帆羽くれあはラブコメのヒロインです(洗脳済み)
幸運なことに、その日は雲一つない快晴だった。かといって暑すぎるわけでもなく、風の涼しい初夏の日だった。どうやら、お天道様は味方したらしい。
「……おまたせ。待った、かな?」
「いや、全く待ってないよ」
ちょうど時間通り──の十分前、彼女はやってきた。俺は二十分前だった。
「……本当?」
「ああ、なにせくれあとのデートだからね。ワクワクしてたら一瞬だったぜ」
「ふふっ……一瞬、ね。私があなたより後に来るときは、毎回そう言ってくれる」
そうして彼女──帆羽くれあは清らかに、くすっと微笑んだ。
薄く綺麗に乗った化粧が、その笑顔を一層に引き立てる。
うーんどうしてこう、この子はこんなにも可愛いのだろう。
俺は改めて目の前の彼女を見つめ直す。
白を基調としたワンピース。首に巻かれた水色のスカーフ。髪をハーフアップに纏め、頭には麦わら帽子がのっている。
本当に、目の保養だ。視力が上がった気がする。元々Aだったけど、多分今はSランクに上がった。
なんて、今日も今日とて馬鹿なことを考えながら、くれあを見つめていると、
「えっと、……どう、かしら」
微かに上気した頬、心なしか潤んだ瞳、そわそわと覚束ない視線、彼女のそれが、全て向けられているのは──俺。
…………。
わーおわおわおやばやばかわいいかわいい今すぐ褒めちぎって抱きしめて結婚したいしたいしたい──はっ、ダメだダメだ。今日はダメだ。
「ははっ、うん。めちゃくちゃ似合ってる。すごく可愛いよ」
「えへへ、そうかな。悩んだ甲斐あったなぁ」
っ、くっ、
……平生だ。あくまで紳士的に在れかし。
正直、大好きとか愛してるとか結婚しようとか超言いたい気持ちだったけど、なんとか抑える。今日は真面目に、だ。軽率な言葉は控えようと心がけている。こんなのは彼女を傷つけるだけだから。
とにもかくにも、今日俺はイケメンな男になるのだ!
彼女をうんと喜ばせて、楽しませるのだ!
なにせ今日の俺は一味違う。最強のプレゼントもあるのさ。プリティホリックで探偵事務所の二人と選んだもの。フレグランス。
とはいえ、実際に買ったのは本来店にも置いていない百合の香りだ。なんとジェットさんがその場で調合してくれたのである。トップオブリリーでこそないが、きっとくれあは喜んでくれるだろう。
しかし、心残りもある。
結局あの後も、二人には俺とくれあの交際とかについて根掘り葉掘り聞かれてしまったのだ。それは別にいいのだが、最後に仕方なく一つだけ「ロイがくれあと付き合えない理由」を開示してしまったのだ。開示しても問題はなかったが、それはそうと随分困惑させてしまったと思う。本当に申し訳ない。
まあ、あれは今後のためにも言っておくべきことだった。仕方ないのだ。きっとキュアット探偵事務所の彼女たちなら、あの発言の意味もいつか理解してくれるだろう。
と、そんな感じだ。
他の女の子の話は心の中でもこれでおしまい。
ここからはくれあのことだけを考えよう。
「それじゃあ、いこっか」
「うん、そうだな。今日は君を超楽しませるって心に決めているんだ。……期待してくれていいよ?」
「ふふっ、ロイくんがそこまでいうなら、私も期待しちゃおっかな……なーんて、こんなこと言うまでもなく、あなたにはいつも期待でいっぱいよ?」
くれあはそう言って、何の躊躇もなく俺の手を取った。またしても恋人繋ぎだ。もう夏も近いのに、その手の温かさは不思議と心地よく感じられた。
「…………。……そうかい」
そして俺は面食らっていた。いつもの「おちゃらけロイくん」を封印していることもあり、俺の対くれあ免疫が急激に下がっている。心臓の音が速くなってる。これは、よろしくない。
なんだかいつもに増してあざとくないだろうか。なんだ、なんなんだ。この子はここまで艶かしい感じだっただろうか。
「……ん、どうしたの? ロイくん。もしかして緊張してる?」
「え、あ、いやっ、そんなことはないです! 男として、これからくれあさんを楽しませられるよう頑張りたいと思ってるんです!」
「……ふぅん、そっか。じゃあ、私はロイくんをドキドキさせられるように頑張るね。……一人の女の子として」
「……っ」
どこか蠱惑的に上目遣いを送ってくるくれあ。……なんかえっちじゃないだろうか。気のせいか。てか、攻守が逆転してる。いつもは俺がくれあを揶揄ってあわあわさせるのに。
…………まあ、いっか。いい。これはこれで、いい。
俺はもう、気にしないようにした。くれあはあざとくて可愛い。それでいいじゃないか。よぉし、今日は楽しむぞい!
⚡︎──⚡︎
まことみらい市にある遊園地。時計のついた大きな観覧車が特徴だ。土日ということで人も多く、非常にそれらしく賑やかである。
そんな中、雑踏に紛れて息を潜め、とある男女を追跡する、二人の少女がいた。
そう、キュアット探偵事務所の明智あんなと、同じく小林みくるである。あとついでにポーチに擬態した彼女らのおとも妖精──ポチタン。
二人と一匹は現在、ロイとくれあのデートを陰ながら観察していた。それも、かなりの至近距離で。プリキットグロスを使って変装までしている。もはや張り込み。なんたる必死さであろうか。
先ほどから絶え間なく続く男女のイチャイチャを間近で見て、顔を赤くしてきゃっきゃとはしゃいでいるみくる。しかし、対してあんなはと言えば──
「ね、ねえみくる? やっぱり盗み見なんてよくないよ! あと何よりバレちゃったら怖いし!」
「えー、心配性だなぁ。少しくらい大丈夫だって。それに〝たまたま〟見つけちゃったんから仕方ないよ。遊園地に来たらたまたま、ね。うんうん、くれあさんの相談とか、ロイさんのプレゼント選びで関わっちゃった以上、やっぱり二人の進展は気になっちゃうものだよ」
「たまたま⁉︎ 絶対ウソでしょ! 昨日パティスリーで店長とコソコソなに話してたのかと思えば、やっぱりロイさんとくれあさんのデート場所聞き出してたんだね! だから突然遊園地に行こうとか誘ってきたんだ!」
「──ぎくっ」
「ポチポチ!」
ポチタンの肯定をもって、みくるの小賢しさは無事に露呈した。が、小賢しい者に限って窮地ではすこぶる往生際が悪いものである。
「ウ、ウソジャナイデスヨ? 浅井さんとは……えっと、ケーキについて話してただけだから! 断じてそんなことはしてないよ!」
見苦しい言い訳である。そしてそんなものは言わずもがな眉唾モノとみなされるわけで、
「私ウソ嫌い! みくる、そういうのはなまるよくないよ!」
「……うっ」
あんなは普通に叱責。みくるは罰が悪そうに目をそらす。が、やはりこういう者とは、すこぶる往生際が悪いのである。
「もー! あんなは何も分かってない! 世の中には一定数〝素晴らしいウソ〟ってのがあるんです! ウソは必ずしも悪いものじゃないんです!」
つまるところ、論点ずらしであった。
「な、なにそれ! 私知らない!」
「じゃあ分からせてあげる! ほらみて! あんな!」
みくるに言われて、あんなは視線を向ける。その先は──ロイとくれあ。
はてさて、一体なにが始まるのだろうか、と、
ふと、くれあが立ち止まった。かと思えば、
「あっ、ロイくん」
「……ん? ……──っ⁉︎」
くれあは少し背伸びをし、ロイの後頭部をさっと撫でたのである。その一瞬だけ二人の身体が密着し、彼女の吐息がかかる。
「ん、これでいいかな」
「……あ、ああごめん、もしかして虫とかついてた?」
「……? 別についてなかったよ?」
「え、じゃあどうして」
ロイは突然の行動に動揺を隠すこともできない。たった今髪を撫でられた理由について、困惑五割、照れ三割、訝しさ二割くらいの割合で尋ねる。しかし、
「ただ私がロイくんに触れたかったから……かな」
「⁉︎」
くれあは飄々とそんなことを言い出した。ロイ、なにかとんでもなく尊いモノを見てしまったかのような顔。挙げ句の果てに、
「ふふ、うそだよ。ちょっと寝癖があったから」
「⁉︎ ──っ⁉︎⁉︎⁉︎」
彼女は少し首を傾けて上目遣いでウィンクをした。それはロイに対して、「最も可愛い帆羽くれあ」を魅せるための角度である。今日のくれあは本気だった。
そして最後、トドメとばかりに、
「それじゃ、ほらいこっ、ロイくん」
「……⁉︎」
トドメとばかりに悪戯っぽく微笑み、そのまま彼の腕に抱きついたのである。
ロイは既に目を回していた。さすがの彼も、連続攻撃は捌ききれなかったらしい。
そして、その一連の流れを遠目から見ていたあんなとみくるはと言えば──
「きゃ〜〜っ! ……は、はなまるあざとい! なにあれ⁉︎ はなまるあざといよぉ〜!」
「えへへへっ、そうでしょそうでしょ! ちょっともう、すごい感じでしょ! ちなみに今、ロイさんの頭には虫もいなかったし、ましてや寝癖もありませんでした!」
「えっ、ってことは、まさか」
「……ええ、ウソであります。くれあさん、やっちゃいました。あれが、まさに素晴らしいウソの一例なのであります!」
「そ、そんなっ、……で、でも確かに、今のウソはっ」
──素晴らしいウソだ。
あんなは思ってしまった。
嘘とはなにか。その本質とはなんなのか。嘘と冗談の違いはなにか。本当に必ずしも、それは悪であるのか。そうでないなら、嘘を悪たらしめる要素とはなんなのか。と、言ったような、ある種の哲学に踏み込みそうな勢いであった。
「……というかみくるさ、どうしてくれあさんがこれから〝素晴らしいウソ〟をつくって分かったの? なんの前触れもなかったよね?」
「えへっ♪ ラブロマンス探偵みくるちゃんの野生の勘です! さっきからくれあさんがロイさんの頭をチラチラ窺ってたので! 虫や寝癖を装ってでも触りたいのかなって!」
「はなまる意味がわからない」
あんなはもはや素でツッコんだ。
だが、その目には既に、好奇や恥じらいが浮かんでいる。なにせ彼女といえど年頃の中学生。こういう人の恋愛に興味ない訳がない。しかしみくるの執着がとりわけすごいのだ。そのせいで必然的にツッコミ役にならざるを得なかったのである。
「あと、それにさ、」
ただ、直後みくるはどこか神妙な面持ちで、こうも言う。
「……それにさ、あの二人の関係、なんだか普通の両片思いじゃなさそうだし」
「……それは、確かにそうだけど」
そうである。この少女たちは、ロイとくれあの関係性──もとい二人の互いへの言及について、
──両片思い。二人の推測において、まずこれは確定とされている。しかしこの「両片思い」が不可解であると判断される
はじめに遡るはこの間、ロイと一緒にくれあに送るフレグランスを選んだとき。
こんな発言があった。
『──あっはは、でもくれあと付き合うのは無理かなぁ。……だって俺、あの子に一度振られてるし』
まさにフレグランス選びの最中、結果として百合を新たに調合することになったのだが、ジェットがそれを完成させるまでの空き時間、やはりと言うべきか探偵二人はロイとの恋バナに花を咲かせたのである。
しかし、その途中でサラッと流れ出た発言がこれだ。空気が凍った。
それから先は、その「振られた」ことについて気になりはしたものの、わざわざ言及するのは流石にデリカシーがないとのことで、やめにしたのだ。
「……あれは、確かにね。ロイさんはくれあさんの交際について『そんな嬉しいことはない』って言ってたし、あの人がくれあさんに好意を寄せているのは確定だとして──」
では、次に遡るのはくれあの発言。
まさに昨日のこと。たまには配達ではなく店でケーキを食べようと現地に足を運んだ二人は、どことなく落ち着かない様子のくれあに会った。案の定、明日のデートについてらしく、服装で悩んでいるとのことだった。
そしてかくかくしかじか、彼女の洋服をプロデュースしていた。のだが、その過程でみくるは思わず、くれあとロイの交際についてどう思うか、問いかけてしまったのだ。
その答えがこれである。
『──えっ、ロイくんと⁉︎ い、いやっ、私は別にそういうのじゃ──……って、……そうよね、あんなちゃん達まで誤魔化しても仕方ないわよね。えっと、うん、確かにロイくんとお付き合いすることができたなら、そんなに幸せなことはないと思う。これは、ずっと思ってること。でも多分、私が彼に告白しても、彼は応じてくれないと思うの。かといって彼の方から告白してくれることもないだろうし』
くれあは寂しげに笑った。その後すぐに『だからこそ明日は頑張るの! 絶対にロイくんをドキドキさせるんだから!』と意気込んでいたのだが、やはりその表情には、どこか陰があるようで。
「……うーん、どちらも交際については前向き。でもロイさんは告白したのに振られたと言っていて、くれあさんは自分とは付き合ってもらえないだろうと言っている。……やっぱり、恋の事件だよね」
「普通に考えればすれ違い。それなら解決が必要。……でも不確定なまま踏み込むことはしたくないよね。……それに、なーんか言い方に引っかかりがある気がする。もー! 恋ってはなまる難しい!」
あんなはもどかしそうに頭を抱える。しかしみくるの方は閃いたらしい。
「──あ、もしかして、まだくれあさんがロイさんに惚れる前に、ロイさんはくれあさんに振られちゃった。その後、くれあさんは彼を一度は振っちゃった後悔から『彼は応じてくれない』『彼から告白してくれることもない』って消極的になってる、とか⁉︎」
「……一理あるね。でもそれなら、ちょっと残酷かも」
「……ポチポチ」
とはいえ、いくら考えてもそれは、自己満足たる推測の域を出ない。人の気持ちへの推測とは、事件のように「推理」として軽々しく披露できるものではない。
なんてことを考えているうちに、デートも山場を迎えたようだ。既に日も落ち掛けている。
「……ねぇみくる、プレゼント渡すよ! ほら! ロイさんが!」
「わぁ! もうここまで来たら最後まで見るしかないね!」
遠目から見ると、ロイがくれあに向き直り、何かを話している。そしてついに、隠し持っていた綺麗な包装を取り出し、朗らかな笑顔で差し出そうとして──
「……え? あれ」
あんながあっけらかんとした声を上げた。ロイとくれあに向かって走っていく影が一つ。二人は気付いていない。だが、あんなとみくるには嫌というほど見覚えがあった。
「ねえ、あれ、ゴウエモンじゃない⁉︎」
「ロイさんとくれあさんに向かって……、──まさかっ」
最悪の可能性が頭をよぎる。
──ゴウエモン。あんな達プリキュアと敵対する怪盗団ファントムの一員。ニジーのように変装などはしないし、キュアアルカナ・シャドウのように予告状を出したりもしない。真正面からの強奪を試みるタイプ。
怪盗団ファントムはマコトジュエルを、つまりそれが宿った人々の大切なものを、盗もうとする。つまり──たった今、宿ったのである。おそらくは、そのプレゼントに。マコトジュエルのきっかけとなる〝誰か〟の強い想いが。
だが、気づいた時にはもう遅い。
ロイがくれあにその贈り物を渡したその瞬間、ほとんどピッタリ、ゴウエモンが手を伸ばした。
これ以上考えるよりも先に、動くしかない。
「──まずいっ! 行くよあんな!」
「っ、もちろん! 絶対に、奪わせない!」
名探偵プリキュア──明智あんなと小林みくるは、ロイとくれあのプレゼントを、マコトジュエルを守るために、走り出した。
<読まなくていいです>
私この前とうとう18歳になりましてやったぜこれで合法R18をぐへへなどと思った手前自身が同時に受験生であることを思い出しこの名状し難き半殺しのような虚しさに心を苛まれつつ俗世の18歳は皆おしなべてこのような思いをしなければならないのかという強い憤りを覚(以下略)