波の国。
その名前を聞いてから、どうにも落ち着かない。
「カゲマル」
「……」
「カゲマル」
「……ん?」
顔を上げると、スズが呆れたようにこちらを見ていた。
「三回呼んだ」
「あ、ごめん」
「珍しいな」
隣からレンが覗き込んでくる。
「考え事?」
「ちょっとね」
「昨日からそんな感じじゃね?」
カゲマルは曖昧に笑った。
「そう?」
「そう」
スズが即答する。
誤魔化せていないらしい。
朝。
第十一班は里の西側にある倉庫街へ来ていた。
今日の任務は、商店組合が管理する資材倉庫の整理。
壊れた木箱を運び出し、中身を確認して、使えるものと廃棄するものを仕分ける。
いつものDランク任務だ。
レンはすでに大きな木箱を一つ抱えている。
「それで?」
「何が?」
「昨日、火影様のところにいた奴ら」
カゲマルの手が僅かに止まった。
「第七班?」
「そう、それ」
レンが木箱を地面へ置く。
「ナルトって奴、友達なんだろ?」
「うん」
「心配なの?」
何気ない問いだった。
カゲマルは手元の木箱へ視線を落とす。
(心配……か)
間違ってはいない。
昨日見た、酒瓶を手にした老人。
タズナ。
彼が第七班の前に現れた以上、この先に何が待っているのかカゲマルは知っている。
表向きは、橋造りの達人を波の国まで送り届けるCランク任務。
だがタズナは依頼時に事情を隠しており、その道中では霧隠れの抜け忍――鬼兄弟が襲ってくる。
その先に待つのは、桃地再不斬。
昨日出発したのなら、すでに襲撃を受けている可能性もある。
「……カゲマル?」
レンの声で意識が戻る。
「いや」
カゲマルは箱を持ち上げた。
「大丈夫だよ。カカシ先生がいるから」
それは自分自身へ言い聞かせる言葉でもあった。
はたけカカシは木ノ葉でも屈指の上忍。
原作でも、第七班は波の国の任務を乗り越えた。
未来を知っているからといって、何もかも先回りして介入する必要はない。
何より、ナルトたちには自分たちで経験し、掴まなければならないものがある。
「先生」
スズの声がした。
倉庫の入口で木箱へ腰掛けていたゲンマが顔を上げる。
「何だ」
「これ」
スズが古びた帳簿を手にしていた。
「依頼書だと、ここの箱は全部廃棄って書いてあります。でも中身はまだ使えそうです」
ゲンマが一瞥する。
「依頼人に確認」
「やっぱり」
「勝手に捨てるなよ」
「分かってます」
そのやり取りを聞いて、カゲマルも目の前の仕事へ意識を戻した。
今は、自分たちの任務がある。
「俺、依頼人呼んでくる」
「じゃあ俺これ運んどく!」
レンが別の箱を持ち上げる。
カゲマルはその箱を見る。
「それは?」
「廃棄!」
「確認した?」
「……」
レンの動きが止まった。
スズが無言で見つめる。
「……今します」
「成長した」
「その言い方やめろ!」
カゲマルは思わず笑った。
────────
昼前。
任務は順調に進んでいた。
最初の頃なら、レンは片っ端から箱を運び、スズは一人で確認作業へ没頭し、カゲマルは二人へ細かく指示を出していただろう。
今は違う。
「レン、そっち終わった?」
「ああ! 次どこ?」
「こっち手伝って」
「了解」
スズの一言でレンが動く。
カゲマルは離れた場所で帳簿と箱の番号を照らし合わせながら、必要な時だけ二人と情報を共有する。
簡単な仕事とはいえ、三人で動くことには随分慣れてきた。
ゲンマは少し離れた場所から、その様子を黙って眺めていた。
特にカゲマル。
今日は妙に上の空ではあるものの、以前のように何でも自分で決めようとはしなくなった。
任せる。
必要なら聞く。
仲間の判断を待つ。
少しずつではあるが、変化している。
「先生!」
レンが呼んだ。
「これ終わったら昼ですか?」
「終わったらな」
「よっしゃ!」
「あと十二箱」
「……昼遠くないですか?」
「近づけろ」
「鬼!」
ゲンマが小さく笑う。
その時だった。
屋根の上で、微かな音がした。
ゲンマの表情が変わる。
ほぼ同時に、カゲマルも誰かの気配に気付いた。
次の瞬間。
一人の木ノ葉忍が倉庫の屋根へ降り立つ。
額当てからして中忍。
かなり急いできたのか、呼吸が僅かに乱れていた。
「不知火ゲンマさん」
ゲンマが立ち上がる。
先ほどまでの気の抜けた雰囲気が消えた。
「何だ」
「火影様から召集です」
「今?」
「はい」
中忍は一度、第十一班の三人を見る。
「班員も全員」
空気が変わった。
レンが箱を下ろし、スズも顔を上げる。
カゲマルの胸に嫌な予感が走った。
Dランク任務の途中で、担当上忍だけでなく下忍三人まで呼び戻す。
普通ではない。
「内容は?」
ゲンマが尋ねる。
中忍は僅かに迷った。
「ここでは」
それ以上、ゲンマは聞かなかった。
「分かった」
三人へ視線を向ける。
「作業止めろ」
「任務は?」
スズが尋ねる。
「別班へ引き継ぐ」
「そんな急ぎなんですか?」
レンの問いにも、ゲンマは答えない。
「火影邸へ戻るぞ」
その声音に、冗談は一切なかった。
────────
道中。
四人は屋根から屋根へ飛び移りながら、火影邸を目指した。
普段より明らかに速い。
レンもさすがに口数が少なかった。
「なあ」
走りながら、レンが小声で尋ねる。
「何だと思う?」
「分からない」
そう答えながらも、カゲマルの頭には一つの可能性が浮かんでいた。
(波の国……?)
第七班が昨日里を出たのなら、鬼兄弟との遭遇はすでに起きていてもおかしくない。
カカシが任務内容と実際の危険度の食い違いを把握し、木ノ葉へ報告した。
それならば、この召集にも説明がつく。
原作ではそのまま護衛を続けた。
だが、この世界まで完全に同じとは限らない。
カゲマルが転生した時点で、本来存在しなかった出来事や人間関係は少しずつ増えている。
第十一班も、その一つだ。
前を走るゲンマの背中を見つめる。
(もし本当に波の国なら……)
自分たちが。
第七班のいる場所へ向かうことになるかもしれない。
胸が大きく鳴った。
────────
火影執務室。
「第十一班、到着しました」
ゲンマの声と共に扉が開く。
室内には三代目火影と数人の中忍。
そして机の上には、地図が広げられていた。
火の国の東。
海を隔てた小国。
それを見た瞬間。
カゲマルの予感は確信へ変わった。
(……波の国)
「来たか」
ヒルゼンの表情に、昨日のような穏やかな笑みはない。
「まずは任務途中に呼び戻したことを詫びよう」
「構いません」
ゲンマが答える。
「状況は?」
ヒルゼンは一枚の書状を手に取った。
「今朝、はたけカカシから伝令が届いた」
その名前に、レンとスズが僅かに反応する。
「昨日、第七班が護衛対象と共に波の国へ向かう途中、襲撃を受けた」
レンの眉が寄った。
「襲撃?」
「敵は二名。霧隠れの抜け忍――通称、鬼兄弟」
やはり。
カゲマルは黙ったまま続きを待つ。
「第七班は?」
スズが尋ねた。
「全員無事じゃ」
その言葉に、室内の空気が僅かに緩む。
カゲマルも無意識に息を吐いた。
「ただし、問題はそこではない」
ヒルゼンの声が低くなる。
ゲンマが目を細めた。
「Cランク任務に忍が出てきた」
「そうじゃ。依頼内容に虚偽がある可能性が高い」
Cランクは、基本的に忍同士の戦闘を想定していない。
そこへ明確な殺意を持った抜け忍が現れた。
任務の危険度が、申告された内容と合っていない。
「カカシは?」
「依頼人から事情を聞いた上で、現地判断で護衛を続行しておる」
そこはカゲマルの知る流れと同じだった。
「ただし、敵が忍を雇っている以上、さらなる戦力が投入される可能性がある。そこでカカシから、念のため増援を一班寄越してほしいと要請が来た」
レンとスズが地図を見る。
カゲマルには、なぜ自分たちが呼ばれたのか分かった。
ヒルゼンがゲンマへ視線を向ける。
「不知火ゲンマ」
「はい」
「第十一班に、第七班の増援を命じる」
一瞬。
室内が静まり返った。
「……俺たちが?」
レンが思わず口にする。
「そうじゃ」
だがヒルゼンの表情は変わらない。
「ただし、勘違いするな。これはこれまでのDランクとは違う。任務中に忍との交戦が発生する可能性がある」
レンの拳が僅かに握られた。
スズも表情こそ変えないが、先ほどまでより呼吸が浅い。
「本来なら、経験の浅い下忍班を増援へ回す案件ではない。じゃが現在、すぐに動かせる上忍班には限りがある」
上忍不足。
ゲンマが第十一班の担当になった理由と同じだ。
里には常に多くの任務があり、実力のある忍が都合よく待機しているわけではない。
「ゲンマ」
「はい」
「現地での判断はお前に任せる。危険度が想定以上なら、下忍三名を交戦させる必要はない」
「分かってます」
ゲンマは即答した。
「こいつらを戦わせるために行くわけじゃない」
レンが何か言いたそうな顔をしたが、今回は黙っていた。
「第七班と合流して状況を確認。必要なら護衛人数を増やし、波の国まで送り届ける。それで?」
「うむ。任務はCランク相当として扱う。だが情報がさらに違っていた場合は――」
「撤退判断はこちらで」
「頼む」
短いやり取り。
しかし。
普段の軽い調子とは違うゲンマを見て、カゲマルは改めて理解する。
これは。
本当の任務だ。
「出発は?」
「準備が整い次第」
「了解」
ゲンマが三人へ振り返った。
「聞いたな」
レン。
スズ。
そしてカゲマル。
「一時間後、東門。必要な忍具を揃えろ」
いつもの気だるげな先生ではない。
一人の忍としての、不知火ゲンマの目だった。
「はい」
レンが答える。
「はい」
スズも続く。
「……はい」
カゲマルも頷いた。
波の国。
鬼兄弟。
その先にいる桃地再不斬。
原作では存在しなかった第十一班が、そこへ増援として向かう。
知っている物語から、少しずつ道が外れ始めている。
(でも)
カゲマルは拳を握った。
未来を知っているからといって、自分がすべてを解決できるわけではない。
ナルトたちが自分で経験し、掴むべきものまで奪うつもりもない。
ただ。
もし自分の知る未来より悪い方向へ進むのなら。
その時は――。
「……カゲマル」
隣からスズに呼ばれ、顔を上げる。
「何?」
「怖い顔してる」
「え?」
レンもこちらを見た。
「緊張してんの?」
少し迷ったあと。
カゲマルは苦笑する。
「まあ、少しは」
「俺も」
意外な答えに、カゲマルが瞬きをする。
「そうなの?」
「当たり前だろ。初めて忍と戦うかもしれねぇんだぞ」
レンはそう言ってから、拳を差し出した。
「でも、三人いるし」
スズが付け加える。
「先生もいる」
「それもそうだな!」
「戦力としては先生が一番」
「現実的すぎない!?」
いつものやり取りに、カゲマルの肩から僅かに力が抜ける。
差し出されたレンの拳へ、自分の拳を軽く合わせた。
スズはそんな二人を見て、ほんの少しだけ口元を緩める。
「行こう」
カゲマルは言った。
「波の国へ」
一時間後。
第十一班は初めて、里の外へ向かう。
これまでのDランクとは違う。
忍との交戦すらあり得る、初めての実戦任務。
そしてカゲマルにとっては。
知っているはずの物語が、知らない未来へ変わり始める最初の一歩でもあった。
班分けについて。カゲマルがどの班にするか迷ってます。皆さんの意見をお聞かせください
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