夕暮れ。
卒業試験を終えたアカデミーは、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。
合格した生徒たちは、それぞれ額当てを手に家路につく。
笑顔で家族のもとへ走る者。
友人同士で喜びを分かち合う者。
その輪の中に、ナルトの姿はなかった。
「兄貴。」
アカデミーを出たところで、シカマルが足を止める。
「ナルトのこと、気になるんだろ。」
カゲマルは少しだけ苦笑した。
「顔に出てたか?」
「兄弟だからな。」
短い返事だった。
昔からシカマルは、カゲマルの些細な変化によく気付く。
「行くなら行けばいい。」
「え?」
「俺は先に帰る。」
そう言ってシカマルは額当てを肩に掛け、ゆっくり歩き出した。
「母ちゃんには俺から言っとく。」
「……ありがとう。」
シカマルは振り返らず、ひらひらと手を振る。
その背中を見送りながら、カゲマルは小さく息を吐いた。
「さすが、お見通しか。」
そう呟くと、ナルトが走り去った方向へ足を向けた。
────────
里のあちこちを歩いてみる。
一楽。
演習場。
お気に入りの丘。
どこにもナルトはいない。
「いないか……。」
その時だった。
校舎の裏手から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ナルト。」
カゲマルは反射的に身を隠す。
声の主は、ミズキだった。
木陰からそっと様子をうかがう。
「先生……。」
ナルトはうつむいたまま立っている。
「落ち込むことはない。」
ミズキは優しい笑みを浮かべていた。
「実はな、卒業できる方法が一つだけある。」
その言葉に、カゲマルの心臓が大きく脈打つ。
(始まった……。)
知っている。
この後、ナルトは禁術の巻物を持ち出す。
ミズキはナルトを利用するつもりだ。
止めるべきか。
それとも――。
カゲマルは拳を握る。
(駄目だ。)
(まだ動くな。)
イルカが来る。
ナルトは影分身を覚える。
それが、ナルト自身の大きな一歩になる。
その未来まで奪ってしまっていいのか。
迷いが胸を締め付けた。
「火影様が隠している特別な巻物がある。」
「それを持ってくれば、卒業を認めてもらえる。」
ナルトの瞳に希望の光が宿る。
「本当か!?」
「ああ。」
ミズキは穏やかに頷く。
「これは二人だけの秘密だ。」
ナルトは何度も頷き、勢いよく走り去っていった。
その姿が見えなくなると、ミズキの笑みが静かに消える。
代わりに浮かんだのは、冷たい笑みだった。
「……単純なガキだ。」
その一言に、カゲマルの目が鋭く細まる。
(やっぱりか。)
教師の顔ではない。
忍としても、人としても。
あまりにも冷たい表情だった。
ミズキは周囲を見回すと、そのまま森の奥へ消えていく。
足音が聞こえなくなるまで待ち、カゲマルはゆっくり姿を現した。
「……ナルト。」
夕焼けが里を赤く染めている。
空を見上げながら、カゲマルは深く息を吸った。
未来は知っている。
だが、その未来にどう関わるかは、自分で決めなければならない。
(イルカ先生には知らせるべきだ。)
そう結論を出した、その時だった。
「カゲマル。」
聞き慣れた声が背後から響く。
振り返ると、そこにはシカクが立っていた。
「父さん……。」
「お前なら、ここにいると思った。」
シカクは息子の表情を見るなり、小さく眉をひそめる。
「何があった。」
カゲマルはすぐには答えられなかった。
真実をすべて話すことはできない。
だが、黙っているわけにもいかない。
「父さん。」
カゲマルは静かに口を開く。
「……ミズキ先生の様子がおかしかった。」
シカクの表情から笑みが消える。
「詳しく聞かせろ。」
夜の帳が、ゆっくりと木ノ葉を包み始める。