タズナの家に着いた頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
「ただいま」
玄関を開けたタズナの声に、奥から女性が姿を見せる。
「お父さん!」
タズナの娘、ツナミ。
彼女は父親の無事を確認してほっとした表情を浮かべ、その後ろに続く忍たちの人数を見て目を丸くした。
「……増えてない?」
「増援じゃ」
タズナが簡単に答える。
「木ノ葉から追加で来てもろうた」
ツナミの視線が、ゲンマ、カゲマル、レン、スズへ順番に移る。
「そうなんですね。どうぞ、狭いところですけど」
「お邪魔します」
カゲマルたちが頭を下げる横で、カカシがふらついた。
「カカシ先生!」
サクラが慌てて支える。
「大丈夫大丈夫」
「全然大丈夫に見えません!」
「ちょっとチャクラ使いすぎただけだから」
ゲンマが横からカカシの腕を取った。
「そのちょっとで倒れそうな奴が言うな」
「ゲンマ、扱い雑じゃない?」
「自分で歩けるだけありがたいと思え」
「増援ってもっと優しいものだと思ってたよ」
「期待する相手を間違えてる」
そんな二人を見て、レンがカゲマルへ小声で聞く。
「仲いいの?」
「多分」
「そう見える?」
スズが首を傾げる。
「仲悪かったら、もっと丁寧なんじゃない?」
「それはあるかも」
ゲンマが振り返った。
「聞こえてるぞ」
三人が黙った。
────────
カカシはすぐに横になることになった。
ツナミが用意した部屋で布団へ寝かされ、サクラが心配そうに傍へ座る。
ナルトはというと、
「ほんとに大丈夫なんだよな!?」
何度目か分からない確認をしていた。
「死なないよ」
カカシが布団の中から答える。
「たぶん」
「たぶん!?」
「冗談」
「紛らわしいってばよ!」
カゲマルはそのやり取りを眺めながら、少しだけ肩の力を抜いた。
原作通り、カカシは写輪眼の使用で消耗している。数日はまともに動けない。
そして、その間に再不斬も回復する。
時間があるようで、ない。
ゲンマが壁へ背を預けた。
「それで、詳しく聞かせろ」
空気が変わる。
カカシも軽い表情を消した。
タズナ、ナルト、サスケ、サクラ、第十一班。全員が集まる。
「まず鬼兄弟」
カカシが説明を始めた。
タズナを狙った二人の霧隠れの抜け忍。
Cランク任務では、本来想定されない相手。
その時点で、依頼内容に虚偽があることが確定した。
カカシはタズナを問い詰めた。
そして、波の国がガトーに支配されていること。
タズナが橋を完成させれば、国が経済的な自立へ近づくこと。
その橋を潰すため、ガトーが忍を雇ったこと。
全てを聞いた。
「それでも任務を続けた」
ゲンマが言う。
責める声ではない。確認だった。
「ああ」
カカシは頷く。
「依頼人の事情も聞いた。それに、一度ここまで関わった以上、放置するのもね」
ゲンマはタズナを見る。
「本来なら、依頼内容を偽った時点で契約違反だ」
タズナが視線を落とした。
「……すまん」
「謝る相手は俺じゃない」
ゲンマの視線が、第七班へ移る。特にナルトたちへ。
「こいつらだ」
タズナは少し黙った。
ナルトが口を開く。
「もういいってばよ」
「ナルト」
サクラが見る。
「だってここまで来たんだろ?」
ナルトは鼻の下を擦る。
「だったら最後までやる」
サスケも否定しない。
サクラは少し複雑そうだったが、
「……私も」
そう言った。
ゲンマは三人をしばらく見ていた。
「そうか」
それ以上は何も言わない。
カゲマルは少しだけ安心した。
ここも変わらない。
ナルトたちは、自分で選んでいる。
────────
「次」
ゲンマが続ける。
「桃地再不斬」
部屋の空気が重くなる。
レンの表情も引き締まり、スズも黙っている。
「どんな相手なんですか?」
レンが尋ねた。
カカシが答える。
「元・霧隠れの暗部。無音殺人術の達人」
「無音殺人術……」
「霧の中で視界を奪って、気配だけで急所を狙う」
スズの眉が僅かに動いた。
ゲンマがそれに気付く。
「水無瀬」
「はい」
「相性がいいと思ったか?」
少しの沈黙。
「……少し」
正直に答える。
「耳が使えるなら、霧の中でも相手の位置を――」
「甘い」
即答だった。
スズが口を閉じる。
ゲンマは淡々と続ける。
「お前が普段拾ってる音と、命を狙ってくる忍が消す音は別物だ」
「……はい」
「それに相手は上忍級。音を出さない方法くらい知ってる」
スズは悔しそうにはしなかった。
ただ、真剣に聞いている。
「でも」
ゲンマが続けた。
「耳を使うなって意味じゃない」
スズが顔を上げる。
「音だけに答えを求めるな。呼吸、地面、空気、仲間の位置。全部使え」
「はい」
カゲマルはその言葉を聞きながら思う。
また同じだ。
一つの能力へ頼りすぎるな。
スズには耳。
自分には影。
レンなら、身体能力か。
三人とも、違う形で同じところを見られている。
────────
「先生」
サスケがカカシを見る。
「再不斬が生きてるなら、また来るんだろ」
「ああ」
「いつ」
「すぐには来ない」
カカシは自分の胸元を軽く叩いた。
「俺がこれだからね」
「どういう意味だ?」
「向こうも無傷じゃないってこと」
ナルトが身を乗り出す。
「じゃあ、あいつも寝込んでるのか?」
「おそらく」
カカシが言う。
「俺と同じくらいか、それ以上」
カゲマルは知っている。
その通り。
再不斬は数日、まともに動けない。
白に世話をされ、回復してから再び現れる。
その猶予を、カカシは修行へ使う。
原作では木登り。
チャクラコントロールの基礎。
ナルトとサスケが競い、大きく成長する。
(ここは変えたくない)
カゲマルは思った。
自分が知っているからといって、先に答えを教える必要はない。
むしろ、この時間はあの二人に必要だ。
カカシが布団の中で片手を上げる。
「というわけで」
ナルトが嫌そうな顔をする。
「何だよ、その言い方」
「明日から修行」
「修行?」
ナルトの目が輝く。
「新しい術か!?」
「違う」
「えぇ!?」
「基礎」
「基礎ぉ?」
一気にしぼむ。
レンが思わず笑った。
「分かる」
ナルトが振り返る。
「何がだってばよ」
「新しい技って言われた方がテンション上がるだろ」
「だよな!」
「朝倉」
ゲンマの声。
「はい」
「お前もやるぞ」
「え?」
「他人事みたいな顔すんな」
レンの笑顔が消えた。
「俺も!?」
「第十一班も全員」
今度はスズが尋ねる。
「何をするんですか」
カカシが笑う。
「木登り」
沈黙。
ナルトとレンが、ほぼ同時に声を上げる。
「木登り?」
カカシが頷いた。
「手を使わずに」
ナルトの顔が変わる。
レンも、少し面白そうに笑った。
「それならできそう」
ゲンマが言う。
「その言葉、覚えとく」
レンの笑顔が消えた。
「……難しいんですか?」
「明日分かる」
────────
夕食の時間。
人数が増えたせいで、食卓はかなり窮屈だった。
ツナミが申し訳なさそうにする。
「ごめんなさい。こんなに人数増えると思ってなくて」
「全然!」
ナルトはすでに椀を持っている。
「飯があるだけ最高だってばよ!」
「お前は遠慮しろ」
サクラに頭を叩かれる。
「いてっ!」
カゲマルはその光景に笑いながら、レンとスズの間へ座った。
「狭い」
スズが言う。
「仕方ないだろ」
レンが返す。
「レンが広い」
「俺のせい!?」
「肩幅」
「褒めてる?」
「邪魔って言ってる」
「褒めてない!」
少し離れたところで、ゲンマが無言でご飯を食べている。
カゲマルが聞く。
「先生、兵糧丸じゃないんですね」
「飯があるなら飯食う」
「昨日、腹に入れば同じって」
「昨日は昨日」
レンが身を乗り出す。
「先生、人生損してなかった!」
「うるさい」
そんなやり取りの最中、扉が開いた。
少年が立っている。
黒い髪。
帽子。
まだ幼い顔。
だが、その表情は暗い。
「イナリ」
ツナミが呼ぶ。
カゲマルはその少年を見た瞬間、分かった。
(来た)
タズナの孫、イナリ。
原作では父代わりだったカイザをガトーに殺され、希望を失っている。
ナルトと衝突し、そしてナルトに影響を受ける。
イナリは忍たちを見回す。
「……また忍?」
ツナミが困った顔をする。
「おじいちゃんを守ってくれる人たちよ」
イナリは鼻で笑った。
「どうせ無理だよ」
食卓の空気が止まった。
ナルトが眉を寄せる。
「何だって?」
「ガトーには勝てない」
「イナリ」
ツナミが窘める。
だが少年は止まらない。
「橋だって完成しないよ。そんなことしたら、また殺される」
ナルトの箸が止まる。
「お前――」
「ナルト」
カカシの声が布団の部屋から聞こえた。
止めるような声音。
ナルトが口を閉じる。
イナリは、そのまま自分の席へ座った。
レンがカゲマルへ顔を寄せる。
「何かあったのか?」
カゲマルは答えなかった。
知っている。
でも、今ここで話すことではない。
スズはイナリを少しだけ考えるような目で見ていた。
食卓には、先ほどまでとは違う空気が残った。
────────
夜。
カゲマルは家の外へ出た。
海から吹く風が少し冷たい。
空を見上げる。
木ノ葉とは違う場所。
だが、空そのものは同じだ。
見える景色が違うだけ。
「寝ないの?」
声に振り返る。
スズだった。
「スズこそ」
「水」
手にした器を見せる。
「そっか」
スズが隣へ来る。
しばらく、何も話さない。
「……あの子」
「イナリ?」
「うん」
スズが家を見る。
「怖いんだと思う」
カゲマルは少し驚いた。
「そう思う?」
「だって、本当に何も期待してないなら、あんな言い方しない」
カゲマルは少し笑った。
「スズって結構、人見てるよね」
「耳だけじゃない」
「先生に言われたから?」
「前から」
少しだけ不満そう。
「ごめん」
「別に」
その時、戸が開いた。
レン。
「いた」
「何?」
「いや、二人いないから」
スズが見る。
「探しに来たの?」
「一応」
「心配?」
「一応!」
「二回言った」
「うるさいな!」
カゲマルは二人を見て、ふと思う。
原作にはいなかった二人。
自分と同じ、この物語の外側にいた存在。
でも今は、確かにここにいる。
そして明日から、第七班と一緒に修行をする。
原作ではなかった時間。
知らない出来事。
それが少しずつ増えていく。
以前なら不安の方が大きかったかもしれない。
今は違う。
分からないなら見ればいい。
考えればいい。
仲間と判断すればいい。
「戻ろう」
カゲマルが言う。
「明日、早いだろうし」
レンが伸びをする。
「木登りくらい余裕だろ」
スズが見る。
「先生にその台詞覚えられてるよ」
「……忘れてくれてないかな」
「無理だと思う」
三人が家へ戻る。
────────
翌朝。
森の中。
カカシはまだ動けない。
そのため、第七班と第十一班、六人の下忍を前に立っているのはゲンマだった。
「先生」
レンが辺りを見回す。
「カカシ先生は?」
「寝てる」
「本当に?」
「動けない」
ナルトが腕を組む。
「カカシ先生が教えるんじゃないのか?」
「内容は聞いてる」
ゲンマは一本の木を指した。
「やることは簡単だ。足の裏にチャクラを集中させろ」
全員の視線が集まる。
ナルトは何を言っているのか分かっていない顔。
レンも似た顔。
サスケとサクラは黙って聞き、スズもカゲマルも集中している。
「そのまま木を登れ」
ナルトが木を見る。
そしてゲンマを見る。
「それだけ?」
「ああ」
レンがナルトを見る。
ナルトもレンを見る。
ほぼ同時に二人が笑った。
「余裕じゃん!」
「だよな!」
サクラとスズが、ほぼ同時にため息をつく。
カゲマルは思わず笑った。
知っている。
この修行が、そんなに簡単じゃないことを。
ゲンマが一本ずつ苦無を投げる。
六本が地面へ突き刺さった。
「自分が到達したところに印を付けろ」
カゲマルは一本を拾った。
「一番上まで行ったら?」
サスケが聞く。
ゲンマが千本を動かす。
「別の修行を考える」
サスケの目が少し鋭くなる。
ナルトも負けじと苦無を握った。
レンまで燃えている。
「よし!」
「行くってばよ!」
二人が同時に木へ走る。
「待って」
スズが言う。
遅かった。
レンは三歩目で足を滑らせる。
「うおっ!?」
少し離れた木では、ナルトも同じように落ちた。
「うわぁぁぁ!」
ドン、とほぼ同時に地面へ落ちる。
静寂。
スズが言う。
「似てる」
サクラが頷く。
「似てるわね」
レンが顔を上げる。
「誰と!?」
ナルトも叫ぶ。
「誰とだってばよ!?」
今度はカゲマルも笑った。
ゲンマが言う。
「まずは足元から考えろ」
六人の修行が始まった。
カゲマルは自分の前にある木を見上げる。
影ではない。
前世の知識でもない。
ただ、忍として必要な基礎。
足元へ静かにチャクラを集めた。