翌朝。
火影邸の前には、すでに三人の姿があった。
「七時四十分」
水無瀬スズが空を見上げながら呟く。
「早すぎない?」
カゲマルが苦笑した。
「八時集合でしょ」
「遅れるよりいい」
「まあ、それはそうだけど」
少し離れた場所では、レンがその場で軽く屈伸を繰り返していた。
「初任務だぞ!」
屈伸。
「ついに!」
さらに屈伸。
「忍らしいことができる!」
スズが冷めた目を向ける。
「ちょっと前までアカデミー生だった人が言うと不安」
「なんでだよ!」
「浮かれて怪我しそう」
「しねぇよ!」
「昨日、木から落とされてた」
「あれは先生が強すぎたんだよ!」
カゲマルが笑う。
昨日。
第十一班として初めて行った手合わせ。
結果だけ見れば、ゲンマに完全に遊ばれていた。
それでも。
最後には三人で一度だけ動きを噛み合わせることができた。
ほんの一瞬。
だが。
その感覚が、まだ身体のどこかに残っている。
(悪くなかった)
そう思えることが、少し嬉しかった。
そして。
今日からは訓練ではない。
正式な忍として。
木ノ葉から任務を受ける。
カゲマルが火影邸を見上げる。
(ここからだ)
原作で知っている。
下忍の最初の仕事。
猫探し。
草むしり。
子守。
荷物運び。
そういった雑用ばかり。
ナルトが我慢できずに騒ぎ始めるのも、この頃だった。
しかし。
カゲマル自身はそこまで嫌ではなかった。
忍は戦うだけの職業ではない。
里から依頼を受け。
それを遂行し。
報酬を得る。
戦闘は、その中の一部にすぎない。
「……なんか楽しそうだな」
声がした。
振り返る。
不知火ゲンマが立っていた。
いつものように千本を咥えている。
「先生!」
レンが勢いよく手を挙げる。
「おはようございます!」
「朝から元気だな」
「はい!」
「声でかい」
「先生までそれ言うのやめません!?」
スズが小さく笑う。
ゲンマは三人を一度見回した。
「全員いるな」
「先生が一番最後です」
スズが言う。
ゲンマが時計を見る。
「七時五十八分」
「二分前です」
「間に合ってる」
「もっと早く来るものかと思ってました」
「待つの嫌いなんだよ」
即答だった。
カゲマルが思わず笑う。
(この人、思ったより適当だな)
だが。
昨日の手合わせを思い出せば、それが表面だけだということも分かる。
ゲンマは歩き出した。
「行くぞ」
三人も続く。
「任務、何ですか?」
レンが尋ねる。
「まだ知らん」
「え?」
「今から受ける」
「先生も知らないんですか?」
「担当上忍が勝手に選べるわけじゃない」
「あ、そうなんだ……」
レンが少しだけ残念そうな顔をする。
その様子を見ながら、ゲンマが呟いた。
「期待するだけ無駄だぞ」
「なんでです?」
「最初は大体Dランクだ」
「Dランク」
レンの顔が固まる。
「……強盗退治?」
「違う」
「盗賊?」
「違う」
「野犬の群れとか」
「だから違う」
スズが横から言う。
「草むしりとかでしょ」
レンが止まった。
「……え?」
ゲンマは歩き続ける。
「詳しいな」
「授業で習いました」
「ちゃんと聞いてたんだな」
「普通です」
レンだけが立ち尽くしている。
「草……?」
カゲマルが振り返る。
「置いてくぞ」
「ちょっと待て!」
レンが慌てて追いかけてきた。
「忍だぞ!? 俺たち!」
「下忍ね」
「忍は忍だろ!」
「最初はそんなもんだよ」
カゲマルが言うと、レンが顔を向ける。
「お前も納得してんの!?」
「むしろ十二歳にいきなり人殺しさせる方がおかしいでしょ」
「それは……」
少し考える。
「そうだけど」
「だろ?」
「でも草むしりは忍じゃなくてもできるじゃん!」
前を歩いていたゲンマが答えた。
「できるぞ」
「じゃあなんで俺たちが!」
「依頼されたから」
「……」
あまりにも正論だった。
スズが小声で呟く。
「負けた」
「まだ負けてねぇよ!」
────────
火影執務室。
「第十一班、揃ったか」
三代目火影――猿飛ヒルゼンが、書類から顔を上げた。
「はい」
ゲンマが答える。
その前に三人が並ぶ。
カゲマルは少しだけ周囲を見た。
火影としての執務を行う場所。
前世では画面越しにしか知らなかった場所に、自分が忍として立っている。
それだけで。
少し不思議な気分になる。
ヒルゼンは三人を見回した。
「昨日はどうじゃった、ゲンマ」
「問題ありません」
「ほう」
「まだ使い物にはなりませんけど」
「先生!?」
レンが思わず声を上げる。
ゲンマは平然としている。
「下忍になったばかりなんだから当たり前だろ」
「言い方ってあるじゃないですか!」
ヒルゼンが小さく笑った。
「活気があってよい」
スズはどこか疲れた顔をしている。
カゲマルも苦笑する。
ヒルゼンが一枚の紙を手に取った。
「さて」
三人の表情が少し引き締まる。
「第十一班、最初の任務じゃ」
レンが身を乗り出した。
「はい!」
ヒルゼンが読み上げる。
「里の南側にある薬草畑の手入れ」
「……」
沈黙。
レンが瞬きをする。
「薬草畑?」
「うむ」
「手入れ?」
「雑草除去と、指定された薬草の採取じゃ」
「……」
レンがゆっくりゲンマを見る。
ゲンマは視線を逸らした。
「言ったろ」
「本当に草むしりじゃないですか!」
「草むしり“だけ”ではないぞ」
ヒルゼンがフォローする。
レンの顔に僅かな希望が戻る。
「薬草の採取もある」
希望が消えた。
「草じゃん!」
スズが額を押さえた。
「火影様の前」
「……すみません」
レンが小さくなる。
ヒルゼンは楽しそうに笑っている。
「朝倉レン」
「はい」
「忍にとって大切なのは、派手な任務ばかりではない」
レンが顔を上げる。
「こうした依頼もまた、里の者たちの生活を支える仕事じゃ」
「……はい」
「何事も経験と思って励むとよい」
「分かりました」
今度は素直に頷いた。
ゲンマがその様子を横目で見る。
「じゃ、行くぞ」
「はい!」
四人は執務室を後にした。
扉が閉まる。
ヒルゼンはしばらくその扉を眺めていた。
そして。
煙管を持ち上げる。
「……さて」
奈良カゲマル。
朝倉レン。
水無瀬スズ。
そして不知火ゲンマ。
あえて少し変則的な形で編成した班。
どう育つか。
それは。
まだ誰にも分からない。
────────
里の南側。
目的地へ向かいながら、ゲンマは三人へ一枚の紙を渡した。
「これが依頼内容」
スズが受け取る。
三人で覗き込む。
畑の広さ。
除去する雑草。
採取する薬草の種類。
そして注意事項。
「……結構広い」
カゲマルが呟く。
レンが紙を覗く。
「これ全部?」
「全部」
ゲンマが答える。
「四人なら昼までには終わる」
「先生もやるんですか?」
レンが尋ねる。
「やらない」
即答。
「なんで!?」
「お前らの任務だから」
「先生は!?」
「監督」
「ずるくない!?」
「そういうもんだ」
スズが依頼書を読みながら呟く。
「でも、雑草除去だけなら分担した方が早い」
「そうだな」
カゲマルが頷く。
「畑を三つに分けて――」
「待て」
ゲンマが止めた。
三人が振り返る。
「その前に依頼書、全部読め」
カゲマルが眉を寄せる。
スズがもう一度紙を見る。
下の方。
注意事項。
そこに書かれていた。
「……薬草と似た形の雑草あり」
スズが読む。
「誤って薬草を抜かないよう注意すること」
レンが黙った。
カゲマルも理解する。
ゲンマが言う。
「適当に抜いたら依頼失敗だ」
「……なるほど」
レンがしゃがみ込む。
「全部同じ草に見える」
「薬草も草だから」
スズが淡々と返す。
「そういう意味じゃねぇよ」
ゲンマが三人を見る。
「忍の任務は、敵と戦うだけじゃない」
昨日とは違う。
少しだけ教師らしい声音。
「依頼人が何を求めてるか理解する」
「そのために何が必要か考える」
「分からなければ確認する」
千本が僅かに揺れる。
「雑用でも任務でも、それは同じだ」
カゲマルは依頼書を見つめる。
(なるほど)
ただの草むしり。
そう思えば、それまで。
だが。
情報を確認する。
対象を識別する。
役割を決める。
効率よく終わらせる。
確かに。
忍として必要なことと、根本は変わらない。
「じゃあ」
カゲマルがスズを見る。
「まず薬草の特徴を確認しよう」
「うん」
「レンは――」
「抜く!」
「まだ抜くな」
「分かってるって!」
少し間を置く。
カゲマルは笑った。
「特徴を覚えたら、レンが一番速そう」
「任せろ!」
「その代わり、迷ったやつは抜かない」
「おう!」
スズが紙を指差す。
「私は畑の端から確認する。葉の形が似てるものを先に分けておけばミスが減る」
「じゃあ俺は中央から」
「私は右」
「俺は左!」
レンがすぐに動こうとする。
スズが服の裾を掴んだ。
「まだ」
「何!?」
「薬草の特徴」
「……あ」
ゲンマは少し離れた木陰へ向かいながら、その様子を見ていた。
昨日より。
ほんの少しだけ。
三人で相談するのが早くなっている。
それだけ。
だが。
(まあ)
悪くない。
木へ背を預ける。
任務の内容そのものは簡単。
危険もない。
失敗したところで、せいぜい依頼人に怒られる程度。
だからこそ。
こういう任務で見えることもある。
雑な奴。
飽きる奴。
仲間へ押し付ける奴。
自分のやり方に固執する奴。
忍の癖というものは。
戦場だけで出るわけではない。
────────
一時間後。
「……腰いてぇ」
レンが畑に座り込んでいた。
「まだ三分の一」
スズが言う。
「嘘だろ?」
「本当」
「忍の仕事ってもっとこう……」
レンが空を見る。
「屋根走ったり」
「うん」
「手裏剣投げたり」
「うん」
「敵と戦ったりするもんじゃないのか?」
カゲマルは草を一本抜きながら答える。
「そういう仕事を任せてもらえるまでの信用を作ってるんじゃない?」
レンがこちらを見る。
「信用?」
「昨日下忍になったばっかりだぞ、俺たち」
カゲマルは抜いた草を籠へ入れる。
「依頼する側からすれば、本当に仕事できるか分からない」
「……まあ」
「だから最初は失敗しても死人が出ない仕事から」
レンが少し考える。
「なるほどな」
そして。
再び立ち上がった。
「じゃあ早く終わらせようぜ!」
「単純」
スズが呟く。
「分かりやすくていいじゃん」
カゲマルが笑う。
レンが草を抜く。
一つ。
二つ。
三つ。
「お、これペース上がってきた!」
「それ薬草」
「え」
動きが止まる。
レンの指先には、抜かれる寸前の植物。
スズがじっと見る。
「危なかった」
「……セーフ?」
「まだ抜いてないから」
レンがそっと手を離す。
「ふぅ……」
その様子を見て。
木陰のゲンマが千本を揺らした。
「朝倉」
「はい?」
「今ので依頼失敗しかけたぞ」
「すみません!」
「速さより確認」
「はい!」
少し間を置いて。
レンは今度から、一つ一つ葉を確認し始めた。
時間はかかる。
だが。
ミスは減った。
カゲマルはそれを横目で見る。
(ちゃんと直せるんだよな)
勢いはある。
だが。
注意されたことを無視するタイプではない。
それは。
一緒に戦う上で大きい。
「カゲマル」
スズが呼ぶ。
「こっち来て」
「ん?」
近づく。
スズが畑の一角を指差した。
「これ」
一見。
他の草と変わらない。
「何?」
「葉の裏」
カゲマルがしゃがむ。
葉を返す。
小さな斑点。
「虫?」
「たぶん」
「結構いるね」
周囲を見る。
一株だけではない。
数本。
薬草の葉が食われ始めている。
「先生」
カゲマルが呼ぶ。
ゲンマがこちらを見る。
「何だ」
「虫がついてます」
ゲンマが近づく。
葉を見る。
「……ああ」
「依頼書には書いてません」
スズが言う。
「そうだな」
「どうします?」
ゲンマは三人を見る。
「お前らの任務だろ」
レンが首を傾げる。
「取る?」
「勝手に薬使うのはまずい」
スズが言う。
カゲマルは少し考える。
「依頼人に確認しよう」
ゲンマが何も言わない。
それが。
正解なのだと分かった。
カゲマルが立ち上がる。
「俺、呼んでくる」
「待って」
スズが止める。
「私も行く」
「どうして?」
「どの虫か説明した方がいい」
確かに。
見つけたのはスズだ。
「じゃあレンは――」
「ここ進めとく!」
「薬草抜くなよ」
「もう分かってるって!」
「本当に?」
スズの視線。
「……多分」
「多分って言った」
「大丈夫だって!」
二人の言い合いを聞きながら。
カゲマルは笑った。
昨日まで。
ほとんど話したこともなかった三人。
それが。
まだ一日も経っていないのに。
少しずつ。
少しずつ。
互いの癖が見え始めている。
スズは細かい。
よく気付く。
レンは勢いがある。
でも素直だ。
そして自分は――。
(考えすぎる)
昨日、ゲンマに言われた。
全部自分で何とかしようとするな。
だから。
少しだけ。
任せてみる。
「じゃあレン」
「おう」
「頼んだ」
たったそれだけ。
レンは一瞬。
少し意外そうな顔をした。
そして。
「任せろ!」
笑った。
ゲンマはそのやり取りを、何も言わずに見ていた。
────────
昼前。
「終わったぁぁぁ!」
レンが畑の横へ倒れ込んだ。
「汚れるよ」
スズが言う。
「もう汚れてる!」
三人の服には土がついている。
額には汗。
籠には除去した雑草。
別の籠には指定された薬草。
虫についても依頼人へ報告し。
指示を受けた範囲だけ処置をした。
依頼人である老婆が畑を確認していく。
「うんうん」
三人が少し緊張して待つ。
「綺麗になっとるねぇ」
レンの顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「薬草も間違えとらん」
スズが小さく息を吐く。
「虫まで見つけてくれて助かったよ」
「スズが見つけました」
カゲマルが言う。
老婆がスズを見る。
「そうかい。よく見つけたねぇ」
スズは少し考えてから、控えめに答えた。
「……見つけられてよかったです」
スズが小さく答える。
「ん?」
「何でもないです」
依頼人が笑った。
「ありがとうね」
その一言。
たったそれだけなのに。
レンが少し黙った。
そして。
帰り道。
「……悪くなかったな」
ぽつり。
カゲマルが見る。
「草むしり?」
「薬草畑の手入れ」
言い直した。
スズが笑う。
「急に言い方変えた」
「うるさい」
レンは頭の後ろで腕を組む。
「なんかさ」
空を見る。
「ありがとうって言われると、まあ」
少し照れ臭そうに鼻を擦る。
「やった意味はあったかなって」
カゲマルは小さく笑った。
(そうだな)
前世。
忍者といえば戦いだった。
漫画の中では。
派手な術。
命を懸けた戦闘。
強敵。
そういう場面ばかりが記憶に残る。
でも。
この世界で生きる忍たちは。
その間に。
こういう仕事を何百、何千と繰り返している。
誰かの畑を整え。
荷物を運び。
困っている人を助ける。
(これも忍なんだ)
ほんの少し。
忍者という仕事が。
物語ではなく。
現実になった気がした。
「よし」
ゲンマが言う。
三人が振り向く。
「午後も一件あるぞ」
レンの顔が引き攣る。
「……え?」
「犬の散歩」
沈黙。
「犬!?」
「三匹」
「三匹!?」
「元気がいいらしい」
「戦闘任務より大変そう……」
スズが真顔で呟いた。
ゲンマが歩き出す。
「行くぞ」
「ちょっと休憩!」
レンが叫ぶ。
「五分」
「短い!」
「嫌なら三分」
「五分でお願いします!」
カゲマルは笑いながら。
二人と。
その少し前を歩く担当上忍を見た。
班分けについて。カゲマルがどの班にするか迷ってます。皆さんの意見をお聞かせください
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