夜の帳が木ノ葉隠れを包み込む。
火影岩の向こうから昇った月が、静かに森を照らしていた。
奈良家の居間。
夕食の席には、いつもより重い空気が流れていた。
ヨシノは黙って味噌汁をよそい、シカマルは箸を動かしながら兄の様子を気にしている。
シカクだけが静かに口を開いた。
「さっきの話だが。」
カゲマルは箸を止める。
「ミズキがおかしかった……それだけじゃないだろ。」
父の目は鋭かった。
奈良一族特有の、相手の機微を見逃さない視線。
隠し通せるとは思っていなかった。
「……はい。」
カゲマルはゆっくり頷く。
「ナルトと何か話していました。」
「内容は?」
「聞こえたのは途中からです。」
嘘ではない。
だが、すべてでもない。
「卒業できる方法がある、と。」
シカクは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「…父さん。」
「何だ。」
「嫌な予感がするんだ。」
その一言だけだった。
しかし、その声には普段の冷静さとは違う切迫感があった。
シカクは息子を見つめる。
未来を知ることなど知らない。
それでも、幼い頃から見てきた長男の勘は、不思議なほど外れないことを知っていた。
「……分かった。」
シカクは静かに立ち上がる。
「俺は火影様のところへ行く。」
「お前たちは家にいろ。」
「はい。」
そう言い残し、シカクは一瞬で姿を消した。
玄関に残った風だけが、その速さを物語っていた。
────────
「兄貴。」
シカマルがぽつりと呟く。
「本当に家にいるのか?」
カゲマルは少しだけ笑った。
「……シカマル。」
「ん?」
「父さんには内緒だぞ。」
シカマルは兄の顔を見て、大きくため息をつく。
「やっぱり行くんだな。」
「止めるか?」
「止めても行くだろ。」
「ああ。」
「だったら無駄だ。」
そう言うと、シカマルは立ち上がり、部屋の隅に置いてあった忍具袋を兄へ放り投げた。
カゲマルは慌てて受け取る。
「これ。」
「忘れるな。」
「……ありがとう。」
「勘違いするな。」
シカマルは照れ隠しのようにそっぽを向いた。
「兄貴が怪我したら、母ちゃんがうるさいだけだ。」
「ははっ。」
自然と笑みがこぼれる。
やはり、自分には最高の弟がいる。
────────
森へ入ると、夜の静けさが辺りを支配していた。
虫の声。
木々を揺らす風。
その中を、カゲマルは音を立てないよう慎重に進む。
(ナルト……。)
(急げ。)
やがて、森の奥から微かに人の気配を感じ取る。
大きな木の枝へ飛び乗り、葉の隙間から下を覗き込む。
そこには。
巨大な巻物を背負い、必死に息を切らすナルトの姿があった。
「はぁ……はぁ……。」
額には汗。
服は泥だらけ。
それでも、その表情には希望があった。
「これで卒業できるってばよ……。」
その姿を見て、カゲマルは胸が締め付けられる。
利用されていることも知らず。
ただ忍者になりたい一心で走ってきた。
その時だった。
「ナルト!」
聞き慣れた声が森に響く。
イルカだった。
ナルトは驚いて振り返る。
「イルカ先生!」
木の上からその様子を見守るカゲマルは、静かに息を吐いた。
(間に合った……。)
だが。
その安心は一瞬で消える。
「イルカぁぁぁ!」
別の方向から響く怒号。
ミズキだった。
巨大な風魔手裏剣が月明かりを切り裂き、一直線にイルカへ襲いかかる。
「先生!」
ナルトの叫びが森へ響く。
次の瞬間。
ドスッ――。
鈍い音がした。
イルカの肩へ、巨大な手裏剣が深々と突き刺さる。
「ぐっ……!」
膝をつくイルカ。
ナルトの顔から血の気が引く。
木の上で見ていたカゲマルも、思わず拳を握り締めた。
(始まった……。)
ここから先は、知っている未来。
だが。
その未来の中に、自分はいなかった。
カゲマルはゆっくりと忍具袋へ手を伸ばす。
「……。」
助けるか。
見守るか。
ナルトの成長を信じるか。
それとも。
自分にしかできないことをするか。
月明かりが、静かに少年の横顔を照らしていた。