正確には、赤ん坊として生まれたばかりだった。
「元気な男の子ですよ」
助産師の声。
「シカクさん、おめでとうございます」
──シカク?
奈良シカク?
ここで俺は悟った。
俺は『NARUTO』の世界に転生したのだと。
暗い。
何も見えない。
音もない。
寒さも暑さも感じない。
ただ――自分という意識だけが、そこにあった。
(……死んだのか。)
妙に冷静だった。
交通事故だったのか、病気だったのか、それすらもう思い出せない。
覚えているのは、ごく平凡な日本で生き、ごく平凡に仕事をして、ごく平凡に人生を終えたということだけ。
「……はは。」
最後まで、特別な人間にはなれなかったな。
そう苦笑した、その瞬間。
⸻
「……ッ!」
眩しい。
強烈な光が差し込む。
耳をつんざくような泣き声。
いや。
泣いているのは、自分だ。
「オギャア! オギャア!」
(え?)
身体が小さい。
視界もぼやける。
腕も、脚も、自由に動かない。
何が起きたのか理解するより先に、誰かの温かい腕に抱き上げられた。
「元気な男の子ですよ。」
女の声。
続いて、少し低い男の声。
「二人とも、無事か。」
(……二人?)
その言葉と同時に、隣から別の産声が聞こえた。
「オギャアアア!」
もう一人。
赤ん坊がいる。
「双子ですね。」
「ええ、兄弟そろって健康です。」
双子。
兄弟。
つまり俺は——。
(生まれ変わった……?)
理解した瞬間、ぼやけた視界の向こうで、一人の男がこちらを覗き込んだ。
黒く長い髪。
鋭い目。
顎にうっすらと髭。
知的で落ち着いた雰囲気。
(……奈良シカク?)
思考が止まる。
いや。
そんな馬鹿な。
もう一人。
強気そうな表情の女性が、疲れた顔で微笑んでいる。
(ヨシノ……?)
頭の中で、一つの結論が形になっていく。
ここは――
『NARUTO』の世界だ。
しかも
奈良家。
さらに
双子。
「兄の名前は……カゲマル。」
「弟は……シカマル。」
シカクが静かに告げた。
その一言で、すべてが確定する。
(……奈良シカマルの、双子の兄。)
まさか
主人公でもない
うちはでも千手でもない
よりにもよって奈良一族。
思わず笑いそうになる。
(いや……。)
悪くない
原作の知識がある
奈良一族は代々頭脳明晰。
里でも信頼が厚い。
無茶な運命を背負わされることも少ない。
平穏に生きるには最高の家だ。
……そう思っていた。
その時だった
不意に、揺り籠の中に伸びた自分の小さな影が、ゆらりと揺れた。
風などない
誰も動いていない。
なのに
影だけが。
まるで、生き物のように。
“こちらを見上げた。”
(……今のは。)
気のせいか。
赤ん坊の脳が見せた幻覚か。
その違和感は、すぐに消えた
だが、それを見ていた者が一人だけいた。
「……?」
奈良シカクだった。
彼は眉をわずかにひそめる。
「どうした?」
ヨシノが尋ねる。
「……いや。」
シカクは首を振る。
「今、一瞬だけ……。」
「こいつの影が、妙に見えた。」
「影が?」
「……気のせいだろう。」
そう言って笑う。
だが、
奈良一族は誰よりも影を知る一族。
そのシカクだからこそ、胸に小さな棘が残った。
(まるで……。)
(意思を持っているみたいだった。)
その違和感は、まだ誰にも理解できない。
本人にさえ。
そして誰も知らない。
この赤子が。
後に忍界で
「影」という概念そのものを書き換える存在になることを。