私の手をぎゅっと握った彼は、泣いていた。彼も泣いていた。でも私とは違う、どこか晴れ晴れとした涙だった。いつものように明るい笑顔を浮かべながらも、そんな涙を流していた。そして、
「……正解だ。まさに今日が、本当に俺の誕生日だよ。はは、何を根拠にしたかは知らねぇけど、やるじゃん。……嬉しい。本当にありがとう。くれあ」
彼は朗らかにはにかんだ。
「……うん」
私はもう、何も考えられていなかった。彼に、ただただ目を奪われていた。
ただその表情が、やけに懐かしく思えて、やけに嬉しく思えて、
でも、一つ確かに言えることがある。
私──帆羽くれあが、パティスリーチュチュの常連である彼──蓮堂ロイくんに、明確に恋をしたのだと自覚したのは、他でもないこの日だった。