教室の扉の前に、一人の男が立っていた。
額当てを頭に巻き、口元には一本の千本。
どこか気だるそうな目。
やる気がないようにも見えるが、その立ち姿には妙な隙のなさがあった。
カゲマルは男の顔を見た瞬間、思わず目を見開いた。
(――不知火ゲンマ)
知らない人物ではない。
むしろ、よく知っている。
原作にも登場していた木ノ葉の忍。
特別上忍、不知火ゲンマ。
中忍試験本戦では審判を務め、木ノ葉崩しでは砂隠れの上忍・バキとも刃を交えた実力者。
そして――。
(確か、四代目火影の護衛小隊にもいた)
並足ライドウ、たたみイワシと共に、四代目から飛雷神の術を応用した術を教わっていたはずだ。
そんな人物が。
なぜ。
(俺たちの担当?)
ゲンマは教室を見回すと、口に咥えた千本を僅かに動かした。
「第十一班」
カゲマル、レン、スズの視線が集まる。
「奈良カゲマル。朝倉レン。水無瀬スズだな」
三人の名前を確認する。
「ついてこい」
それだけ言うと、さっさと歩き出した。
レンが目を瞬かせる。
「……それだけ?」
スズが立ち上がる。
「行くみたいね」
「いや、それは分かるけどさ!」
レンは慌てて荷物を掴んだ。
「普通もっとこう、『今日からお前たちの先生だ!』とかないのかよ!」
廊下からゲンマの声が返ってくる。
「聞こえてるぞ」
レンの動きが止まった。
「……耳いいな」
スズが横を通り過ぎる。
「あなたの声が大きいだけ」
「またそれ!?」
カゲマルは笑いながら二人の後を追った。
こうして。
第十一班の最初の一日が始まった。
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向かった先は、アカデミーから少し離れた演習場だった。
木々に囲まれた広場。
中央には三本の丸太。
ゲンマはその一本へ背中を預けると、三人を見る。
「適当に座れ」
三人は地面へ腰を下ろした。
ゲンマだけは立ったままだ。
しばらく誰も喋らない。
「……」
「……」
「……」
レンが耐えきれなくなった。
「あの」
「なんだ」
「自己紹介とかしないんですか?」
「今からする」
「だったら早くしてくださいよ!」
ゲンマは千本を揺らす。
「せっかちだな、お前」
「よく言われます!」
「だろうな」
すでに扱いを理解され始めている。
カゲマルは笑いを堪えた。
ゲンマが三人を見渡す。
「オレは不知火ゲンマ。階級は特別上忍」
レンが首を傾げた。
「特別上忍?」
「上忍じゃないんですか?」
今度はスズだった。
「違う」
ゲンマはあっさり答える。
「特定の分野で上忍級の能力を認められた忍が特別上忍だ」
「じゃあ、なんで下忍班の先生を?」
スズの疑問はもっともだった。
ゲンマは少しだけ面倒そうな顔をする。
「今年は上忍の長期任務がおおくてな」
一拍。
「単純に上忍が足りない」
「……」
「……」
「……」
あまりにも身も蓋もない理由だった。
レンが思わず声を上げる。
「人手不足!?」
「簡単に言えばな」
「そんな理由で俺たち決まったんですか!?」
「安心しろ」
ゲンマは淡々と返す。
「俺も最初は断った」
「安心できない!」
カゲマルがとうとう吹き出した。
スズも僅かに口元を緩めている。
ゲンマはそんな三人を眺めながら続けた。
「まあ、事情はそれだけじゃない」
三人が顔を上げる。
「お前らの資料を見せてもらった」
まず、レンを見る。
「朝倉レン」
「はい!」
「体術は同期でも上位。忍術・幻術は並。 座学は論外」
「……最後いります?」
「事実だ」
続いてスズ。
「水無瀬スズ」
「はい」
「索敵訓練の成績が高い。特に聴覚。反面、正面戦闘はまだ弱い」
スズは素直に頷いた。
「自覚してます」
最後。
ゲンマの視線がカゲマルへ向く。
「奈良カゲマル」
その声だけ、僅かに間があった。
「座学、体術、忍術。全部上位」
レンが横を見る。
「改めて聞くと嫌な奴だな」
「俺に言うなよ」
「それと――」
ゲンマが続ける。
「ミズキの件」
空気が少し変わった。
カゲマルの表情から笑みが消える。
「中忍相手に勝とうとせず、時間稼ぎに徹した」
ゲンマは千本を指先で摘まみ、口から外した。
初めて、その口元がはっきり見える。
「判断としては悪くない」
そして。
「行動としては馬鹿だ」
「……はい」
即答した。
反論できない。
「自覚があるならいい」
ゲンマは再び千本を咥える。
「で」
三人を見る。
「俺から見たお前らの第一印象だ」
レンが身を乗り出した。
ゲンマはまずレンを指差す。
「突っ込みそう」
「まだ何もしてないですよ!?」
次にスズ。
「考えすぎて動くのが遅そう」
スズの眉が僅かに動く。
「……否定はしません」
最後にカゲマル。
ゲンマは少しだけ目を細めた。
「一番考えてそうに見えて。
一番無茶しそう」
カゲマルは言葉に詰まった。
レンが吹き出す。
「当たってんじゃん!」
「うるさい」
「お前が言うと説得力ないな」
スズまで追撃してくる。
「二対一は卑怯じゃない?」
初めて。
第十一班の間に自然な笑いが生まれた。
ゲンマはそれを眺めていた。
悪くない。
少なくとも、会話すらできない三人ではなさそうだ。
だが。
仲がいいことと、忍として組めることは別の話だった。
「さて」
ゲンマが丸太から背中を離す。
空気が変わった。
ほんの少し。
それだけなのに。
三人の笑みが消えた。
「資料だけじゃ分からないこともある」
レンが立ち上がる。
「おっ」
その顔が嬉しそうに変わった。
「やります?」
「話が早くて助かる」
ゲンマは演習場の中央へ歩いていく。
「軽く手合わせする」
カゲマルも立ち上がった。
「三人でですか?」
「ああ」
「先生一人に、俺たち三人?」
レンが拳を鳴らす。
「いいんすか?」
ゲンマが振り返る。
「何が?」
「怪我しても知りませんよ?」
沈黙。
スズがレンから一歩離れた。
カゲマルも一歩離れる。
「なんだよ!?」
「いや」
カゲマルは苦笑する。
「それは言わない方がよかったかなって」
「なんでだよ!」
ゲンマは特に怒った様子もない。
むしろ。
僅かに笑っていた。
「元気なのはいいことだ」
千本が上下する。
「ルールは簡単」
ゲンマが自分の腰を軽く叩いた。
忍具袋。
「俺からこれを取れ」
「中身は?」
スズが尋ねる。
「どうでもいい」
「取れれば合格?」
「合格も不合格もない」
ゲンマは肩をすくめる。
「今日はお前らが何をする奴なのか見たいだけだ」
そして。
指を一本立てる。
「制限時間は一時間」
レンが前へ出る。
「十分で取ります!」
スズがため息をつく。
「どうして自分で難易度を上げるの」
「気合いだよ!」
「意味が分からない」
二人のやり取りを横目に、カゲマルはゲンマを観察していた。
(不知火ゲンマ)
知識としてなら知っている。
実力者だ。
自分たち三人がまともに戦って勝てる相手ではない。
そして何より――。
(隙がない)
自然に立っているだけ。
構えすら取っていない。
なのに、どこから攻めても対応される気がする。
カゲマルは小さく息を吐いた。
(勝つ必要はない)
目的は忍具袋。
なら。
「レン」
「ん?」
「最初、好きにやってみて」
レンの目が輝いた。
「いいのか!?」
「うん」
「分かった!」
次の瞬間。
レンが地面を蹴った。
「行きます!」
速い。
一直線にゲンマへ迫る。
右拳。
ゲンマは動かない。
レンの拳が顔面へ届く――。
直前。
ゲンマの首が僅かに傾いた。
拳が空を切る。
「え?」
その瞬間には、ゲンマの足がレンの足首へ引っ掛かっていた。
「うおっ!?」
天地が逆転する。
ドサッ!
「いってぇ!」
ゲンマは一歩も移動していなかった。
「真っ直ぐすぎ」
「もう一回!」
レンが跳ね起きる。
今度はフェイント。
右から入ると見せて左。
蹴り。
拳。
さらに足払い。
だが。
すべて。
最小限の動きでかわされる。
「くそっ!」
それでもレンは止まらない。
(なるほど)
カゲマルは戦いを見ながら考える。
(レンの強みはやっぱり反応速度だ)
一度目より二度目。
二度目より三度目。
ゲンマの動きへ少しずつ対応し始めている。
技術では圧倒的に負けている。
それでも。
食らいつく。
(なら――)
「スズ」
隣を見る。
「聞こえてる」
スズは目を閉じていた。
「何が?」
「先生の足音」
小さく答える。
「ほとんどしない。…でも」
「でも?」
「ゼロじゃない」
スズが目を開く。
「右足に重心を置く直前、草が擦れる」
カゲマルの口元が上がる。
「十分」
「何か思いついた?」
「少しね」
二人の視線がレンへ向く。
「レン!」
カゲマルが声を上げる。
「一回下がって!」
「分かった!」
レンは迷わなかった。
すぐに距離を取る。
ゲンマの眉が僅かに動いた。
(指示には素直か)
勢いだけのタイプではない。
その評価を少しだけ修正する。
三人が初めて横に並ぶ。
カゲマルが小声で話す。
「スズはゲンマ先生の動きを聞いて」
「分かった」
「レンは俺が合図したら突っ込んで」
「任せろ」
「俺は――」
カゲマルが足元を見る。
昼下がりの陽射し。
影は十分に伸びている。
「動きを止める」
ゲンマは少し離れた場所から三人を眺めていた。
指示を出したのはカゲマル。
即座に従ったレン。
情報を拾うスズ。
まだ出会って間もない。
なのに。
すでに役割らしきものが生まれ始めている。
「……なるほどな」
千本を口の中で転がす。
少しだけ。
試してみたくなった。
「相談は終わったか?」
三人が構える。
カゲマルが笑った。
「待ってくれてたんですか?」
「初日だからな」
「優しいですね」
「明日からは待たない」
「それは怖い」
ゲンマの目が僅かに細くなる。
「来い」
その瞬間。
スズが目を閉じた。
レンが身体を沈める。
そしてカゲマルの影が――。
地面を這った。
三人が初めて。
第十一班として動き始めた。
班分けについて。カゲマルがどの班にするか迷ってます。皆さんの意見をお聞かせください
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