森に、重苦しい空気が流れる。
イルカの肩には巨大な風魔手裏剣が深く突き刺さり、鮮血が地面を赤く染めていた。
「イルカ先生!」
ナルトが駆け寄ろうとする。
「来るな!」
イルカは苦痛に顔を歪めながらも叫んだ。
「ナルト……その巻物を守れ……!」
木々の間から、ゆっくりと一人の男が姿を現す。
ミズキだった。
月明かりに照らされたその笑みは、昼間アカデミーで見せていた優しい教師のものではない。
「イルカ。」
「もう終わりだ。」
ミズキは巨大な手裏剣を肩へ担ぎ直し、不敵に笑う。
「そのガキは九尾だ。」
「里中から嫌われて当然なんだよ。」
ナルトの肩が震えた。
「……え?」
「知らなかったのか?」
ミズキは愉快そうに笑う。
「お前の中には、人々を苦しめた化け物が封印されてる。」
「だから誰もお前を認めなかった。」
「だから一人だった。」
その言葉は、鋭い刃のようにナルトの胸へ突き刺さる。
巻物を抱えた手が震える。
「嘘……だ。」
「嘘じゃない。」
「みんな、お前を化け物として見てたんだ。」
ナルトの瞳から光が消えていく。
木の上から見つめるカゲマルは、唇を強く噛んだ。
(……知っていた。)
(でも。)
(実際に聞くのと、知識として知っているのは違う。)
胸が痛んだ。
飛び降りて、今すぐナルトを抱き締めてやりたい。
そんな衝動に駆られる。
だが、その瞬間――
「黙れ。」
森に響いたのは、イルカの声だった。
傷付いた身体を無理やり起こし、ナルトの前へ立つ。
「確かに、あいつの中には九尾がいる。」
「だが、それだけじゃない。」
ミズキは鼻で笑う。
「何?」
イルカはナルトを振り返る。
その眼差しは、教師としてではなく。
一人の大人として、少年を見つめる優しいものだった。
「ナルトは……。」
「誰よりも努力家だ。」
「失敗ばかりする。」
「授業もサボる。」
「いたずらもする。」
「でも。」
イルカは静かに笑う。
「あいつは、人の痛みが分かる。」
「寂しさを知ってる。」
「だから誰よりも優しい。」
「俺の大切な教え子だ。」
ナルトの瞳が、大きく揺れた。
木の上で聞いていたカゲマルは、静かに目を閉じる。
(イルカ先生……。)
(ありがとう。)
その言葉は。
前世で漫画を読んだ時よりも、ずっと重かった。
ずっと温かかった。
「感動ごっこは終わりか?」
ミズキが再び巨大手裏剣を構える。
「じゃあ死ね。」
その瞬間だった。
ヒュンッ!
一本のクナイが夜空を裂く。
金属音とともに、ミズキの手裏剣の軌道がわずかに逸れた。
「誰だ!」
ミズキが木の上を睨む。
葉の陰から、一人の少年が静かに飛び降りた。
「カゲマル!」
ナルトが目を見開く。
カゲマルはイルカの前へ立ち、静かにクナイを構える。
「イルカ先生。」
「ここは俺が時間を稼ぎます。」
「……駄目だ!」
イルカは首を振る。
「相手は中忍だ!」
「今のお前じゃ勝てない!」
「分かっています。」
カゲマルは小さく頷いた。
「だから勝つつもりはありません。」
そう言うと、一歩だけ前へ出る。
「ナルト。」
カゲマルは振り返らずに言った。
「先生を頼む。」
「え……?」
「お前しかできない。」
その一言だった。
ナルトはハッと顔を上げる。
自分しかできない。
その言葉が、胸の奥へ真っ直ぐ届く。
ミズキは笑う。
「ガキが二人増えたところで何も変わらねぇ。」
「それはどうかな?」
カゲマルは静かに息を整える。
父から学んだ構え。
アスマから教わった間合い。
アカデミーで積み重ねた体術。
すべてを思い出す。
(勝たなくていい。)
(時間を稼げ。)
(ナルトを信じろ。)
その瞬間。
月明かりに照らされたカゲマルの足元で、影がわずかに揺れた。
黒い影は細く伸び、静かに大地を這う。
カゲマルは気付いていない。
だが、その影は。
初めて自らの意思で、主を守ろうとしていた。